4話 聖女、研究者にスカウトされる
「――力を貸してほしい。もちろん、あなたには私の月給を返上してでもよい給金を保証する。見合った職位も用意しよう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし」
なに言ってるんですのこの人。そんなこと勝手に決められないでしょうに。プーがわたくしの真似をしたのか、『ぷっぷぷぷ!』と言いました。
「キコールさんの一存でどうこうできるわけでもございませんでしょう。それに、わたくしがお役に立てるかも、わかりません」
「私の一存でどうこうできる。私は研究者でもあるが……イキュア・クリアス薬学研究所のオーナーだ」
「ひょー」
どうりで!
そんなこんなでですね。なんとわたくし! イキュア・クリアス薬学研究所の、上級研究員ていう肩書きを得ましたの! かーっこいい! エザークの栽培研究ですね。まあ任せてくださいな。どうなるかわからないけど。それにしても、民間企業に所属してお給金をいただく聖女とか斬新ですね! たぶん史上初じゃないでしょうか。やったー!
そしてですね、プーはわたくしの助手になりました。名目上。彼氏ですけど。でも彼氏って仕事上の肩書きではありませんからね。しかたがないです。妥協しました。
プーはゴーレムと呼ばれる土からできた人形。たぶん芽が出るのをたのしみにしていたプーの気持ちが伝わって、プーに開花したと、キコールさんへ伝えました。
わたくし、誓ってプーの頭には種を埋め込んでおりませんわよ! プーは種を埋めた畑の土から生まれていますし、きっとつながっていたのでしょうね。たぶん。きっとたぶんおそらく。こういうのは深いこと考えたら負けです。
プーの頭に咲いていたエザークは、根から抜いて植木鉢に移しました。プーは『ぷーーーー!』ってすっごい抵抗しましたけど。世のため人のために研究所へそのままお渡しします。連れ去って行かれる我が子を見る瞳で見送っていました。罪悪感ひどい。
それでですね、プーといろいろ相談したんです。畑とプーがつながっているなら、プーの意志で、畑の方にエザークを根付かせられないかって。だって、お薬の研究のために毎回プーの頭から採集していたら、きっとプーがやせ細ってしまいます。たぶん。すごく真剣な表情で彼は『ぷ』と言い、うなずきました。表情ないけど。まんまるおめめだけだけど。
ということで。プーは最近子どもたちと遊んでいるとき以外は、朝早くから畑の中を歩いたり座ったり寝転んでみたりしています。お昼寝もそのまましています。かわいい。彼なりに土との心の交流? みたいのをしているみたいです。で、ある日の朝、とても真面目な表情でわたくしのところへ来て、『ぷ』と言ったんです。表情ないけど。
「なに? できそう?」
わたくしがそう尋ねると、プーはうなずきました。まあ、すごい! 今日の午後にはキコールさんが進捗確認にいらっしゃいます。それに合わせてたぶんセネガーも来ます。なんか毎回来ます。なんなんでしょうね。二人を驚かせること、できるかしら?
種、とプーが伝えてきたので、片手に持ち手をつないで畑へ。以前エザークの種を植えたところまで行き、プーといっしょにしゃがみます。
『ぷ』
「え、なに? 手をかざせばいい?」
言われるままに、種が植えてあるあたりに手を当てました。ただそれだけじゃなくて。プーがいっしょうけんめい土に親しんでいたのを真似て、わたくしも心で語りかけました。エザーク、エザーク、出てきてちょうだい。わたくしたちに美しい姿を見せて。
すると、手の下の土がふんわりと温かくなりました。で、あわてて手を外すと。
ぽん! と音がしそうな感じで! 芽が! 芽が出ましたあああああああああ!!!!!!!!
「やったー!!!!!」
プーと手と手を取り合ってくるくると踊ります。うれしい! うれしい! 畑で! 芽が出た! 『ぷっぷぷぷー!』とプーも歌っています。
「――じゃあ、畑全体へ同じ作業をしていけばいいのですわね?」
『ぷ』
わたくしがつぶやくと、プーが深くうなずきます。
わたくしは腕まくりをしながら「よぉーし、やりますかあ!」と言いました。プーは両手をあげて『ぷー!』と言いました。
すんごく時間がかかりました。それなりに広いんですのよ、畑。わたくしが住んでいるおうちが二軒建っちゃう大きさかしら。土いじりがしたかったから、この物件を選んだのです。今までなにも植えてなかったけど。
お昼をずっと過ぎたころにやっと、全体に赤ちゃん芽が生えた状態を作れました。途中でまたプーの頭に新芽ができちゃったのはご愛敬です。
畑の端に立って、プーといっしょにその壮観な眺めを堪能しました。ちょっと感動しますね。栽培が難しい植物を、わたくしとプーの共同作業で根付かせに成功したのです。……じーん。
「やりました……わたくしたち、やりましたわよ、プー……」
『ぷー……』
「あとはこの子たちを、りっぱに育て上げるのですわね……」
もしかしたら、育てる方がむずかしいかもしれません。土が良くても、環境がね。エザークが植生している地域とはぜんぜん違いますから。王宮庭園にある、贅沢なガラス張りの小屋を作るのも違います。それではきっと暑すぎてぜんぶダメになってしまうでしょうね。うーん、どうしましょう。
「どうしたらいいと思います? プー」
わたくしが尋ねると、プーは決然とした表情で畑へと一歩進み出ました。表情ないけど。そしてしっかりと短い足を開いて踏みしめ、うずくまりました。なに、なんですの。
『ぷー!!!!』
少しの間があってから、プーは叫んで身を伸ばし、両手をあげました。ら。
「まあああああああ!」
ボン、と音がする勢いで、プーの頭の芽が伸びてわさっと葉を茂らせましたの! すごおおおおおおおおおおおい!!!!
「すごいわプー! それ、わたくしもできるかしら⁉」
『ぷー‼』
プーの自信満々の保証をもらって、わたくしもプーの隣に立ち、両足を肩幅に開きました。そしていっしょにしゃがみます。
「おいで、おいで、かわいいあなた」
つぶやいて、畑をじっと見て。赤ちゃん芽たちの成長を思い描いて。
プーと気持ちがつながっているのを感じました。今、わたくしたちは畑を一心に思っています。おいで、おいで、かわいいあなた。プーもおいで、おいで、と考えています。そして。
――力をこめて、おもいっきり、伸び上がる!
空気が揺れました。ざわ、となにかの音が聴こえた気がします。
プーがもう一度しゃがんだので、わたくしもそれに倣いました。そして、もう一度! さらに、もう一度!
――伸びました! ちょっとだけ、畑の赤ちゃん芽が! よし、このまま!
何度か続けました。そしたら畑から、おみずちょうだい、と聴こえた気がしました。そうですわね、成長にはお水がなければ! わたくしとプーで手分けして、畑全体にたっぷりとお水をあげました。満足げな気配を感じます。
もう一度、プーと畑の端に立って。
「おいで、おいで、かわいいあなた」
歌いながらしゃがみます。そして、プーと、そして畑と、心を合わせて。伸びあがって、ジャンプ! もう一度! ジャンプ!
繰り返すこと、たぶん一時間。
「やりましたわああああああああああ‼」
咲きましたわよおおおおおおおおおおお!!!! 畑一面のエザークですわああああああああああ!!!!
背後から拍手と、「すげえ……」と声が聞こえました。キコールさんとセネガーでした。いつから見てたんですの二人とも。
プーがこてっと倒れました。わたくしも、脱力してその場に座り込みます。あわてて「おいっ、だいじょうぶか⁉」とセネガーとキコールさんが走り寄ってきました。
「…………おなかすきましたわあ」
朝からなにも食べてないんですのよ。
次の更新は3月13日(水)7:00~です