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2話 聖女、彼氏? との生活


こちら本日の2話目です



「あらアニちゃん、今日はプーちゃん連れていないのかい?」

「そうなんですの。彼ったら日向ぼっこで眠っちゃって」


 一カ月が経って、東町の人たちにもプーの存在が認知され始めました。外出したらだいたい皆さん、プーの近況を尋ねて来ます。

 プーは土で造ったお人形です。古い言葉でゴーレムと呼びます。聖女へ任命されてから、土を動かす方法とともに少しずつ研究していたのです。ちゃんと形になってよかった!

 明確な思考力は持ちませんが、主人であるわたくしの命令には従順です。だいたい、知能としては幼児くらいかしら? ときどき近所の子どもたちがやってきて、いっしょに遊んでくれますの。かわいいったら。昨日はかくれんぼのルールをなんとなく把握できたようですのよ! まだ隠れる方しかできないけど! すごい進歩でしょう!


「……アニー……」


 背後からとても低い声が聞こえました。セネガーですね。『豆と麦』へ向かう足を止めずに「なんですのよ」と応えました。


「……いったいおまえはいくつのつもりなんだよ。あんな人形遊びなんかにかまけて。いいかげんやめろよ」

「お人形遊びとはごあいさつですわね。プーはれっきとしたわたくしの彼氏です」


 きっぱりと言いました。そこは譲れませんので。

 

「……そんな現実逃避するほど、しんどいのか」

「しんどい? なにがです?」

「第五王子から振られたこと」


 その言葉にわたくしはセネガーに向き直り、その胸ぐらをつかみました。


「――そんな終わった過去の話を持ち出してまで、わたくしをバカにして貶めたいんですの? その件とプーは、なんの関係もありません」


 わたくしが語気を強めて言うと、セネガーが目に見えてうろたえました。笑い者になるのは真っ平。こいつは本当にたびたび、わたくしへとその話を持ち出します。それがおもしろいとでも思っているんでしょうか。酒の席であってもムナクソ悪いのに。

 笑い話にして流させるつもりはありません。わたくしが睨み続けると、セネガーは「……すまん」とひと言つぶやきました。


「今日の会計で許しましょう」


 これまでで一番不味いランチでしたわ。

 食べ終えたら、すぐに家へ帰りました。お買い物でもしようかと思っていたけれど、そんな気分でもありません。セネガーがなにか言いたそうにしていたけれど、知りません。

 家に着くと、プーがお昼寝から覚めて、わたくしの姿を探していました。


『ぷ、ぷ、ぷ』


 足元に駆け寄ってくる姿は、子どもと変わりません。


「ごめんねえ、ひとりにして。今日はなにして遊ぼうか?」


 ぎゅっと抱きしめると、土の匂いがしました。わたくしを無条件で受け入れてくれる、わたくしの能力のふるさとの匂い。

 もういろいろ、こりごりなんです。思い出したくない過去ばかりが脳裡をよぎります。それらから逃げてこの地にたどり着いたと思ったのに、周囲はわたくしへ、繰り返し、繰り返し変えられない事実を告げます。わすれさせないためでしょうか。

 ――すべておまえが悪いのだ、とでも言うように。

 なにもかも、どうでもいいんです。なにもかも終わったんです。

 わたくしは、わたくしを愛してくれる、この土にただずっと包まれていたい。


「――プー、ずっといっしょにいてね?」

『ぷっぷぷー!』


 わたくしがつぶやくと、プーが両手をあげて肯定してくれました。

 うれしくて、わたくしは笑いました。

 ――そして、一週間後。


「――この前は、わるかった」


 プーを寝かしつけてから『豆と麦』に向かい、カウンター席で飲んでいた夜。セネガーが隣に座ってきてそう言いました。そういやここしばらく姿を見ませんでしたわね。


「なんのことかしら」

「そうかよ。まあ、俺の気が済まんから、受け取れ」


 そう言って差し出してきたのは手のひらサイズの小袋でした。手に取ってみると、中に顆粒状の物が入っていそうでした。


「なんですのこれ」

「エザークの種だ」

「ひょおおおおおおお⁉」


 思わずおかしな声が出ました。びっくり。どうやって入手したんですの。


「……前に欲しがってただろ、おまえ」

「そんなこと言ったかしら? 薄給でしょうにこんな高価な物を。だいじょうぶ?」

「薄給は余計だ。素直に感謝しろよ」

「ありがたき幸せでございますわ!」


 北方の、草花が根付かない土地で稀に咲く花です。厳しい環境に適応しているためか、移植したとしても人里ではなかなか定着しません。わたくしは図鑑でしか見た経験しかありません。そんなお花ですから、もちろんそんじょそこらで種なんか売っていませんの。以前酒にまかせて「種から栽培できたらわたくしがどうにかしますのにー」なんて言った気もします。言いましたね。よく覚えてましたわね。いただきましょう。やったー!


「明日さっそくまいてみますわ! ありがとう、セネガー!」


 笑って言うと、セネガーは絶句しました。なんですの。マスターのダナタークさんが「仲直りしたのかい、よかったねえ」と言いました。最近マスターはなぜか帽子をかぶっていらっしゃいます。なぜかしら。わからないわ。

 いい感じに酔って帰ったら、プーが目を覚ましていて『ぷー! ぷー!』と抗議されました。ごめんごめん、さみしかったね。


 そして、朝。へそを曲げてしまったプーをあやしてから寝たので、睡眠時間は短いです。プーにへそはないけど。

 珍しい種を入手して、わくわくして眠りが浅かったんです。わたくしも子どもみたいですわね。いつもならプーといっしょにモーニングを食べに行くところですが、今日はそれどころではありませんわ。裏庭へ向かい、畑の一画に立ちます。


「おはよう、おはよう、あたらしいあさ!」


 わたくしが歌うと、わたくしの目の前の土がボコボコと音を立てておこります。

 しゃがんで人差し指で等間隔に穴を開けていきます。プーが短い足でいっしょうけんめい走って来て、いっしょにしゃがみました。セネガーからもらったエザークの種を埋め込んでいくと、プーはぶるっとひとつふるえました。そしてわたくしが種に土をかぶせてぽんぽんと叩くと、プーはとても納得しうんうんとうなずきます。かわいい。

 じょうろにお水を汲んできて、たっぷりとかけます。プーは『ぷー! ぷー!』と指さして、いっしょうけんめいわたくしへ種の話をします。プーに指はないけど。土に種を植えたのは、プーにとってはとても衝撃的だったみたいです。これ! これ! と意思が伝わってきます。


「朝からやってんなあ」


 セネガーの声が聞こえました。プーがそこまで走って行って、『ぷー! ぷー!』と全身でセネガーに訴えかけます。ちょっと困った様子で「お、おう?」とあいづちを打っていました。


「店にいなかったからさ。ちゃんと食えってマスターから朝食預かってきた」

「あらあ、たまには役に立ちますのね、セネガー」

「は? いつでも頼りになるの間違いだろ」


 まだなにもない畑をながめながら朝食をいただきました。プーが種をまいたところをじっと見ては、ときどき『ぷ!』とわたくしたちへ「これ!」と伝えてきました。かわいい。


 さて、さらに三日後です。

 プーは子どもたちが「あーそーぼー!」とやってきたときとお昼寝の時間以外は、ずっと種を埋めたところでしゃがんで観察しています。かわいい。

 さすがにまだ芽は出ません。発芽を促してもいいんですけど、とりあえずは今の状況でどうなるか見てみたいんですのよ。土自体は、以前からよい状態にしてありましたので。

 この家に住んでもう半年程になるわけですけども、じつはまだなにも畑で栽培しておりませんでした。なんとなく。……野菜とか作ってしまったら収穫して自炊しなければならないじゃないですか。わたくし調理は本当に苦手ですのよ。もいでそのまま食べてもいいトマトとかならいいですけども。季節はもう秋ですしねえ。今から植えてもねえ。


『ぷーーーーーー!』


 プーが大きな声をあげました。家の中にいたわたくしは、なにごとかとあわてて外に出ます。プーがいっしょうけんめい走ってきて、両手をあげてわたくしに『ぷー!』と言いました。


 ――なんと。プーの頭頂に。双葉の芽が出ていました。かわいいかよ。


 これがエザークの芽なのかはわかりませんが……せっかくなので観察します。


次の更新は

2月28日(水)7:00

です



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