9話 聖女、感傷に浸る
「アニ、もちろん君も対象者だよ」
主任から呼ばれてそう言われました。みなさんそわそわされていました。そりゃあわたくしも、ちょっとはそわそわしましたけど。
王都では二人の聖女候補がいる、と託宣があったのです。聖別作業がひとりひとりになされるのですが、業務の合間をぬって交代でその判定を受けます。みなさんがっかりして帰って来るんですけど、ちょっとしたお祭りみたいな感じで、たのしかったですね。
わたくしの番は二カ月程してからでした。そのころにはもうみなさん、定期の健康診断を受けに行く感覚でしたね。あ、次わたしなのね、みたいな。業務中に「アニー! 今行ってこーい!」と言われて、「はーい!」と叫び返し、とりあえず手を洗ってから向かいました。
で、聖別されちゃったわけです。びっくり。
王都で見つかったひとりめの聖女候補になってしまいました。もちろん、女官としてのキャリアはそこで終わりです。連日わたくしに関する記事が新聞を賑わせました。だってほら、孤児院出だし。立身出世物語ってやつですわよ。わたくしの絵姿も売買されたようです。わたくし絵のモデルになった事なかったんですけどね! そしてさらにその一カ月後、もうひとりの聖女候補の方が聖別されました。ルマイム公爵家のご息女、ミューリア様です。
ところでわたくし、ちょっとだけ目立つ見た目をしています。くるくるの巻き毛なんですけれど、色の薄い赤毛なのです。なので、光の当たり方によってはピンクに見える。それに、キャラメルバターみたいな色の瞳。子どものころはよく周りの子に「おいしそう」と言われました。お菓子っぽいものね。
それに対して、ミューリア様は。
まっすぐで美しい銀髪。そして切れ長で印象的なアイスブルーの瞳。美人。本当に美人。わたくしも、ときどきお世辞でキレイねって言われるんですけど。でもそんな戯言、おくびにも出せないほど、圧倒的な美人。すごい。いっしょの部屋の空気吸っちゃいけない気分になるの。
で、真反対なわけですよ。ミューリア様とわたくし。出自も見た目も、なにもかも。それでもう、勝手に派閥みたいのが作られちゃって。一時期王都は真っ二つでした。とてもよくないです。地方や属国から、他の聖女候補が見つかって集まってくるにつれ、そういう事態はなくなりましたけれど。あの時期の身の置きどころのなさは、もう二度と経験したくないですわね。
そんな流れで、わたくしは聖女になりました。そしてあるとき、第五王子と文通をしていたと月刊誌にすっぱ抜かれました。と、いうか、お世話になっていた院の先生が普通にインタビューへ答えていました。――それがきっかけでわたくしとマインサム様は……互いに忍ぶ恋で結ばれた仲、とされてしまったのです。
会ったこと、ないのに!
でも、半分は、当たっています。わたくし、マインサム様が好きでした。会ったことないけど。
婚約の話が出たのはそんな騒ぎのさなかです。元々、ミューリア様は王太子妃として内定されていた方でした。他の聖女さんたちも、次々に嫁ぎ先が決まって行きます。わたくしの元には指示書みたいな第五王子との婚約打診が届きました。サインをして、終わり。それだけでした。
それでも、わたくしは浮かれていました。だって、ずっと心にお慕いしていた、マインサム様との婚約です。うれしくて。でも今考えると、世論に圧されてそうせざるを得なかった背景と。マインサム様がついぞわたくしへ会いに来られなかった不自然さも、わかります。望まれた婚約ではありませんでした。それがはっきりとわかったのは、その月のうちでした。
ミューリア様は早々にご自身の特質をつかまれて、能力を発現されました。水を操れるのです。そして、その折に生じた地方の水害をみごとに治めてしまわれました。他の聖女もひとり、またひとりとその能力をあらわにしていく中、わたくしの能力の顕現はとても遅れていました。
結論から言うと、土との親和性がある能力でした。しかし王宮内で生活し、警備上の問題から外に出るのもほぼ禁止されていましたので、土に触れる機会がなかったのです。なので、他の聖女たちよりもずっと能力研鑽の時間がとれず、苦しい立場になりました。周囲の人たちは、口では耳障りのいい言葉をくれます。でも、わたくしが『お荷物聖女』と呼ばれているのは、気づいていました。
そして、聖別が間違っていたのではないかとのうわさが出回りました。あまりの息苦しさに、わたくしはそっと人目を盗んであてがわれた自室を出、庭へと降り立ちました。そこで初めて、土の声を聞いたのです。涙が出ました。
その後の流れはあまりにも目まぐるしくて、あまり記憶にありません。わたくしの発現が遅れた事実に変わりはなく、他の聖女たちと同じくなんらかの功績をあげられませんでした。間違いなく聖女であるのは証明されました。しかし、第五王子マインサム様からは、指示書のみたいな婚約破棄の書面が届きました。わたくしはサインし、そして倒れました。
悲劇の聖女としてわたくしは芝居の題材にすらなりました。マインサム様への風当たりは、強かったと思います。それを覚悟の上でなされた決定ですので、わたくしはおとなしく従いました。心身が回復したころ、わたくしは聖女としての役職を解かれました。聖女としての能力がないわけではないので肩書きは残る旨。第五王子から慰謝料が支払われる旨。そして退役軍人と同じ恩給が支払われる旨を説明され、わたくしは追い払われ逃げました。
マインサム様とは、ただの一度も、お会いできませんでした。
いろいろ、こりごりです。
わたくしにとってマインサム様は初恋の人であり、恩人であり、はばかりなく言うならば、心では親友だと思っていた方でした。
せめてひと言。ご自身の口で言ってほしかった。おまえなど好きでもなんでもない、と。あんな形で、わたくしを無い物として扱うほどに、嫌っていたのだと。ただの奉仕活動の一貫で書いていた手紙が取り沙汰されて、迷惑だった、と。
そしたらわたくしは、すべてを過去にできるのに。
夢から覚めて、わたくしは家の外に出ました。明け方で、朝日がとてもキレイでした。ひとしきりそれを眺めてから家の中に戻ると、プーが、わたくしの姿を探していました。
『ぷ、ぷ、ぷ』
足元に駆け寄ってくる姿は、子どもと変わりません。
「ごめんねえ、ひとりにして。今日はなにして遊ぼうか?」
ぎゅっと抱きしめると、土の匂いがしました。わたくしを無条件で受け入れてくれる、わたくしの能力のふるさとの匂い。
もう、こりごりなんです。わたくしは、わたくしを愛してくれる、この土にただずっと包まれていたい。
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