〜第三話 叫声〜
ドーモ。十之譚第三話、始まります。子供たちを親に会わせてやりたい。直也がそう告げた瞬間、女は血相を変えて直也に掴みかかる___。
「子 タ
も ち お
ド ノ ッ
か
ァ
ハ
わ し
タ デ お?
しョ 」
大きく見開かれた血走った眼が、直也を捉える。
「ッッ!?」
ほんの一瞬だけ、まるで金縛りに遭ったように身体が硬直する直也。
その一瞬で身構えるのが遅れた直也の両肩に、女の手が伸びる。
「ド お シ て ヨぉ オ おォオ おオおォオおおオオ!!!」
叫びと共に、女が直也に掴みかかる。
体当たりのような勢いで女に両肩を掴まれた直也の身体は背後の襖を突き破り、そのまま和室の畳に押し倒される。
「グッ……!?」
犬の首を捩じ切る程の凄まじい握力が、直也の両肩をミシミシと締め付ける。
「あ た チ
ナ た はァア!!
オっ ァ 子ド で
か の も しョおオ!!?」
まるで人間の言葉を覚えたばかりの化け物のような語調で叫ぶ女。
焦点の定まらない眼から、文字通り血の涙が溢れている。
直也の顔面に、女の血涙がポタポタと垂れる。
「クソッ……放しやがれ!!」
直也はマウントを取られた状態から、女の腹を渾身の力を込めて蹴り飛ばす。
意外にも、女の体は直也の上からあっさりと遠ざかる。
直也は上体を起こし、肩で息をしながら呼吸を整えたのち、立ち上がって女を見下ろす。
「イカれ女が……悪いがガキ共が居ねぇか離れを調べさせてもらうぜ!」
そう吐き捨てて、直也は離れへと向かう。
女は畳にへたり込みながらブツブツと何かを呟いていたが、直也はそれを無視した。
勝手口から外へ出た直也は、真っ直ぐに卓達が居る可能性のある離れへと向かう。
本当ならもっと速く走りたいのに、降り積もる雪が直也の一歩一歩を深く沈め、上手い具合に走れない。
先程女が殺した犬の血の跡は早くも新雪で覆われ、だいぶ目立たなくなっていた。
それ程の雪に足下を掬われては、直也が素早く動けないのも道理であった。
直也は内心焦っていた。もしも今、後から追ってきたあの女に襲われれば、勝ち目は薄い。
何せ相手は、素手で犬の首を捩じ切る程の女なのだ。
互いにフットワークを封じられれば、純粋な腕力勝負になる。黙ってやられるつもりは毛頭ないにしろ、現状小学四年生の自分の腕力では、厳しい勝負を強いられるだろう。
それが直也の見立てであった。
雪に足を取られながら、直也はどうにか離れの戸の前まで辿り着く。
直也は一切の躊躇いなく、離れの戸を開け放った。
中には___。
「ひっ!?」
「うわっっ!?」
「きゃあっ!!」
囲炉裏の前で毛布に包まりながら身を寄せ合う卓、准、春花の三人がいた。
「お前ら!!」
直也は土足のまま三人の傍まで駆け寄る。
「な……直也お兄さん……」
「………うっ」
「うわあああん!!」
入ってきたのが直也だと分かり、緊張が解けた三人は安堵感から堰を切ったように泣き出す。
「もう大丈夫だぜ、お前ら。何があったか、話せるか?」
直也の質問に、比較的落ち着いている卓が静かに語る。
「……ぼくたち、よつばのクローバーを探しにきたんだ。かのこお姉さんたちに、押し花のしおりにしてプレゼントしようって……」
やはり、直也の思った通りだった。
三人は交流会の時の会話から、鹿乃子のために四葉のクローバーを探そうと計画していたのだ。
「でも、ぜんぜん見つからなくて……探しているうちに雪も降ってきて、もう帰ろうって相談したんだけど……」
「グスッ……おれが悪いんだ。おれがムキになって、見つけるまで帰らないって……そのままよつばのクローバーを探してたら、ハルカが転んで足を怪我しちゃって……」
卓の説明に、准がそう続ける。
春花の足を見ると、確かに膝に包帯代わりの布が巻かれている。
「そのまま動けないでいると、雪もどんどん強くなってきて……そしたら、あの人の後ろ姿を見つけて……」
卓の言うあの人とは、この屋敷の持ち主と思われるあの女のことだろう。
「ぼくたち、助けてもらおうと思ったんだ。でも……」
そこまで言うと、卓の説明は途端に歯切れが悪くなる。
すると、今まで黙っていた春花が、その先を続ける。
「あのおばちゃんが………うさちゃんを……」
春花のその一言で、直也は事情を察する。
大方あの女は、山の中で野生動物でも狩っていたのだろう。
罠に掛かった野ウサギを、あの女がその怪力で首を捩じ切ったであろうことは、想像に難くない。
そんな場面を見て、三人はさぞ恐ろしかったことだろう。
「おれがびっくりして、声上げちゃったんだ。それで、見つかっちゃって……ハルカも怪我しちゃってたし、おれら逃げ切れなくて……」
准が弱々しくそう語る。
「……なるほどな。そんで、ここに連れてこられたってわけだ」
大体の事情を察して頷く直也。
「あのおばさん、なんか変なんだ。ぼくたちを見るなり、私の子供とか、もうどこへも行かせないとか……上手く言えないけど、いろいろ普通じゃなくて……」
震える声でそう語る卓。
直也自身、あの女の異常性はこの屋敷へ来て嫌という程感じていたので、卓の言いたいことは良く分かる。
直也は立ち上がり、三人に告げる。
「お前ら、山を降りるぞ。ハルカ、もう足は大丈夫か?」
いまだ雪は降り続けているが、先程よりは勢いは激しくはない。
それよりも、これ以上あの女の元に居続けることの方が、直也にはリスクのように感じた。
「う、うん。もう平気」
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、気丈にそう答える春花。
「おし。そんじゃ、早ぇえとこここをずらか___」
その時だった。
バンッッ!!と、離れの戸が勢い良く開く。
「 こ ナ
ド も カ せ
へ い
い ィ イ い ぃ ィ い イ い い ィ イイ!!!」
叫声を上げ、凄まじい跳躍力で飛び掛かる女。
「お前ら、逃げろ!!」
直也は三人を庇うように突き飛ばし、自身も後方へ下がる。
紙一重のところで、女が今しがた直也の立っていた囲炉裏の傍に両手をついて着地する。
その衝撃的により、床板は囲炉裏諸共音を立てて壊され、囲炉裏から飛散した火の粉が床板に燃え移り、炎上する。
「う、うわああーーー!!」
恐怖のあまり、一目散に出口へと駆け出す卓達。
女が卓達の動きを目で追い、それを追いかけようと後ろを向く。
「よそ見してんじゃねえ!!」
後ろを向いた女へ、直也が《左ハイキック》を叩き込む。
女が姿勢を低くしていたこともあって、直也の渾身の蹴りは女の左側頭部へ綺麗にヒットし、女の首が斜めに傾く。
小学四年生といえど、直也の蹴りは同年代の子供のそれよりも、数段強力なものだ。
しかし___。
「 チ ウ
ガ 」
女はゆっくり、ゴキゴキと音を立てて、直也の蹴りで傾いた首を有り得ない角度まで回して直也を睨む。
「ッッ!?」
直也は咄嗟に蹴り足を戻してバックステップで距離を取る。
「 タ ど
わ の モ
し 子 ハ
オっ い
ヲ ジ ナい
かァ め 」
女は首だけでなく、身体中のあらゆる関節を歪ませながら、直也に向き直る。
「ワ も
た ノ ド
し 子
ジゃ イ
な
お え げ
マ ニ ん
ハ ン」
瞬間、女の瞳孔が白く染まり、眼がより一層血走る。
「へッ!今の言葉、テメェが人間じゃねえって白状したのと同じだぜ」
直也はフィリー・シェルスタイルの構えを取り、女と向き合う。
正味な所、直也は小学四年生の現時点ではこれほどまでに常軌を逸した化け物と相対したことは無い。
去年の夏に、河童と殴り合いをしたことはあるが、あの有名な妖魔でさえ、ここまでの異質さを放ってはいなかった。
直也の中枢神経が、明確な危険シグナルを発している。
しかし、それでも負けるわけにはいかない。
直也がここで敗北を喫すれば、卓達の身に危険が及ぶ。
卓達を救い、かつ鹿乃子を悲しませないためにも、こいつをブッ飛ばす。その一念が、いまだ場数を踏んでいない直也を支えていた。
破壊された囲炉裏から床板へ燃え移った火は徐々に勢いを増し、広がっていく。
ここにいては危険だが、外は降り積もった雪で足場が悪い。
そんなところで戦うことになれば、勝率はぐっと下がるだろう。
たとえ危険であっても、ここで戦うしかない。
「軽く揉んでやるよ!かかってきな、化け物女!!」
精一杯の強がりで挑発する直也。
こうして、直也と女の戦いが始まった___。
「ア あ
ァ ァ ア"ア"
あ ア 」
女が倒れ込むように右の《拳槌》を直也に振り下ろす。
直也はサイドステップで女の《拳槌》を躱す。
空を切った女の《右拳槌》が、今しがた直也の立っていた床板を粉々に破壊する。
戦慄した直也は、思わず女から距離を取る。
直後、直也は自分の行動を反省する。
(クソッ、判断ミスった……!!)
今の状況、女は床に倒れ込むような形になっていて、直也はその真横を取っていた。
女の側頭部に《サッカーボールキック》を打ち込むなり、そのまま背後を取って《チョーク》を極めるなり、反撃の手は幾らでもあった。
にも関わらず、直也はその威力に戦慄するあまり、距離を取るという選択肢を選んでしまった。
(ビビッてんじゃねえぞ、俺……!)
直也は心の中で己に喝を入れ、果敢に距離を詰める。
距離を詰める直也に、女は今しがた躱された右拳槌を振り上げ、《裏拳》を繰り出す。
(今度はビビらねえ!!)
直也はそれをダッキングで躱し、女の腹に《右ボディストレート》を打ち込む。
直也の癖のある拳の握り方から成る《人差し指一本拳》が、女の腹を鋭く射貫く。
しかし___。
ガッ!!と。
女は怯まずに、直也を《前蹴り》で突き飛ばす。
「ぐぁッッ!?」
直也の体が吹き飛び、背後の壁に激突する。
激痛が走り、口の中から血の味が滲む。
(クソッ……最高に良い一撃入れたってのに、怯まねぇ……!!)
無理もない話であった。
直也の一撃は、同年代の小学生と比較すれば遙かに強烈な一撃であるが、それでも一流のハードパンチャーと比較すれば、未だ遙かに及ばぬ一撃だ。
その程度の拳では、幾らか年上の一般人には通用しても、素手で犬の首を捩じ切る程の化け物には通用しない。
言ってみれば、これが小学四年生の直也の限界であった。
(こんな時に、大通連さえありゃあ……!!)
大通連とは、去年の秋に直也がコバヤシと名乗る女性から譲り受けた霊刀である。
しかし、そんなものを普段から持ち歩くわけにもいかず、かと言って自宅に隠していては母の珠稀に見つかるかもしれないので、普段は学校の裏山の奥まった場所にある、朽木の下に隠している。
今回は大雪のため取りに行く余裕がなく……というかそもそも必要だとすら思わなかったため、持ってこなかった。
(こうなるなら、無理してでも持ってくりゃあよかったぜ……)
直也は心の中で舌打ちをする。
無論、直也は諦める気など毛頭ない。
生来の負けん気の強さももちろんだが、何より直也は自分が負ければ卓達に危険が及ぶことを、何よりも理解している。
故に、直也の心の火は消えない。
直也は目の前の化け物と相対しながら、自身が勝つための次の一手を模索するのだった。
__第四話へ続く__
十之譚第三話、いかがでしたでしょうか?今回は今まで以上に制作に時間が掛かり、活動報告への掲載予告が、ほぼ投稿直前になってしまいました……。
まぁ、連載投稿チャレンジ自体は既に終了しているのですが、今後のなろうチアーズプログラムは継続的な投稿により、なろうリワードがより獲得しやすくなるそうなので、できれば今後も週一投稿は続けたいところです。
今回はちょっと後書きが長くなってしまったので、一年生組の三人目である春花ちゃんの人物紹介は次回に回します。




