6話 聖女、奮闘する
「まっしろーーーーーー!!!!!」
『ぷっぷぷーーーーーー!!!!!』
なんと! 畑のエザークの葉っぱが……白いもやもやで覆われてしまったのです‼ どうしましょうーーー!!!
イキュア・クリアスから見張りさんが来るのは今日からです。で、わたくしとプーが盛大にびっくりしていると、いらした見張りさんもびっくりして、三人で大慌て!
そのうちセネガーも来ました。いっしょに大慌て! はしないで、しゃがんでお花を調べます。
「……あー。こりゃ。白ホコリ虫だな」
「なんですの、そのいかにもな名前の虫は⁉」
『ぷううぅうう、うう⁉』
「水のやりすぎだ。湿度が高くなると発生する。根腐れしてるんじゃないか」
「なんですってえええええええ⁉」
『ぷうううううううううううう⁉』
プーがわたくしと同じ反応をします。かわいい。根腐れって……じゃあ、全部ダメになってしまったんですの⁉
とりあえず、見張り研究員さんがイキュア・クリアスへ戻って現状報告へ。その間、残ったわたくしたちは、エザークをできるだけ救助します。
まず、根から掘り起こして。
「とりあえず虫が着いている葉は取って一箇所にまとめておこう。あとで燃やす。そんで、花の部分は地道に虫取りと空拭きだな」
「なんで詳しいんですの、セネガー?」
「んー? ……なんか、ダチにそういうの好きなやつがいるんだよ」
へー。聞いては見たものの、実はそんなに興味ないのでそれ以上つっこみません。とりあえず、三人で作業分担します。土とお友だちのプーが掘り起こして、わたくしへ。わたくしがぺぺっと葉を取ってセネガーへ。セネガーが、太い指へ布を巻き着けて器用に花弁を拭いて行きます。
そして、そうして処置したお花は一度、水はけのいい場所に置いて。元気になって、エザーク。祈るような気持ちでした。
イキュア・クリアス研究所から、キコールさんを始め、休日だった研究員さんまで総出で来てくださいました。といっても五人ですけども。
「適切な処置だ、ありがとう」
「おう、感謝しろ」
セネガーとそうやり取りして、キコールさんは畑の向こう側へ。両側から攻めて行く作戦ですわね。手分けしたらきっと、全部のお花をどうにかできるのではないかしら。
みんな無駄口も叩かず、真剣に取り組みました。結果、お昼ごろにはすべてのお花を回収できました。虫がついた葉っぱと、残念ながら回復を見込めないエザークを集めて、畑の真ん中で燃やしました。なんか、泣けますわね。
「――回収した花は、すべて研究開発に回してしまってもいいだろうか」
「……この状態でも、使えますの?」
「もしかしたら何割かは処分するかもしれない。だが、無駄にはしないよ、決して」
キコールさんが、エザークに触れる手と、その、丸いメガネ越しの眼差しが優しくて。
わたくし、聖女だけじゃなくて、研究員としても役立たずだわって、思ってしまって。貴重なお花を咲かせて、浮かれていたのですね。すごく悲しくなって。そんなつもりはなかったんですけれど、ぽろっと涙が出てしまいました。キコールさんは驚いて。
「どうしました、アニ」
「……わたくし、なんて役立たずなのかしらって」
ぐいっと涙を拭きました。キコールさんは、エザークを見るのと同じほほ笑みでわたくしを見ます。そして、わたくしの足元にひざまずきました。
「――アニ。私の聖女」
――なんか恥ずかしいセリフを言い始めましたこの隠れイケメン! そして、土で汚れたわたくしの手を取ります。
「あなたは私の道筋に光をくれた方だ。真っ暗で、私はこの先どうしたらいいのかもわからなかった。この程度の障害は、問題ですらない。あなたが考えているよりもずっと、あなたの存在は、私たちの希望だ。泣かないで、アニ」
他の研究員さんたちも、なんとなく遠巻きにしながらうなずいていました。そうかしら。プーがやってきて心配そうに『ぷー?』とわたくしのスカートをつかみます。わたくしはその頭をなでて、笑いました。わたくし希望なんですってよ!
「――わかりましたわ!」
そう言うとキコールさんも笑いました。そして「あなたは笑顔の方がずっとかわいい」と殺し文句を。……この人もしかして遊び人ではないかしら。
「――ちょーーーーーっと待った、なにしてんだ⁉」
セネガーの声が聞こえて、次の瞬間にはわたくしとキコールさんの間に立っていました。他の研究員さんとみんなのお昼ごはんを買い出しに行っていたんです。なんかわやわやと言っていましたが、とりあえずみんなで休憩しました。まあ、鶏のてりやきのサンドイッチ。美味しゅうございます!
エザークに白ホコリ虫がついたのは、水のやり過ぎが原因。良かれと思って毎日お水をあげてしまっていましたからね。高山で採れるお花ですから、そこまでは必要なかったみたいです。理由がわかったので、今度は失敗しませんわ!
さあ! 仕切り直しです!
わたくしのお家の畑は、そのまま休ませます。またここで栽培したら、やっぱり人手がかかってしまいますしね。なので、研究所の敷地内での本格栽培に移ります。
わたくしとプーが土と格闘している間。キコールさんと他の研究員さんたちには、今回救えたエザークたちを用いて研究に専念していただきます。わたくしには護衛って顔でセネガーがずっと着いているので、身の回りの心配もないだろうと。ずっとこっちの行動を見ているのでうざいです。とても。
そして、一日が終わったら解散。なんとなく、わたくしとプー、それにセネガーとキコールさんの四人で『豆と麦』へ食事に行くのが習慣になりました。
マスターのダナタークさん、帽子のコレクションを始めたみたいです。いつもステキなのをかぶっていらっしゃいますのよ。お似合いです。
そして、一カ月が過ぎたころ。
季節はもう初冬です。この地域は雪がめったに積もらない土地らしくて、エザークなら通年で栽培できるかもとの期待があります。むしろ、冬なら高山での育成環境に近くできるかも。わたくしとプーは、なるべくわたくしの理力を使わないでエザークを根付かせる実験をしています。四つの囲いを作って、その中で育成条件を少しずつ変えて種を植えているんです。
でもやっぱりちゃんと根付くのは、わたくしとプーが手をかけた子たちばかり。うーん。人助けのために理力を用いるのはやぶさかではないんですけれどもー。これだと、大量生産が難しい。
そんな折、キコールさんがわたくしの作業場へいらして、真剣な表情でおっしゃいました。
「――前臨床試験を、開始した」
「えっ、ということは」
キコールさんは慎重な様子で、言葉を選びつつわたくしたちへ告げました。
「……安全性と、毒性の確認へ入った」
「すごおおおおおおおおい!!!!!」
お薬が、形になったんですのね! プーがわけもわからず『ぷうううううううううううっ!』とわたくしの真似をして両手をあげました。かわいい。
「ここからが本番とも言える」
「そうなんですのねー。でもよかったですわあ!」
『ぷぷっぷう!』
「この冬は『アニーク』の薬理研究にかかりきりだな」
そうおっしゃるキコールさんの瞳は、やっぱりやさしい。けれどなんか気になる単語をつぶやきましたわね。
「……なんですの。その『アニーク』って」
「仮称だが。私たちが開発している薬の名前だ。あなたとエザークからとった」
なんて単純な!
セネガーが大笑いしたので殴っておきましたわ。
次の更新は3月27日(水)7:00~です