1話 聖女、辺境でやさぐれる
隔週で7:00と12:00に更新します
よろしくお願いいたします
こちら本日の1話目です
「アニちゃんてさあ、彼氏作らないの?」
「作りません」
――はいきたー。きましたー。今月三人目、四回目の質問です。
どいつもこいつも、いい加減にしてくださいまし。そんなの、作らないしいらないって、わたくしいつも言っているでしょう。
(――もう一度同じこと質問をなさったら頭頂を不毛地帯にしてさしあげますから、覚悟してくださいねー、ダナタークさん)
ここは国の南西にある街、モネータ。さらにその東町にある定食屋『豆と麦』。名前に反してちゃんとお肉もメニューにあるお店です。なんでも美味しいの。
わたくしはアニと申します。姓はありません。この店はモネータに移り住んでから、わたくしが懇意にしている場所のひとつです。わたくし、調理がてんでダメでして。朝昼晩と三食すべて『豆と麦』でいただいているわけですね。美味しいんですの。
――この町へ移住した経緯は……いろいろありますが……おいおいお伝えしましょう。
「――おお、アニ! 全国民の中から聖別される十人の聖女のひとりとして選定されたアニ! しかし土を愛し祝福する地味な能力しか発現しなかったアニじゃないか! そのうえこの国の第五王子から婚約破棄され、こんな田舎まで逃げてきたうえに昼間から飲んだくれている聖女アニ!」
「ぅるせぇわあ!!!!」
まあ、わたくしとしたことが、思わず美しくない言葉を。聖女職を拝命するにあたって、あんなに厳しく淑女教育がなされたはずですのに。
元を取るためにちゃんと日々美しい言動を、と心がけてはおりますのよ? なかなかむずかしいですわね。
ちなみにこの、とても不敬極まりない男はセネガーと言います。わたくしの近所の人設定ですが、実際は王宮からの監視員です。
役立たずとわかったらわたくしをポイッと捨てた第五王子を、わたくしが悪く言いふらさないか見張っているのです。忌々しい。せめて、はかなげな美少年とかだったら愛せたのに。色味はいいんですのよ、少しくすんだ金髪に碧眼です。でも、ふてぶてしい巨漢ですし。勝手に向かい側に座るし。じゃま。
うざったいので以前何度か土を移動して落とし穴を作りましたが、すべて見破って来ました。うち一度はちゃんと動作するか確認したわたくし自身がかかってしまって、指をさして爆笑されました。明確な殺意を抱いていますがなかなかヤる機会がありません。身のこなしがタダモノじゃない感あるので、軍人なんでしょう、きっと。
「マスター、俺にも酒を」
「はいよ、いつものでいいかい?」
「ああ、よろしく」
わたくしは、恩給をいただいて生活しております。婚約破棄されたショックから心身に変調をきたし、聖女としてのお役目を存分に果たせなくなった、との名目です。
まあ体のいい厄介払いです。ショック? まあショックでした。認めます。すんごい玉の輿乗れると思っていたし。お国の公務とかしなくていいって話だったし。長男じゃないから義両親の老介護とか必要なさそうだし。そもそもそれは王宮がするだろうけど。
とにかく、今のわたくしは恋に敗れてうらぶれたかわいそうな役立たず聖女――それが一般の認識なのです。わたくしが肩書きだけ聖女のまま一般人へ戻る事実は、全国にお触れがありましたから。大きなお世話すぎますね! なので毎日こうして管を巻い……いえ、悲しみに暮れて生活していても、みなさん温かい目で見守ってくださいます。ありがたい話です。
「で、今日はなにを肴に飲んでんの?」
「白身魚のトマト煮」
「じゃなくて。元同僚の聖女が性格悪いとか、間借りしてる家の立て付けが悪いとか、恩給持ってくる役人の態度が悪い、とか」
「あんたわたくしをなんだと思ってるんですのよ」
「美味い酒をグチで不味くして飲む天才」
「あーまずい! 不味くなった! たった今不味くなったー!」
マスターのダナタークさんに「もう一杯!」と頼むと、「あんたたちほんと、いいコンビだねえ」と言われました。冗談じゃない。
「アニちゃん、もうここに来て四カ月になるねえ」
蒸留酒を炭酸で割ってレモン汁で風味をつけた、わたくしのためのお酒をマスターが持って来ながら言いました。
「あら、そんなになります?」
「はっきりと覚えてるよ。きれいなお嬢さんが、捨て猫みたいにさ。雨に濡れてやって来た」
とりあえず着の身着のままで、もらった手切れ金だけを持って乗り合い長距離馬車に飛び乗りましたからね。行き先なんか決めてなかった。三日間揺られて着いたのがこの街で、お腹空いて入ったのがこの店。それだけ。
「とんでもなくお世話になってますわ、ダナタークさん」
「どういたしまして。君はなんだか放おっておけない。世話をしたくなるんだ」
「あらあ、してしてー! もっとしてー!」
受け取ったお酒を一気飲みして、酒杯を返しました。マスターは苦笑しながら受け取り言います。
「本当に、君は。わたしはねえ、君にはしっかりとした男性がそばにいて支えてくれたらいいと常々思っているよ」
「うわっ、はじまったー!」
「いや、冗談じゃなく。そろそろ頃合いじゃないかい? 彼氏作ったらどうだい? ……いい人が近くにいるんだからさ」
よし! ダナタークさんの頭頂の祝福を減少させよう! そして、お望み通り彼氏つくろう!!!!
わたくしは最近個人的に研究していた、不毛の土地に花を咲かせる祝福を心のなかで短縮して改変しました。マスターの頭頂を見ながら心で逆さに思い描きます。じんわり効いてくるでしょう。せめてもの情けですべては取り去りません。そして「これお代!」と多めのお札をマスターに渡しました。
「えっ、もう帰るのかい⁉ まだ明るいよ!」
「マスターの言葉ももっともだと思いましたの!」
「はあ、そう、それはよかった」
「なので、帰って彼氏つくりますわね!」
マスターが目をまん丸にして、セネガーは口にしていたお酒を吹き出してむせました。二人がなにか言っていましたけれど、気にせず走って帰宅です。ちょっとお酒が入っているのでふわふわしますが!
東町の外れの方。『豆と麦』からは走って五分です。木造で赤い三角屋根の平屋一軒家。古いし隙間風もありますけれど、それなりに愛着も湧いてきました。わたくし以外だれも居ませんけれども、いちおう「ただいま!」と声をかけます。そして裏庭に回りました。
「おいで、おいで、かわいいあなた」
歌いながら小さな畑に踏み込みます。まだ耕したばかりで、なんの種も植えていません。なのでちょうどいいはずです。歌の続きを口ずさみながら柔らかい土の上に座って、膝のあたりの土に手をかざしました。
「ふるえるまぶた、こごえるこころ」
背後で足音の止まるのが聞こえました。たぶんセネガーが追いかけてきたのでしょう。わたくしが土を祝福するときに彼はじゃまをしません。なのでかまわずに続けました。
「そのままでいい、すべていとしい」
少しずつ、少しずつ。土が盛り上がり、小山に。言葉はなんでもいいのです。わたくしに顕現した能力は、他の聖女たちのように華々しくはなかった。けれど、なによりもわたくしに似合いの力だと思います。
膝を着いたわたくしと同じ程度の高さになったとき、わたくしはその土の柱に触れました。頭。顔。首。肩。腕。腰。脚。すべてを思い描きながら。
「おいで、おいで、かわいいあなた。わたしのうでに、おねむりなさい」
触れている部分がほんのりと温かくなります。わたくしはただ声を音に乗せて歌いました。少しずつ、少しずつ。土の輪郭が形成されていきます。やがてそれはずんぐりむっくりとした人の形をとります。
わたくしは顔に当たる部分へ両手を添え、「おいで」と言いました。
ふわりとした光と熱があって、手をはずすと、丸い二つのくぼみができていました。かわいい! それらは意思を持ってわたくしを見つめます。そして『ぷ』と言いました。
「かわいいいいいいいいい!!!!」
「おい、なんだ。なにをしたんだ、アニ?」
セネガーが、畑の端に立ったまま問いかけてきました。わたくしが土を大事にしているのを知っているので、畑にはぜったい入りません。前に怒りましたからね。わたくしは立ち上がって振り返り、『彼』を紹介しました。
「わたくし、彼氏を造りました!」
「はあ?」
「名前は、えーと」
『ぷ』
「プーですわ!」
しばらく絶句したあとの、残念そうなセネガーの表情がムカつきました。