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16ー② アミーリア

 

「……先の紛争のあと、ファーニヴァルはそれはもうひどい状況でしたわ。二年あまりでここまで復興できるなんてとてもあの時には想像ができないくらい……」

 悲痛な表情を浮かべるアミーリアを側妃たちは言葉もなく見た。

 紛争終結後すぐにアミーリアはクルサード侯爵と婚姻してファーニヴァルに戻った。戦地となり荒れ果てた故郷をつぶさにその目にしたのだ、ということにいまさらだが気付いたのだ。

 以前と変わらぬ朗らかさを見せていたアミーリアだったが、きっとその心の中は深い苦衷に満ちているに違いない。にも関わらず、普段は健気にもひた隠しているのだと、側妃たちは胸を突かれた。

「あらゆるものが不足している時、最優先されるのはやはり食べ物です。クルサード侯爵様の尽力で食料はなんとか行き渡り餓死者を出すことだけは回避できましたが、それでもまだ十分とは言えません。生きるのに必死な時は衣服や衛生など二の次以下になるものです。特に被災した直後の子供たちは、サイズや季節感の合っていない衣服を着ていたり、洗い替えもなく汚れたままの肌着を着続けていました。その為に、伝染病や皮膚病に罹った子供がたくさんいます。それで命を落とした子供もいるでしょう。現在も決して解消されたとはいえません」

 平穏な王宮で暮らしていると忘れてしまいがちになるが、自分たちの故国とてファーニヴァルと同じ状況になる可能性はあった。きっと妃候補を差し出した国々の中でファーニヴァルが一番豊かな国だったから狙われただけなのだ。

 アミーリアの話を聞き、子供を持つ母となった側妃たちはいま、余計に身につまされる思いがした。

「そしてそれは——領主夫人たる私がなんとかせねばならないことだと思うのです」

「アミーリア様が? どうやって?」

 カリスタが驚き尋ねると、アミーリアは三人の側妃を順々にながめた後、嫣然と微笑み「それもあの舞台で発表しますわ」と決意を表すように力強く言った。

「……わたくしにも、どうか協力させてくださいませ!」

 いの一番にカリスタが声をあげた。カリスタは妃候補だった昔から特にアミーリアに心酔しており、同じ候補だったにも関わらず“アミーリアの取り巻き”と揶揄されるほどだった。

「まぁ。カリスタ様、まだ何をするのかも言っておりませんのに」

 少し呆れたようにアミーリアが言うのへ、エルマも「わたくしも是非」と声を上げる。唯一人ラミアだけは慎重な思案顔だ。

「アミーリア様がなさろうとしていることに、間違いなどあろうはずがございませんわ! なにより領民たちの為になることなのでしょう?」

 カリスタの言葉にアミーリアは嬉しそうな笑顔を向けた。だがその上がった口角は、ふいに寂し気に下げられた。

「ええ。……その計画を円滑に運ぶ為に、先に王宮の妃様たちへ子供服を贈りましたの。麻製品の良さを認識していただいて、できれば販促につながれば……と思っていたのですけれど……」

 アミーリアは俯き睫毛を伏せ、「やはり麻と云うだけで嫌がる方もいらっしゃるのかしら……」と三人にしか聞こえないような小さい声で呟いた。

「あ……!」

「アミーリア様、まさか御存知で……!」

「それはっ……」

 三人は同時に声を上げ、お互いに目配せを交わし合うと、意を決したように頷いた。

「アミーリア様、ここはちょっと()()()が良すぎますわ……」

 燦々とした日差しの中でラミアが何故か寒がるように腕をさすり、一瞬だが自分たちに付いてきた王宮の女官たちがいる方へ視線を流した。恐らくその中に、誰かに通じているものがいると言いたいのだろう。

「ま! 身重のラミア様に何かあってはいけませんわ。そうだわ! 私の部屋に移動しましょう。お披露目するものを先に是非見てもらいたいし」

 素早く了解したアミーリアはすぐさま対応した。

 アミーリアは三人を自室へと案内すると「プライベートな部屋ですし、彼女たちだけに未発表の新作を見せたいの。あなたたちは遠慮して下さる?」と有無を言わせずに王宮の女官たちを締め出して外に待機させた。


「こんなところに連れてきてごめんなさいね。でも、ここなら何を話しても安心よ」

 アミーリアの私室とキアラの子供部屋は、ギディオンが強力な警備体制を敷いている為、レティス城内で一番安全な場所であると云えた。

 側妃たちはアミーリアの言葉に即、頷いた。

 バルコニーからこの部屋——アミーリアの私室に到着するまでの道のりに配置されている護衛騎士の多さやすれ違う使用人たちの警戒する視線を受けて、「蟻一匹でも侵入するのは難しそう……」と身をもって感じたからだ。

 そして応接間に四人は小さく輪になって座り込むと、すぐに側妃たちは堰を切ったように、これまでずっと心に溜め込んでいたことをぶちまけ始めた。

「ロザリンド様は変わられましたわ」

 カリスタは声をひそめて言った。それに同意するように、ラミアとエルマが頷く。

「わたくし、アミーリア様が殿下の婚約者だった頃は、ロザリンド様ってあの派手で勝気そうな容姿の割に、とても控え目で物静かな方だと……ハッキリ言わせてもらえば、自分の意見などない、それどころか持ってさえいない御方なのだと思っていました。でも、最近……いえ、御婚約されたあたりから、少しずつ違和感をおぼえ始めましたの。もしかしたら、わたくしロザリンド様のことを見誤っていたのではないかって……」

「カリスタ様だけではありませんわ。それは側妃となった者全員が、多かれ少なかれ感じていることです」

 ラミアがつけつけと言う。

「見誤っていたとは?」

 アミーリアは不思議そうに首を傾げたが、内心(あー。ロザリンド様ってなんとなく胡散臭いカンジしたもんねぇ)と思っていた。

 何が、というワケではない。具体的にこれといったことがあったワケでもないのだが、元経営者のカンとでも言うのだろうか。なんかこいつ裏がありそう……的なものを以前からうっすら感じていた。

「御婚約された途端に、まるで最初から自分が婚約者であったかのように振舞われて、大きな顔をなさって……。殿下に終始ベタベタと……」

「アミーリア様が御婚約者でいらっしゃった時は殿下に必要以上に近寄らず遠巻きにするばかりでしたのに。大人し気に振舞っておきながら、本当はこうなる機会を虎視眈々とずっと狙っていたのではないかと、いまとなっては邪推致しますわ」

 まったくだわ! などと側妃たちは憤慨しているが、アミーリアは(なーんだ。そんなことか)と若干拍子抜けした。

 シルヴェスターとロザリンドは以前から両想いだったという認識だったので、アミーリアにそこまでの憤りはない。(というか、シルヴェスターに全く興味がないのでなんとも思わない)

「邪推だなんて……。私と婚約していた頃から、あの二人は密かに惹かれ合っていたと思いますわ。よく目配せし合ったり、遠くからお互いを見つめ合ったりしていたもの。それに殿下は、いつも私の前で『彼女こそ本当の美女』ってロザリンド様のことをそれは褒め称えていましたし……」

 アミーリアがそう言うと、側妃三人は目をぱちぱちさせた後、くすりと含み笑いを漏らした。

「まっ……。アミーリア様って、聡明でいらっしゃるのに、こういう方面だけは……」

「本当に。こんな所がお可愛らしいのよ……」

「ねぇ……」

(なんだろうか……。このいとけない子を見るような視線……。なんか私、間違ったこと言った⁈)

 生温かい目で見られて、アミーリアはおしりがムズ痒くて座りが悪いカンジになり、モジモジと身動ぎした。

 アミーリアがよくわかっていないことを察したラミアがほほえましげに言った。

「それは、殿下がアミーリア様の気を引こうとして言っていたのですわ」

(は? まっさかぁ! あの性格破綻者がそんなカワイイことする訳ないでしょッ!)

 と、アミーリアは心の中で盛大に毒づいたが、外面は困ったように眉を下げ「そんな……」としおらしく口籠った。

「ラミア様。殿下もアミーリア様も、すでに別の方とご結婚されているのですから、いまさらそんなことを仰ってはいけませんわ」

 エルマに(たしな)められて、ラミアは気まずそうに頭を下げた。

「あ……そうですね。申し訳ございません、アミーリア様」

「いいえ。もう気にしておりませんし、要するに、殿下とロザリンド様は仲睦まじいと云うことでしょう? 未来の王と王妃の仲が良好とは王国の為にも結構なことではないですか」

「それが……」

「事情が……」

「いろいろと……」

 何故か側妃たちは困ったように口ごもり、一様に眉を下げた。

「……?」

 訳が分からずアミーリアが不思議そうな顔をすると、側妃たちは言い難そうにアミーリアが王宮を去ってからのことを話し始めた。



 “紛争終結を祝う宴”で婚約を発表したシルヴェスター王子とロザリンド王女は、その半年後に結婚式を挙げた。

 アミーリアとの結婚式の準備をそのままロザリンドとの式に差し替えたのだ。普通であれば、馬鹿にしているのかとロザリンドの故国ラティマ王国から文句のひとつも言われそうだが、他の妃候補と再び差し替えられたら困るとでも思ったのか、ラティマ王国からは何の抗議もなかったそうだ。

 なにより、当の本人であるロザリンドが早々に式を挙げられることを喜び納得していたというので、問題はなかったのだろう。

 二人が結婚式を挙げた数日後に、妃候補だったラミア・カリスタ・エルマを含む七人は、王宮にそれぞれ(つぼね)を賜り側妃となった。

 当初、婚約してからのシルヴェスターとロザリンドの様子から、ラミア達七人は側妃になったといっても形ばかりのものになるであろうと思っていた。

 何故なら、これまでシルヴェスターはアミーリアとロザリンド以外の妃候補にはほとんど見向きもしなかったからだ。

 故国のために妃という名の人質になることはやむを得ないと思ってアーカート王国に来た身ではあるが、側妃となった姫君たちはこれからの長く空しい後宮生活に思いを馳せ、やるせない気持ちを一様に抱いていた。

 だが、ロザリンドとの新婚生活を一カ月程過ごすと、シルヴェスターはロザリンドを含めた全ての妃の局を日替わりで訪れるようになったのだ。

 これにはもちろん喜んだ側妃もいたが、ラミア・カリスタ・エルマの三人は、アミーリアのこともあり、ロザリンドの気持ちを考えると素直に嬉しいとは言えない……どちらかというと困惑の方が大きかった、と語った。

「殿下の行動は、世継ぎを作るという王族として当然の義務を果たしているだけなのですが、個人的には……なんとなく……不誠実に感じましたわ」

 そうラミアがこぼすと、カリスタとエルマも苦笑いで同調した。

「婚姻後わずかひと月で、側妃とはいえ他の女性の閨へ行くなんて、ね」

「自分が正妻だったなら我慢なりませんわ」

「わたくしたち、殿下に夢を見過ぎていたのかもしれませんわね。美しい方は、心映えも美しいものだと……」

 そう言いながら、ラミアはため息交じりに大きくなったお腹をさすった。

 うつくしい夢から醒めて現実を知ってしまった幻滅と、現実を知り受け入れたからこそ、子供を持ち側妃としての立場を確立できたことによる打算ともいえる安心感とが入り混じった、複雑な表情をラミアは浮かべていた。

 婚姻から二年程経ったいま、ロザリンドが第一王子、カリスタが第一王女、エルマが第二王女と、立て続けに王子王女が誕生している。そしてラミアも妊娠中だ。

 他にも、ロザリンドとほぼ同時に妊娠・出産したアイリスという側妃がいたが、出産した第二王子は死産で、アイリスもそのまま亡くなったという。

「ラミア様……」

 アミーリアは同情を禁じ得なかった。状況は違えど、夫となった相手に愛されていないのは皆同じなのだ。

 ただ、シルヴェスターの誰彼構わずと云うような所業に比べれば、例え嫌っていたとしてもアミーリア以外の女性を傍に置いていないギディオンはよほど清廉で誠実だと、アミーリアは内心ギディオンを持ち上げていた。

 そしてアミーリアはラミアたちの話を聞きながら、直感していた。

 シルヴェスターが正妃も側妃も同じように扱っているのは、きっと、ロザリンドの絶望する顔をみるためだ。自分を心底好いている相手の傷ついた顔を見て、嗜虐心を満足させているに違いない。

(性格が悪い……っていうか、もはやヤバいレベルだわ。ほんと婚約破棄されてよかった……)

 アミーリアは心底安堵した。

 何事もなくそのまま婚姻していたら、あの変態から(のが)れられないだけでなく、キアラも存在しなかったかもしれない。

 そう思うと、例えギディオンとの仲がこのまま冷えたものだったとしても、キアラが側に居て、ギディオンの姿をたまにでも垣間見られるいまの生活は、なんと幸福なことか……。

 そんなアミーリアの感慨を破るように、ラミアが低い声で言った。

「そしてアミーリア様。あなたが、近いうちにクルサード侯爵と離縁して殿下の愛妾になるなどと、王宮ではまことしやかに噂になっているのです————」



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