〜第九話 怨嗟〜
あけましておめでとうございます。政岡三郎です。年が明けても変わらず投稿してまいります。直也之草子第九話、髪鬼との戦いが佳境を迎えます。
廊下に張り巡らされた髪の毛を大通連で斬り捨てながら、直也は髪鬼の髪で縛られた鴇島と鶫屋のもとまでたどり着く。
中にいる鴇島と鶫屋を斬らないように、直也はぐるぐる巻きになった髪を慎重に斬って二人を助け出す。
どちらも意識は無いようだが、呼吸はしている。
直也は二人が生きていることが分かって、ほっとする。
「……ったく。こういうのは普通、目上のモンが年下を心配するモンだろ?歳が三つも下のガキに心配かけやがって……。だから先輩の威厳ってやつが無ぇんだよ、おめぇらは」
意識の無い二人に対して軽口を叩きつつ、直也はフッと微笑む。
「おっとそうだ。あいつは無事か?」
直也は自分が先程ブッ飛ばした凶悪犯の安否を確認しに、空き教室に入る。
意識を失い、かつ崩れてきた机の下敷きになっていた事が幸いしてか、凶悪犯の方は特に髪鬼に手出しをされた形跡はなかった。
(……とりあえずこっちも大丈夫みてぇだな。そんじゃあ、早ぇえとこ鳥頭共叩き起こして、警察に───)
その時だった。
廊下の先の階段のある曲がり角から青白い手が這っているのが見えた。
そして、その次に曲がり角から見えたものは、ひとりでに動く長い黒髪。
「ッ!!」
直也は大通連の柄に手をかけ身構える。
(まだ動けんのか……クソッ、しっかりととどめ刺しとけばよかったぜ)
直也が後悔している間にも、ソレ───髪鬼は、階段のある曲がり角から少しずつ、少しずつ、全貌を表していく。
直也は少し思案する。
このまま鴇島と鶫屋を廊下に放置して戦えば、二人はまた髪鬼の長い髪に巻き込まれるかもしれない。
二人を空き教室に隠して戦うにしても、髪鬼との距離を考えれば、すぐ傍の空き教室以外に二人を運んでいける余裕は無い。
しかし、すぐ傍の空き教室には気を失っている凶悪犯がいる。直也が倒してからそこそこ時間も経っているし、いつ目覚めてもおかしくはない。
(チッ、考えてる余裕は無ぇ……!)
どのみち、凶悪犯にはもう刃物は無い。それに、仮に目覚めても辺りのそこかしこに長い髪の毛が張り巡らされ、かつ近くに化物がいるこんな状況で、これ以上の凶行に及んでいる余裕など無いはずだ。
直也はすぐ傍の教室に二人を手早く放り込み、扉を閉める。
後は、髪鬼がこの教室に近寄らないように戦って、ブッ倒す。それだけだ。
直也は二人と凶悪犯のいる教室が巻き込まれないよう、敢えて自分から髪鬼に向かっていく。
『───カ、ミ』
ある程度近付いたところで、直也の耳に廊下の床を這う髪鬼の声が届く。
『───カ、、み────わたシ─の──かみ───が──────アのヒ、とガ─ほメて、ク──レた、、、ワたシ、ノ───かミ──が───』
髪鬼は憎悪し、嘆いていた。
それはまだ人間だった頃……彼女が美しい一人の女性だった頃、自らの髪を美しいと褒めてくれた、一人の男の記憶。
遥か遠い昔───人としての幸せを願っていたあの頃の記憶を、彼女は人ならざる化物へと堕ちた今でも覚えていた。
たとえ人でなくなっても……人だった頃の、他のあらゆる記憶が抜け落ちていったとしても、これだけは忘れてなるものか、と。
ごく僅かな理性の引き出しに、大切に仕舞っていた思い出。
『───ゆ、ル、、──サ───ナい』
だからこそ。
自らの髪を───あの人が褒めてくれた大切な髪を傷つけた、直也のことを───。
『────ユルサナイッッッ!!!!』
髪鬼の髪が、孔雀の羽のように広がる。
その髪は例えるなら、仏像の後光を象る光背のようでいて───けれどその実、それとはまるで正反対の禍々しさを放っている。
人の身では到底顕現し得ない、煮えたぎる憎悪と殺意の具現化。
やがて髪鬼の広がった髪は纏まっていき、最終的に八つの髪の束が出来上がる。
さながらそれは、古い神話に出てくるヤマタノオロチの八つの首のようだ。
「ヘッ、ようやくエンジンが掛かってきたってか?上等じゃねぇか!」
口では軽口を叩く直也だが、額には冷や汗が浮き上がり、内心では心臓の鼓動が煩くて仕方がなかった。
直也は今、人の理の外にある化物と向かい合っているのだ。
それでも逃げられないし、逃げるわけにはいかない。
自分が逃げれば、今空き教室に隠している三人は間違いなく殺される。
鴇島と鶫屋とは、別に仲が良いという訳でもない。もう一人に至っては、自分を殺そうとした殺人鬼だ。
それでも、見捨てるわけにはいかない。
鴇島と鶫屋のように、見知った顔が目の前で殺されるのは寝覚めが悪いし、凶悪犯の方にしても、こんな死に方で罪の清算をされるのも腑に落ちない。
それになにより───。
誰かの死や不幸を人一倍悲しみ、親身に寄り添おうとする一人の少女を、直也は知っている。
今ここで、平気な顔をして他人を見捨てるような男など、将来あの子の傍にいる男として、相応しくない。
「……お互い、獲ったラウンドは1―1。ここいらで、ファイナルラウンドと洒落込もうぜ!!」
直也は努めて不敵な台詞を吐き捨てる。
その瞬間、髪鬼が八つに分けた髪の束を一斉に伸ばす。
廊下の床を這うように三つ。左右の壁を這うように一つずつ。そして正面から素早く三つ。
直也は正面から襲い来る三つの髪の束の内二つを斬り落とすが、残った一つが直也の首に巻き付く。
「ッ!?」
そのまま首を締め上げる勢いで、髪は直也の体を引き倒し、髪鬼のもとまで引きずっていく。
引き倒された時、直也は思わず刀を取り落としそうになるが、咄嗟に刀を握る手に力を込めて、どうにか手放さずに済む。
直也は髪鬼の髪に引きずられながら、首に巻き付く髪の根元を刀で斬り、なんとか拘束を逃れる。
体勢を立て直しつつ、直也は床を這って迫る三つの髪の束を、刀で横一線に斬り払う。
あと一瞬、拘束を解くのが遅れていたら、床を這っていた髪が更に絡み付き、逃げられなくなっていただろう。
立ち上がった直也は、すかさず左右の壁に目配りする。
丁度そのタイミングで、両方の壁を這っていた二つの髪の束が、同時に直也に襲い掛かる。
「チィッ!?」
直也は左右同時に襲い来る二つの髪の束を前方に転がって躱す。
戦う前に、廊下に張り巡らされていた髪を斬っておいたのは正解だった。お陰で、障害物が無く自由に動ける。
直也は立ち上がり様に振り返りながら、先程まで直也が立っていた場所を横切る二つの髪の束を纏めて斬り払う。
八つの髪の束を斬り払った直也は、直ぐ様髪鬼の方へ振り返る。
「ッ!?マジかよ……!!」
直也はそう呟き、忌々しそうに歯軋りする。
刀で斬り落とし形を崩したはずの髪の束は、再生して再び形を成していた。
それも八つどころではない。
軽く見積もっても倍近い数の髪の束が、一斉に直也の方に向かってきていた。
先程はヤマタノオロチに例えたが、これでは最早オロチというよりは、斬り落とした分だけ首が増えていくギリシア神話のヒュドラのようだ。
全てを斬って捨てるには数が多すぎる。そう判断した直也は、咄嗟にすぐ左手にある空き教室に飛び込む。
鴇島達を隠している空き教室の一つ手前の教室で、中は先程の廊下と同様に、髪鬼の黒い髪が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
直也は教室に張り巡らされる髪を片っ端から斬り払い、すぐにこちらに来るであろう髪鬼に身構える。
直也が空き教室に入ったのは、時間稼ぎのためでもあった。
空き教室に入れば、一時的にだが髪鬼の視界から外れられる。
こちらの姿を視界に捉えなければ、髪鬼も攻撃はできないはず。
加えて、髪鬼が直也のいる空き教室までやってくるということは、それだけ相手の方から距離を詰めてくれるということ。
距離を詰めてくれれば、それだけ直也の大通連の届く間合いに近付く。
(考えろ……次の手を……!!)
直也が一度大通連を取りに行った際、下の階まで追ってこなかったことから考えても、おそらく髪鬼自身の移動速度は速くはない。
髪鬼が今直也が居る教室に姿を見せるまでには、充分に時間があるはず。
しかし……。
(クソッ!頭が回らねえ……!!)
ここにきて、大通連を使いすぎた弊害が出てきた。
気力を吸われ過ぎて、思考が徐々に鈍ってきたのだ。
このまま大通連を使い続けた場合、持ってあと2分といったところか。
せめて思考を巡らせている間だけでも刀から気力を吸われるのを避けたいが、いつ髪鬼が姿を見せるか分からない以上、一々納刀する間も惜しい。
直也は刀から手を放して床に置く。
髪鬼が来る前に、何か策を練らなければ。
しかし、そのように考えれば考える程に焦燥に飲まれ、焦燥は冷静な思考を奪っていく。
俗に言う、負のスパイラルだ。
しかしそれを自覚した刹那、直也はカッと眼を見開き、刀を拾い上げる。
次の瞬間、直也は刀の刃で自身の左掌を斬りつけた。
「……」
直也はゆっくりと眼を閉じる。
突然の自傷行為だが、これは決して焦りから気が触れたという訳ではない。
むしろその逆。
走る痛みは気力が奪われた直也の意識を覚醒させ、流れる血は鼓動を落ち着かせ、思考を研ぎ澄ましていく。
直也はゆっくりと眼を開く。
打つ手は決まった。
髪鬼は這っていた状態から立ち上がり、ゆっくりと直也が身を隠した教室に迫っていた。
人としての理性など、大昔に殺されたその時に、とっくに無くしている。
今ではもう、なにも思い出せない。
自分の名前も……誰が自分を殺して、何故自分が殺されたのかも…………。
そして、自分の髪を綺麗だと褒めてくれた、『あの人』の顔すらも……。
ただ、今は───。
その髪を傷つけたやつが憎い。
今の髪鬼を動かしているものは、ひとえにその衝動だった。
髪鬼はゆっくりと、忌むべき相手が姿を消した教室の扉の前に立つ。
扉についている小窓から中を覗き込むが、忌むべき相手の姿は見えない。
ここにいるはずだ。
絶対に見つけてやる。
見つけ出して殺してやる。
髪鬼はゆっくりと、扉の取手部分に手を掛け、ゆっくり、ゆっくりと扉を開けようと───。
───した刹那、扉はバンッ!!と音をたて、一気に開け放たれる。
扉を開けたのは、扉の正面……扉についた小窓の下に身を潜めるように屈んでいた、髪鬼の忌むべき相手───直也だ。
髪鬼が直也の姿を視認できず……その上で、直也が髪鬼に最も接近することのできる死角。
蓋を開ければ単純なことだが、これこそが極限状態で直也が導きだした答えだった。
髪鬼が直也を認識するのと、直也が髪鬼の腹に大通連を深々と突き刺すのは、ほぼ同時だった。
大通連を髪鬼の腹に突き立てた直也は、ニヤリと笑ってこう呟いた。
「こういうやり方……時代劇の暗殺シーンみたいだろ?」
──十話へ続く──
直也之草子第九話、いかがでしたでしょうか?改めまして、あけましておめでとうございます。新年のご挨拶もそこそこに、登場人物紹介其の八です。今回はあくまで裏設定になります。
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・入宜或人
・誕生日:12月31日(18歳)
・身長:177cm ・体重:52kg
・前々回直也と対峙した凶悪犯。大学受験で躓いたことによる鬱屈した日々を過ごしていた最中、元恋人による裏切りが発覚し、元恋人とその彼氏、更には駆けつけた警官三人を刺殺するという凶行に走る。体重は元々痩せ型であったが、逃亡生活を経て更に痩せた。逃亡生活中、もう逃げられないと悟った彼がたどり着いたのは、直也の町の中学校。そこで自身が中学時代に受けた理不尽なイジメを思い出した彼は、最期にその怒りをぶつける相手を中学生に定め、旧校舎に潜伏したところを、髪鬼の怨念により現世から隔離された空間に閉じ込められた。小学生の頃に怪我をした小鳥を拾い、最終的にその小鳥を刃物で惨殺するという、凶悪な一面を覗かせる。