11話 聖女、王宮へ行く
簡単に、お部屋の掃除と、身の回りの物を荷造りして。
しっかり戸締まりをしました。戻って来られるかわからないけれど「いってきます」と扉へ声をかけました。振り向いたら、そこにはおヒゲの使者さん。
もう、犯罪者みたいな扱いです。わたくしを護送するために立派な馬車がやって来た上、馬へ騎乗した騎士が何人も。そりゃあ、王都まではそれなりに距離がありますから? ちゃんとした準備で移動した方がいいに決まっていますけれど?
東町のたくさんの人たちが通りに出てざわざわとしています。その中でわたくしはみなさんに一礼し、馬車へ乗り込みます。背の高いキコールさんが、群衆の中から神妙な表情でこちらを見ていました。
キコールさんも、追って表彰されるみたいです。場合によっては叙爵されるかもしれないんですって。それだと王様から直接言い渡されるはずですから、どうせならわたくしといっしょに移動したっていいと思うんですけれど。数日間、ひとりで馬車に揺られます。さみしい。
プーは、セネガーに抱っこされて遠くの方にいました。いっしょうけんめい『ぷー! ぷー!』とセネガーの腕から逃れようとしています。……ごめんね。置いて行って。
馬車が発進するのを、わたくしはうつむいてやり過ごしました。故郷を出るときは、こんな気持ちなのかしらと思いました。
人里を離れ、舗装された街道をずっと進んで行きます。途中ですっと止まって、どうしたのかしらと思ったら、ノックされました。ドアを開けると、騎士さんたちと、遣いのエラそうなおじさんたちが整列していました。そして、一礼されます。
「――聖女アニ殿へごあいさつ申し上げます」
「あら、ごていねいに。わたくし、犯罪者として連行されるんだと思っておりましたのよ」
せいいっぱいの嫌味で言ってやりました。おじさんたちは動揺せずに「少々強引になってしまい、お詫び申し上げます」とおっしゃいました。そして「あらためて、この度聖女アニ殿の復権をお祝いいたします。そしてこちらに控えます、専属騎士小隊を紹介いたします」と言いやがられました。
「つっこみどころが多すぎます! まず、わたくし、復権なんか望んでおりませんのよ!」
「そう申されましても、これは王の意向です」
「それに、専属騎士ってなんですのー!?」
「その名の通り、聖女アニ殿へお仕えするために組織された者たちです。お迎えの道に参上したのは二十五名ですが、王都にて控えている者を数えると、総勢五十名です。今後、手足としてお用いください」
「いらないですわーーーーー!!!!!」
頭を抱えてしまいました。勘弁してくださいまし。わたくしの完璧なぐーたら生活が瓦解していく音が聞こえます。そんなわたくしにおかまいなく、隊のリーダーさんの自己紹介がなされました。スノー・ガイアムさんだそうです。強そう。名前も見た目も。なんでもっとこう、儚げな美青年がいないんですの。騎士だからですわね。わかっていますわよ。
わたくしの体力とか退屈具合いに合わせて、進んだり止まったりしながら王都へ向かいました。どうせ逃げられないし、それなりにおとなしくしておりました。そしたらですね。
「……なんですの、これは……」
「聖女アニ殿の宮殿でございます」
とんでもないことになっておりました。
宮殿です。とっても宮殿です。語彙力の限りを尽くしても最初に出てくる感想が「宮殿だなー」て感じの、りっぱな白亜の宮殿がわたくしの前にありました。さすがに王宮よりはずっと小さいと思いますけれど。朝のわりと早い時間に王都へ着きました。なんだか通行人から遠巻きに眺められつつ、わたくし専属の騎士隊と行進し、たどり着いた先がそこです。ちょっと待ってくださいまし。
「……わたくしのって、どういうことですの……?」
「このたびの聖女アニ殿の凱旋にあたり、ふさわしい処遇を、と王直々に用意されました。こちらへお住まいいただけるよう、中は調えてございます」
「ひょーーーーーーー」
エラそうおじさんがわたくしへ告げました。エラそうおじさんも前に名乗ってくれたんですけど、なんだか小難しい役職が着いていて覚えられませんでした。なので「おじさま」ってお呼びしていますが、絶妙にうれしそうなのでそれで乗り切っております。たぶん名前覚えてないのバレてないです。
――たいへんなことになりました。
聖女としての最高の待遇を保証されてしまったようです。――この事実が示すのは、ただひとつ。
ぐーたら! できない! ぜったい聖女として働くのが決定事項になってる!!!!! いやですううううううううう!!!!!
「――わたくしの恩給生活を返して!」
「なるほど、恩給をそのまま受け取れるよう、陳情いたしましょう」
「そういうことじゃないんですううううううう!!!」
いろいろ文句を言いたかったのですけれども、笑顔の宮女さんたちに捕らえられ、ずーっと奥の部屋へ連れて行かれました。そして服を剥かれてお風呂へ。ちょっとなんですの。わたくしの意思とか意向とかまるで無視ですの。
そして丸半日かけて磨かれました。昔聖女として選定されたころに着ていた、聖巾と呼ばれる白くて長い衣を着せ付けされました。これ重くて嫌いなんですのよー。
鏡の中のわたくしは、それはそれは聖女っぽかったですわ。いちおう、磨けばちゃんと光る方なので。それにしても、なんだか髪型もこだわった感じに結われたのはどうしてでしょうか。
「王が謁見を許可されました。参りましょう」
「えー……」
ぜんぜんこちらからお願いしておりませんわね! 最悪な気分ですわ! でもわたくしごときが断れませんので、しずしずと従います。わたくし、空気も読める方なんです。
わたくしにあてがわれた宮殿は、わりと王宮から近いところにあったようです。それってめっちゃ良すぎる待遇です。とても怖いですね! 馬車に乗って移動しましたけれど、そんなに時間はかかりませんでしたわ。時刻は太陽が西の空に沈んだころです。庭園に黄昏の影が落ちていました。
高い天井の下で、壮大な大理石の階段がチリひとつなく輝いています。お掃除たいへんそう。その両側には王室の紋章の刻まれた彫像があって、お召しに従ってわたくしは一段一段登りました。
まあ、謁見自体は初めてではないんですけれども。そもそも、とても卑しい出自のわたくしには、胃が痛くなる出来事にかわりはありません。両開きの大きな白い扉。そこには先ほどの彫像みたいに鎧を着込んだ兵士が。
謁見者の名前を告げる紹介者と呼ばれる男性が「慈しみと憐れみに富まれるマトラ・ツァツ王! 聖女アニが、謁見を申し出ております!」と大声でおっしゃいました。いえ、申し出ておりません。決して。
「偉大なるマトラ・ツァツ陛下、わたくし、アニは拝謁の誉れを願い求めます」
その場でひざまずき、頭をたれます。許可があるまでずっとそのままです。これも、聖女に選ばれてから付け焼き刃で身に着けたお作法です。もう、王宮って本当に細かい決まり事があるんです。うんざりですね!
「聖女アニ! 謁見を許可する!」
「ありがたく」
紹介者さんが、すぐ近くにいるのにわたくしへと大声のまま告げます。しきたりとはいえ、お疲れ様ですわね。
扉が開きました。でもまだ頭は上げちゃだめです。しばらくしてから「聖女アニ。近くへ」と、王様の側近さんが述べました。そこで初めて顔を上げて、中へ入れます。そして近くって言っても、東町にあるわたくしのお家の畑幅ほど遠くの位置へ行って、そこでまた膝を着いて頭を下げます。なんだかもー。エラい人たちってどうしてこう、なにもかもまどろっこしいんでしょうか。
わたくしの背後で、扉を閉める音がしました。びっくりしました。普通、拝謁の際には扉を開けっ放しのはずです。なにそれこわい。わたくしは頭を下げたまま、この事態を考えました。まあ、考えたってわからないんですけれど。
「聖女アニ。長い道中ご苦労であった。面を上げよ」
お許しを得て、わたくしはそのままの姿勢で上半身を起こしました。真っ直ぐの先の王座には、王様が。そして、その両隣のりっぱな椅子にも、人がいました。
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