〜第二話 迷ヒ家〜
ドーモ。十之譚第二話、始まります。卓、准、春花の三人を探しに山に来た直也を、猛烈な吹雪が阻む。そんな直也の目の前に___。
「ハァ……ハァ………クソッ」
行方不明の卓、准、春花の三人を探して、直也は大雪吹き荒れる山を歩いていた。
白む視界は吹雪のせいか、或いは極度の疲労による目のかすみか。
この町の周辺の山など、直也は低学年の頃には既に踏破したつもりでいた。
しかし……。
とうに見慣れた山も、そこに吹雪という条件が重なるだけで、まるで別世界だ。
樹も山肌も……数メートル先の視界すらも白銀に覆われ、方向感覚が著しく乱される。
一歩踏みしめる毎に足は深く雪に沈み、直也から本来の機動力を奪う。
吹き付ける大雪が直也の行く手を遮らんと荒れ狂い、普段は何でもない山の傾斜すらも大きな足枷に変わる。
まるで、世界の全てが直也を飲み込もうとしているかのようだった。
「………この程度……負けるかよ…!」
負けん気の強い直也は瞳に闘志を漲らせ、懸命に歩を進める。
直也の記憶によれば、卓達が遠足で四葉のクローバーを探したのはこの辺りのはずだ。
直也達も一年生の頃、全く同じルートに遠足で来たので、間違いないはずだ。
「スグル!!ジュン!!ハルカ!!」
声を張り上げ、精一杯周囲へ呼びかける直也。
(クソッ駄目だ……この吹雪で、声が掻き消されちまう!)
声も響かなければ視界も悪い。
こんな状況では、たとえ近くにいたとしても気付かないかもしれない。
というより、そもそも彼らが本当に山にいるかどうかすら判らないのだ。
それでも直也には、心当たりがこの場所しかない。
直也は三人を探しすため、更に山の奥へと進んでいく。
「スグルー!!ジュンー!!ハルカー!!」
無駄と分かっていても、声を張り上げる直也。その行為すらもまた、直也から体力を奪っていく。
そんな状況で歩き続け、どれ程経ったか……。
もはや時間の感覚すらも判らなくなった頃、直也の視界に何かが映り込んだ。
(ありゃあ……なんだ?)
山の樹々とは明らかに異なる見た目。
いや、正確には木材ではある。
それは、山小屋と呼ぶには明らかに広い、屋敷のような佇まいの木造建築だった。
(……なんだ、こりゃあ?なんでこんな屋敷が、山の中に……?)
疑問に思った直也だが、深く考えている余裕はなかった。
猛烈な吹雪の中を歩き回った直也の体力は、もうすぐ限界を迎えようとしていた。ここで倒れたら、まず間違いなく雪に埋もれて息絶えるだろう。
直也はまるで誘蛾灯に誘われる羽虫のように、フラフラと目の前の屋敷の玄関扉へと近付く。
玄関は引き戸で、鍵は掛かっていなかった。
直也が戸を開けて中へ入ると、そこはさながら、外とは別世界だった。
もっとも、中は全体的に薄暗く、暖房が効いているわけでもないのでひんやりとしているので、別世界というのは言い過ぎかもしれない。
それでも、屋根と壁があり吹雪に晒される心配の無い空間というだけで、今の直也には別世界に感じられた。
直也はヨロヨロと土間を二、三歩歩くと、屋敷の廊下にどさりと倒れ込み、そのまま意識を失った。
―――――――――――――――――――――――
___ふと、額に感じた冷たく柔らかい感触に、直也は目を覚ました。
ゆっくりと目を開くと直也はいつの間にか布団に寝かされていて、目の前には見知らぬ女がいた。
新雪のように白いロングヘアーに、白い肌……更に白い着物を纏った、真っ白な女だ。
女性は直也の視線に気付くと、静かに微笑む。
とても優しげな笑顔であるが、それが逆に寂れた部屋の雰囲気と相まって、どこか不気味に感じられた。
「___可愛い私の子____ずぅっと、ここに居ていいからね___」
女がそう呟く。
女の口から紡がれたその声に、直也はゾクリと、背筋が凍るような感覚を覚えた。
女は直也の傍からゆっくりと立ち上がり、襖を開けてどこかへと行ってしまった。
女の足音が遠ざかっていくのを確認し、直也は身体を起こす。
(……確か俺は、山ン中で屋敷みてぇな建物を見つけて、中に入って……)
ここに来た時のことを思い出す直也。
(……そういやぁ、玄関のところでブッ倒れたんだったな。クソッ、情けねえ……)
三人を探しに来ておいてこのザマかと、直也は頭を掻く。
(……っつーことは、あの女がこの屋敷の持ち主で、俺を助けてくれたのか?)
状況から考えるに、そう見るのが妥当である。
しかし直也は、一つだけ引っ掛かっていることがあった。
先程あの女が直也に向けた、あの笑み。
直也はあの笑みに、善意で人を助ける者のそれとは違う、どこか薄ら寒いものを感じたのだ。
(それに……)
加えて、女が直也に言ったあの一言。
『___可愛い私の子____ずぅっと、ここに居ていいからね___』
あの女は直也を見て、確かに私の子と言った。いったいどういう意味なのか……。
「……考えてても仕方ねぇな」
直也はゆっくりと立ち上がる。長靴も防寒ジャケットも脱がされているが、ジャケットの方はすぐ傍に畳んで置いてある。長靴は玄関だろう。
ジャケットを再び着ると、直也は襖を開けて廊下を覗き見る。
廊下はざっと20メートル前後。このような山の中にあって、中々に広い屋敷のようだ。
「……あの女はどこ行ったんだ?」
女の真意が気になるというのも勿論あるが、それ以上に直也は、この屋敷に対して一縷の望みを抱いていた。
もしも卓達三人がこの山に四葉のクローバーを探しに来ていたなら、この屋敷で保護されているかもしれない。
……というより、もしもクローバーを探しに来たという直也の推測が当たっているのであれば、むしろ保護されていなければ困る。
なにせ外は、直也ですらこれほどまでに体力を奪われるくらいの大雪なのだ。こういった屋内に居てくれなければ、生存の確率は極めて低いだろう。
まずはあの女を探して礼を述べたのち、三人がこの屋敷に匿われていないか聞かなければ。直也はゆっくりと廊下を歩き出す。
キシキシと軋む廊下。外観からもなんとなく想像できたが、だいぶ古い屋敷のようだ。
「すんませーん!」
声を上げてみるが、返事は無い。
直也は女を探して一部屋ずつ襖を開けて確かめていく。
和室、炊事場、厠から先程直也が意識を失った玄関口まで隅々を見て回るが、女の姿は無い。
(まさか……外か?)
ここまで探していないとなれば、後は外しか考えられない。
しかし、こんな大雪の日にわざわざ敷地の外に出るなど考えにくいので、外に出たとするならおそらく、勝手口から庭仕事か何かで出たのではないだろうか?
(……裏口探してみるか)
最近の新築物件などであれば勝手口が無いパターンも多いかもしれないが、この手の古い屋敷には庭へ出ることができる勝手口は付きものだろう。
直也は玄関口で自身が履いてきた長靴を見つけて回収し、廊下の奥の方へと向かう。
屋敷の突き当たりには直也が思った通り勝手口があった。女が外へ出たとするなら、おそらくここからだろう。
直也は勝手口の土間スペースで長靴を履き、戸口から外を覗く。
相変わらず物凄い大雪だが、心なしか先程よりも風は弱い気がする。
直也は勝手口の先に広がる、屋敷の敷地を眺める。
井戸に家畜小屋……そしてその更に先には、離れのような建物まで見える。
「……離れまであんのか、この屋敷」
直也はここから少し先にある建物を見て、独りごちる。
町の近くの山にここまで敷地面積の広い屋敷があるなど、今まで知らなかった。町周辺の山は今よりも幼い時から散々探索してきたはずだが、何故この屋敷の存在に気付かなかったのか?
戸口を開けて外に出ると、大雪のせいで消えかけていたが、確かに人の足跡があった。
消えかけの足跡は、家畜小屋の方まで続いている。
直也がその足跡を目で追うと家畜小屋の前には、あの女がいて___。
___犬の首を、素手で捩じ切っていた。
「___は?」
ギャン!!と、風の音に混じって短い犬の断末魔が聴こえる。
捩じ切った首の切り口から鮮血が噴き出し、女と雪を紅く染める。
「___ッッ!?」
思わず戸を閉め、戸に背を向ける直也。
(んだよ……今のは!?)
自分の中で今の衝撃的な光景が消化できずに、直也は困惑する。
あの女は確かに、直也の視線の先で犬の首を素手で捩じ切った。
それも、小型犬などではない。おそらく雑種だろうが、確かに中型犬くらいのサイズはあった。
そのサイズの犬の首を、あの女は自らの腕力を以て、まるでペットボトルのキャップを開けるかの如き容易さで捩じ切ったのだ。
たとえ大の男であっても、小型犬の首ですら捩じ切るなど至難の業だろう。女の細腕ともなれば尚更だ。
それを、あの女は……。
直也がどうにか脳内の情報を処理しようとしていた、その時___。
ガラッ___。
直也の背後の戸が開く。
振り返るとそこには、白い着物を血に染めた女が首の無い犬を片手にぶら下げ、佇んでいた。
「ッッッ!!?」
直也は土足のまま廊下まで距離を取り、拳を構える。
一筋の冷や汗が直也の頬を伝い、右拳に落ちる。
女は拳を構えた直也に対して、憤るでも狼狽えるでもなく、ただ微笑んでこう告げる。
「___愛しい子供たち____もうすぐ____ごはんができるからね___」
土間から廊下に上がった女は、拳を構える直也の横を通り過ぎる 。
「……あ?」
直也は呆気に取られながら、女の行く先を見つめる。
女は炊事場で足を止めると、首の無い犬の死体を台所に置く。
すると女は、台所に置いてあった包丁を手に取り、犬の死体の皮を剥ぎ始める。
(……犬を調理しようってのか?)
先程女は、もうすぐごはんができるからね、と言った。
おそらく、あの犬を直也に食わせるつもりなのだろう。
(……ありがた迷惑この上ねぇが……今の問題はそこじゃねえ)
女はこうも言っていた。
愛しい子供たち、と。
子供たち……つまり、この家には直也以外にも子供がいるのだ。
直也は意を決して女に声を掛ける。
「……なぁ、あんた。この屋敷、俺以外にもガキがいるのか?」
「__可愛い子供たち____もうすぐ___食べさせてあげるからねぇ___」
直也の問いかけを聞いているのかいないのか、女は振り向かずにそう呟く。
「せっかくだが、飯はいらねえよ。それより、そのガキ共に会わせてくれ。俺は町で行方不明になったガキ共を探しに、ここまで来たんだ」
直也がそう告げた、その瞬間___。
ピタと、犬を捌く女の手が止まる。
「そいつら、昨日から行方が分かってねぇんだ。もしもこの屋敷にいるガキがそいつらなら、早ぇえとこ町まで連れて帰って、親に会わせてやりてぇんだ」
「___連れて、帰るぅ?」
女は妙に間延びした声で、ゆっくりと首を横に傾ける。
フワッと。
女の白く長い髪が、まるで静電気が発生したかのようにゆっくりと逆立つ。
「___子供たち、の、家はぁ__ここでしょお?」
女が首を横に傾けたまま、ゆっくりと振り返る。
血に塗れたその顔は、怒りとも、恐怖とも判別がつかない感情に歪み、血走った眼は大きく見開かれていた。
「子 タ
も ち お
ド ノ ッ
か
ァ
ハ
わ し
タ デ お??
しョ 」
__第三話へ続く__
十之譚第二話、いかがでしたでしょうか?
なろうチアーズプログラムの連載投稿チャレンジもようやく最終週となりましたが、ひょっとしたらこれからも1週間毎の連載投稿は続ける【かも】しれません。詳細は後々語るとして、今回は登場人物紹介其の四十五です。
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・楢崎准
・誕生日:1月17日(当時7歳)
・身長:122cm ・体重:23kg
・わんぱく少年。落ち着きがなく、机に座ってただ黒板と向き合うだけの授業が大の苦手だが、逆に理科の実験や外に出て植物などを観察する校外学習は大好き。卓と春花とは幼稚園の頃からの付き合い。特に卓とは正反対の性格だが、なんだかんだ仲は良い。




