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11ー① キアラ

 

 ——ここから諸事情により、しばらくキアラの言葉はキアラの舌足らず言葉の法則を理解したアミーリア及びギディオンの脳内補完されたものに切り替わります(今後も断りなく、アミーリアとギディオンサイドではそうなります)——


「ママ、私たちが死ぬ前に参加したイベントのことは憶えている?」

「勿論よ。キラちゃんがずっと愛読していた作家さんの追悼イベントだったわよね」

 こくん、とキアラが頷いた。

 あの月蝕の夜。

 ママと私は『風は虎に従う』の作家さんの追悼イベントに参加した帰り、交通事故に巻き込まれて死んでしまった。

 『風は虎に従う』は、元々某小説投稿サイトで人気を博した作品だったが、商業誌の編集者に見いだされ、本として出版された。明煌が読みだしたのは、本になってからだ。

 その作者は病弱だったらしく、体の調子の良い時に執筆をしているとのことで出版スピードはそもそも遅かった。そのうえ、作品を見出した編集者が失踪してしまったショックで作者の執筆が止まったりと、出版スピードはさらに遅くなった。それでも明煌は根気強く待って読み続けていた。

 最新刊が出るまで、何度も最初から読み返すくらい、はまり込んでいた小説だったのだが、二年以上最新刊が出てないことを明煌が心配し始めた頃、その作者の訃報が飛び込んできたのだ。

 亡くなってしばらくして、未完ではあるが最終巻の発売と、作者追悼のイベントが開催されることが発表された。

 明煌のショックたるや凄まじく、一時体調を崩し寝込んだほどだったが、せめて最後に大勢のファンと共に作者を偲びたいと、絶対そのイベントに参加するのだと執念を燃やし、なんとか体調を回復させた。

 だが明煌の憔悴ぶりがあまりにも酷かった為、咲が一人で行かせるのを心配して、そのイベントに一緒に参加したのだ。

「ママは私の付き合いで行っただけだから、小説の内容なんてほとんど覚えてないんだよね?」

「ん~。というか、一回さらっと読んだだけなので、全く覚えていません! でも、それがどうかしたの?」

 不可解といった顔で、アミーリアはキアラに訪ねた。いきなり前世の死ぬ間際の話をされて、困惑したのだろう。

 アミーリアのいままでの様子から、小説のことは覚えていないのだろうとキアラも予想していた。まぁ、それを一応確認しただけだ。

「うん。じゃ、驚かないで聞いてね。ここはね、その小説『風は虎に従う』の世界なの」

「………………」

「ママ?」

 アミーリアは、まさに“きょとーん”という擬音そのままの顔をして呆けていた。

「ママ!」

「……はっ。ああ、ごめんね、キラちゃん。あまりにも荒唐無稽で、ママフリーズしちゃった」

 さすがに信じ難いのか、アミーリアの『この子大丈夫なのかしら』と云うようなチラチラ伺う視線が、キアラの心を地味にエグった。

(ま、まぁ、こういう反応は覚悟の上よ)

「うん、わかるよ。私だって最初『ナイわー』と思ったもん。でも、小説に出てくる登場人物や名前も国名も……、全部一緒なんだよ。偶然でもそこまで被らないでしょ?」

「…………」

 キアラの言っていることは信じたい、だがそれでもアミーリアには『まさか』という思いの方が強いのだろう。ひどく難しい顔をしていた。

 だが、そう思うのも仕方がないし、それもキアラの予測範囲内だ。

 有能な経営者であったママは、裏取りのない話をそのまま聞き入れるような人間ではない。

 ママが『風は虎に従う』を全く覚えていない以上、この世界の人間が簡単に知り得る事実を「小説に書いてあった」と主張したところで、何ら説得力はない。

 ママが納得するには——

 小説に書いてあって、ママにしか知り得ないこと。尚且つ、通常であればキアラが知るはずがないこと。

 そういった証拠(もの)が、絶対に必要だと思っていた。

 だから、打ち明けると決めた時にキアラは小説の内容を必死に思い返して、“これだ”と云うものをみつけておいたのだ。

「……小説の主人公はね、ファーニヴァルの血筋の娘って設定なの。それは勿論、ママでも私でもない。誰だかわかる?」

「え……? 他になんて、誰も残っては……」

 アミーリアは怪訝な顔をする。

 先の紛争で大公(一人っ子)と大公子(未婚)が死亡しているので、公にはアミーリアとキアラしか残っていない。

「主人公は、おじいちゃん……先の大公が正妃と結婚する前に侍女に産ませた婚外子の“娘”。つまり、ママの腹違いのお兄さんの娘が、小説『風は虎に従う』の主人公なんだよ」

 先代大公の隠し子の件は、正妃との結婚式一か月前に発覚したスキャンダルだった。が、生まれた子が男児だった為、すぐには養子に出されず城に留め置かれた。

 しかし、正妃が第一子に男児を無事出産したことにより、その子供は養子に出されることとなった————

 キアラの話を聞いて、アミーリアの喉からひゅっと息が漏れた。

 盗み聞きしていたギディオンも驚きで震えた。

 先代大公に隠し子がいたことは、知る人ぞ知る事実ではあるが、暗黙の了解として誰もが口を噤んでいたことだ。ましてや、幼児のキアラにわざわざ教える者などいる訳がない。キアラが知り得るはずのない情報なのだ。

 だがギディオンも驚きはしたが、このことを失念していた自分の迂闊さが先に立った。すぐに調査をしなければと心に刻んで、再びキアラたちの話に耳を傾けた。

「ほ、本当にここは……、小説の世界……」

 愕然としながらも、アミーリアは認めたようだった。

 そして、すぐにキアラがその事実を認めさせようとした意味に気が付いた。

「……! もしかして、私やキラちゃんのことも何か書かれているのね⁉」

 さすがママ! 話が早いと、キアラは大きく頷いた。

「そうよ、ママ。よく聞いて、ここからが本題なの。ママも私も……パパも、小説ではこれから大変なことが起きるの」

 パパ(ギディオン)も、とキアラが口にした時、アミーリアの険しい表情は一層険しくなった。

 キアラも、覚悟を決めるように大きく息をつき、アミーリアとひたりと視線を合わせる。

 アミーリアはキアラの真剣な顔つきを見て姿勢を正し、真摯に聞くつもりだということを態度で見せた。

 それを確認すると、キアラはゆっくりと慎重に語り始めた。


 小説『風は虎に従う』本編は、今現在より十六~七年後が舞台となっている。

 物語は、主人公が“ある目的”をもってアーカート王国の最高学府であるアカデミーに入学するところから始まる。

 アーカート王国のアカデミーと云えば、周辺各国の優秀といわれる者が最終的に目指す象牙の塔、“王国の”というよりもオラシア大陸随一の学府である。

 そのアカデミーで学びながら、主人公は共に学ぶ各国の秀才や逸材——ゲートスケル皇国の侵略によって虐げられている小国や、ゲートスケル皇国に対抗しようとしている国々の王族・上位貴族・有識者や騎士たち——を、自らのずば抜けて優秀な頭脳と人並外れた美貌を駆使しながら、次々と仲間に引き入れ、国を超えた第三勢力を作り上げてゆく。

 そして、ゲートスケル皇国相手に抗戦し、奪われた国や領土を取り返し、新たな王国の女王となる————という、いわば乙女ゲームと国盗り物語を合体させたような話であった。


 前世の明煌は、主人公がさまざまな国の、身分の貴賤関係なく違うタイプの美形(イケメン)をどんどん篭絡していくくだりにドキドキし、いったい誰が本命なのか心を明かさぬ主人公と翻弄される美形たちの恋模様に胸を焦がし、ゲートスケル皇国とアーカート王国を相手に主人公が策略を巡らして調略や駆け引きを仕掛けるのを手に汗握って読み耽った。

 そして、主人公が故郷のファーニヴァルを大規模な戦の末にとうとう手に入れた時は、共に感動の涙を流した——のだが、“キアラ”に転生した今となっては、そんな不穏な未来はマジで勘弁してほしい。

 現在の時間軸は、小説の中で言えば主人公の出自と行動の原理を明らかにするための“前日譚”にあたる部分である。

 物語の中盤で、主人公が亡国となったファーニヴァル公国の忘れられた公女であることが明かされる。その時に、ファーニヴァル公国がその名すらオラシア大陸から消えた顛末が語られるのだ。

 前日譚は、ゲートスケル皇国がファーニヴァル公国へ侵攻するところから始まる————




ありがとうございました。

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