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15ー③ キアラ

 

 アーカート王国は、広大な領土と長い歴史を持つ国だ。これまで何百年もの間、オラシア大陸一の強国として君臨し続けてきた。

 誰からも何処からも脅かされない平和と安寧(あんねい)の中で微睡(まどろ)むうちに、王国はその状態を維持すること、即ち“変化しないこと”を良しとするようになっていた。

 しかしそれは、次第に怠惰や惰性へと変異していったのだ。

 アーカート貴族たちは現状を維持することだけに腐心し、努力や工夫、改善という言葉を忘れた。

 それゆえに、ここ百年程王国内の経済活動は停滞し、少しずつ衰退していた。だが、誰もそのことに気付いてすらいなかった。

 そこに、降って湧いたようにゲートスケル皇国の周辺国家への侵略と大国化が始まったのだ。

 破竹の勢いで周辺国家を吸収し、急速に成長していくゲートスケル皇国を目の当たりにして、睡微(まどろ)んでいたアーカート王国はようやく長い眠りから覚めた。

 ゆるゆると衰退と自滅の道へと進んでいたことに、やっと気が付いたのだ。

 とはいえ、いくら勢いがあろうとも新興国であるゲートスケルの台頭など、まだまだ強国アーカートにとっては屋台骨が揺らぐほどに大きく影響するものではなかった。

 それよりも、ゲートスケル皇国侵攻の影響を多大に受けた周辺小国家から寄せられた——庇護を求める為の——貢物や献上品の方に、アーカート王国はいまさらながら驚きで目を(みは)ったのだ。

 これまで取るに足らない後進国と侮ってきた小国は、いつの間にか、低迷し()んでいたアーカート王国よりも文化的に対等以上になっており、それらの国々から(もたら)された品々は、アーカート王国内をたちまち席巻(せっけん)した。

 それは貴族間で奪い合いが起きる程、素晴らしく洗練された逸品・名品揃いであった。

 そのうえ、戦支度による特需で一気に王国内は活気付き、いままでになく景気が良くなった。

 こうして長い微睡みから目覚めたアーカート王国は、自分たちがいかにぬるま湯に浸かりきっていたのかを自覚してしまったのだ。



「自覚したおかげで貪欲になったアーカート王国は、ゲートスケルの脅威に怯える周辺小国家に対して、さて、どういう対応をしたでしょう?」

 アミーリアのさらなる質問に、キアラは何かヒントは無いかと昔勉強した世界史の知識を頭の中でざっとおさらいする。

「んん……。庇護を確約する代わりに、古代中国みたいに朝貢(ちょうこう)(貢ぎ物)をさせるとか、もしくは植民地支配をしていたかつてのヨーロッパ諸国のように、特定の品を安く寄越せ、逆にアーカート王国の特産品を大量に購入しろ、みたいなことを要求した……とか?」

 長らく惰眠を貪っていたアーカート王国にとって、外国から入ってくる珍しい品々はさぞかし経済を活性化させ、ヒトやカネ、あらゆるモノが動き、目の覚めるような刺激剤となったハズだ。

 とはいえ、アーカートほどの大国がそこまで人(国?)の弱みに付け込むだろうか、と恐る恐る言ってみた。

「ま、そこまで露骨ではなくとも、王国の外交官からのそう言った匂わせは相当強かったらしいわね」

 うわぁ、ホントにやったんだ、とキアラは(うめ)いて鼻白んだ。

「で、その流れでシルヴェスター王子の妃公募があったってワケよ」

「あぁ……。そうか……」

 周辺小国家をさらに抱え込み、しっかりと捉えるために、“妃”と云う名の人質を要求したということか。

 大国ってどうしてこうも傲慢になれるんだろう、と過ぎたことではあるがキアラは呆れ果てた。

「資源豊かだと思われていたファーニヴァルは、特に目を付けられていたと思うわ。アーカート王は喉から手が出るほど欲しかったんじゃないかしら。元々は王国の領土だったわけだしね」

「……もしかして、ゲートスケルのファーニヴァルへの侵攻は王国にとって渡りに船だった……?」

 ファーニヴァル公女アミーリアを王太子妃にするという(から)め手で策を弄するよりも、紛争を利用してファーニヴァル公家を潰して合法的に手に入れられれば手っ取り早い。そうアーカート王が考えてもおかしくはない。

 実際そうなったし、と思うキアラの考えを肯定するように、アミーリアはひどく荒んだ顔をしてなにか呟いた。

「……あの……どぐさ……め」

 最後の方はギリギリと歯軋りまで混じり、よく聞こえなかった。

(ひえ……。やっぱり、ママは王国の非情なやりくちに相当怒ってる……?)

 あまりのヤサぐれた雰囲気に、キアラはもう触れるのはやめようと口を(つぐ)んだ。

 しかし、アミーリアがその時考えていたことは、キアラの思っていたことと若干違っていた。

 アーカート王家の非情さに怒ってもいたが、実際はファーニヴァル大公と大公子がアミーリアを人質として差し出したくせに途中で変節し、王国を裏切ったことを思い出して「あのどぐされオヤジたちめ」と憤っていたのだ。

 アミーリアも、さすがに祖父と伯父がそこまで外道だったとはキアラに言えず、喉元まで出かかった罵詈雑言を懸命に堪えていたのだ。うっかり少し(?)漏れ出てしまったが……。

「え、えっと、そうだ。ねぇ、ママ! 話を戻すと、ママはファーニヴァルが王国の植民地とならないように頑張っているってことなんだよね?」

 アミーリアの心の闇がこれ以上深くなる前に話を逸らそうと、キアラは最初の“アーカート王国はファーニヴァルを今後どうするつもりか”というテーマに立ち返ろうとした。

 アミーリアも話が逸れてしまったことに気付いたのか「ごめん、ごめん」と苦笑いした後、キアラの質問に対して頷いた。

「そうよ。ファーニヴァルを王国のいいように食い荒らされる訳にはいかないんだから! 実は以前から、武器や防具を要求されているの。ファーニヴァルは冶金と鍛冶技術が他国より()()()進んでいるから……」

 ここで、アミーリアが意味ありげにキアラに視線を流す。

「あ……!」

 “世界の落し物”の研究成果なのだとすぐにピンときて、こくこくとキアラは頷いた。

「だけどね、私も最近知ったのだけれど、ファーニヴァルの鉱物資源はすでに枯渇していて王国の要望を満たす程の量を出せないの。……というか、ファーニヴァルだけでなくこの世界全体で鉱物は枯渇していると思うんだけど……。これに関しては、ちょっと不思議で気になることがあって……でも、話がまた逸れちゃうからそれはまた今度折をみて話すわね」

 考え込むように眉間に皺を寄せてアミーリアが言うのへ、キアラはきょとんとしながらもこくりと素直に頷いた。

「話を戻すと、アーカートの要求に対して、いまはファーニヴァルの領主であるギディオンが『復興が優先』とかわしているけれど、それもいつまで通じるか、というところだし……」

「パパ、頑張ってくれているんだ」

 小説のギディオンと現実のギディオン(パパ)は全然違う!

 キアラはにわかに嬉しくなり「ね、パパにもママの計画を話して協力してもらえばいいんじゃない?」と思い切って提案してみた。

 だがアミーリアは黙ったまま、困ったようななんとも複雑な笑みを浮かべた。

「ママ……」

「とにかく! 私はいくら併合されたとしても、弱い立場のまま植民地のように一方的に搾取されたくはないし、王国の一領地としてファーニヴァルを対等に扱ってもらいたい。だからこそ、内情を知られる前に、王国と対等……いえ、より有利に取引できる材料を用意しておかなきゃならないのよ。“モノ”が出せないなら、“技術”を寄越せっていわれるかもしれないでしょ」

「技術……って、もしかして職人さんを連れて行かれるってコト⁈」

「そういう可能性もないとはいえないわ」

 日本でも、ある権力者が戦後に他国の優れた職人を連れ去ってきたという歴史的事実がある。権力者の考えることなど古今東西似たり寄ったりだ。

 ファーニヴァルの為にも、職人さんの為にも、そんなことされて堪るか、とキアラは憤った。

「それで、その代わりになるものが、いまママが計画している事業なのね」

「そう。最初はキラちゃんの為に考えたものだけれど、調べているうちに使えるなって思ったのよ」

 なるほど。この事業を成功させた後は自分(キアラ)に継承させてファーニヴァルを守って欲しいと云うことか、とキアラは合点した。

 だが、アミーリアの考えていたことは、またちょっと違っていたらしい。

「そこで!」

 パン、と両手を叩くと、アミーリアは挑戦的な目をして、こう宣言したのだ。

「ママはこの計画を足掛かりにファーニヴァルの経済活動をさらに発展させて、まずは王国にここ(ファーニヴァル)を経済特区として認めさせたいの。そのあと、大陸の中心に位置するという地の利を生かし、ファーニヴァルを大陸の経済・流通が集約する大拠点にする。そしていずれは、ゲートスケルだけでなく西方諸国をも含めた“経済ハブ都市”を目指すの! そうなった暁には、ファーニヴァルは、どこからも、王家すら簡単には手出しできないほどの、裕福で重要な領地となっているはずよ! そして……もちろん、最終的な目標は————再び、国家としての独立、よッ‼」

「………………は?」

 突然の、スケールのデカすぎる話を聞いて、キアラはポカンと口が開いたままになった。

 ちょっと前までファーニヴァルが植民地化の瀬戸際、的な話をしていたと思うのだが……と、キアラはドヤ顔で拳を振り上げるアミーリアをみつめながら呆然とした。

 アミーリアは、すでにキアラの代どころか、もっと先の先まで見据えていたらしい。

 だが、確かにコレは軽々(けいけい)に話せる内容ではなかった。誰かに聞かれたら、すぐさま反逆ととられてもおかしくない。

(こりゃ話すのをためらうはずだわ……)

「これから少しずつ、ママの考えと計画をキラちゃんに伝えていくから! ……協力、してくれるんだよね?」

 合わせた手を摺り合わせ、懇願している(ように見える)。が、最初の躊躇していた様子など微塵も無くなっていた。きっと言ってしまったことで、逆に「やってもらうしかない!」と吹っ切れたのかもしれない。

 アミーリアの瞳は決意が(みなぎ)ってギラギラと輝き、体中からヤル気とでも云うのか、暑苦しいナニカが発散されて妙な圧を感じる。

(あ……。これ、なんか止められないヤツ……)

 キアラは観念した。

「……うん。ママ、モチロン……」

 喜び興奮するアミーリアを前に、これはどうしたものか、とキアラはひっそり遠い目をした。



※※※


 アミーリア。

 今日の貴女も美しかった。

 平民の女どもを女王のごとく自分の思うままに使い、どんな男も(かしず)かせ動かす貴女。

 誰もが平伏せずにはいられない威厳に満ち、逆らおうと思うものなどひとりもいない。

 そんな貴女の、そばにいることを許されたのは、俺だけだ。

 そんな貴女の、辛い境遇をわかってあげられるのも、俺だけだ。

 だから、もう少しだけ待っていて。

 あと少し。ほんの少しで貴女を迎える準備が整うから。

 ああ。アミーリア————俺の妖精。

 はやく貴女を、この手に…………


※※※


ありがとうございました。

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