理事長室再び
その日の夕方、姫様は、一人で湯船に浸かっていた。
昨日のことが、夢のように思えた。
白虎が、すぐに助けに来てくれたのは良かったけど、結局自分は、何もできなかった。
それどころか、危うく誘拐されそうになった。
湯船に浸かりながら、昨日のことを思い出しても、彼らが、自分たちに危害を加えそうには、全然見えなかった。疑いもなく、彼らが差し入れたスポーツドリンクに、違和感すら感じられなかった。
飲んだ途端に、足に力が入らずその場に崩れ落ちてしまった。
一国に姫で黄龍の力を授かったと偉そうに言っても、何もできない自分がそこにいた。
知らぬ間に、姫様の両目に涙が溢れていた。
「ほんとは、白虎をチアの衣装で応援したかったのに。どうしようもないな。」
まだ、17才だからって、甘えてられないことも知っていた。それよりも、白虎と出会って、13才の時の自分より弱くなったのを痛切に感じていた。
あの時は、甘えるものも居なくて、肩ひじ張って生きていたから、何も怖いものはなかった。
でも、今は、何もかも怖いものだらけ。
白虎に、会えなくなるのも怖いし、敵が攻めてきて、友達が今度のように襲われるのが怖い。特に、それが、自分のせいだと思うとここに居ていいのかと思う。
そんなことばっかり考えてのぼせそうになったので、外の涼しい空気に触れたく窓を開けた。
姫様の綺麗な裸身を夕日が包み込んだ。
そして濡れた髪が、きらきら光った。
小鳥のさえずりが聞こえた。その心地よさに、姫様は両手を広げて目を閉じた。
目の前に、黄龍が現れ、『怯えることは無い。すべて、お前がやりたいようにすればいい。』あの時の記憶が、再びよみがえった。
そんなとき、そよ風に乗ってモモの香りが漂ってきた。
それは、まるで、桃源郷にいるような錯覚を姫様は感じた。
白虎が言ってたように、この香りで、姫様は落ち着きを取り戻し、体の奥から、温かくなるのを感じた。
そして、全身のどこにも、黒龍の粒子が残っていないことを確認した。
多分、昨日の事件で、姫様の中に黒龍に対しての怒りから、免疫ができたのかもしれない。
『好きにすればいい。もう、お前に怖いものはない。』
『そうかもしれない。』と、姫様は思った。
夕日が、沈むのに合わせシャワーを浴びて、風呂場を後にした。
その日の夜遅く、姫様は、理事長室の扉の前にいた。
その日のうちに、おじい様に色々相談しておきたかったのだ。
軽くドアノブを回したが、カギがかかっているようだった。
いくら身内でも、カギを壊して中に入るわけにもいかなかった。
「こんなことなら、ここのカギをもらっておけばよかったわ。」と独り言を言った。
扉の向こうには、誰も居そうになかったけど、試に扉をノックしてみた。
やっぱり、返事がなかった。
もう一度ノックをしてみた。
10分ぐらい待って、何もなかったら部屋に戻ろうと思った。
『こんなことしてたら、学校の七不思議の一つになりそうね。』そう思って、帰ろうとしたら、
ドアが、そっと開いて、細い光の糸が廊下に走った。
「どちら様ですか?」と声がした。
それは、姫の同級生の真紀の声だった。
「真紀?」姫様は、恐る恐る小声で声を掛けた。
「今の声は、姫様?」
扉が大きく空いて、逆光で顔はわからなかったが、メイド服を着た亜紀のシルエットが現れた。
「姫様、こちらにお入りください。光が漏れるのを見られたら、学校の七不思議になってしまいます。」
それを聞いて、姫様は、笑いながら、部屋の中に入っていった。
「ほんとに、七不思議になりそうね。」と言って、真紀と抱き合った。
真紀は、夏休みでこちらのお屋敷に戻っていた。
夏休みが終わって、学校に戻ろうとしたが、代わりに佐紀が学校に行ったので、真紀は、そのままこっちに戻って、メイドとして祖父と祖母の世話をしていた。
まだ、若い亜紀は、黒い靴に白いタイツ、そして大きく開いたミニのスカートにひらひらのアンダースコート、そして、その黒いスカートを綺麗に手入れされた尻尾が押し上げていた。
胸のリボンと、ピンと立った耳が可愛い。
真紀は、お屋敷には、おじい様とおばあ様しかいないので、好きな格好で家事をしていた。
普段は、上の姉たちに色々注意されていたのが、ここにきて、その反動で、解放されたみたいにはしゃいでいた。
「真紀、元気そうね。」
「姫様、大丈夫ですか?大変だったみたいですね。」
「今は、大丈夫よ。今朝まで、落ち込んでたけど。」
「姫様、可愛そう・・・。あん!」と言いながら、
姫様が、しっぽを撫でまわすので、思わず声が出た。
真紀は、でも姫様にされるがままにしていた。
姫様は、真紀の尻尾を触りながら、
「おじいさまは?」と真紀に尋ねた。
「今日は、朝からお出かけです。もうすぐ、お戻りになるとおっしゃってました。」
「おばあ様も、今日は狐の寄り合いが有って遅くなります。」
「一人で、お留守番をしていたので、先ほどは出るのが遅くなり申し訳ありませんでした。」
「いいのよ。」
そう言ったときに、反対側のドアが開いた。
このタイミングを逃さないとばかりに、
「姫様、お茶を入れますね。」
そう言って、真紀は、姫様が、座っているソファーから逃げるように立ち上がった。
そして、理事長に頭を下げるとそのまま、部屋を出ていった。
「レイラ、来たな。」
何もかも知っているような、口ぶりだった。まさか、自分が来るのが分かっていて、この時間に戻って来たのかもと思えるようなタイミングだった。
しゃべりかけた姫に、指一本で黙らせと
そこに、真紀が、紅茶を運んできた。
「まずは、お茶を一杯飲ませてくれ。喉が渇いた。」
テーブルの上に紅茶を置いて、真紀が再び部屋の外に出て行こうとしたときに
「真紀、今晩は一緒に寝ようね。」と姫様が言った。
真紀は、嬉しそうにしっぽをまっすぐ上に立てた。
そして、恥ずかしそうに、顔を赤らめて、お辞儀して出て行った。
二人で、紅茶をゆっくり飲んだ。
「おじい様、御替りは?」
「頂こう。」
そう言って、二人は、紅茶をゆっくりくつろぎながら、二杯飲んだ。
「どうやら、大丈夫のようじゃな。」
「今日、お風呂に入っていたら、黄龍様の言葉を思い出したの。」
「好きにしろって。」
「それに、昨日のことで、黒龍に対して免疫ができたみたい。」
「それは、良かった。」
「もともとは、奴も我らも黄龍の部下じゃった。そして、昔、黒龍は、人間を支配しようとし、そして、我らは、人間と共存しようとした。」
「黄龍様は?」
「二人の戦いを見ておったよ。黄龍様にしても、どっちが正しいか判断がつかなかった。すべての人間が正しければ、自分たちの方に付いただろうが、そうではなかった。時には、支配して、言うことを利かせた方が良いように思えるときもあった。」
「だから、自分は、手を出さずに見るだけにしたんじゃ。そして、あの湖の底に自分の寝床を作った。」
「でも、だったら、何故、私に力をくれたの?」
「ただの気まぐれ、それともお前に期待したのかもしれん。」
「あの国に、娘を嫁がせて、あの湖を守らせようとしたんじゃが、逆にそれが、黒龍を刺激したみたいじゃな。」
「奴と我らの国々は、それなりに均衡を保っておったが、ここにきて、奴らの動きが活発になってきた。」
「それが、今回の事件につながったのじゃよ。」
「姫が、入れば、こちらには有利じゃから、ただ、それで均衡がとれればと思ったんじゃが、我らが奴らを支配しよう思っていると勘違いしたようじゃ。」
「われらにとっても、奴らは、脅威じゃが、奴らの支配下にある人間も出来れば、助けたいとは思っている。なかなか難しいが。」
「姫には、迷惑かけるが、我慢してくれ。」
「おじい様こそ、私に気を使わないでください。」
「今は、白虎も居ますから、大丈夫です。」
「そうじゃのう。しかし、白虎は、この国の四神じゃからのう。いつまでも、一緒と言うわけにもいかないかもしれん。それが、何時か二人の試練にならなければ良いがな。」
「まあ、大丈夫だろう。お前たちには、この国の神々が味方に付いておる。月読みの神様もお前たちを気に入っておる。夜の警備も厳重にすると言ってくれた。」
「ただ、月のないときは、出歩かないようにしてくれとは言っておった。」
「おじい様、ありがとうございます。大体、わかりました。」
「そうか。じゃ、今晩は、ここでゆっくり休んでくれ。」
「わしも、今日は、ここに居るから大丈夫。」
「はい。」
「わしは、もう少しここに居る。姫も、もうお休み。」
「おじい様、おやすみなさい。」そうって、姫は、おじいさまのほっぺにキスをした。
そのまま、寝室に向かった。




