〜最終話 決意〜
ドーモ。直也之草子第一部、ついに最終話です。拳を構え、カリートに殴りかかる直也。しかし、直也の技は全く通用せず……はたして、勝負の行方は___?
田村直也の最も得意なことは、喧嘩である。
これまで、自分よりも年上の中学生の不良や時には高校生ともタイマンを張ってきた。
それだけではなく、逃亡中の殺人犯や、やましい秘密を抱える現職の刑事、果ては妖魔などの常識では考えられない存在に至るまで……様々な存在と殴り合ってきた。
だからこそ直也は、喧嘩の実力には絶対の自信があった。
それなのに……。
「クッ……!?」
踏み込みながら右、左とコンビネーションで拳を繰り出す直也。
しかし、当たらない。
ただの一発も。
「ブッ飛べ!!」
直也が渾身の右の《オーバーハンドパンチ》を繰り出す。
それをカリートは、左手一本で軽々といなす。
「ッッ!?」
咄嗟に距離を取る直也。
戦いが始まってから、直也は何発もの拳脚を繰り出していた。
お陰で息も上がり、額や首筋には滝のような汗をかいている。
対してカリートは、直也が戦う前に彼の腕を掴んだ時の最初の一発以来、ただの一度も攻撃をしていない。
それどころかカリートは、拳を構えてすらいない。
これまで右手をポケットに突っ込んだまま、左手一本だけで直也の全ての攻撃を捌ききっている。
その上でカリートは息が上がることはおろか、汗一つ流すこともなく平然と佇み、冷めた眼差しを直也に向けている。
元よりカリートはこれを”戦い”とすら認識していないのだろう。
「クソッ!涼しい顔しやがって……!」
直也は意表を突くように、カリートの足元目掛けて倒れ込むような《足払い蹴り》を仕掛ける。
カリートはそれを悠々と躱す。
更に直也は立ち上がりざまに左足を蹴り上げるが、それもカリートは僅かな動作のみで躱す。
その後も直也は続けざまに、《ロング右フック》、《左ボディアッパー》を繰り出すが、いずれも左手一本でいなされ、ダメ押しの右の《スーパーマンパンチ》すらも悠々と躱され、背後を取られる。
「クソ___」
直也が振り返って左拳を振るおうとしたところへ、カリートは戦いが始まってから初の攻撃となる《左掌底》を放つ。
しかしそれを、カリートは直也の顔に当たる直前で寸止めする。
「……気は済んだか?」
ここへ来て、初めてカリートが口を開く。
「こ……んのッ!!」
直也は左拳を振り抜くが、あっさりといなされる。
カリートは直也の肩を左手で軽く押し、それだけで直也を転倒させる。
「遊びは終わりだ。これ以上、相手をしてやる時間は無い」
カリートはそう言って踵を返し、立ち去ろうとする。
「待ちやがれ!!」
肩で息をしながら立ち上がる直也。
「……日本語話せんじゃねぇか、テメェ。なら尚更、俺の要求にはいって言うまでは帰せねえな」
直也は拳を構えつつ、更に言葉を紡ぐ。
「テメェにとってはこんな田舎町、メガソーラーで儲ける以外に価値なんてねえかもしれねぇがな……こんな何もねぇ田舎町を、大切に思ってる子がいるんだよ!!」
カリートを真っ直ぐ見据え、力いっぱい拳を握り締めながら、直也は言う。
「少なくとも、俺の大好きな子はこの町が大好きなんだ。あの子の大好きな町を……テメェらみてぇな、金以外に大事な物のねえ金の亡者共の好きにさせてたまるかよ!!」
「ッッ」
再びカリートに殴りかかる直也。
しかし、直也の拳はこれまで同様、簡単にいなされる。
けれど。
カリートは、今度ばかりはそれだけでは済まさなかった。
カリートは直也の拳をいなした手を返すように、直也の顔面に裏拳を叩き込んだ。
「ぐぁッッ!?」
よろめく直也の右腕を掴み、カリートは更に直也の腹に膝蹴りをブチ込む。
「ガハッ!?」
そのまま続けて二、三度と腹に膝蹴りを叩き込んだのち、前屈みになった直也の背中に、カリートは左肘を打ち下ろす。
地面に倒れた直也の腹を、カリートは更に蹴り上げる。
カリートはこれまで、最初の裏拳以外に直也に積極的に手を出すことはしなかった。
そんなカリートが、ここへ来て初めて明確な苛立ちを露わにしていた。
腹を押さえて咳き込む直也の頭を、カリートは踏みつける。
「クソ………がぁあ…!」
明確な実力の差を見せつけられ、歯噛みする直也。
そんな直也の頭を踏みつけながら、カリートが冷徹な眼差しで直也を見下ろしていると___。
「やめて!!」
不意に聞こえてきたその声は、直也にとって誰よりも大切な女の子の声であった。
「かの………こ…?」
その場に現れたのは、柚澄原鹿乃子であった。
鹿乃子は、高級車を追っていった直也が心配で、彼を探していたのだ。
鹿乃子は直也とカリートの傍まで来ると、カリートの足にしがみつく。
「もうやめて!!これ以上、なおくんをイジメないで!!お願い!!」
鹿乃子は、直也の頭を踏みつけるカリートの足を必死に退かそうとするが、非力な鹿乃子の力ではそれは叶わない。
「謝るから!!なおくんがあなたを怒らせるようなことをしたなら、わたしが謝るから……だからもう、なおくんを傷つけないで!!」
目に涙を浮かべながら、必死に訴える鹿乃子。
カリートはそんな鹿乃子を見て、直也の頭からゆっくりと足を退かしたのち……。
自らの足にすがる鹿乃子を蹴りつけた。
カリートに蹴られ、華奢な鹿乃子の身体が地面に倒れる。
その様子が、直也の目にはスロー再生の映像のように、鮮明に焼き付いた。
直也の中で、ブチッと何かが切れる音がする。
その場を去ろうとするカリートの足を、即座に掴む直也。
「___メェ_____テ、メェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
怒り狂った直也が、カリートに殴りかかる。
カリートはそれを悠々と躱すが、直也は止まらない。
目の前の存在を叩きのめすために、拳を振るい続ける。
「なおくん!!もうやめて!!」
鹿乃子が必死に声を上げるが、直也は止まらない。
「謝れッッ!!かのこに謝りやがれェエエエエエエエエ!!!」
最早直也は、目の前の存在を地べたに叩きつけ、完膚なきまでにブチのめすまで止まる気はなかった。
そんな荒ぶる直也の喉元を、カリートは手刀で穿つ。
「カハッ!?……まだ、だ……!!」
呼吸を止められる直也だが、それでもまだ止まらない。
カリートは今までポケットに突っ込んでいた右手を抜き、続けざまに直也の鳩尾に右肘を叩き込む。
「がッッあ___」
意識が明滅する直也に、カリートはダメ押しとばかりに両手の掌底を、直也の腹に打ち付けた。
直也の身体は数メートル吹き飛ばされたのち、無様に地面を転がる。
決着を悟り、直也に背を向けて丘を立ち去るカリート。
「____待_____て__」
うつ伏せに地面に倒れた直也は、薄れ行く意識の中でカリートに手を伸ばしたが、やがてその手は力無く地に落ちた。
直也とカリートの戦いは、完膚なきまでの直也の敗北で幕を閉じたのであった。
―――――――――――――――――――――――
「待たせたな、出せ」
林の前で待たせていた車に乗り込み、カリートは運転手にそう促す。
「もうご用事は宜しいので?」
「……ああ」
それだけ答えると、カリートは車の窓枠に肘をつき流れ行く景色をただ眺める。
脳裏に浮かぶのは、先程のあの少年のこと。
『___あの子の大好きな町を___テメェらみてぇな、金以外に大事な物のねえ金の亡者共の好きにさせてたまるかよ!!』
___あの少年の言葉が、酷くカリートの胸に突き刺さった。
『___もうやめて!!これ以上、なおくんをイジメないで!!お願い!!』
___あの少女の悲痛な懇願が、カリートの心を抉った。
『___謝れッッ!!かのこに謝りやがれェエエエエエエエエ!!!』
___少女を想う少年の叫びが、カリートを責め立てた。
八つ当たりで彼らに暴力を振るい、後に胸に残ったのは、虚しさと後悔ばかり……。
「………何をやっているんだ、俺は…」
「……は?」
胸の内の思いが口をついて出たところを運転手に聞かれ、カリートはばつが悪そうに「気にするな」と告げるのだった。
「………ぅ…」
目を覚ました直也の目に映ったのは、暮れなずむ空と、心配そうに自分の顔を視界の上から覗き込む鹿乃子の瞳だった。
「なおくん!」
目を覚ました直也を見て、鹿乃子はほっと胸を撫で下ろす。
ここへ来て直也はようやく、自分が鹿乃子に膝枕をされていることに気付く。
「……ッ!!あの野郎は……!?」
咄嗟に身を起こして、カリートを探す直也。
「大丈夫、もう行っちゃったよ」
鹿乃子が直也にそう告げる。
「ッッ___」
俯く直也。
背後で鹿乃子がおろおろとしながら直也を気遣うが、向き直ることができない。
俺がこの町にメガソーラーなど作らせはしない、などと大見得を切った挙句が、このザマだ。
鹿乃子に合わせる顔など、どこにあろうか?
「………ごめん…」
震える声で、直也は謝る。
「……俺………何も……できなかった。かのこを傷つけた野郎に……何も……!!」
直也の目から、一粒、また一粒と涙が零れる。
直也はあの男……カリートに敗けた。
もちろん、敗けたことは悔しい。だが、重要なのはそんなことじゃない。
あの男は、自らの足にすがる鹿乃子を蹴った。
殴りたかった。あの男を地面に引きずり倒して、その顔面を見る影もない程ぐちゃぐちゃにブチのめして、鹿乃子を傷つけた報いを受けさせたかった。
しかし……。
現実は、直也は全力で殴りかかったにも関わらず、あの男は片腕一本で直也の攻撃をいなしきった。
文字通り、大人が子供をあやすが如く。
大好きな鹿乃子を傷つけた相手に、手も足も出なかった自分。直也はそれが、堪らなく許せなかった。
そんな直也の胸中を察し、鹿乃子は直也の正面に回り込むと、彼を優しく抱きしめた。
か細い左腕で、慈しむように、包み込むように___。
「いいんだよ……いいんだよ、なおくん。大丈夫。わたしは全然へっちゃらだから……。なおくんが無事で、本当によかった……」
夕暮れの空の下、少年は少女の腕に抱かれ、静かに涙を流した。
―――――――――――――――――――――――
数日後___。
田村直也は近所の山の崖に手をかけ、一心不乱に上を目指していた。
あの日の敗北以来、直也は鬼気迫る表情で自らを鍛えることに専念していた。
近所の山の傾斜を幾度も駆けずり回って足腰を鍛え、高い木に登って枝に両足をかけての腹筋運動。太い木の幹をサンドバックにし、血だらけになるまで拳を打ちつける。
極めつけが、この崖登りだった。万が一登っている最中に手足を滑らせたら最後、ただでは済まないだろう。
まるで昭和の漫画のような古典的な鍛錬だったが、今の直也はそれだけ強くなることに飢えていた。
もうすぐ春休みも終わって直也は六年生になるが、たとえ学校が始まっても、直也は今まで通り呑気に学校に通う気などさらさら無かった。
学校で授業など受ける暇があるのなら、その分の時間を鍛錬に費やしたい。今の直也は、本気でそう考えていた。
ただ普通に鍛えていたのでは、たとえ身体が大人に成長したとてあの男には届かない。
「クッ……!!」
崖を登りながら、直也は胸の内で、あの日の誓いを反芻する。
鹿乃子を傷つけたあの男を見つけ出し、この手でブチのめす。
そしてもう二度と誰にも負けない、世界最強の存在になる。
自分がこの世で一番強くなれば、もうこの世界に、鹿乃子を傷つけ鹿乃子に害をなす存在はいなくなるのだ。
直也は次なる崖の凹凸に手を伸ばし、呟いた。
「__俺が____最強になってやる___!!」
__直也之草子〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜 第一部 少年之章 完__
直也之草子第一部、いかがでしたでしょうか?
長かったぁあああ〜〜〜〜〜〜……。2023年の12月24日から投稿を始めて、かれこれ2年と約半年……。
制作が捗らずエタりかけたこともありましたが、こうして無事(まだ第一部ですが)完結させることができました。
今回の最終エピソードは、私が直也之草子を制作するにあたって、最も書きたいエピソードでした。
なんというか、年端もいかない少年が己の無力さに絶望して、それでもなお強くなりたいと必死にもがく……みたいな展開が、私の”癖”でして……。
無双モノだと、幼い時から周りを圧倒するみたいな展開がお約束ですが、私は子供時代って、己の無力に絶望できる貴重な時期だと思うんです。
そうした絶望があるからこそ、成長時の無双が映える。私はそう思います。
今後、無茶な鍛錬を続けようとする直也は、はたしてどうなってしまうのか……。それは第二部の、『直也之草子〜宿命之章〜』までお預けとなります。
と言っても、今現在制作途中で更新がストップしている作品や、直也之草子とは別の物語案が多数あるため、宿命之章の投稿がいつになるかは未定です。
『直也之草子〜宿命之章〜』も含めて書きたい物語の案が沢山あるのに、その案をアウトプットするための出力装置(私の体)が圧倒的に足りていない……分身の術が使える創作の忍者が羨ましい……。
と、まぁそんなわけでして、直也之草子第二部の投稿がいつになるかは分かりませんが、もしも読者の方々からのご要望がありましたら、なるべく早く制作に取り掛かろうと思います。
とりあえず、当面の間は現在投稿がストップしている『平凡なゴマすり三下クソ野郎の俺がフランスから来た美少女留学生とお付き合いした件』の制作に専念します。そちらの方も、どうぞヨロシク!
さて、長くなりましたが直也之草子第一部にここまでお付き合いくださった読者の皆々様、本当にありがとうございました!!もしよろしければ、また第二部でお会いしましょう!!




