〜第五話 覚醒〜
ドーモ。十之譚第五話、始まります。山で見つけた山荘で、とある男に匿われた女。彼女は男と共に山荘で暮らし始める___。
___母を殺され行く当てもなく山中を彷徨っていた女は、限界の最中に見つけた山荘の持ち主に、身も心も救われた。
女が聞くところによれば、男はかつて、とあるIT企業の社長を務めていたらしい。
しかし男は、とある出来事を切っ掛けに会社を他の者に託し、自分はこの山荘で貯めてきた貯金を崩しながら、世捨て人同然に暮らしているのだとか。
山奥で妖魔の母と暮らしてきた女には、IT企業も社長もよく分からなかったが、男が自分のように孤独を抱えているということだけは、身の上を語る男の眼差しから理解できた。
それから女は、男と共に山荘で暮らすようになった。
一方は母からロクに愛されず、孤独に山を彷徨っていた妖魔。
もう一方はそんな女を助けた、元エリートの孤独な世捨て人。
互いに境遇は違うが、同じ孤独を抱える者同士、男女の仲になるのは自然な成り行きであった。
男は女と共に庭の畑の手入れを行う他は、町への買い出しや山菜採りなどを行い、女は掃除や洗濯などを懸命に覚え、仲睦まじく暮らした。
そんな生活が2年程続いた頃、女の妊娠が発覚した。
男は喜ぶと同時にどこか複雑な面持ちで、出産のため町の病院へ行くことを女に提案した。
しかし、女は浮かない顔でそれを拒んだ。
これまでも、男は買い出しなどの度に女を町へと誘ったが、女は頑として首を縦には振らなかった。
というのも、女は自らが山姫という妖魔であるということを、男に隠していたのだ。
自らが妖魔だと知れれば、男に拒絶されてしまう。女はそれを何よりも恐れた。
しかし、子供ができたとあっては最早、隠し通すことはできない。
女は観念したように、自らの素性を明かした。
しかし、女の予想に反して男はあまり驚いた様子を見せなかった。
これまでの日常会話の中で、人間社会における常識的な知識を女が持っていないことに、男はとっくに気付いていた。
女の浮世離れしたその一面に、男は女の特別な事情を予期していたのだ。
男は妖魔である女を受け入れ、自らもまた女に秘密を打ち明けた。
男はとある重篤な病を患っているらしい。
買い出しの際に立ち寄る病院で定期的に薬を処方してもらいながらなんとか進行を抑えているが、いつ病気が悪化するかも判らないような状態だと、男は言った。
会社を明け渡して山奥で暮らすようになったのも、病気が発覚したことが原因らしい。
いつ死ぬとも判らない身であるのなら、最期は幼少期を過ごした故郷の自然に囲まれてひっそりと人生の幕を閉じたいというのが、男のささやかな願いであった。
女は男の告白に酷く動揺し、そして恐怖した。
生まれて初めてできた大切な人が、この世からいなくなってしまう恐怖。
母を失った時でさえ感じることはなかったその恐怖に、女は子供のように泣きじゃくった。
その夜、女は妖魔である己を受け入れてくれた男の腕に抱かれながら、自身もまた母になり、人の世で生きる覚悟を固めた。
数ヶ月後、女は男の子と女の子の双子を出産した。
病院の手を借りぬ、自宅での出産であった。
それは、検査などで妖魔であることが発覚することを危惧しての判断だった。
男は病院の手を借りぬ出産に不安を抱えていたが、男の予想に反して女は安産だった。
それも全ては、妖魔であるが故の身体の強さがあってこそのものだった。これに関して、女は初めて自身が妖魔で良かったと思えた。
女は、男が取り上げた我が子らを腕に抱え、幸せそうに微笑んだ。
この頃が、女の幸せの絶頂であった。
それからおよそ1年後___。
子供たちが1歳の誕生日を迎える間際に、男は亡くなった。
子供たちの誕生日を祝う準備をしていた矢先、男の病状が急に悪化して、その数日後にこの世を去ったのだ。
男の葬儀を終え、女は静かに涙した。
もしも子供たちがいなければ、女もまた男の後を追っていただろう。
だが、今の女には男の忘れ形見である二人の子供がいる。
あなたの分まで精一杯この子達を愛し、育てていこうと、女は男の墓前で誓った。
女は、自らの手で一生懸命子供たちを育てた。
それまで男と共に……或いは、男のみに頼っていた畑仕事や山菜採り、町への買い出しなども、女は懸命にこなした。
最初こそ町の人間と接する事に不安があったが、女は自らが妖魔であると疑われることなく、人間社会に溶け込むことができた。
それから5年の月日が流れ___。
子供たちが6歳になった頃、女はある問題について考えていた。
それは、子供たちの今後についての問題だ。
子供たちには現状、戸籍がない。
理由はひとえに、子供たちが妖魔である女の血を引いているからだ。
戸籍を取った場合、学校などにも通い健康診断などを受ける場合もある。
もしもそんな切っ掛けから子供たちが妖魔であることがバレたら間違いなく大騒動になり、最悪かつての女の母のように、妖魔の命を狙う何者かに殺されるかも分からない。
故に、その手の輩に存在を悟られぬためにも、子供たちには戸籍を取得させていなかった。
しかし……。
女は同時に、これで良いのだろうかとも考えていた。
妖魔山姫として生まれた女は、男に出逢うまでの十数年間を孤独に過ごしてきた。
無論母はいたが、彼女から愛情を注がれた記憶など微塵も無い。
愛も知らず、他者との関わりも持たずに過ごした十数年……女にとって、男と出逢う以前の自分は決して幸せとは呼べなかった。
だからこそ、子供たちにはそうなってほしくはない。
無論、男の忘れ形見である子供たちには惜しみない愛情を注ぐつもりではある。
しかし、この生活を続ける以上子供たちは母である女以外の他者と関わることはできない。
女の願いは、子供たちが妖魔というしがらみを捨てて、人間の社会で生きることだ。
人間の子供たちと一緒に学校へ通い、勉強をして、友達を作り、ゆくゆくは人間の社会で働いて、女のように誰かと好き合って、家庭を築く……。
そんな、ささやかで当たり前な、人間としての幸せを見つけてほしいのだ。
女は男が生前に遺してくれた手帳を見る。
その手帳には、無戸籍児が戸籍を得るための手続きの方法や、いざという時に頼れる男の社会人時代のツテなど、男が家族の今後のために書き遺した情報が記されていた。
子供たちはもう6歳。人間であれば、来年には義務教育を受ける年齢だ。
女は悩んだ。戸籍を取得させるなら、今のうちだ。
しかし、万が一戸籍を取得したことで、子供たちが妖魔だとバレてしまう結果に繋がったら……。
そんなことを考えながらちらりと時計を見ると、時刻は既に17時を回っていた。
もうこんな時間かと、女は溜め息をつく。
もうすぐ外で遊んでいる子供たちが帰ってくる。早く夕飯の支度をしなければ。
そう思って女が重い腰を上げた、その時___。
パァァァン___。
一発の銃声が、外から響いた。
おかしい……。
もっとも、銃声自体は何も珍しいことではない。
山の麓の町には猟友会が存在し、ある時期になると彼らは山で銃猟を始めるのだ。
狩場はこの山荘と隣接しているので、女が男とこの山荘で生活を始めた時から、ちょくちょく銃声が聴こえることはあった。
しかし……。
問題は、今この時期に銃声が聴こえたということだ。
生前の男の話では、この地域で狩猟が解禁されるのは11月の中頃から。
現に、女が今までに銃声を聞いてきた時期も、11月の中頃から2月の中頃辺りまでだったし、子供たちにもその時期は危ないから家から離れないようにと言い聞かせていた。
今は10月。
銃猟が行われるには早すぎるのだ。
ドクンッ……。
女の心臓が大きく脈打つ。
不安に駆られた女は、居ても立ってもいられずに山荘を飛び出す。
まさか今の銃声は、かつて母を殺した者のように、妖魔を狙う者達によるものではないのか?
そのようなことを考えていると、また一発、銃声が鳴る。
女の中で、最悪な想像がどんどんと膨らんでいく。
山を駆けながら、女は願う。
私はどうなってもいい。
ただ、子供たちだけはどうか無事であってほしい___。
___女の切なる願いは、最悪の形で打ち砕かれた。
「マジかよ……やべーって!!」
三人の若いハンターの内の一人が、狼狽えながら言う。
三人は最近狩猟免許を取得したばかりであった。
若気の至りというべきか、三人は早く猟銃で狩りをしてみたいという欲求に駆られ、猟の解禁日より一ヶ月早いこの時期に、猟銃を持ち出して山へと繰り出した。
しかし、そんな三人は若気の至りでは到底済まない過ちを犯してしまった。
三人のうち一人が、子供を誤射してしまったのだ。
山で茂みに隠れて双子の兄とかくれんぼをしていた女の子を、野生動物と間違えて殺してしまった。
「どーすんの……マジでどーすんの、これ!?」
「警察……早く警察呼ばねーと!!」
一人が焦ってスマートフォンを取り出す。
「やめろ!!」
女の子を撃った本人が、スマートフォンを取り出した仲間を強い口調で制止する。
止められた仲間は、ビクリと肩を震わせて撃った仲間を見る。
「……ここは山ン中だぞ?近くに基地局もねえし、通話なんかできねえよ」
「っ!!じ、じゃあ早く山を下りて……!!」
「いいのか!!?」
子供を撃った若者は、更に強い口調で仲間に問う。
「ただでさえガキを誤射したってだけでもやべぇのに、今は10月……猟の解禁日前だ!!責任を問われるのは俺だけじゃない、おまえらもだ!!」
警察を呼ぼうとする仲間に、必死に力説する若者。
「そうなりゃあ、俺ら三人は晴れて犯罪者の仲間入りだ!!会社だって当然クビになるし、世間からは一生後ろ指をさされる!!」
だが……と、若者は続ける。
「今ここには、誰の目もない。俺ら三人が黙っていれば、誰がこのガキを撃ったかなんて、分かるはずがない。な?」
そう告げる若者の目は、最早正気ではなかった。
「俺らは何もやってないし、何も見ちゃいない。そもそも、休暇に山へ来るようなこともなかった。だろ?」
「う……」
男の説得に言いくるめられ、仲間達二人は押し黙る。
「さぁ、そうと決まりゃあ早いとこ山を下りて___」
その時___。
ガサ……、と。
三人の背後から音がした。
「「「ッッッ!!?」」」
三人が一斉に振り向くと、そこには幼い男の子が立っていた。
今しがた若者が撃ち殺した女の子の、双子の兄だ。
「ひっ………う、うわあああ!!」
目の前の若者達に殺された妹を見て、男の子は恐怖のあまり三人に背を向けて逃げ出す。
「ッッ!?ち、ちょっと待って!!違うんだ、これは___」
若者の一人が逃げていく男の子に言い訳をしようとした、その瞬間___。
パァァァン___。
先程女の子を誤射した若者が、躊躇なく男の子に向けて引き金を引いた。
背中から撃たれ、力無く倒れる男の子。
仲間達二人は驚きのあまり、目を丸くして撃った若者を見る。
「お、おまえ……!!いったい何して___」
「同じだ」
若者は言う。
「誤射とはいえ、一人撃ったとバレた時点で、社会的に俺らは終わり……。どうせバレりゃあ終わりなら、一人誤射して口封じに二人目を殺そうが、大した違いは無いだろ?」
人を殺したことで完全に常軌を逸してしまった若者は、仲間達にそう告げる。
「もう俺らは、とことん隠し通す以外に道はねえんだ。分かったらさっさと、ガキ共の死体を埋めるぞ」
そう言って、若者が撃ち殺した子供の死体に近付く。
しかしその時、若者達は驚くべき光景を目の当たりにする。
今しがた撃ち殺した子供の死体が急激に干からび、木乃伊となったのだ。
「ヒ、ヒィっ!?」
三人の内の一人が腰を抜かす。
「い、今死んだばっかだよな……。どうなってんの??」
若者の仲間の一人が恐る恐る木乃伊化した死体に近付くと、次の瞬間子供の木乃伊はバラバラと形が崩れ、灰となって衣服だけ遺して土へ還った。
呆気に取られる三人。
二人の子供を撃った若者は、ハッとして振り向く。
すると、若者が最初に撃った女の子もいつの間にか灰になって、男の子同様に衣服だけ遺し土に溶けてしまっていた。
「ま……まさか……おまえが撃ったのって……人じゃなかったんじゃね?」
仲間の一人がぽつりと呟く。
その言葉を聞いた若者は、一瞬の間ののち___。
「___ラッキー!!」
嬉々としてそう呟いた。
「人じゃなかったってことは、俺罪には問われねえよな!?あっっぶねーー!!マジ前科つくかと思ったわーー!!」
緊張感の抜けた声で、若者が言う。
若者のその声に、仲間達二人も次第に緊張を解き、軽口を叩きあう。
「………は……はは。オレも正直、マジで腰が抜けた」
「つーか逆に今の、貴重な光景だったんじゃね!?妖怪とか、未確認生物を見たってことだもんな!?うわっ、じゃあマジでスマホとかで録画しとけば良かったわ〜〜!!」
ゲラゲラと笑い合う三人。
その光景を、女は目にした。
女がその場に駆け付けたのは、我が子達が灰となって土に溶けるその瞬間だった。
それは、かつての女の母の死に様と全く同じであった。
殺された___愛する我が子達が。
あの人との、愛の証が___。
絶望に立ち尽くす女の耳に、信じられない声が響いた。
「___ラッキー!!」
それは、子供たちを殺したであろう若者が放った、無慈悲な言葉。
その言葉が、女の脳内でやまびこのように反響する。
ラッキー?
私の子供たちを殺したことが??
運 か
良 ッ ト
ガ た 言
ウ
のカ???
その瞬間___。
女の視界が赤く染まる。
女はかつて、これほどまでの絶望を感じたことなどなかった。
最初に喪った母は、女にとってはただ一緒に暮らしているだけの、他人も同然だった。
次に喪った男は、女にとって初めての心から愛する存在であったが、その男との間に生まれた子供たちのおかげで、悲しみを乗り越えることができた。
そして、その子供たちを喪った今___。
女の中で眠っていた母の血が、完全に覚醒し___。
女は真に、【妖魔山姫】へと化けたのであった。
__第六話へ続く__
十之譚第五話、いかがでしたでしょうか?
今回、女の過去が明かされ、十之譚も佳境に入って来ました。
おそらく、次かその次辺りで十之譚も終わりだと思います。
やはり週一投稿だと書き溜めが中々できないので、その譚の最終話の告知がし辛いのがネックですね……。




