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17ー① キアラ

 

 つまらない————

 今日何度目かのため息をキアラは飲み込んだ。

 せっかくのお祭りだと云うのに、キアラは子供部屋でお留守番だ。

 三日ほど前から、アミーリアが招待したシルヴェスター王子の側妃たちがレティス城に滞在しているので、アミーリアはその接待に追われ忙しい。

 麻製品(リネン)販売計画の為に彼女たちを呼び寄せたのだと、アミーリアから前もって聞かされているので、いまさら構ってくれと駄々をこねる気は毛頭ないが、正直ここまで放置されるとは思っていなかった。

 ここ数日、アミーリアは朝のおはようと寝る前のおやすみの挨拶にちょこっと子供部屋へ顔を出しただけで、すまなそうな表情を浮かべつつもすぐにどこかへ行ってしまう。

 レオンと乳母のアナベルがずっと相手をしてくれているが、(当然だが)()()()()()扱われるので、キアラは無理に子供っぽく振舞おうとヘンに気を遣ってしまい、却って疲れるのだ。

(まぁ、明日のお祭り最終日にはママと参加する予定の行事があるし、明後日には側妃様たちも王都に帰るから、それまでの辛抱だよね……。さすがにねー、いくら暇しているからといって、お祭り見に行きたいなんて、この年齢で言うのはおかしいだろうし。ていうか、そもそも許してもらえるわけないよねー)

 埒もないことを考えて、キアラはまたため息が出そうになるのを再び飲み込んだ。

 そこへ、突如強めのノック音が子供部屋に響いたと思うと、アナベルの(いら)えもそこそこに扉が開いた。

「ブランドン! どうしたんですか? そんなに慌てて」

「すみません、アナベル様。ちょっと護衛の編成を変更したので、これで大丈夫か急いで確認して頂けませんか」

 アナベルは、ギディオンの補佐官であるブランドンに差し出された書類を受け取りながらも「いまさら?」と怪訝な顔をして、眉を顰めた。

 祭りの期間中は街の警備や側妃たちの護衛など仕事が増えるので、人手が足りなくなることを見越して、ずいぶん前から何度も念入りに騎士の配置編成を検討してきた。アナベルが不審に思うのも無理はない。

 ブランドンは言い難そうに声をひそめた。

「それが……、昨夜ギディオン様の寝所に王宮の女官が侵入しまして……」

「え! まさか夜這(よば)……んんッ」

 アナベルは子供たちを気にして慌てて口を噤んだが、耳を澄ませていたキアラは『夜這い』と聞いた瞬間思わず「はぁっ⁉」と大声を上げ、二人の方へぎゅんと顔を向けた。

 アナベルとブランドン、レオンも、一斉にキアラへと視線を向ける。

「はっ。あ、……………はぁ~。あなべゆ(アナベル)、おなかしゅいたの……」

 キアラは小首を傾げ、お腹をおさえた。

(ご、ごまかせた……? ちょっと苦しかった……?)

「まぁ、さっきのクッキーだけでは足りなかったのかしら。レオン、悪いけど少し厨房からもらってきてくれる?」

「はい」

(ごまかせた~!)

 レオンが部屋を出て行くと、ブランドンは話を再開した。

「なので、側妃様御一行に監視としてもう少し人員を割くことにしました。アミーリア様と側妃様方がこれから街に行かれるというので、すぐに補充したいのです。それで、ここを……このように……」

「それなら……こうして……」

 二人の話は、書類を見ながら編成に問題がないかということに移ってしまった。

 ギディオン(パパ)が夜這いされた話をもっとちゃんと聞きたかったのに、とキアラは頬を膨らませた————ところで、いままでうっかり見落としていた事実に気が付いてしまった。

(もしかして、パパっていまモノスゴイモテ期……?)

 よく考えれば————

 紛争後に戦功としてファーニヴァルを賜ったことで、クルサード侯爵家はアーカート王国の中で一、二を争うほどの広大な領地を持つ大貴族となった。しかもファーニヴァルは戦地となり荒れたとはいっても、元は“オラシアの宝石箱”と言われるほどの豊かな領地だ。

 かつては侯爵といっても辺境の武骨な田舎者と侮られていたギディオンも、いまでは国内随一と言っても過言ではないほど裕福な、王都貴族とも肩を並べられる有力な貴族となったのである。

 さらにはファーニヴァルの戦後復興を順調に推し進めたことで、腕っぷしだけではなく内政の能力にも長けていることを証明した。

(そうよ。それに、ママみたいに筋肉好きじゃなくても、よく見ればパパって滅茶苦茶イケメンだし!)

 客観的に見て、地位・名誉・財力・能力・容姿と三拍子どころか四拍子も五拍子も揃った、超優良物件なのだ。

 正式な妻になれなくとも、第二夫人や愛妾になりたいと立候補する女性は、クルサードの家臣の中だけでなく他にもごまんといるかも知れない。

 しかも正妻(アミーリア)と不仲であるなら、付け入る隙が十分あると思われても不思議ではない。

(ウチの(パパ)が女豹たちに虎視眈々と狙われている⁉ ママがもだもだしている間に誰かに盗られたらどうしよう……!)

 嫌な想像でキアラの心臓はばくばく音をたて、変な汗が腋に滲み、妙な喉の渇きを覚えた。

 思わずごくり、とキアラは大きく唾を飲み込み、喉が大きく動いた。

「あ、キアラ様。クッキーをお持ちしましたよ。そんなに喉を鳴らして、よほどお腹が減っていたんですね」

 厨房から戻って来たレオンが悪気もなくそう言って、キアラにクッキーの乗った皿を差し出した。

(ち、違うもん! そんな食い意地が張ってるみたいに言わなくても……!)

「~~~~ッ」

 憤って真っ赤になったキアラだったが、やけくそのようにむんずとクッキーを掴むとバリバリ音を立てて頬張った。

 そんなキアラをレオンは柔らかな笑みを浮かべて見守った。



 そして次の日、キアラはひらひらと揺れ惑う白い大群をぼんやりと眺めていた。

 白い大群は舞台の上でくるくると楽し気に舞い泳ぐ。

 その正体は、成人したばかりの妙齢の女性たち。

 ひらめく白は、彼女たちが身に付けている麻のドレス。

 同じ様でいてひとつとして同じデザインのものはない。

 それはまるで、ナントカ坂とか会いに行けるナントカを彷彿とさせて……。

(はっ。なんか世界観があまりに違ってて、つい放心してしまった……!)

 中世ヨーロッパの世界観に、突如学園祭のようなノリが入り込んだせいで、キアラの脳は若干トリップしてしまったようだ。

 いまキアラが目にしているのは、レティス城前の広場に特設された舞台で催されている『やまゆりの精霊』を選ぶためのコンテストだ。

 『やまゆりの精霊』に選ばれると、今後一年間、ファーニヴァルの象徴として領内の祭りや催しに呼ばれ(もちろん給金が出る)、来年行われる(予定の)やまゆり祭に“精霊女王”として参加することが決まっている。

 出場の条件は、ファーニヴァル領在住、成人したばかりの十八歳女性限定。

 そう。いわゆるミスコンである。お祭りに付き物、それはミスコン。

 前世だったら何かとアレな催しだが、ここでは、ルッキズム、ポリコレ、ナニソレタベレルノ? ってカンジだ。

 なんだかんだ言って、こういった催しは盛り上がる。

 その証拠に、舞台ではち切れんばかりに若さと美をアピールしている女性も、それを見ている領民たちも、皆揃って満面の笑顔だ。なんなら野太い雄叫びも聞こえる。

 美しいものを見れば人は高揚する。美しさも個性。つべこべ言わずにただ素直に美のみを讃えればいい…………

 キアラの脳はまたトリップしていた。


 この催しはアミーリアの発案で企画された。

 つまりは、“計画”のプロモーションの一環なのである。

 そもそも、麻製品の試作・製作をアミーリアたっての希望で領内の戦争未亡人や紛争での傷病者優先でお願いしていた。その過程で、製作に携わった人たちから“領主夫人肝入り”の品が“とんでもなく素晴らしい”と口コミで広がっていったのだ。

 アミーリアはもちろん口止めなどしなかったし、試作品もモニターだとばかりに無料でどんどん配っていた。

 そして、実際に麻の肌着を使った者やその品物を見せてもらった者が「綿よりも着心地がいい」と絶賛し、併せて製作に携わった者から「こんなものを作っている」と進捗状況と情報が小出しで開示されるおかげで(これも興味を煽ったらしい)、どんどん評判が高まっていき、アルダ会長の商館に「いつ売り出すのだ」と年代関係なく問い合わせが殺到したのだ。

 どうやら子供用だけでなく、大人用も製作していると勘違いされたまま噂が広まったようなのだ。

 これを受けてアミーリアが「やまゆり祭で先行発表しましょう!」と、子供用の肌着と服を売り出すのと同時に、大人用も宣伝することを急遽決めた。

 とはいえ、大人用は全く手を付けていなかったので、お祭りまでにせいぜい数着しか製作はできない。

 そこで大人用のプロモーションとして発案されたのが、このミスコンなのだ。

 決勝に進んだ七人が着ているワンピースは、全てその試作品。

 盛り上がりも注目度も最高潮の中での発表である。

(さすがママだわ~)

 売り出す前にここまで話題にするなんて、辣腕経営者としての能力はちっとも錆び付いてないみたい——と、キアラは感心しきりだ。

 前世のママも、“有馬咲が『いける!』と言ったものは必ずや当たる”と評判の経営者だった。

 いくつも『当たり』を出して、ある意味時の人となり、雑誌やテレビ局の取材を受けたこともあったほどだ。

 もちろんカンだけに頼っていた訳ではない。それは入念な下調べやリサーチを執拗と言っていい程完璧にしてからの発言だった。

 咲はなにごとにも疑い深く慎重だった。

 それは叔父親子の言葉を調べもせずに信じて、会社を乗っ取られた遺恨もあるかもしれない。

 そんな経営者が突然の事故で亡くなったのだ。前世で経営していた会社は大変なことになっていないか心配にならないか——と問われれば、きっと(アミーリア)は「全然問題なし!」ときっぱり答えることだろう。

 そう。叔父親子の教訓と共に、前世のママは父親の急死での辛い経験も教訓としていた。

 いつ自分がどうなってもいいように、ひとりで情報や仕事を抱え込んだりしなかった。必ず片腕とも云える、学生時代の親友と全てを共有していた。

 咲が亡くなった後は、きっと彼が遺漏(いろう)なく引き継いでいるのだと思う。

 そしてそれは、アミーリアとなっても変わらないようだった。

 この“計画”を主導しているのはアミーリアで間違いないが、アミーリア一人で決定したり動かしていることはひとつもない。誰かと必ず話し合って共有することを忘れない。

 必要以上にいつも忙しいのは、そういった時間を惜しんでいないからだ。それは、いずれ軌道に乗ったら民間に移譲すると言っていたからかもしれないが——

(なんとなく、ママが生き急いでいるみたいで……怖い……)

 小説のアミーリアが短命だったからだろうか。キアラは最近のアミーリア(ママ)を見ていると、ふとそんな得体の知れない不安が胸をよぎるのだ。

 ふるり、と嫌な気持ちを払拭するようにキアラは頭を振った。

(でも、ママは私を残して絶対死なないって、言ってくれたもん)

 中庭でお互いが前世の記憶を持っていることを確認し合った時に、アミーリアが力強く宣言したことを思い出す。

「キラちゃん、そろそろ出番だけど大丈夫? 眠くなっちゃった?」

 アミーリアに声を掛けられて、キアラはハッと物思いから醒めたように、周りを見渡した。



ありがとうございました。

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