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15ー① キアラ

 

 私、キアラ・クルサードは、ただいま完全にお手上げ状態です。

 なににお手上げかって? もちろん御存知の、私の両親に決まっています。

 あの二人、ホントどーにかして欲しい。どうしたらあそこまでバカみたいに拗らせることができるの?

 思春期の中坊だって、もう少しうまくやっていると思う。そう思いませんか?

 って、誰に言っているんだって話ですが。

 誰が聞いてなくとも、どーにもボヤきたい。

 そんな時、幼児にもあるんですわ……。



 キアラはヤサぐれていた。

 あの日——ギディオンがレヤードのことをアミーリアに訊ねに来た日——から、ふたりは意地になったようにお互いを避け始めた。

 その場に居合わせたキアラにも、いったいどのポイントですれ違いが起きたのか、さっぱりわからなかった。

(根本的にすれ違う()()()があの二人にはあるのよ……)

 たぶん二人がそれぞれ抱えているその()()()がわからない限り、この拗れは直らない。

 キアラはそう睨んでいるのだが、そのナニカが皆目見当つかない。

 だからお手上げで、ヤサぐれているのである。


 あれからギディオンは、ぴたりと夜中に子供部屋へは来なくなってしまった。

 拗れの原因をつぶやきにくるかとキアラは期待して待っていたのだが、当てが外れた。

 だったら会いに行くしかないと、羞恥心をかなぐり捨てて『パパにあいたい——‼』と騒いで駄々をこね、アナベルに執務室まで連れて行ってもらった。

 それなのに。

 ギディオンはチラリとキアラへ視線を流したきり、(せわ)し気に机の上の書類を集めて「すまない。これから行く所があるから……」などとどこか嘘くさい言い訳をして、補佐官のブランドンに「どこにいた?」とひそひそ話しながら、執務室から出て行こうとした。

 怒ったアナベルが「少しくらいいいではないですか!」と引き留めたが、ギディオンの足は止まらなかった。

 執務室にぽつんと二人だけ置き去りにされ、「いくら忙しくったって、折角キアラ様が会いに来られたのに……」と、アナベルが憤りながらつぶやくのを呆然としながら聞いた。

 そしてこれ以降、何度執務室を訪ねても会えないことが続き、避けられているのだとさすがにキアラも悟った。

(娘に会うのも気まずくなるなら、なんであんな態度とったのよ!)

 と、最初は怒り心頭で(もう勝手にすればイイ!)などと一時は思っていたキアラだが、最近たまに遠くから見かけるギディオンが、見るたびに顔色悪くやつれていくので、いまは心配しきりだった。


 そしてアミーリアの方はと言えば、一心不乱と言ってもいいほどアルダ会長との打ち合わせや商談に打ち込んでいる。

 心配していた商館への外出許可は、アナベルの他に数人の護衛を付けるという条件ですんなりギディオンの許可が下りてしまった。

 あれほどアミーリアと会う人間を精査していたのはなんだったのだ、と云う程のアッサリぶりである。商館なんて、老若男女不特定多数の人間がワンサカいるというのに!

(まぁ、おかげでママは水を得た魚のように仕事しまくってますけどねー)

 それが水を得たのか、何かを忘れたくて躍起になっているだけなのか、と疑問は残るところだが。

 とは云え、最近のアミーリアはやりがいのある仕事を得たせいか、ギディオンがやつれていくのと反比例するように、とても生き生きと仕事に邁進していた。

 ギルドの人たちや領民から、会えばいつも感謝され、自分の手がけたことの成果が目に見えて表れてきているからなのだろう。

 何があっても、いつでも前向きなママらしい、とキアラは思う。けれど……。

(ママが前世のように、自分のやりたいことを自由にできるようになったのは嬉しい。でも、パパとのすれ違いはひどくなるばかりだよ……)

 キアラは幼児には似つかわしくない、深い苦悩のため息をついた。



 アルダが会頭を務める商館に、アミーリアが五度ほど通った頃だろうか。

 ある日、キアラもその商館に連れて行かれ、応接室らしき部屋に到着するとあれよあれよという間にアミーリアから引き離され、大勢の女性に囲まれ、パーテーションで仕切られた場所に連れ込まれると、いきなり服を脱がされ着替えをさせられた。

(なに? なに⁉ なに————⁉)

 軽くパニックになりかけたところで、キアラのヘアセットを終えた女性がやり切ったといわんばかりに「ふぅ~」と汗を拭いながら大きく息をつき、少し離れた場所にいたアミーリアの方へ、すごい勢いで振り向いた。

「いかがですか⁉ アミーリア様‼ とおっっても、お可愛らしいですよね⁉」

 キアラは、訳がわからずキョロキョロしていると、祈るように手を合わせているアミーリアと目が合った。

 アミーリアは感激に打ち震え、涙目になりながら、しきりに頷いている。

「ママ……。いったいどゆこと?」

 思わず小首を傾げて尋ねると、アミーリアは飛びつくようにキアラに抱き着いて、奇声を発した。

「ぃやぁーん‼ き……、キラちゃん……‼ とってもきゃわゆいわ————ッ‼」

 さっきヘアセットをしてくれた女性が、おもむろに姿見を目の前に持ってくる。

 可愛らしいデザインの、生成りの夏用ワンピースを着ている自分が(アミーリアが抱き着いていて半分くらい見えないが)鏡に写っている。

「ママ、じゃまやよ……」

「ごめん、ごめん。ね、キラちゃん、デザインとか着心地はどう?」

 邪魔していたアミーリアが渋々とキアラから離れて鏡の前からどいたので、キアラは鏡に写る自分をじっと正面からみつめた後、くるりと回って全体を確認した。

 生地はおそらく染色していない生のままの糸(たぶん麻)を丁寧に織ったものに見える。光沢はあるがあっさりとした無地だ。そのかわりかデザインはかなり手が込んでいる。

 幾重にも重なったスカートはたくさんのギャザーが取られているのに、生地が薄いせいかふわりと雲のように軽い。身頃はフリルやタックやリボンでこれでもかというぐらいふんだんに装飾された乙女仕様だが、重さを全く感じない。それに手触りがものすごく柔らかくて肌に当たっても何処もちくちくしない上、サラリとしているので着ていて涼感まで感じられた。

 頭には共布で作った花の飾りがちょこんとつけられたリボンがカチューシャのように巻かれていた。

「お、おぅ……」

 端的に言って……

「と、とってもかぁいい(かわいい)し、とってもかうく(かるく)てサラサラ()よ、すごぉくきもちいいよ! ママ!」

 キアラが瞳をキラつかせて鼻息も荒くそう言うと、アミーリアはドヤ顔でニヤリとし、周囲にいた女性たちはワッと喜びの声を上げた。

「キラちゃんにそう言ってもらえるなら、合格点かしらね! メアリ、ご苦労様! でもこれからが本番ですからね! まだまだ頑張ってもらうわよ!」

 アミーリアが近くに控えていた女性に声を掛けると、嬉しそうに頷いた。

 その女性のスカートの後ろには、キアラよりも少しだけ上かと思われる幼女が、スカートの影に隠れながら羨ましそうにキアラを凝視していた。

 それに気が付いたアミーリアがふと微笑み、「メアリ、試作で作ったものはあなたが引き取ってちょうだい。少し手直しすればリサちゃんも着られるでしょ?」と幼女——リサを見ながら言った。

「え、こんな高価な生地のものを……」

 少し青褪めながら躊躇するメアリに、アミーリアは「あなたには相当無理をさせたし、リサちゃんには寂しい思いをさせたから、特別ボーナスよ」と、ぱちんと片目をつむった。

 メアリは腕の良い仕立師で、特にキアラモデル——貴族向けの子供服——制作に尽力していた。リサを商館に連れてきて作業をするほど、根を詰めて今回の仕事に勤しんでくれたらしい。

「そのワンピースを着て、やまゆり祭に是非参加して欲しいわ。いろんな場所を回ってバンバン宣伝してちょうだい!」

「ありがとうございます、アミーリア様。リサ、よかったわね。ほら、お礼をなさい」

 そう言って背を押されたものの、リサ本人はよくわかっていないのか、恥ずかしそうにしてメアリのスカートの後ろにさらに隠れてしまった。

「礼なんていいのよ。こちらこそ宣伝してもらうんだから、お互い様よ」

 微笑まし気に二人を見ながらアミーリアは言うと、周囲にいるスタッフ達(?)に向かって、「じゃあ、このカンジで急ぎでどんどん進めていくわよー!」と、拳を上げて檄を飛ばす。

「キラちゃん、ママみんなとまだ打合せがあるから、着替えてリサちゃんと別室でおやつを食べて待っていてくれる?」

「もちよ。おとなちくちて、まってうよ」

(リサちゃんのお守りは私に任せて!)と言わんばかりに胸を張って答えたのに、アミーリアはアナベルと一緒に壁際に控えていた少年を呼び寄せた。

「レオン、悪いけどキアラとリサちゃんを隣の小部屋に連れて行って。それと二人の護衛(おもり)をお願いね」

 キアラの耳には、“護衛”が“お守り”に聞こえるのだが……?

 アミーリアに命じられて、きびきびとキアラの前にやってきたレオンはリサを抱え上げ、片手で軽々と抱っこすると、うやうやしく反対の手をキアラへ差し伸べた。

「では、キアラ様。ご案内いたします」

 大人びた柔和な笑顔を浮かべて、レオンはキアラが手を預けてくるのを待っている。

 きっと以前、キアラが抱っこされるのを全力で嫌がったのを覚えているからだろう。

(だって、体は幼児でもココロは乙女なのよ!)

 どっかの名探偵じみた台詞になってしまったが、本音なので仕方がない。

 大人に抱っこされるのは兎も角、十歳くらいの少年に赤ちゃん扱いされて抱えられるのは、どうしてもキアラ的にプライドが許さなかった。これは理屈ではないのだ!

 キアラは真っ赤になって口を引き結び、何も言わずにレオンの手の平に自分の手を乗せた。

 レオンはにこっと微笑むとキアラの手を軽く握り、隣の部屋へとキアラの歩幅に合わせてゆっくり歩き始めた。

(くっ。コドモのくせに紳士過ぎてムカつくぅー!)

 などと思うが、なぜかそのスマートさにときめいている自分がいる。それを態度に出さないようにすればするほど、顔や行動が変にぎくしゃくしてしまうのだ。

 その様子をアミーリアが(尊い……)などと萌えながら眺めているのを、イラッとしながらもキアラは敢えて無視する。反応をしたらしたで、喜ばせるだけなのが分かっているからだ。

 このレオンという少年は、乳母アナベルの長男である。

 アミーリアに街へ外出する許可がギディオンから出ると、アナベルは自分がアミーリアの護衛に専念する為にはキアラの相手(要するに子守)をする者が必要だとして、クルサードにいる長男(レオン)を呼び寄せた。

「そろそろ余所へ修行に出す頃合いかと思っていましたので、いい機会です。我が息子ながら、冷静沈着な性格で剣の腕も年の割にたちます。キアラ様のちょっとした護衛(こもり)として役に立つでしょう」

 アナベルは嬉々としてそう言っていた。なんだかんだ理由は付けているが、息子と一緒に居たいのだろうとアミーリアとキアラは理解した。

 そしてやっぱりキアラには“護衛”が“子守”としか聞こえなかったが、そこは追及せずにぐっと堪えた。少なくとも外見が幼児なのは確かなことなので。

 こうしてクルサードからはるばるファーニヴァルへとやって来たレオン・リルバーンは、背ばかり高いせいか一見華奢に見え、どちらかと言うと騎士というよりは文官を目指していると言われた方がしっくりくるような、柔和な顔立ちの優し気な雰囲気の少年だった。

 大柄で派手な容姿のアナベルとはあまり似ていないように感じた。もしかしたら文官だという父親似なのかもしれない。

 だが、性格は見かけとまるで違っていた。

 いつでも謙虚な態度で礼儀正しく、柔和な容姿と同様に穏やかな話し方をするので、大人しく従順なのかと思いきや、自分が納得していないこと、間違っていると思うことにはハッキリ反論する。

 しかし一旦出された目上の者からの命令や指示に反することは絶対にしない。曲げることも無い。甘い言葉に惑わされることなど決して無い。

 清々しいほどお堅く真面目でまっすぐすぎる性格だった。頑固で融通が利かないとも言い換えられるが。

 とはいえ、そのカチコチに堅物な気性は案外騎士として適性があるのかもしれない。

 何より、わざわざファーニヴァルにまで呼ばれて来たというのに、おそらく不本意であろう子守を命じられても、不満げな顔や文句を言ったことなど一度もなかった。

(そこはコドモのくせにすごいと思うけど……)

 アミーリアの仕事が終わるのを待っている間、別室に用意されていたおやつを食べながらキアラはそんなことをつらつらと考えていた。

(で、でも、別に気にしてるわけじゃないから! 赤ちゃん扱いされるのがくやしいだけだから!)

 こんな風に考えること自体が気にしている、という事実をキアラは頭から思いっ切り除外した。

「キアラ様、ビスケットが大きすぎましたか? 割りましょうか?」

 ふと気が付けば、キアラの目の前にレオンの顔があった。キアラと同じ金色の瞳がじっとキアラをみつめている。

「みゃっ!」

 キアラが奇声を発しても、レオンは決して馬鹿にしたり変な顔をしたりしない。

 むしろ心配げに「もしかして具合が悪いのだろうか」と眉をひそめ、失礼しますとキアラの額に手をあてた。

「ひゃ……! なんれもないっ! ぼっとちてただけっ!」

「そうですか……?」

 そう。本当にぼーっとレオンを見ていただけだった。

 向かいのソファにリサと共に座り、(年相応の行動をする)リサの面倒をかいがいしくみていたレオンを。

 自分の妹(キアラの乳兄弟)のおかげで幼児の世話は慣れているのだろう。レオンはリサに絵本を読みきかせながら、おやつのビスケットをずっともぐもぐ含んでいるリサの口の端から、時々こぼれるよだれやビスケットのかけらを丁寧にハンカチで拭ってやっていた。

 いつも大人の前では張りつめてちょっぴり怖い顔をしているレオンなのに、リサ相手にその目元は和み、声音はひどく優しい。

 頭ではレオンに反発しながら、目はずっとそんな常とは違う様子のレオンを無意識に追っていて、キアラはビスケットを口に突っ込んだまま動きが止まっていた。それに気付いたレオンがキアラの様子を見にきたのだ。

(完全に年の離れた妹と同じ対応……!)

 日本で言えば小学生に優しくされたからって、だから何だっていうのよ! とキアラは心の中でツッコミを入れる。

 わかっているのに、何故か腹立たしい。

 ぷいと口を尖らせて横を向いたキアラを、ただただ心配そうにレオンは伺っていた。



ありがとうございました。

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