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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
十之譚 雪銀ノ迷ヒ家

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〜第四話 操雪の山姫〜

 ドーモ。十之譚第四話、始まります。かつて、とある山に【山姫】という妖魔がいた。山姫は迷い人を籠絡し、世にも珍しい白い髪の、美しい娘を産んだ___。

 ___その女を、【山姫】と呼んだ。


 山姫は所謂【山姥】の一種であり、山姥同様山に棲み訪れた人を惑わせる女の妖魔である。


 女の母もまた、山姫であった。


 母は雪山に迷い込んだ若い男を籠絡した末に腹に子を宿し、女を産んだ。


 山姫と山姥の違いは、その容姿だ。


 山姥が一般人に人当たりの良い老婆を装い旅人を惑わすのに対して、山姫は見目麗しい若い女の姿で旅人を惑わす。


 産まれた女も、母と同様に美しい山姫であった。


 ___否。


 その女は、()()()()()


 女は世にも珍しい白い髪に、淡雪のように白い肌を持って生まれてきたのだ。


 己以上に美しい娘を見て、母は悟った。


 この娘には、()()()が混じっている。


 何を隠そう、女の父親である男は先祖の代から妖魔に魅入られやすい血筋であり、男の遠い先祖の一人は【雪女】であった。


 雪女……一般的に、見初めた男を氷漬けにすると言われる女の妖魔である。


 確かに男には雪女の血が混じっていたが、それは男が生まれるより何代も前のことであり、妖魔としての血はほとんど薄れていた。


 しかし、今一度男が妖魔と交わったことで、男の中に眠っていた雪女の血が覚醒し、女へと受け継がれた。


 いわば、隔世遺伝……一種の先祖返りである。


 こうして女は、操雪の山姫という世にも珍しい妖魔として、この世に生を受けたのである。


 操雪……といっても、女は純血の雪女のように自らの力を自在に操れはしない。


 女の操雪の力が発現するのは冬の寒い時期のみで、その時期になると女の棲む周辺地域は決まって積雪となる。


 それがたとえ豪雪地帯でなかろうが、冬になれば女の棲む地域には必ず高頻度で雪が降るのだ。


 雪の量は女の感情に左右され、女が心穏やかであればしんしんと降り積もり、心が乱れていれば激しい吹雪となって周辺地域一帯を襲う。


 そして女のその能力は、女の母が彼女を忌み嫌うのに充分な理由であった。


 女の母は、雪が煩わしくて女を嫌ったわけではない。


 そもそも妖魔には、他の妖魔と血が混じることを嫌うモノが多いのだ。


 自らの妖魔としての力に、別種の妖魔の力が混ざる。


 ある妖魔はそれを屈辱と捉え、またある妖魔はそれを災いの種と捉える。


 だからこそ、山姫や雪女などの妖魔は種を遺す相手に妖力を持たない人間の男を選ぶのだ。


 女の母は、選んだ男の血筋に僅かに妖魔の血が混じっていることに気が付かなかった。


 母は、女を産んだことを後悔した。


 冬が訪れ、雪が降り、月日を追うごとに女が美しくなるたび、母は呟いた。


 お前なんか、生まれてこなければよかった、と。






__

____

________






「___チッ!!」


 化け物女を前に、小さく舌打ちをする直也。


 壊れた囲炉裏から床板に燃え移った火が、煌々と女を照らす。


「 ワ     の         タ

    たシ         も

           子ド        ち




   た       ナ

       サ      い ィいイ ぃ

               ぃ   い イ」


 狂ったように口から呪詛を吐く女。


 ボキボキと全身の関節を歪ませながら、一歩、また一歩と直也に近付いてくる。


 その時、床板に燃え移った火が更に燃え広がり、女の行く手を阻む。


 直也と女が、炎によって分断される。


(おし、これで少しは時間を稼げ___)


 時間を稼げる。直也がそう思った、次の瞬間___。


 女が跳躍し、天井に()()()()()


「なにッ!?」


 驚愕する直也。


 無理もない。女は手足の指先で天井の板を貫き、蜘蛛のように天井を這っているのだ。


 天井に張り付いた女は、悠々と炎を越えて直也の頭上まで這い寄る。


「チィッ!?」


「     シ

            ね        」


 女が天井から指を離し、直也の頭上へ落下する。


 直也は咄嗟に真横へ転がり、女の落下を回避する。


 女の着地の衝撃で、床板が音を立てて壊れる。


 着地した女は素早く方向転換し、直也に飛び掛かる。


 転がりざまに起き上がって体勢を立て直していた直也は、間一髪女の突進に対応し、スプロール(タックルに対して正面から相手の背中に覆い被さり下半身を遠ざける防御)で切る。


 しかし___。


「ア"        ア"     ア"

         ア"    ア"

     ア"             ア" 」


 女は思い切り頭を振り回し、正面から背中に覆い被さる直也を振り払う。


 直也は振り払われないよう、女に必死にしがみついて体勢を保つが、いかんせん、暴れ馬のような女の膂力(りょりょく)を抑えきれず、最終的に床に投げ出される。


「クッ!?」


 直也はゴロゴロと床板を転がされ、どうにか体勢を立て直そうとするも、直ぐ様女が左腕を振り上げる。


 直也はすんでのところで右方向へステップする。


 女の爪が直也の髪を掠め、そのまま床板を砕く。


 咄嗟に右へステップした直也は体を壁にぶつける。


 女が次の攻撃に出るまでのほんの一瞬で、直也は状況を判断する。


 背後には壁、すぐ右隣では女が振り下ろした左腕を上げようとしている。正面は火の海、左は少しスペースがあるが、その先はすぐに壁。


 おそらく、ここが生死の分かれ目になる。直也はそう直感した。


 ここから一度左へ逃げ、そこから壁伝いに奥へと逃げていけば、僅かだが死ぬまでの時間は稼げるだろう。


 だが、囲炉裏から飛び火した炎は既に、直也の正面、反対側の壁までをも覆っている。


 つまり、左へ下がって壁伝いに逃げても、すぐに行き止まりだ。


 ならば___。


「ニ      げ

            ン

    ん              殺  」


 女が右腕を振るい、直也に叩きつけようとする。


 直也は正面へ転がって女の右腕を掻い潜る。


 直也は片膝立ちの状態で着ているアウターを素早く脱ぎ、すぐ傍の炎をそれに引火させる。


「冥土の土産だ、やるよ!!」


 直也は炎を引火させたアウターを、女の顔面へ投げつけた。


「 ア"     ア"

     ア"            ア

             熱       ヅ

                     イ」


 火のついたアウターが女の顔に纏わりつき、女はその熱に悶える。


 堪らず女が顔に纏わりつくアウターを両手で引き裂くと、目の前に直也の姿は無い。



「こっちだぜ!!」



 刹那___。


 女の後頭部に、衝撃。


 火をつけたアウターで目眩ましをした直也は、その瞬間に女の背後へと回り込み、壁を蹴って女の後頭部へ《トルネード・キック》を叩き込んだのだ。


 直也の蹴りを喰らった女は目の前の炎の海へ前のめりに倒れ込んだ。


「   熱         熱

      ア  づ      ア  アア"

 ア"        い       ぁ  」


 女の身体中へ、一気に炎が広がる。


「……悪く思うな」


 えも言われぬ後味の悪さを噛み締めながら、直也は離れを後にした。






________

____

__






 女が生まれてから16年程経った頃___。


 女の母が殺された。


 母を殺した男は坂上の(めい)がどうとか呟いていたが、その言葉の意味など、女に解るわけがなかった。


 ただ、殺されても仕方ないと、女は思っていた。


 母は妖魔山姫として、何人もの人間をその手に掛けていた。


 そのツケが回ってきたのだろうと、女は思った。


 悲しさなど、女には微塵も無かった。


 自分が他の妖魔の血を宿していると判明したその日から、女は母からの愛情など微塵も感じたことはなかった。


 この歳まで生かされていたのも、女に()()()()()()()()からだ。


 女の冬に雪天候を操る能力は、時に迷い人を棲家へと誘い込むのに有効に働き、時に迷い人を捜索する者達の足を止めるのに有効に働いた。


 女の母が彼女を生かしたのは、結局は自らの利のためでしかなく、女もそれを理解していた。


 だから女に、悲しみなど無い。


 しかし、元の棲家には棲み続けられない。戻れば自分も殺されてしまう。


 女はこれからどこか遠くの地で、たった一人で生きて行かねばならないのだ。







 ___いくつもの山を越え、野草や野生動物の死肉を貪り、女が辿り着いたのは一軒の山荘であった。


 ここに辿り着いた時点で、女の体力は限界を迎えていた。


 女は母のように、人を殺して食らうなどということはできない。


 それどころか、生きた動物を殺すことさえできなかった。


 ここに至るまでに、女も一度は空腹のあまり、山で遭遇した近くの村の子供を殺して食らおうかとも考えた。


 しかし、恐怖に怯える子供の泣きじゃくる姿を見ると、どうしても母とおなじようなことはできなかったのだ。


 それ故に女は、顔も無く声も上げぬ野草や、既に事切れた動物の死肉などを食らい、どうにかここまで歩いてきたのだ。


 しかし、それも最早ここまでだ。


 女は山荘の前で、ぱたりと倒れる。


 たとえこの山荘の持ち主に見つかったとしても、こんな得体の知れない薄汚れた女を匿ってなどくれないだろう。


 次に目を閉じれば、自分の身柄はこの山荘の持ち主によって母を殺した者達と同じような連中に引き渡され、そこで化け物だとバレて、そのまま殺されるのだろう。


 自らの終焉を悟り、女は静かに目を閉じた___。











 ___自身を包み込む、今まで経験したことの無い温かく柔らかい感触に、女は目を覚ました


 女の目の前には見知らぬ木造の天井があった。


 ここはいったい……?女が訝しんでいると、女の鼻が久しく嗅いでこなかった匂いを感じ取った。


 それは幼い頃母の言いつけを破って人里へ近付いた時に嗅いだ、夕餉の匂いであった。


 その後、人里へ近付いたことがバレて母に何度もぶたれたので、その匂いを嗅いだのはその一度きりであったが、それでも女はどこか人間の温かみを感じるその匂いを憶えていた。



『ああ、目が覚めたかい?』



 不意に知らない男の声がして、女はビクリと体を震わせる。


 見ると、女が眠っていた床のすぐ傍で、見知らぬ男が控えていた。


 男は、今まで女が向けられたことの無い優しい眼差しを女に向ける。


『山菜採りから戻ってきたら、キミが家の前で倒れているのを見つけてね。驚いたよ』


 そう言って男は苦笑する。


『食欲はあるかい?だいぶ弱っていたみたいだから、なるべく胃に優しいものをと思って、卵雑炊を作ったんだ』


 男は脇に置いていた器と匙を、女に渡す。


『熱いから、気をつけて』


 そう告げながら、男は女に微笑む。


 女は困惑した。


 全てが初めてのことだった。


 自身に向けられる優しい眼差しも、柔らかい声も、差し出される温かい食事も___。


 女は匙を手に取り、器の中の卵粥を掬う。


 おそるおそるそれを口に運ぶと、ふうわりと柔らかな卵の食感と出汁の風味が口いっぱいに広がる。


 このような温かく風味豊かな食べ物を口にした経験など、女にはなかった。


 女は生まれて初めて、食事を()()()()と感じたのだ。


 女の目から自然と、涙が零れる。


 一雫、また一雫と零れる涙を見て、男は静かに語りかける。


『……キミに何があったのかは分からない。だけど、キミがこれまで大変な苦労をしてきたであろうことは、キミの格好を見れば察しがつく。辛かったね』


 男の言葉に、女は堰を切ったように嗚咽を漏らした。




__第五話へ続く__

 十之譚第四話、いかがでしたでしょうか?今回は前回予告した、登場人物紹介其の四十六です。


――――――――――――――――――――――――


鎌田(かまた)春花(はるか)


・誕生日:3月29日(当時6歳)


・身長:124cm ・体重:21kg


・お転婆な女の子。おままごとよりもかけっこや鬼ごっこなどが好きで、そのためか比較的男子と遊ぶことの方が多く、特に卓や准と仲が良い。いつも本を読んでばかりの卓を、准と二人で無理矢理外へと引っ張り出している。

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