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16ー① アミーリア

 

 ファーニヴァル公国の王城であったレティス城は、領地の中心に位置する高台に築城されている。

 城に来る客をもてなす応接室のバルコニーからは、ファーニヴァルの首都ネイピアをはるかに見渡すことができる。

 少し汗ばむ季節にはなったが、そのバルコニーに日傘やテーブルをセッティングし、アミーリアと貴婦人三人はお茶を嗜みながら、眼下に広がるいままさに開催されているお祭りを眺めていた。

 街中に設置されている花壇には今は盛りと色鮮やかな百合が咲き誇り、至る所に生花や百合をモチーフにした飾り物が飾られて、街は華やかに彩られていた。

 城下の目抜き通りとその通りに隣接する小道のほとんどに露店が立ち並び、ファーニヴァルの名産品だけでなく外国の珍しい品々、食べ物、衣料品など————オラシア大陸のあらゆる国々から集まってくる、ありとあらゆるものが売られ、人々が久々の祭りに喜び、楽し気に店を覗いているのが伺える。

 道のそこ此処(ここ)にあるちょっとした広場では、旅芸人や音楽隊などが芸を披露して見物人からおひねりを貰っているのが見えた。


「アミーリア様、噂には聞いておりましたが、ここのお祭りがこんなに盛況とは……」

「本当に! むしろ噂以上ですわ。それに街中が百合の花で溢れていてとても美しいし、ここまで良い香りが漂ってくるわ」

「遠出しても見る価値のあるお祭りですわね! お招きいただけて感謝いたしますわ」

 貴婦人三人が口々に祭の賑わいを褒め称えた。おそらく戦後間もないファーニヴァルがここまで復興しているとは思わなかったのだろう。

 アミーリアは嬉し気に祭りの様子を眺めながら言った。

「ありがとうございます。ファーニヴァルにはやまゆりが多く自生していますの。城の周辺にも群生地がたくさんありますから、滞在中に庭や城壁内を散策されるとよいですわ。いろいろな品種の百合が楽しめると思います」

「あ! それでファーニヴァル公家の紋章は百合だったのですね?」

「その通りですわ、ラミア様。ファーニヴァルの初代大公がこの城のある丘を初めて訪れた時、丘を覆うかの如く、むせ返るようにたくさんの百合が咲き誇っていたそうです」

「まあぁ。さぞかし壮観だったことでしょうねぇ」

「そうですね。それでこの地を象徴するにふさわしいと紋章にしたそうですわ。そして、この丘から見える景観と百合に魅せられて、レティス城を作ったとか作らないとか……そのように伝わっています」

「ま。初代様はさすが大国アーカートの元王子様だけあって、優雅で風流ですこと」

 にこり、とアミーリアは礼を言うように艶麗に微笑んだ。

 その以前と変わらぬ美しく匂うような笑顔を見て、三人の貴婦人は一様にうっとりとした表情を浮かべた。

「それにしても、アミーリア様に久方ぶりにお会いできて本当に……本当に嬉しいですわ……」

 一人がそう言うと、他の二人も感極まったように大きく頷いた。


 毎年初夏に開催される、ファーニヴァルの建国祭であるやまゆり祭(リリーフェスティバル)に、アミーリアはシルヴェスター王子の側妃三人を招待していた。

 この三人、元々はファーニヴァルよりもゲートスケル皇国により近い位置にある西方諸国の王女と高位貴族の令嬢である。アミーリアと同じく、妃選定の折に集まった姫君たちだ。

 シルヴェスター王子とラティマ王国のロザリンド王女の婚姻後、集まった姫君たちは婚約破棄されたアミーリアを除く全員が側妃となった。

 アミーリアは例の『計画』の為に、側妃になった姫君たちの中でも特にこの三人を選び、ファーニヴァルに招いたのだった。

「私も皆さんに会いたかったですわ! だからお祭りを餌に……と言っては何ですが、蝶のように美しい皆さんをお祭りという蜜で呼び寄せてしまいましたの。だって、待ち望んでいたやまゆり祭(リリーフェスティバル)がようやく三年振りの開催に漕ぎつけたのですもの。だから、どうしても大好きなあなたたちに、是非見ていただきたかったのよ! どうか私の自慢に付き合って、楽しんでいって下さいな……窮屈な王宮の憂さを忘れて、……ね!」

 アミーリアはおどける様に片目をつむり、肩をすくめて微笑んだ。

「アミーリア様ったら! でも、さすが分かっていらっしゃるわ」

「アミーリア様が王宮からいなくなって、わたくしたち本当につまらないの」

「ねぇ……。だって、ロザリンド様ったら……」

「しっ……駄目よ……」

「だけど……」

 だんだんと声のトーンが小さくなっていき、互いに視線を交わし合い、最後には三人共だんまりと口を(つぐ)んでしまった。

「きっとその声は……祭の喧騒にかき消されて、王宮には聞こえないと思うわ。どうぞ気が向いたら気兼ねなくお話になって。私はもう、王家とは関わりのない人間ですもの」

 少し考えるようなそぶりをみせた後にそう言って、屈託ない笑顔を浮かべたアミーリアに、三人の貴婦人は肩の力が抜けたようなほっと緩んだ表情をみせた。しかし、それでも彼女たちの口は閉ざされたままだった。

 場の雰囲気が少しばかり気詰りになった為か、アミーリアはふいに話を変えた。

「そうそう。この城の下に大きな広場があるでしょう? ほらあそこ、いま、舞台を作っているのが見えて?」

 アミーリアの指さした先を三人は視線で追った。

 レティス城のある小高い丘陵の足元には城への入り口である背の高い城門がある。

 城門前には大きな広場があり、広場から街へと目抜き通りに繋がる道が伸びている。

 その城門前の広場で大勢の人間が動き回って作業しており、たしかに舞台らしきものが設営されていた。

「あれは……?」

 貴婦人の一人、エルマが不思議そうにアミーリアを見返した。

「実はね、これはサプライズ企画なので、まだほんとうは内緒なのだけれど……」

 アミーリアは急に声をひそめた。つられて三人は話をよく聞くために顔を寄せる。

 その顔は、ワクワクと期待溢れるものに変わっている。サプライズに内緒話なんて、貴婦人ならずとも女子なら誰でも大好物の話題だ。

「先日贈った()()()()を祭りの最終日に、あの舞台でお披露目する予定なの……!」

「まあっ……!」

「わたくし、アレをどこで購入できるのか、アミーリア様に聞くつもりでしたの!」

「わたくしもよ! いろんな方からどうやったら手に入るのか教えてくれって、ほんとうに大変でしたの」

 途端に三人は色めき立つ。その反応を見てアミーリアは内心ニヤリとした。

 “例のモノ”とは、アミーリアとアルダ会長がこの祭りに合わせて商品化を急いだ、麻製(リネン)の子供用の衣類だ。

 アミーリアは販売に先駆け、王太子シルヴェスターの王子・王女を生んだ妃に宛てて商品をお祝いとして贈っていた。

 三人の内、カリスタとエルマは共に王女を出産しており、アミーリアはキアラモデル・ワンピースの他にも上質な麻製の肌着や寝巻などを大量にプレゼントしていた。

「まぁ。カリスタ様とエルマ様にそんなに気に入ってもらえたなんて、嬉しいですわ」

 アミーリアはにこりと微笑むだけで、焦らすように詳細を口にしない。

「ねぇ、そこまで仰ってまだ詳しいことは内緒ですの? アミーリア様?」

 ラミアは(おもね)るような表情でアミーリアににじり寄る。

 側妃ラミアは、西方諸国のひとつ——位置的にはファーニヴァルよりも若干北にある——アマド国の王女であった。

 アマドは麻を主要生産品として輸出している農業国で、これといった産業がない小国。ゲートスケル皇国の脅威にもアーカート王国の傘の下で守ってもらう以外の選択肢がなかった国だ。

 アミーリアはこの事業を計画し始めた時に、ラミアに麻について手紙で()()()問い合わせた。その時からラミアはアミーリアの動向を気にしていた。

 そして最近になって、今までにない麻織物の衣料品が王子・王女を出産した妃たちへ贈られるに至り、どういうことなのか知りたくてウズウズしていたのだ。

 もしかするとアミーリアは麻をどこかの国から輸入しているのだろうか? であれば、故国アマドにもなにか商機があるのではないか?

 ラミアはアマド国の安泰という使命を担って、大国アーカート王国の側妃となった。故に『アマドの利になるならば、アミーリアに取り入ってでも』と云う意気込みで、安定期とはいえ妊娠中にも関わらずファーニヴァルにまで赴いたといっても過言ではない。

 もちろんアミーリアもラミアがそう考えるだろうことを織り込んで手紙を出し、祭にも招待した。到着したラミアが身重だったことには、かなり驚いたが。

 しかし、だからと言ってアミーリアは簡単に腹の内を明かすつもりはない。

(おいしい商談ができるのは、それなりの対価をいただいてから、ですわよ。ラミア様)

 アミーリアは今回の事業を起こすにあたり、麻の生産地や主要輸出国をしっかり下調べしていた。

 麻は、オラシア大陸の中でアマド国とその隣国であったリマ国が主要産地だった。現在リマ国は、ゲートスケル皇国に併呑され、国ではなくゲートスケル皇国の一都市リマとなっている。

 そもそもリマでは織物——特に被服用の布地——を特産品として輸出しており、その原材料の一部である麻をアマドから輸入していた。

 だが、リマがゲートスケル皇国の一部となってから事情が変わった。

 北方に位置するゲートスケル皇国の貴族たちは、麻よりも絹を好んだ。その為、リマではゲートスケル皇国向けの絹織物の価値が上がり、麻織物は下がった。

 おかげで現在、アマド国は主要輸出先のリマから麻を買い叩かれている状態が続き、国の財政はジリ貧となっているのだ。

 リマよりも良い条件で取引できるところがあれば、アマドはそれこそ喉から手が出るほど欲しいというのが正直なところだろう。

 そんな状況の中、アミーリアから麻の取引について問い合わせる手紙がラミアの元に届き、麻を使った子供服が側妃たちに贈られてきたのだ。アマド国元王女のラミアにしてみれば、どういうことなのかと無理を押してでも来るというものだ。

 なのに、アミーリアはなかなかその詳細を口にしない。

 アミーリアはラミアの苛ついた様子など気付かぬ体で、「子供たちは肌着を喜んで着てくれたかしら?」などとカリスタとエルマに質問する。

 二人ともキアラより少し年下の子供の母親なので、すぐに反応が返ってきた。

「ええ! とても着心地がいいようですわ。汗をかいてもすぐに乾くから、今年は肌にかぶれがほとんどできておりませんの!」

「うちの子も同じですわ! それに水を通せば通すほど風合い良く柔らかになって……あんな肌着初めてです」

「肌着だけではありません。特にワンピースがお気に入りで、あればかり着たがりますわ。デザインも可愛らしいのに、軽くて涼しくて!」

「購入できるのなら、是非欲しいという方は沢山いらっしゃいましてよ」

 狙い通り、とアミーリアは頬を弛めた。

 アーカート王国の王都はファーニヴァルとそれほど気候に大差はない。だが、高地にあるファーニヴァルと比べて王都の夏はひどく蒸し暑いのだ。大人もだが子供は特に汗をかいて、()()()を患うことが多い。

 アーカート王国は綿の産地を多く抱えているため、衣料品、特に肌着は綿製品が主流だ。

 麻製品とは、貴族の間では亜麻を使用した高級品のみ多少認知されていたが、多くはゴワゴワした硬い布地として低級品扱いされるものであった。

 だが、アミーリアが今回妃たちに贈ったものは、そんな認識を覆す品物だった。

 柔らかいのにさらりとした手触り。通気性がよく、濡れてもすぐに乾き、冷感すら感じる。

 さらには、ファーニヴァルの洗練された縫製技術で作られた肌着は縫い目が内側になく、子供の敏感な肌をまったく刺激しない————

 夏前に贈られたそれらの品々は、ファーニヴァルよりも早く本格的に暑い季節を迎えたアーカート王国で、その本領を発揮し始めた。

 大方の貴族の子供たちが()()()()()()に泣いていたというのに、アミーリアが贈った肌着を身に付けた王女たちは、全くなかったとは言わないが、かなり軽くすんでいた。

 同年代の子供を持つ貴族たちの間で、これが噂にならないはずがない。元より王宮で注目されているシルヴェスター王子の子供たちが着用しているということもある。

 国のトップ——王宮——への贈り物とは、即ち最高のプロモーション。いわばこれはアミーリアが行った先行投資なのだ。

 こうして、妃たちがどこでそれを手に入れたのかを聞き出そうと、幼い子供を持つ親たちは躍起になった。

 だが、アミーリアから贈られたと聞くと、皆一様に戸惑い、困った顔になり————あとでコッソリと「どこかで購入できないものか」と相談にくる。

 カリスタとエルマは『購入したい方がいる』と話してすぐに、ふとそれを思い出して苦々しい顔になった。

「そういった感想を直に聞きたくて、今回御招待しましたのよ。お二人共どうもありがとうございます」

 側妃二人がもの思わしげな表情を浮かべているのを気付かぬふりをして、アミーリアは続けた。

「実はね、キアラを生んで育てているうちに、あの肌着を作ろうと思い立ちましたの。王都ほどではありませんけれど、ここも夏はそれなりに暑いですから。寝汗であせもができたり、肌着が濡れて冷えてしまって風邪をひくなんてこともよくありましたわ。辛そうな様子が可哀想で、何度せつない思いをしたことか……」

 二人はよくわかると言いたげに、大きく頷いた。

「それで、何か子供が身に付けるのに良いものはないかと探して、麻に辿り着きましたの。麻はアーカート王国では低級品とされていますけれど、通気性と速乾性、そして抗菌作用は子供が身に付けるのにぴったりなのです。そこに、ファーニヴァルの織と縫製の技術が加われば、素晴らしいものが出来上がるのではないかと考えましたの」

 低級と言われて少しムッとしたラミアも、自分も知らなかった麻の特性を耳にして、引き込まれるようにアミーリアの話に聞き入った。

「それで、ファーニヴァルの商人ギルドの方たちの協力を得て、作り出したのが皆様に贈ったものなのです。母親であるカリスタ様とエルマ様に評価していただけて本当に嬉しいですわ。苦労と努力が報われた思いが致します」

「アミーリア様……」

「そんな、わたくし達の方こそ、感謝しておりますわ」

 四人は嬉し気に微笑み合った。が、すぐにアミーリアはつと暗い顔で城下の賑わいに視線を移した。側妃三人もつられて同じ方向を見る。

「でもね、王女様方やキアラは良いのです。恵まれた環境で育てられ、どんなに高価でも品質の良い肌着を用意してもらえる。問題は……」

 アミーリアの視線は、領民——平民たちなのだと言っていた。

 だが、それがどう問題なのか、側妃たちにはまったくわからなかった。

 そもそも“麻”は低級品とされていて、平民たちが日常的に使っているものだと思っていた。それを貴族が使用するに相応しいほどの品質に底上げしたアミーリアの努力を讃え感謝した、という話の流れだったはずなのに。

 側妃たちは戸惑いながらも、アミーリアの話の続きを黙って伺った。

 そして、アミーリアはしばらく辛そうに領民たちをみつめた後、おもむろに口を開いた。



ありがとうございました。

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