14ー② ギディオン
そして次の日に催された“紛争終結を祝う宴”————
ギディオンは王から聞いた話が頭から離れず悶々とし、うっかり会場へ入るのが遅れた。その頃にはすでにアミーリアに婚約破棄が言い渡され、新たに婚約者となる姫君が紹介されていた。
入場した途端に、ギディオンが新たなアミーリアの婚約者だと紹介され、おそらくその場で初めて聞いたアミーリアが、近づいてきたギディオンの方を振り向き——驚愕の瞳でギディオンを凝視した。
その瞳には、恐怖が宿っているようにギディオンには見えて、胸が刺されるように痛んだ。
それでも挨拶をしようとさらに一歩近づくと、アミーリアは突然ぷつりと糸が切れたようにその場に頽れた。
間一髪で床にぶつかる前にアミーリアをその腕に抱きとめたギディオンは、初めてアミーリアに触れられたことに歓喜すると同時に、自分を見て倒れたアミーリアに(そんなに俺のことが嫌なのか)と、絶望した。
それからアミーリアとギディオンは、王命により二日後には慌ただしく結婚式を挙げ、初夜を迎えた。
アミーリアはこの二日間終始大人しく従っていたが、ほとんど口を開くことはなく、無機質な目でギディオンを見つめているばかりだった。
この態度はきっと、シルヴェスター王子への恋心を抑え仕方なく従っているのだという、せめてもの反抗なのだとギディオンは感じた。
ギディオンはそれでも、アミーリアに精一杯心を尽くせばいつかは自分にその心を開いてくれるのではないかと、幾ばくかの希望を捨てきれずにいた。
だが初夜の明くる日、滂沱と涙を流すアミーリアを前にして、ギディオンは完全に……諦めた。
初めてアミーリアを見たアラーナ離宮で、大公に責め立てられた後のアミーリアが同じようにはらはらと涙を流していた。
そして大公が立ち去ったあと、強く鋭い反抗的な視線を向けていたことが思い出された。
アミーリアはやはり自分を嫌っているのだ。
シルヴェスター王子に心を残したまま、ギディオンに汚されてしまった自分を憐れみ涙しているのだ。
アミーリアの涙は、いやでもギディオンにその事実を突きつけた。
もしかすると、あの憎々し気な視線が自分にも向けられるかもしれない————そう思うと途方もない恐怖を感じ、胸が張り裂けそうに痛んで、その場にいるのが居たたまれなくなった。
「……すまない」
やっと、それだけ言うと、ギディオンは逃げるように寝室を出た。
アミーリアからその視線を向けられる前に、一刻も早く彼女の前から立ち去りたかった。
それからは、アミーリアと顔を合わせるのが怖くて(意気地がないと自分でも思うが)、避けるようになっていた。顔を合わせると、いつアミーリアから嫌悪の視線を向けられるかと思い、つい顔を背けてしまう。
そんなギディオンの態度をアナベルやブランドンから叱責され、アミーリアとの仲を改善するための様々なアドバイスを貰ったが、結局は悉く失敗し、うまくいかなかった。
このままでは、本当に数年後離縁されてアミーリアは王子の愛妾として召上げられてしまうと分かってはいたが、どうしてもアミーリアの前に出ると、妙な態度をとってしまい余計な一言を言ってしまう。幸運にもキアラという娘も生まれたのだから、どうにかしたいという思いは日々強まっていると云うのに。
しかし、そんな思いとは裏腹に関係はどんどん悪化していく。
なんとなくお互いに気まずい思いを抱き、避けているのだから当然と云えば当然だった。
しかし、同じ城に居るというのに面と向かって会えない日々は、逆にギディオンの恋慕を余計に募らせ、拗らせる結果になった。
アミーリアが若い男と会ったと聞いただけであらぬ嫉妬をし、馬鹿げた態度をとってしまう。挙句の果てに、隠し通路を使ってまでアミーリアを盗み見ている始末だ。
ギディオン自身もどうかしていると思ってはいるが……、どうにもできないのだ。
数年ぶりの“蝕”のあった日、アミーリアとキアラの会話を盗み聞きした。
キアラが年齢の割に(喋り方は舌足らずだが)恐ろしく弁が立つのに驚愕したが、それよりも二人が話していた内容の方が重大だった。まるで何かの予言をキアラが語り聞かせているようだったからだ。
キアラの語った内容は、ファーニヴァル公国・アーカート王国・ゲートスケル皇国三国を主軸にした、過去から未来の話だった。
未来はともかく、過去から現在にかけては微妙に事情が食い違うところもあったが、キアラが知るはずのない事実も含まれ、嘘八百・作り話と簡単に切り捨てることは出来ないものだった。
少なくともアミーリア自身はキアラの話を信じ、受け入れている様子であった。ならばギディオンとて父親として疑うことなどできはしない。
だがキアラの話の真偽云々よりも、あの二人の会話自体が、ギディオンには目から鱗が落ちる思いであった。
キアラの予言に対するアミーリアの返答が、いままでギディオンがアミーリアは“こう思っているだろう”と考えていた答えと全く違っていたからだ。
シルヴェスター王子に似ていたという宝石商レヤードの息子のことを、
『馬鹿ね。あんなうらなり、ママの好みじゃないってキラちゃんがいっちばんよく知ってるじゃない。あんなのにママが好き好んで付いて行くはずないでしょ!』
と、好みじゃない、好きではないとハッキリ断言した。と云うことは、王子のこともアミーリアはそんなに好きではなかったのだろうか?
他にも、よくわからない仮定の未来の話らしいが、キアラが孤児となり王太子夫妻に引き取られたと聞いた時には、
「有り得ないッ! あの二人に私の大事な大事なキラちゃんを渡せるものですかッ‼」
と激怒し、シルヴェスター王子のことを嫌がるような発言をした。キアラが王子の手に渡ることを全否定したのだ。
少なくとも、心を残している相手に自分の忘れ形見が手に渡ることをここまで拒否しないだろう。
と云うことは、やはりアミーリアは王子のことをそんなには————
ギディオンは、可能性がないと捨てていた希望が甦り、まるで水を得た新芽の如くむくむくと胸の内に育ってくるのを感じ始めていた。
もっとよく話を聞きたいと願ったが、このとき突然“蝕”がおこり、残念ながら話は中断してしまった。
だがこのことは、ギディオンがアミーリアに対して態度を変える、いや変えてもいいのだと考えを切り替え、一歩踏み出すきっかけとなった。
アミーリアと正面から向き合って、自分の思っていること全てを素直に話したい。
そして、いままで無駄だと決めつけて聞かないでいた、彼女の本当の気持ちを知りたい————と、思えるようになったのだ。
そうして数日後、ギディオンは意を決してアミーリアにレヤードの話を再び聞きに行った。
ギディオンの態度が変化したことを誰もが感じ取り、アミーリアも喜んでその変化を受け入れたように見え、二人の和解は近いのではないかと、その場にいた者全員が期待した。
だが、話の途中でアミーリアの発した『やだっ』という一言で、ギディオンは己が盛大に勘違いをしていたことに気が付いた。
冷水を浴びたように一瞬で心が冷え、体は凍り付いたように固まった。
国を奪われ、肉親を亡くした恨みと悲しみは、そう簡単に癒えることはない。
シルヴェスター王子が好きではなかったからといって、ギディオンを好ましく思うことにはならない。
(やはり俺は嫌われ、疎まれているのだ……)
ギディオンは否が応でも、そう自覚せざるを得なかった。
再び、アミーリアと顔を合わせることを避ける日々が始まった。
だがわざわざ避けなくても、アミーリアから預かった書付に記載されていた宝飾品の調べを進める為にギディオンは城外へ出ることが多くなり、城内でばったり会うこともなくなった。
アミーリアの方も、アルダ会長と共に事業を始めて忙しいらしく、キアラとアナベルを連れてよく外出しており、余計にすれ違うことが多くなった。
忙しいせいか、アミーリアは最近中庭の四阿に来なくなり、ギディオンが姿を盗み見る機会も減った。
最近では、夜中にキアラに会いに行くことも無くなっていた。
四阿での二人の会話から、キアラが大人並みの知能と理解力を持っていると云うことが伺えて、話をすることが怖くなってしまったのだ。
いままで馬鹿なことを呟いていたという後悔と恥ずかしさもある。それを思い出すと居たたまれない気持ちになった。
情けない父親だと、キアラにも厭われているかもしれない……。
そしてそれをハッキリ言われてしまったら……。
そう考えると恐ろしくなり、すっかり足が遠のいた。
時々子供部屋を覗いては、眠っているキアラの顔を眺めるばかりの日々が続いていた。
このままではよくないと思いつつも、なんとか搔き集めた希望が砕かれてしまったせいか、なかなか「もう一度頑張ってみよう」という気持ちになれず、ギディオンはいつまでもぐずぐずいじいじと悩んでいた。
そんな状態が数カ月も続いたある日に————アミーリアが、拐かされたのだ。
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