表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編小説】舌戦士ユート[ファンタジー]

蒼影流の家に生まれたユートは、幼い頃から剣術の稽古を積んできた。しかし、周囲の仲間が次々と昇段していく中、彼の剣技は凡庸なままだった。父であり師である松田蒼司は、ユートに厳しく言い放った。「剣士ならば、剣で自らの信念を証明してみろ」ユートは「剣の道を極める」と決意し、家を飛び出して旅に出た。だが道中、早速彼を試すような事件が起こった。街道沿いの森で、血相を変えた商人が走ってきたのだ。「た、助けてくれ!盗賊が…」ユートが駆けつけると、五人ほどの盗賊が商人の荷馬車を取り囲んでいた。ユートは剣を抜こうとするが、その手は止まる。相手は五人。しかも見たところ、いずれも歴戦の風格がある。


「これでは勝てない…」剣を抜くべきか、逃げるべきか迷った末、ユートは盗賊団のリーダーらしき男に声をかけた。「そんなに人数がいるのに、儲けが少なくて大変じゃないか?」突然の問いかけに、盗賊たちは驚いて動きを止める。リーダーの名はグレンといい、しばらくユートをにらみつけた後、苦笑いしながら答えた。「何が言いたい?」


ユートは「盗賊稼業の効率の悪さ」を理路整然と語り始める。強盗に成功しても危険が伴い、利益は不安定。そんな状況では仲間を養うのも困難なはずだと。「いっそ、村の警備団として雇われたほうが、安全で確実に稼げるんじゃないか?」グレンは「冗談だろ」と笑ったが、仲間の中から「そっちのほうがいいかも…」という声が上がった。グレンは苦笑いしつつも、ユートの提案に興味を示した。「警備団だぁ?そんな楽な話があるなら、最初からやってるさ」「なら、話だけでも聞いてみたらどうだ?」ユートは近くの村へ案内し、村長に「盗賊団を警備団として雇わないか」と持ちかけた。村長は当然驚き、「何を言っているんだ」と難色を示したが、ユートは「今この村の警備は手薄で、ほかの盗賊が来れば守れない」と冷静に説得。村長は渋々ながら「やるなら厳しい条件を出す」と承諾した。


翌日、グレンたちは村の入口に立ち、村人たちの冷ややかな視線を浴びながらも、新たな役割に戸惑いながら任務をこなしていった。初めはぎこちなかったものの、次第に真面目に働く者が増え、村人との信頼関係も築かれ始める。「これが…平和の剣士のあり方かもしれない」ユートは剣を抜かずに事態を収めた自分に、自信のようなものが芽生えていた。


ユートが次に訪れたのは、賑やかな交易都市エルダールだった。大通りには商人が店を並べ、路地裏では芸人たちが笑い声を響かせていた。その一方で、広場には仮設の演舞台が設けられ、剣術大会の看板が掲げられていた。「賞金は金貨100枚…!」ユートは驚いた。剣士としての実力を証明しようと旅をしてきたが、剣の腕に自信はなかった。だが、村での出来事が彼の背中を押した。「剣を抜かずとも戦いに勝つ道はあるかもしれない」──そんな思いからユートは大会への参加を決めた。大会の参加者は総勢32名。歴戦の傭兵や名のある剣士が名を連ねる中、ユートの名は誰の目にも留まらない無名の存在だった。


「次、ユート・マツダ対ゲルド・ハイネ!」初戦の相手は、屈強な体格を誇る傭兵だった。ゲルドは笑いながら剣を振り上げ、「一瞬で終わらせてやる!」と突進してきた。しかしユートはその重たい剣筋に注目し、「そんな大振りじゃ、疲れるだけだろう?」と声をかけた。ゲルドの表情が曇り、動きが鈍る。その隙にユートは軽やかにかわし、柄でゲルドの手首を叩いて剣を弾き飛ばした。「な、なんだと…」ユートは「剣を抜かずに勝った」ことに手応えを感じた。その後もユートは相手の隙や弱点を見抜き、相手が焦るように言葉を投げかける戦法で次々と勝ち進んでいった。剣筋の迷いや構えの甘さを言葉で突き、相手の心に揺さぶりをかけるのだ。「その構えだと右腕ががら空きだぞ」 「集中しろよ、手元が狂ってる」ユートの挑発は的確で、相手が動揺するたびにユートの剣がその隙を突いた。観客たちは「口八丁の剣士」と噂し始め、異色の存在として注目を集める。


決勝の相手は、名の知れた剣士であるエリオット。彼は妻と幼い子どもを抱える父親で、優勝賞金が生活の糧になると噂されていた。「家族のために負けられない」と語るエリオットの言葉に、ユートは迷った。戦いの最中、ユートは相手の焦りを見抜き「そんな焦り方じゃ、怪我をするぞ」と声をかけるが、エリオットの剣筋は鋭さを増していた。「勝ちたいという気持ちは剣の強さになるんだな…」そう思ったユートは、最後の瞬間、わざと剣を受け流し、敗北を選んだ。優勝を果たしたエリオットは感謝しつつも「本当にお前が負けたとは思えない」と苦笑した。「剣士の誇りは、勝敗だけではない」ユートはそう自分に言い聞かせ、再び旅を続けるのだった。


ユートが旅の途中で立ち寄ったのは、小さな村「ベルン」。そこは素朴な農村だったが、村人たちの顔には不安の色が濃くにじんでいた。事情を尋ねると、近くの傭兵団が「守護費」と称して村を脅し、作物や家畜を要求しているのだという。「もし拒めば、村を焼き払うとまで言われているんです」村長は震えた声で語った。ユートはすぐに剣を抜こうとしたが、思いとどまった。相手は大規模な傭兵団で、まともに戦えば村に被害が及ぶのは避けられない。ユートは「剣を抜かない道があるはずだ」と考えた。


その晩、ユートは村の見張りをしながら傭兵団の動きを探った。彼らは10人ほどの集団で、馬を引き連れ、手慣れた様子で村の周囲を巡回していた。統率は取れているが、疲れた表情の兵士も多い。「無理に戦うつもりはないが、話し合いの余地があるはずだ」翌日、傭兵団のリーダーであるカインという男が現れた。屈強な体つきで、目つきは鋭い。ユートはあえて自ら近づき、声をかけた。「話がしたい」カインは鼻で笑い、「何を話すことがある?」と不機嫌そうに言った。「お前たちがこの村を脅し続けるのは、損じゃないか?」ユートの言葉に、カインは興味を示したように目を細めた。


「損だと?」カインは薄く笑った。「この村から巻き上げた作物と金は、十分な稼ぎになる」「でも、それが続くとは限らない」とユートは言葉を重ねる。「村の作物は次第に枯れ、村人は逃げ出すだろう。お前たちは結局、何も得られなくなる」「なら、その前に全部奪ってやるまでだ」「それが本当に賢いやり方か?」ユートはさらに続けた。「貴族に雇われて守備に就く傭兵団が増えてる。お前たちが荒事を続ければ、いずれ彼らと正面から衝突するはずだ」カインは黙り込んだ。ユートはさらに畳みかける。


「この村にとどまって、守備の仕事を請け負えば、安全に収入が得られる。お前たちが守る村なら、村人も喜んで協力するはずだ」カインは仲間を見回した。兵士たちは疲れ切った様子で、すでにこの生活に限界を感じているようだった。カインはしばらく思案し、やがて肩をすくめた。「……わかった。やってみるか」こうして、ユートは剣を抜くことなく、村を守ることに成功した。村人は歓声を上げ、ユートの名は「剣を抜かずに戦う剣士」として広まり始めたのだった。


ユートの名声は次第に広まり、「剣を抜かぬ剣士」として知られるようになった。そんな彼の元に、一通の手紙が届いた。差出人はエルシア王国の名高い領主、アルフォード伯爵だった。「隣国との緊張が高まっており、戦争を防ぐために貴殿の助力を乞いたい」そう書かれていた。ユートは戸惑ったが、「剣を抜かずに平和を守る」ことができるなら、力になりたいと申し出を受けた。アルフォード伯爵の城に着いたユートを迎えたのは、領主自身ではなく、彼の側近である男だった。厳しい表情のその男は言った。


「話は変わった。敵の将軍との直接交渉は失敗した。やむを得ず戦になるが、貴殿には精鋭部隊の先頭に立ってもらいたい」「そんな話ではなかったはずだ」とユートが反論すると、側近は冷たく笑った。「伯爵様は貴殿に期待しておられる。無理ならこの話はなかったことにするが、その場合、この城は落とされるだろうな」ユートは迷った。剣を抜かずに解決する道があるかもしれないが、戦が始まれば多くの命が失われる。やがて、ユートは剣を腰に帯び、精鋭部隊の一員として戦場へと向かうのだった。


戦場は緊迫していた。敵軍の指揮官は「赤狼のカシム」と呼ばれる男で、冷徹な戦術で知られていた。精鋭部隊はカシムの軍勢に包囲され、じわじわと追い詰められていた。「もう無理だ、撤退するしかない!」仲間が叫ぶ中、ユートは冷静にカシムの動きを見つめた。彼は戦の流れから、カシムが「城を落とすこと」より「自らの名声を上げること」を目的にしていると見抜いた。「カシムと直接話ができれば…」ユートは剣を抜かず、白旗を掲げて敵陣へと歩み出た。兵士たちは驚愕し、戦場は静まり返った。ユートはカシムの前に立ち、声を上げた。


「この戦、無意味だとは思わないか?」「今さら命乞いか?」とカシムは嗤った。「いや、名声を求めるなら、勝つよりも“敵を降伏させた英雄”になったほうが人々に称えられるはずだ」カシムはしばらく沈黙した後、やがて剣を下ろした。「……確かに、そのほうが名が残るかもしれんな」こうして戦は終結し、ユートは「剣を抜かずに戦を止めた剣士」として、さらに名を広めることとなった。


戦を止めたユートの名声は一層広まり、「剣を抜かぬ剣士」は民衆の間で英雄として語られるようになった。彼が訪れる先々では人々が集まり、平和を願う声が絶えなかった。そんなある日、ユートのもとに一人の若者が現れた。名はリオ。痩せた体躯に粗末な剣を下げ、熱いまなざしでユートを見つめていた。「あなたに弟子入りしたいんです!」ユートは苦笑しつつ答えた。「俺は剣士としては凡庸だ。教えられることなんてない」「でも、あなたは争いを止める方法を知っている。それを学びたいんです!」リオの言葉にユートは驚いた。剣の技ではなく、「争いを止める」ための知恵を求める若者が現れたことが、彼には新鮮だった。


「なら、一緒に来い」こうしてユートはリオを連れ、新たな旅に出た。二人は争いの火種がくすぶる村々を訪れ、話し合いと知恵を尽くして人々の対立を解決していった。剣を抜かずに問題を解決する姿に、リオはますますユートに憧れを抱くようになった。しかし、旅の途中で彼らは再び、大きな困難に直面する。ある村で、武装した自警団が他の村人たちを弾圧し、暴力による支配を続けていたのだ。ユートは剣を抜かずに説得しようとするが、相手は聞く耳を持たず、村人の命が危険にさらされてしまう。


「やめろ!」ユートは怒鳴ったが、自警団の男たちは嘲笑し、なおも暴力を振るい続けた。リオが剣に手をかけようとしたその時、ユートは彼の手を制した。「剣を抜いても、憎しみは終わらない」ユートは自警団のリーダー、バルドに正面から向き合った。「お前が村人を抑えつけるのは、恐れからだろう? もし村が荒れ、他の勢力が攻めてきたらどうする? お前のやり方では、守るどころか自滅するぞ」バルドは「くだらない理屈だ」と鼻で笑ったが、その目には迷いがあった。ユートはさらに言葉を重ねた。


「村人を守りたいなら、彼らと話し合い、協力するべきだ。恐怖ではなく、信頼で秩序を作れ」しばらくの沈黙の後、バルドはついに剣を捨てた。そして村人たちに頭を下げ、これまでの行いを詫びた。和解のきっかけが生まれ、村には穏やかな空気が戻りつつあった。旅の終わりに、リオはユートに問いかけた。「ユートさん、結局あなたの強さって、何なんですか?」ユートは微笑みながら答えた。「強さってのは、剣を抜かずに人の心を動かすことだ」ユートとリオは再び旅に出た。ユートの信念が広がり、剣を抜かずに問題を解決する新たな道が、次第に人々の心に根付いていくのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ