3話 聖女、芽を育てる
一日目
ピンと張ったいい芽です。小指ほどの高さ。お水をかけてとプーに頼まれたので、頭の色が変わる程度にあげました。プーはうれしそうです。
二日目
朝起きたら、人差し指ほどまで大きくなっていました! プーは鏡を見ながら芽を触ろうとしていました。でも腕が短いので両手を上げても届きません。かわいい。ちょっとすねてしまいました。「お水いる?」と聞いたら機嫌を直してくれました。かわいい。
三日目
さらに大きくなって、葉が枝分かれしました。全部で五枚の葉っぱです。それぞれ艶があってしっかりとしていて、問題なく成長しています。
午後に子どもたちが遊びに来て、みんな口々に「すごーい!」とほめてくれました。プーも得意気でした。
四日目
お昼寝のときに芽をつぶしてしまわないか心配みたいで、横になろうとしません。椅子に座ってうつらうつらとしては、はっと起き上がっています。テーブルに上半身をうつ伏せる形で眠ってはどうかと提案してみました。上手くいきました。夜もそれで寝るみたいです。体が休まらないのではないかしら。そもそもゴーレムって疲れるのかしら。
五日目
畑の方に植えたエザークの種は、ぜんぜん出てきません。環境を変えて植えてみようかと、植木鉢にもいくつか種をしこみました。日当たりのいい場所と、日陰と、室内です。
プーの芽は青々として、葉の数も八枚まで増えました。緑の帽子をかぶっているみたい。そういえばマスターの帽子の中は今どうなっているかしら。
六日目
花の芽が! 花の芽っぽいのが出てきました! プーといっしょに大騒ぎ!
七日目
咲きました! 咲きました! 白い、でも薄紫の淡い縁取りがある三枚花弁のお花です! エザークです、エザークですよおおおおおおおお‼
「やったー!!!!!!!!」
プーと手を取り合ってよろこびました。大成功です。難しいエザークの発芽と開花を成し遂げました! すごい! 快挙! プーのお手柄です!
プーはお水で、わたしは以前酔っ払って持って帰ってきてしまった、酒瓶に残っていたワインでお祝いパーティをしました。おつまみもお菓子もないのが難点です。セネガーが覗きにきて「……まじかよ」と言いました。まじですのよ。
エザークって、じつは熱病への薬効があるお花なんです。それで高値で取引きされています。
が、そうそう手に入りません。それを、栽培できちゃった! すごい! 医療革命が起きるかも!
まあ問題は、畑も植木鉢も音沙汰なくて、今のところプーの頭でしか咲いてないってことなんですけれどね!
そして、さらに数日後です。
「どうか、エザークを譲ってほしい」
真っ昼間。プーを連れてお買い物に出ていたとき。帰路につくため路地を曲がりました。するとぜんぜん知らないボサボサ頭の丸メガネ男性が、後ろから回り込んできて足元にはいつくばりそう言いました。びっくり。
そもそもなんですけど、一般の人はプーの頭上のお花の名前を知りません。めずらしすぎて、ほとんどの方が見た経験ないですからね! わたくしだって初めて実物を見たんですもの。お店のおばさんも「あらー、プーちゃんきれいねー、似合うわねー」って言ってにこにこしていただけでした。他の通行人さんとかも。『豆と麦』のマスターも。みんな。
なのでわたくしも、こそこそしないでおおっぴらにプーと出歩いていました。セネガーはちょっとだけ「……やめた方がいい」と言ってましたけど。でもみなさんの、のどかな反応を見て納得したようなしてないような、なんかそんな相づちを打っていました。
と、いうことで。この男性は一般人ではないのが明らかですね! なんでわかったのエザークだって。とりあえずわたくしは「どちらさまですの?」とお尋ねしました。
「私はキコール。薬学を研究している者だ。あなたは土の聖女アニ殿だとお見受けする」
「はい、そうですわ」
「……であれば、やはりその花は、エザークなのだな」
なんで「であれば」なんでしょうか。わたくし、自慢じゃありませんけど役立たずで有名な聖女なんですのよ。それで罷免されたんです。
とりあえず邪魔なので「立ってくださいまし」と言いました。立ちました。でかっ。上背だけならセネガーより大きいですわね。わたくしがプーを肩車する程度かもしれません。ひょろっとしてるけど。
「んーと、わたくしたち、初対面ですわよね?」
「そうだ。はじめまして」
「はじめまして。薬学研究をされているキコールさんは、どうしてあいさつもそこそこに初対面でなにかを譲ってもらえると思ったのでしょう?」
痛いところをつかれてキコールさんは「うっ」と言いました。そして「……すまない、あわてすぎた」と両手でおでこを押さえるしぐさで薄い茶色の前髪をかき上げました。……あら? この人もしかして、ちゃんとしたらイケメンじゃない?
「非礼を詫びます、土の聖女殿。私にはどうしてもその花が必要なんだ。どうか……金銭もできるだけ……言い値に近い金額を工面する。どうか、考えてほしい」
「んー……」
通行人さんたちがちらちら見ています。とりあえず「立ち話もなんですので、うちへどうぞ」とお招きしました。
まあ、わるい人じゃない気がしましたし。聖女の勘で。たぶん。で、いっしょにおうちへ行きました。
「――おいっ! アニ! 男連れ込んだって――」
すんごい剣幕と勢いでドアを開け、セネガーが乗り込んできました。たしかに我が家、めったに鍵かけないけどね! ノックもなしですよ! ちょうどお茶を淹れてキコールさんに「蒸らしすぎではないだろうか」とつっこまれていたところでした。細かいですね!
「人聞きわるいですわね。お客様がみえただけですわよ」
「でもナンパされてたって」
「は? 道端でごあいさつしていただけですわ!」
「はじめまして」
「…………はじめまして」
『ぷ』
なんでしょうか、この空間。
「――私はイキュア・クリアス薬学研究所にて前臨床開発をしている」
なんか難しい言葉で自己紹介されました。セネガーがちょっとうさんくさそうな目でキコールさんを見ながら、「へえ、研究者さんが、アニになんの用だって?」と低い声で言いました。
「土の聖女殿には、ぜひ我々にエザークを提供していただきたく」
「薬学研究所なら、アニに頼まなくてもそれ相応の伝手があるだろう」
「それが……」
キコールさんが飴色の目を泳がせます。言っていいか迷ってそうな感じです。なんですのなんですの。秘密話とかだいすき。しばらくしてから重々しげに口を開かれました。
「弊研究所は……民間企業で。昨年末からエザークの流通は、国営の研究所に占有されている」
「あらー、なんてことー」
ちょっと棒読みセリフになってしまいました。やだーお国が関係する話じゃなーい。関わりたくなーい。
そう思ったのがバレたかどうかはわかりませんが。キコールさんは目にも留まらぬ速さで席から立ち上がりました。そして路上で会ったときと同じく床に身を低くかがめてわたくしへと頭を下げました。
「どうか、どうかお願いだ、土の聖女殿。あなたがその子ども……? を連れているのを見たとき、神の導きだと思った。私たちは見放されたのではなかった。これまで十二年、私たちはこの薬の完成に尽力してきた。臨床検査まであと少しなんだ、これで救われる命が多くある。どうか、どうか」
セネガーがびっくりしてキコールさんをじっと見ています。これでナンパ説は覆ったでしょう。そりゃあ救われる命とか言われたら、わたくしだって惜しみなく協力したいですわよ。でも、ねえ。
「キコールさん。お手伝いしたいのはやまやまなんですのよ」
「本当か⁉」
「でも、その研究って、エザーク一輪で足りるんですの?」
「え?」
キコールさんが身を起こし、プーを見ました。そして「まさか」とおっしゃいます。
「そうなんですの。わたくしが栽培に成功したのは、プーの頭にある一輪だけですのよ」
沈黙が落ちました。『ぷ』とプーが重々しく言います。そして少ししてからキコールさんがまた、がくっとうなだれました。期待させてしまってごめんなさーい。
「――いや、一輪でも栽培できたのであれば、あるいは……」
めげない人でした。十二年越しの研究をされているだけはありますわね。ちょっとひとりでぶつぶつ言ったあと、わたくしに向き直っておっしゃいました。
「聖女アニ殿。あなたを弊研究所へ招聘したい」
「え」