15ー② キアラ
その日の夜、キアラとアミーリアは子供部屋のソファに二人並んで座り、最近寝る前に恒例となっている、お互いの本日あったことの報告会をしていた。
略して『寝る前報告会』である。
「今日キラちゃんが試着してくれたおかげで、デザイン担当の子が『イメージが湧き過ぎて止まらない』とか言って張り切っちゃって! ものすごい勢いで違うパターンのデザインを何枚も書き上げたのよ。それがどれも素晴らしいの。完成するのが楽しみだわ~」
アミーリアは嬉しい悲鳴をあげてホクホク顔だが、ちょっとキアラは心配になった。
「あんなに凝ったデザインのものを他に何枚も作るの?」
すぐに成長して着られなくなるのに、勿体なくないだろうか。
キアラの心配にすぐさま気付いたアミーリアは、慌てて謝った。
「あ! ごめんね、キラちゃん。今日着てもらったのはキラちゃん用だけど、これから製作するのは別に使う予定があるの」
説明不足で悪かったわ、とアミーリアは申し訳なさそうに言った。
それならそれで良かったが、まだ肝心のところが全然説明不足だ。じとりとアミーリアを睨みながら、キアラは問い質した。
「……ママ。そろそろママの考えていることをきちんと教えてくれてもいいんじゃない?」
一体どんな目的で、何を計画し、これからどうしようと思っているのか————
ここのところ寸暇を惜しんで忙しく働き回るアミーリアに遠慮して、聞きたいのをずっと我慢していたのだ。
「えぇ……?」
アミーリアはあさっての方向へ視線を流し、もじもじし始めた。
「ママがそこまで一生懸命頑張っていることに、私ももっと協力したいし」
こんなにもがむしゃらに頑張っているのは、ギディオンとのイザコザを忘れたいだけではないとキアラは確信している。
いま動いている件はアミーリアがアルダ会長と出会った頃、少なくとも一年以上前から計画していたことのはずだからだ。
だとすれば、恐らくファーニヴァルの復興関係——ママの得意分野を活かし、何か新規事業を起こして経済再生とか——ではないかとキアラは推測していた。
幼児の自分に表立って何かが出来るとは思わないが、アミーリアがこれからすることを知っていれば、キアラが手伝えることの方向性も自ずとハッキリする。
分かればそれに見合った勉強もできるし、少しでも早くキアラがアミーリアの助けとなる人材になれるかもしれない、そう思うのだ。
それを聞くと、アミーリアはまたもや感激に打ち震えて涙目になり、飛びつくようにキアラに抱き着いて奇声を発した。
「ぃやぁーん‼ き……、キラちゃん……‼ なんてイイコなのっ! どーしてこんなに聡明なコが私から生まれたのかしら⁉」
あれ。なんか商館でも似たようなことあったな……。
キアラがボンヤリそんなことを思っている間に「私ったら前世でとんでもない善行でも積んだかしら。あ、それも私だわ!」などと阿呆なことをアミーリアは喚き始めた。
「ママ! そう言うゴマカシはもういいから、ちゃんと説明して」
ぴしゃりとキアラが言うと、アミーリアは気まずそうに苦笑いした。
「……バレたか。さすがキラちゃん」
「そんなに言いたくないなら、別に無理にとは言わないけど」
「そういう訳じゃないのよ。……ただ言った後、キラちゃんに怒られたり、迷惑がられたり、嫌がられたら、ショックと言うか、さ……。ママの覚悟の問題、なのよ」
「それってさ、もしかして私が引き継ぐことを前提で考えられているってコト?」
「…………ご、御明察です」
アミーリアはしょぼーんと申し訳なさそうに項垂れながらも、ちらりちらりと伺うようにキアラへ視線を流した。
私の方から「協力したい」と申し出ているんだから、いまさらなんだけどなぁ。ママは時々変に考え過ぎて、ひとりで思い悩むところがあるんだよね————
と、キアラはふとアミーリアとギディオンのすれ違いも最初はこんな風にお互い遠慮し合って始まったのかもなぁと思い、なんとなくため息が出た。
「だったら余計に教えてくれなきゃ困るでしょ。はい、言った言った」
キアラが(まぁ、私は遠慮なんてしないから問題ないけど!)とサバサバ促すと、アミーリアは観念したように話し始めた。
そもそもの発端は、折しも出産後しばらくして夏を迎え、赤ん坊のキアラがひどいあせもや、汗ばんだ肌着でのかぶれをおこし「子供用のよい肌着はないものか」と悩んだことだった。
(リネンの肌着が欲しいわ)
汗っかきの子供には、通気性・速乾性の優れた麻の肌着が肌荒れ予防に一番いいのでは、と前世の記憶からアミーリアは思いついた。
そこで、当時城に出入りするようになった商人たちにひとしきり探してもらうことにした。
聞けばファーニヴァルの領内では、戦後の物資不足と衛生状態の悪さから、最近とみに子供の皮膚病や感染症が増えているらしい。もし思うような品物がみつかれば、キアラだけではなくファーニヴァルの子供たちにも有用だと思われた。
しかし、そんな既製品は残念ながらみつからなかった。
だが探してもらっている過程で、雑貨や絹織物を扱っているファーニヴァルで一番大きな商会の会頭であるアルダから、気になる情報がひとつだけもたらされた。
「既製品では見つかりませんでしたが、生地なら少々心当たりがございます。いまはゲートスケルの属領となっている元西方諸国のリマ国で織られたリネンです」
そのひとことで——アミーリアの頭の中で様々な知識と情報と考えが繋がり——“計画”が、瞬時に出来上がった。
アミーリアの“計画”とは、こんなカンジだった。
アーカート王国とゲートスケル皇国の終戦協定を利用し、関税が抑えられているいまを狙い、ゲートスケル皇国から原材料を安く手に入れて、それをファーニヴァルで加工し、製品をアーカート王国内で貴族へ高く売る。
こうして生まれた利益をファーニヴァルの復興と発展に生かす。
この計画の肝————それが“麻”だ。
アーカート王国では、王国は綿花の生産地を多く抱え綿織物が広く普及しているため、麻を生産している領地もあるにはあるが、あまり品質が良くなく低級品扱いとなっていて、それほど流通していない。
主な生産地の多くはゲートスケル皇国にあり、一部の製品は高級品として流通していても、多くはやはり低級品として扱われており、低価格だ。
さらに現在は、終戦協定のおかげで関税も低いのでほとんど元値で手に入る。
そして前世の“咲”の記憶を取り戻したアミーリアは“麻”の特性を熟知しており、自分の要求を満たす“麻製品”ならば『売れる』と確信していた。
何故なら、アーカート王国の王都の夏は蒸し暑い。ファーニヴァルの夏もそこそこ暑いが、比較にならない程湿気が多く蒸し暑いのを五年以上王都にいたアミーリアは体感していたからだ。
いままで気にしたことはなかったが、きっと王都の子供たちもキアラと同じく、いやもしかするともっとひどい肌荒れを患っている可能性が高い。
キアラの為に必要なものを作って、さらには王都の悩める母親たちに喜ばれて商売にすることができたなら、一石二鳥ではないか——
「ついでに、王国の貴族からたっぷり利益を搾り取れれば、ママの留飲も下がって一石三鳥だね」
アーカート王国に恨みとまでは言わないが思う所はあるアミーリアは、キアラの指摘にニヤリとした。
「さすがキラちゃん! わかってるぅ」
「まぁね。ママの考えそうなことだもん」
二人は顔を見合わせて、うひっと笑った。
「でもそうか~。私のいま着ている肌着が元になって、そんな事業計画が出来上がったんだ……。だけど、それだけじゃないよね? ママは貴族向けだけじゃなく、もっと廉価な生地でも試作品を作ってたと思うけど?」
キアラが小首を傾げて尋ねると、アミーリアは瞳を輝かせて喜色満面になった。
「もう! キラちゃんたら、どれだけママを驚かせるてくれるの⁉」
「いや……、以前目の前でアルダ会長と話し合ってたから……」
アミーリアは時々キアラを過剰に評価し過ぎるきらいがあるのだ。ちょっと困る、というか結構ウザい。
「そうだったかしら? まぁいいわ。そう、キラちゃんの言う通り、平民向けの肌着と子供服も作っているわ」
「じゃあそれは、復興支援として無償で配るんだね?」
さっきまでの説明の中で、貴族へ販売して利益が出たらファーニヴァルの復興と発展に使うと言っていたのをキアラは憶えていて、そう言った。
アミーリアは気付いたキアラに向けて嬉しそうににこりと微笑んだが、首を横に振った。
「いいえ。価格はうんと抑えるつもりだけど、販売するわ」
「え? 売るの? 支援じゃないの?」
アミーリアのキッパリとした答えに、キアラは驚いて問い返した。
「戦後すぐの物資が何もない状態だったなら、そうしていたけれどね。現在はそこまでじゃないから」
だとしても、子供たちのためにこの“計画”を立てたなら、すぐにでも広く行き渡らせたいと思っているのでは? とキアラはアミーリアの答えが腑に落ちなかった。
それが表情に出ていたのか、アミーリアは教師のような口調で説明をはじめた。
「ママね、この機会に衛生観念というものをファーニヴァルに植え付けたいのよ。子供が身に付けるものは、常に清潔であって欲しい。一着を着た切り雀でいるのではなく、毎日洗濯したものを気持ちよく着て欲しいわ。その為には、ばらまかれて手に入れたものではダメ。たとえ次に欲しいと思っても、最初は無料で手に入れたものを、次回お金を払ってまで買うかしら。むしろ「次は無料じゃないの? だったらいらない」となるだけでしょう。けれど、はじめから自分が良いと思ったものを、自分で賄える範囲の価格で購入したなら……どうかしら?」
「……うん。その価値があったと思えるなら、次も買うかも」
アミーリアはにっこり微笑んだ。
「価格はアルダ会長とかなり詰めていて、いま流通している綿製品よりずっと安くするつもり。まぁ、最初はかなり原価割れするけれど、そこは貴族からもぎ取った利益で補填する予定よ」
「なるほど~」
「そのうち販売量が増えれば、自然とそれが適正価格になるはずだしね」
「そっかぁ……」
キアラが尊敬の眼差しでみつめていると、アミーリアはぺろりと舌を出した。
「とか言いつつ、最初はちょっとばらまくんだけどね! 実はやまゆり祭だけの期間限定で『一枚の値段で二枚買える』って初回だけのセールをする予定なのよ~」
「は⁉」
さっきの話はなんだったんだ、と思ったが、これは早く広めたい希望と定着させたい願望がせめぎ合った結果なのだろう。まぁ、これもある意味せっかちのママらしい。
「この事業が軌道に乗ったら、いずれは全てを民間に移譲するつもり。だけど、いまは私が関わっている公共事業だから、なるべく多くの戦争未亡人や戦争で怪我を負った方や仕事を無くした方にこの計画に携わってもらいたいと思っているの。アルダ会長にも優先的にそういう人を雇って欲しいと、お願いしてあるわ」
(そういえば、試着した時まわりにいたのは女の人ばっかりだったし、商館で働いている人って怪我人や障害のある人が多いなぁとちょっと気になっていたんだよね……)
そういうことだったのか、とキアラは再びアミーリアを尊敬の眼差しでみつめた。
すると、照れ隠しかアミーリアは突然話題を変えた。
「あ、そうそう! やまゆり祭で思い出したけど、レオンはお祭りが終わるまでファーニヴァルに居てくれるらしいわよ~」
思わずびくっと反応したキアラの様子を、アミーリアがにやにやしながら伺った。
「ふ、ふーん……」
平静を装うものの、なんとなく耳が熱くなってくるのをキアラは自覚した。
「キラちゃんてさ、明煌ちゃんの頃から知的な雰囲気の真面目くん、好きだよね」
「なっ⁉」
「だって、歴代の彼氏がそうだったもの……」
そう言われればそうかもしれないけど!
「だから? だからナニ⁉」
なんだか無性に恥ずかしくて、ムキになってキアラはかみついた。
「だから、レオンもそうだなーって……」
「ちがうもん! だって、レオンは十歳だよ? コドモだよ⁉」
「……そんなこと言ったら、キラちゃんは幼児よ……」
呆れたようにアミーリアは呟いたが、目を吊り上げて怒るキアラを前にして、すぐに「ごめんね、キラちゃん。揶揄った訳じゃないのよ」と謝った。
困ったように眉を下げたアミーリアを見て、すぐにキアラは後悔でくしゃりと顔を歪めた。
「……私もごめん。なんとなく、頭の中と体のバランスが取れてないんだよね。自分でも自覚してる。時々、ちょっと情緒がおかしいって……」
「大丈夫大丈夫。すぐに慣れるし追いつくわ。経験者は語る、よ」
胸を叩いてアミーリアは明るく言う。
鋼鉄の精神を持つママと一緒にしないでくれ、と思わないでもないが、経験者の言葉としてありがたく受けとった。
「……うん。あー、そう言えば、話が逸れちゃったね。えっと、計画のどこまでを話してたっけ。あ、祭りのときに売り出すって……」
キアラは話を戻そうして、ふと最初に“私へ引き継ぐつもりの計画”っていってたな……、と思い出した。
「んん……? でも、ここまでは別に私に言いにくいってものでもないよね? ママの代だけでなんとかなりそうだし」
キアラがぼそりとそう言うと、アミーリアは急にきゅっと顔の表情を引き締めて真顔になった。
「鋭いわね、キラちゃん。そうよ。実はね、まだ先があるの……」
「えっ?」
アミーリアはおもむろにソファから立ち上がると、キアラの目の前に立って腕を組んだ。
その表情は真剣そのもの。アミーリア教師Ver再びである。
「さてキラちゃん、ここで質問です。アーカート王国はファーニヴァルを今後どうするつもりだと思う?」
突然の話題の転換に、キアラは虚を突かれてちょっと狼狽えた。
「え? ど、どう……とは?」
アミーリアはソファに座っているキアラと目線を合わせるために腰をかがめ、ずいっと至近距離まで顔を近づけた。思わず目が寄った。
「アーカート王国は紛争後亡国となったファーニヴァルを、私という公家の血筋の者がいるにも関わらず、すぐさま王国に併合した。それがどういうことか分かる?」
「え、えっと……。たぶん、ファーニヴァルを植民地にしたい、とか……?」
「それで?」
そう言うと、アミーリアは腰を伸ばして仁王立ちになり、再び腕を組み直す。
「うーんと、つまり、ファーニヴァルの豊かだといわれている資源が欲しい……のかな」
キアラの答えに、アミーリアは不敵に微笑むと「まぁまぁ、合格」と頷いた。
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