夏休み9
ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
どうしたというのだろ、仕方なく服を着替えて、食堂に向かった。
そっと扉を開けて、父親と母親がいないことが分かるとほっとした。
お城に居た人たちも、以前に比べてよそよそしくなったような気がした。
そんな姫の不安を感じてるのか、ユキは、ひとときも姫のそばを離れなかった。
午前中は、それでも眠い目をこすりながら、何とか学校の夏休みの課題に意識を集中して乗り切った。
「ユキ、ごめんなさい。気分がすぐれないから、ちょっと湖の周りを散歩してくるわ。一緒にきてくれる。」
姫は、悪夢を見るようになって、湖畔に行くのをためらっていたけど、このままだとどうしようもないから、もしかしたらそこに行けば何かわかるかもと思った。
湖畔を歩いても、特に何も変わったことは無いように思った。
明るい日差しを浴びながら、ベンチに座って湖をしばらく見ていた。
そのうちに意識が遠のき、そのまま眠ってしまった。
気が付くと、湖の中に膝のあたりまで浸かっていた。
そんな姫様を、ユキが一生懸命引き留めようとスカートを引っ張っていた。
無意識のうちに湖の中に入っていこうとしていたみたいだ。
それに気づいた姫は、その場に泣き崩れた。
「駄目、助けて白虎。」姫様は、白虎を日本に置いてきたことを心の底から後悔した。
「姫様。」幻聴のように白虎の声が聞こえる。
『あっ、そうだ。白虎からもらったぺンダントから白虎の声が聞こえてるんだ。』と思い、急いで胸のペンダントを掴んだ。
「白虎、助けて。私、どうにかなりそう。」
「姫さん。」やけに、はっきりと白虎の声が聞こえた。そして、後ろから急に抱きしめられた。
「大丈夫だよ。姫さん、僕が付いている。」
振り向くと、そこに白虎の包み込むようなやさしそうなそしてちょっと目に涙の浮かんだ顔が有った。
「良かった、何とか間に合った。」
「ユキも、ありがとう。姫さんを守っててくれて。」
白虎は、振り向いた姫を再び抱きしめた。そして、姫様抱っこで、さっきのベンチの所まで運んでそっと座った。
「大丈夫か、姫さん。ちょっとは落ち着いた?」
「ありがとう、白虎。貴方の顔を見て安心した。」
「ユキも、ありがとう。」
しばらく、見つめ合った二人は、お互いを気持ちを確かめるようにキスをした。
それから、姫は、白虎にこっちに来てからのことをすべて話した。
「そうか、そんなことがあったのか?でも、君のお母さんを疑うわけじゃないんだけど、お風呂の歯形は偽ものかもしれない。」
「君のお父さんも、君が触れたことで、君のお父さんの記憶を盗み取ったのかもしれない。それとも、嘘の記憶を埋め込んだのかも。その時に黒龍の意識が逆流して、悪夢を見させているのかもしれない。」
「そうすると、君のお母さんも怪しくなる。二人ともしばらく会えない時期が有ったんだろう?」
「それに、君の記憶をなくさせるために、ユキを殺そうとしたのかもしれない。」
「すべてを知ってるのは、玄武かもしれないけど、敵か味方かわからないな。」
「亜紀も、玄武とつながってると思うと、自分と姫を補習で近づけないようにしたのも頷けるように思う。」
「姫が、自国に戻ったと聞いた途端、補習が終わったんだ。」
「俺も、そんなに馬鹿じゃないから、テストで平均点以上は取れてたのに補習は俺一人っていうのも、今思えばおかしいよな。」
それを聞いて、姫はくすっと笑って、
「でも、白虎がすぐ来てくれて良かった。それと、さっきのキスは、お礼のキスだから。」
まさか、ファーストキスなんて、恥ずかしくて言えない。
「うん。わかった。」
「ユキも内緒よ。」
ユキは、目を両手でふさぐようなしぐさをした。
「でも困ったな、俺がここに来てることを君の両親には、隠しておきたいな。でも、城の中にいないと君を守れないし。玄武が、どっちの味方かわからない間は頼れないし。」
「しょうがない、日が暮れるまで、森に隠れて夜に姫の部屋まで忍び込むかな?」
「わかったわ、遅くまで部屋の明かりをつけたままにしておくわ。」
「それを目印にして。」
「了解。」
「でも、白虎よくここまで来れたわね。」
「俺の部下にも、自分に命を預けてくれるのがいて、そいつにこの国の国境まで連れてきもらった。
それから、街に付いたら少年騎士団ていう少年たちに怪しいって、取り囲まれたんだけど、自分が日本人だとわかって、それから事情を説明したら途中まで連れて来てくれた。そして、姫さんをよろしくって。」
「何か有ったら、いつでも呼んでくれって、伝えてくれって。」
姫の目に、また、涙が浮かんできた。
「白虎、あんまりここにいると疑われそうだから、もう行くわね。」
「姫さん、気を付けてよ。夜までここに居るから何か有ったら、ペンダントで呼んでくれ。そしたら、何が有っても飛んでいくから。」
「ユキ、姫さんをよろしく。」
森の中に隠れる白虎を見送って、湖の向こうに沈む夕日に背中を向けながら、ユキと一緒にお城に戻ることにした。




