16話 聖女、公爵領へ行く
そういえばすっかり忘れていたのですけれども、わたくし、なんだか専属の騎士団がいたんです。宮殿といっしょにいただきました。わたくしが移動するなら、その人たちも大移動しなくちゃ、みたいな感じなんですのよ。それはお手数おかけいたします。
宮殿も守って維持する人員も必要だとかで、二手に別れるための人員調整をしなくてはならないんですって。だからわたくしが明日って言ったら、なんでだよーっていう空気になったんですわね。それはそれは失礼いたしました。べつに着いてこなくていいんですのよ?
王様方面からわたくしがマリウム公爵領へ向かうのに難色を示されたっぽいです。でもミューリア様がいい感じにしてくださいました。ありがたいお小言を聞かなくて済みましたわ。よかった!
「あいにく、私はともには参れない。王都で成さねばならない些事が多過ぎてね」
キコールさんはわりとげっそりとした表情でおっしゃいました。そうですわよねえ。王宮御用達ですものねえ。つなぎを取ろうとする方も多いでしょうし。
わたくしは「ずっとあちらに逗留し続けるわけではありませんわ。どうにか、プーのところへ帰りたいですし」と申しました。キコールさんは優しげなほほ笑みで「そうだね」とおっしゃいました。イケメンですわあ。
「では、参りましょうか」
「はいー!」
ミューリア様が宮殿まで迎えに来てくださって、わたくしはマリウム公爵家の馬車へ乗り込みました。いっしょにメイドのカーサ・パルサさん。カーサって呼び捨てにしてくださいって頼まれました。そうですわね、聖女の威厳をもって接する必要がありますもの。もう手遅れかもしれませんが! ミューリア様はメイドさんといっしょではないようですね。理由を聞いてみたら「移動の間は、主人の目がないところで休ませてあげなければ」ですって。さすが上に立つ者って感じですわ。ちなみにカーサはこれまで仕事らしい仕事がなかったので、はりきって同乗しています。降りないぞっていう意志を感じます。
宮殿に置いていく騎士さんは二十人だそうです。わたくしがどれだけマリウムに滞在するかによって、適宜交代するそうですわ。
なんだかね、着いて来られる騎士さんたち、めちゃくちゃわくわくしてるんですのよ。どうしてってカーサに聞いたら「マリウム公爵家の騎士団と、合同演習とかできるんじゃないかって盛り上がってました」と。たのしそうでいいですわね。
ちなみに、わたくし専属の護衛騎士なる者がいました。そうです。ずっと宮殿のお部屋の入り口で突っ立ってた、リメイン・ボールドリーさんです。カーサもリメインも、以前わたくしへちゃんと自己紹介したそうですわ。記憶にございませんわね。
ただ、わたくしに与えられた宮殿も、メイドも、騎士団も。ぜんぶ、王様からの下賜なんですのよねえ。なんか、借り物の服を着ている気分ですわ。
「あら、そうでもありません。人員はすべて、マインサム様が厳選された者です」
わたくしのぼやきへ、ミューリア様がたおやかなほほ笑みでそうおっしゃいました。カーサもうんうんとうなずいています。あら、そうなんですの?
「うーん……」
「どうなさいました?」
「……なお、気を遣うな、って……」
マインサム様……マインサム様かあ……。これって、結婚するのが前提でのプレゼントっていう感じなんでしょうか? わたくしと結婚する気はないって言ってたのに。うそつきー!
そんなわたくしの気持ちを知ってか知らずか、ミューリア様はキレイな扇でさっと口元を隠しておっしゃいました。
「……マインサム様も、アニ様も、言葉足らずでいらっしゃいますわね。双方に誤解があると感じます。アニ様が憂えるべき事は、なにもございませんわ。ご安心くださいまし」
「そうはおっしゃいますが、なかなか難しいですわね」
「わたくしから申し上げるのは簡単ですけれども。これは、かわいい愚弟がしっかりしていないから悪いのです。アニ様の不安を取り除くよう、申し付けておきましょう」
「いえ! いえ! 特にそういうのは必要ないので!」
さすが未来の王太子妃兼マインサム様の幼なじみ。王位継承権が低いとはいえ、王子様に物申せるんですのね。かっこいいですわ!
そうこうしていて、五日の道のりでした。お馬で駆け抜ければ本当は半分に時間を短縮できるそうですが、わたくしもミューリア様も、淑女ですのでね! ゆっくり移動していただきました。毎日違う街の宿に泊まるのも、新鮮でいいですね。
「……王都並みにおっきいですわね」
「ええ。お気に召すといいのですけれど」
マリウム公爵領の領都に参りました。道幅が太い。人が多い。馬車が四台すれ違っても、まだ余裕があるんです。それがぜんぶ、ちゃんと石で舗装されているんですのよー。すごいー。維持費と人件費どんだけかかるのかしらって思っちゃいますわね。
そして、マリウム家の本邸ではなく、ちょっと外れたところにある別邸へ滞在します。なにせ、二十人ほど騎士が着いて来ちゃった大所帯ですのでね! しかたないですね!
「では、ごゆっくりなさいましね、アニ様。旅の疲れが癒えましたら、ぜひ本邸にいらしてください」
「はい、ありがとう存じますわ、ミューリア様。ご配慮感謝いたします」
公爵と夫人にご挨拶ーとか面倒な事があるのかと思っていたのですが、休んでいいそうです。やったー!
別邸は、これで別邸とか呼ぶのやめてって言いたくなる大きさでございました。メイドさんたちもたくさん配備されていて、権力を保つためにカーサはちょっと偉そうにしています。身の回りの世話をしてもらうならわたくしも顔見知りの方が気安いので、それでかまわないんですけれどもー。なんか笑えますわー。
で、二日後。そろそろいかがですか、って本邸へご招待されました。ううっ、公爵と夫人に会うんですのね。まあ王様よりはずっとマシですけれども。
朝から、カーサを筆頭としたメイドチームがはりきっています。カーサはわたくしの侍女的な地位を確立したみたいです。よかったですわね。舞踏会へ行くのかしらってほどに飾ろうとしてくれたので、それは止めてほどほどに可愛くしてもらいましたわ。ほどほどに! わたくしは元々可愛いですからね。それで十分なのです。ええ。
そして、馬車に乗って移動です。四半日かかるそうです。どういうことですの。同じ街にあるんじゃないんですの。
わたくしがマリウム公爵領へ滞在するのは一般にも知れているらしいです。幾人かの騎乗騎士を従えて馬車が街道を走ると、見物人の姿が道端に見えたりしました。そして、一時間ほど経ったでしょうか。急に馬車が停止しました。
「あら? 思っていたより近かったですわね」
「いえ、アニ様。違うようです」
カーサが窓の外を見て険しい表情で言いました。おっ、なんですの。トラブル発生の予感ですわ。騎乗騎士がひとり、馬を馬車に寄せて窓をノックしました。
「アニ様。申し訳ありません。行く手を阻む……『物』がありまして」
「あらあ、なんですの? それは」
なにかしら、と降りて見物しようとしたら、カーサも騎士さんも全力で止めました。なんでも、少しでも動こうとすると、そちらへ移動して通せんぼする『壁』があるんだそうです。なにそれ。ますます見たいんですけど。
「無害そうですか?」
「はい。斬りつけようとしたら逃げますが、あちらからの攻撃はありません」
「なにか要求は?」
「いちおう話しかけてはみていますが、言葉が通じているのかどうか……」
「うーん」
これって聖女のお役立ちどころな気がしますけれどー。わたくし、戦闘とかてんで向いてないのですよねー。とりあえず、御者席への小窓を開けて、前方を覗いてみました。そしたら。
「あらあ!」
わたくし、思わず声を上げてしまいました。そして「問題ありませんわ! わたくしの身内です!」と言って、ちょっとびっくりした騎士さんの隙を突いて降車しました。
「会いに来てくれたのね、うれしい!」
『ぷーーーーーーーーーー!!!!!』
立ちはだかっていた土壁から、愛しい彼氏の声が聞こえたのでした! 騎士さんたちが一瞬びくっとしてからさらなる警戒体勢になりました。
「みなさん、ご紹介いたしますわね。わたくしの彼氏の、プーです!」
『ぷーーーー!』
土壁は小さくなって、いつものプーの姿になりました。わたしが駆け寄るとプーも小走りで来て、ひしっとお互い抱き合いました。
ああ、うれしい。土の匂い。わたくしの彼氏。ざわざわしている騎士さんたちを見て、ふと、プーをミューリア様たちへなんて説明しようかしら、と思いました。彼氏なんですけれど。