めざめ
世界地図にも名前が載らないような小国に、父親が亡くなったために一人の少女が王位を継承した。
その身を案じた日本に住む母方の祖父がよこしたのは、玄武というクールな護衛と2匹いや二人のメイドだった。その護衛達に守られながら暗躍する敵と日夜戦う日々が続く。
今日も、まだ生きていた。
飼い猫のミュウに顔を舐められて、起こされるなんて私もまだまだだよね。
「でもでも、ざらざらした舌が気持ちいいっ!」
湖畔のそばの白いお城に、今日も朝が訪れた。
前面には湖、そして、後ろを森に囲まれた中世のヨーロッパによくあるお城。ここは、世界地図にも名前が載らないような忘れ去られた小国だった。
そんなお城の一室に、先月王位を継承したばかりの私がいた。
でも、その王位継承が、こんなことになるなんてその時は想像してなかった。
「ほんと、王位継承の式典の衣装とかいって、下着はつけずに、白いレースに王冠なんて、ほんと趣味悪いわよね。それに、衣装に着替える前にお城の前の湖で沐浴なんて、誰かに見られたら恥ずかしいじゃん。しかも載冠式は、真夜中。13未満は、労働禁止の時間でしょ?」
式典の出席者は、じじいばっかり。どこかのエセ宗教じゃあるまいし、ほんとに嫌になる。
しかも、その式典の最中にどこからともなく現れた玄武には、さらに驚かされた。
「姫様、遅くなり申し訳ありません。本日から、護衛をさせていただきます玄武と申します。」
闇の中から、聞こえるその言葉に、最初はびっくりしたけど、式が終わってから母方のお爺様の手紙をもらって納得したわ。
『レイラよ、式は、終わったかな?10年前に亡くなった君のお母さんの祖父の青島龍蔵じゃ。この手紙をお前に渡したその男、玄武を今日からお前のボディーガードとして付ける。本当は、君のお母さんの時にも付けるべきじゃったが甘かった。玄武は、無口じゃが、頼れる男だから安心して守ってもらえ。そのうち、日本にも来てくれ。会える日を楽しみにしている。』
「これ、お爺ちゃんの字ね。貴方が、玄武?」
「そうです。私が、今日からあなたのボディーガードを受け持つ玄武です。」
「お父様が亡くなられたときにすぐに姫様の所に来る予定でしたが、少し遅れました。」
「ご無事で何よりです。多分、これからは王位を狙って、いろんなものが姫様の命を狙ってくると思われます。」
いろんなもの?今、いろんなものって言ったわよね?
いろんなものって何なの?魑魅魍魎ってこと?魑魅魍魎は、多少は慣れてるけど。
「ちなみに、秘書役も承っております。そして、身の回りの世話は、こちらの二人にお任せください。」
「アキとサキです。」
玄武の後ろの二人の少女が、お辞儀した。
「よろしくね、アキとサキ。とりあえずその大きな尻尾は隠しておいてね。」
いきなり出た。魑魅魍魎。でも、可愛いから許す。
「失礼しました。」
「お嬢様のオーラに、つい我を忘れてしまいました。」
「玄武は、大丈夫ね?」
「私は、人間なので大丈夫です。」
「わかったわ。玄武は、向こうにいってて。それから、アキとサキ一緒に来て。」
「お風呂に行くから、その後、着替えよろしくね。着替えの前にその尻尾で拭いてくれる。きもちよさそう。」
猫のミュウは、怖がって姿を現さない。
レースの衣装のまま、浴場に向かい、どうせ裸同然だからそのまま湯船に浸かる。
「ハアー!」思わず声が出た。半分、日本人の血が入っている証拠よ。
「アキとサキも一緒に入って。」
尻尾の生え際が、どうなってるのか見たかったのに、残念、湯気で見えなかった。
アキとサキは、器用に尻尾を使って私の体を洗ってくれた。
「ほんとに気持ちのいい尻尾よね。極楽極楽。」
そんなことを思っていると式典の疲れも加わり、そのまま眠ってしまった。
翌朝、目が覚めるといつもの天蓋付きのベッドに眠っていた。
しかも、2匹の狐と猫も一緒に添い寝していた。
上半身を起こして、再びその2匹の狐を見ようと思ったら、2匹の狐は消えて、アキとサキが天蓋のベッドの外に、礼儀正しく花柄をあしらった柿色の着物姿で立っていた。
「さっきのは、見間違いということでいいかしら?」
「はい、お願いします。私たちも姫様をこちらにお連れした際に、気持ちのいいベッドだったので二人で遊んでいるうちに眠ってしまいました。」
なんか、光景が目に浮かぶ。
「とりあえず、何か着させてもらえる?」
「わかりました。こちらのお着物でもよろしいでしょうか?自分たちで持ってきたものは、これしかなくて。」
「いいわ。後で、こちらのメイド長を紹介するから、どこに何があるか確認しておいて。」
「わかりました。」
はじめて着る衣装だったけど、ふたりは、慣れた手つきで着物を着させた。
「手に袖を通して、前を重ねて帯を巻くだけだから簡単そうね。」
「これも、下着は、無いのね?」
「そうですね、私たちも履いてません。」そう言って、二人は、着物の裾を捲し上げた。
と同時に、後ろの方で大きな咳払いがした。
「玄武、部屋に入るときはノックしてからにしてよね。見損ねたじゃない。」
「何を朝からおっしゃってるんですか?」
「アキもサキも、もう少しメイドらしくしなさい。」
「はい、玄武様。」
おっ、声がハモった。もしかして、双子?
「お着替えが、終わったら朝食に向かいましょう。」
「お着替えって、裸で寝てたから着替えてないよ。」
「そうですか?では、朝食に向かいましょう。」
『ちょっとは、反応しろよ。可愛くないあ。』
「何か、おっしゃいましたか?」
後ろの二人は、面白そうに笑っているのに、玄武に睨まれて一瞬にして、笑顔が消えた。
4人で食堂に向かう。
食堂には、いつもの朝食と違う物が並んでいた。
それに、気になったのはいつものメイドたちがいないことだった。
「玄武、他のメイドたちはどうしたの?」
「姫様の料理に変なものを入れようとしたので、全員追い出しました。」
「変なものって、何?」
「これとか、それとか、あれですよ。」
「何言ってるかわからん。」
「パンとか、スープとかサラダとかです。」
「普通だろ、それ。」
「急に和食に変えられても。」
「すみません。こちらの料理にまだ慣れてなくて日本食でないと自分が、毒見出来ません。わたくしの場合、どんな毒でも体には表れないので、味で判断するしかありません。信頼できる料理人なので今日のところは我慢してください。」
「わかったわ。仕方が無いわね。」
「この綺麗なお花は何?」
「人参と大根の創作料理です。」
「じゃ、これは?」
「栗きんとんです。」
「全部一口で食べれそう。それに綺麗でかわいい。」
「日本の懐石料理です。」
「結構これもいけるわね。」
「しょうがない。しばらくは、我慢します。」
「とにかく、今までいた料理人を戻して、メイドもすべて戻してよ。」
「みんな、私が子供のころから知ってる人間だから大丈夫よ。」
「和食は、週3回程度お願いするわ。後、お客様が来た時もお願い。」
「玄武、それでいい?」
「わかりました。」そういうと、玄武は、その料理人に話に行った。
その料理人は、お辞儀をして台所に戻っていった。
「サキ、お箸持って来て。」
「かしこまりました。」
サキは、神妙に箸を持ってきた。
「姫様、お箸は、使えるのですか?」
「馬鹿ね、使えるわけないでしょ、貴方がそのお箸で食べさせて頂戴。」
「かしこまりました。」
そう言うとサキは、器用にご飯とおかずを箸ですくい口の中に運んでくれた。
「姫様、あーん。」
「おっ、日本のお米も結構おいしい。」
「サキ、この器に入ったものは、どうやって食べるの?」
「そのお椀、器のことです、を持って口を付けてすすります。」
「ずううううっ。」広い食堂を不興和音が、駆け巡る。
「音は、させない方が良いと思います。」
「そうなの?」
「でも、この味は、初めて。」
「日本のお味噌汁です。体に良いと言われてます。」
玄武が、キッチンから戻ってきた。
「相変わらず、無表情ね。イケメンなんだからもう少し笑顔でいてね!怖いでしょ。」
「わかりました。」
「結構おいしかったわ。サキも、今度お箸の使い方教えてね。」
「かしこまりました。」
「私は、これから、執務室に戻って仕事をします。午後からは、色々習い事が有ります。その後は、午後の仕事をして、6時にお風呂に入って、夕食を食べます。」
「姫様、ランチは、どうされます?」
「簡単なもので良いわ。」
「では、おにぎり作って、お庭で皆さんと一緒に食べるでもいいですか?」
「いいわよ。」
その前にちょっと寄るところがある。
「姫様、どちらへ?執務室は、向こうですよ。」
「わかってるわよ。お城の中は、貴方よりくわしいわよ。」
「では、どちらへ?」
「ウンチよ!」
その言葉を聞いて、玄武は、嬉しそうに笑った。
「玄武も、いい顔するじゃん。これからは、その笑顔ね。」
「かしこまりました。」