〜第八話 いつかのように〜
ドーモ。九之譚最終話です。紆余曲折を経て小鞠と伊鞠を捕まえた直也達。二匹は、姉の手鞠が御神体を盗んだことを白状し___。
「なっ……なによこれぇえ〜〜〜〜!!?」
本殿に入ったおりつはそう叫び、頭を抱える。
本殿の中は壁という壁に落書きが施され、目も当てられない惨状になっていた。
「あ……アンタたちぃ〜〜〜!!」
おりつは本殿の外で正座している小鞠と伊鞠に、鬼の形相で詰め寄る。
「「ひ、ひぃぃ〜〜〜!!?」」
あまりの恐ろしさに互いに身を寄せ合うように怯える二匹。
「お、おりつさん、どうか落ち着いて……。俺も掃除、お手伝いしますから……」
二匹を捕まえた祝斗が、おりつを宥める。
「お、おお……マジかよ」
「俺らが見た時は落書きなんてなかったのに……あの一瞬でよくもまぁ……」
本殿を覗き込んだ直也と健悟は、思わず言葉を失う。
二人が中を見た時は、落書きなんてどこにもなかったのだ。つまりこの二匹は、直也と健悟が手鞠に気を取られている間に、落書きをしたことになる。
「……んで?お前らはどこにどう隠れてたんだよ?」
直也が小鞠と伊鞠に訊ねる。
「………えっと……御神体横の……」
「燭台に……」
項垂れながら白状する二匹。
「なるほど、あれか……。そんで、俺と健悟の目を欺いて大胆にも本殿の中で落書きして出てきたところを、祝斗に押さえられたってわけか」
直也は祝斗に向かって右手を挙げる。
「サンキュー祝斗。危うく逃げられるところだったぜ」
「どういたしまして。役に立つことができて良かったよ」
祝斗は直也に応えるように右手を挙げると、直也は勢い良くその手のひらを右手で叩く。
「……さぁ〜て。そんじゃあ、こいつらはどう料理してくれようか?」
二匹の前に仁王立ちする直也。
「ひ、ひぃぃ……!?」
「お許しを〜〜〜!!」
怯えながら許しを請う小鞠と伊鞠。
すると、それまで成り行きを見守っていた鹿乃子が口を開く。
「……なおくん、お姉さん。この子たち、許してあげてほしいな。こんなに怯えちゃって、かわいそうだよ」
鹿乃子の言葉に、直也はすかさず頷く。
「かのこが許すってんなら許す!!おめぇら、かのこに感謝しろよ?」
「か……かのこさまぁ〜〜〜!!」
感激し鹿乃子を拝み倒す伊鞠。
「ちょっと!!私の意思は!?」
いきなり許す流れになり、すかさずおりつが口を挟む。
「うるせえ!!かのこの意思はこの世のルールじゃ!!」
そうおりつを一蹴する直也。
「あ、アンタねぇ……!」
文句を言おうとしたおりつに、今度は祝斗が口を挟む。
「俺からもお願いします、おりつさん。この子達を許してくれませんか?もちろん、汚した本殿の掃除はきっちりさせますから」
「お願いします」
そう言って祝斗と鹿乃子は頭を下げる。
「……はぁ。まったく仕方ないわね……」
こうもお願いされては許さないわけにもいかず、おりつは溜め息をつきながら小鞠と伊鞠に確認する。
「アンタたち、今回は本殿に落書きしただけで、他に落書きしたり物盗ったりしてないわよね?」
おりつの言葉に、小鞠と伊鞠はギクリとして顔を見合わせる。
「え………えっと……」
「それが……姉ちゃんが……」
額に汗を滲ませ、言いにくそうな様子の二匹。
「アンタら、なんか盗ったのね!?何を盗ったの!?」
おりつが詰め寄ると、二匹は俯きながらある物を恐る恐る指差す。
その場の全員が二匹の指差した先を目で追うと、その先には本殿の入口がある。
「……まさか!?」
いち早く意図に気付いたおりつは、慌てて本殿に入って二匹が指差した物……御神体が鎮座しているはずの桐の木箱の中を確認する。
「石が無い……アンタら、よりにもよって箱の中身を盗んだわね!?」
声を荒げるおりつ。
その言葉を聞いて、祝斗や健悟もギョッとする。
「まさか……御神体を盗んだのかい?」
「マ、マジかよ………流石にそれは冗談じゃ済まないだろ……」
祝斗の口にした狸達の所業に、健悟は思わずドン引く。
「??ごしんたいって、なぁに?」
聞き慣れない単語に、幸子が首を傾げる。
「この神社の奉ってる神様の、魂が宿ってる物のことだよ。言ってみれば神様そのものみたいなものだから、盗んだりしたら当然大問題だよね」
月男の説明に、伊鞠が咄嗟に言い訳を述べる。
「だ、だって!この神社のは御神体じゃないから大丈夫って、姉ちゃん言ってたもん!」
伊鞠の言葉に続けるように、小鞠がボソボソと口を開く。
「わ、わたしは止めたんですけど……お姉ちゃん、これが御神体のはずないからって聞かなくて………すみません……」
二匹の言い訳に、おりつ以外の全員が頭に疑問符を浮かべる。
「えっとぉ〜……御神体のはずないって……」
「ドユコト??」
健悟と月男が顔を見合わせる。
神社の本殿に保管されている物が御神体ではないなら、いったい何だと言うのか……。
「……とにかく返しなさい。あれ、高価な物なんだからね?」
どこかバツが悪そうな様子で、誤魔化すように返却を求めるおりつ。
「……ここには無い。姉ちゃんが持ってった」
伊鞠が答えると、おりつは再び溜め息を吐く。
「……仕方ないわね、もう」
そう言うとおりつは目を瞑り、忍者のように片手を顔の前に持ってきて印を結び、小声で何かを唱える。
「あっ!光ってる!!」
最初に異変に気付いたのは幸子だった。
幸子は遠くの何かを指差し、全員がその指の先を目で追う。
するとそこには、神社から少し離れたところから、青色の光の筋が空へ昇っていた。
「あっちか。まだそう遠くないわね」
そう呟くおりつに、直也が訊ねる。
「なぁ、おりつ姉ちゃん。あの光ってるところの下に、その御神体があるのか?」
「ええ、そうよ。面倒だけど、取り返してこなきゃ」
「なら俺が行ってくるぜ。さっきは騙されたとはいえ、勘違いで迷惑かけちまったからな。汚名返上だ」
そう言って返事も聞かずに駆け出す直也。
「あっ!ちょっ、直也くん!?」
咄嗟に直也を呼び止めるおりつ。
直也は一度、くるりと振り返る。
「御神体はまだあの狸が持ってんだろ?グズグズしてると逃げられちまうよ」
それだけ言うと、直也は再び踵を返して走り出した。
「そっちは崖あるから!!危ないと思ったら無理しなくていいからね!?」
走り去る直也の背に、おりつはそう声をかけた。
―――――――――――――――――――――――
「どう、しよう……このまま、じゃ……!!」
両手で樹の根元を掴み、今にも崖から落ちそうな我が身を懸命に支える手鞠。
先程から、同じ樹の根元に引っ掛かっていた丸い青石が、空に向かって光の筋を放っていた。
もしかしたら、この光に気付いて誰かが見つけに来てくれるかもしれない。
しかし……。
そんな手鞠の期待を打ち砕くように、崖から落ちそうな彼女の身体を支えている樹がぐらりと、僅かに傾く。
元から崖の際に生えていたような樹だ。地中にあるはずの根は幾らか崖の側面から表出してしまっている程、不安定な状態だったのだ。
それが、手鞠の体重が掛かったことで更に不安定さを増し、最早いつ崖から落下しても不思議ではない状態だった。
仮に手鞠に自身の体重を引き上げる程の力があったとしても、無闇に樹の根元を掴む手に力を加えてしまったら最後、自分諸共樹が崖から落下してしまうかもしれない。
結論、最早手鞠一匹の力ではどう足掻いてもこの窮地を脱することは不可能なのだ。
手鞠にできることはただ一つ。誰かが青石の放つ光に気付き駆けつけてくれるまで、必死に樹の根元にしがみつき、助けを乞い願うのみ。
「……誰か………助けてぇーーーーーー!!」
手鞠は目に涙を浮かべながら、必死に叫んだ。
身じろぎするだけでも、樹の根元の土はボロボロと崩れ、樹は少しずつ、しかし確実に斜めに傾いていく。
もう、手鞠を支えるこの樹が崖に落ちるのも、時間の問題だ。
(助けて……)
手鞠は咄嗟に、一人の人間の少年の顔を思い浮かべる。
1年以上前、今と似たような状況から自分を救い出してくれた少年の顔を___。
「助けて………なおやぁーーーーー!!!」
その時___。
メキッと、樹が大きく傾く。
「あっ___」
手鞠は咄嗟に自らの死を悟る。
樹が手鞠と青石諸共崖から落ちる。
その刹那___。
一人の少年がスライディングするように崖から身を乗り出し、手鞠の手を右手で掴んだ。
「月男!取れ!!」
その少年___直也はついでのように落ちる寸前の御神体……丸い青石を、崖の上目掛けてつま先でソフトに蹴り上げる。
蹴り上げた青石を駆けつけた月男がダイビングキャッチし___。
同じく駆けつけた祝斗と健悟が、崖の縁を掴む直也の左手を掴み、青石を懐に仕舞った月男と三人がかりで直也と手鞠を引っ張り上げた。
―――――――――――――――――――――――
「___ほら、手鞠。この姉ちゃんに言う事あんだろ?」
手鞠を神社へ連れ戻した直也は、そう言って彼女の背中をぽんと叩く。
「う、うん……」
手鞠はおずおずとおりつの前に進み出る。
「……いたずらして………ごめんなさい」
手鞠は手に持った青石を差し出し、おりつに謝罪する。
「はい。ちゃんと謝れたので、私はあなたを許します。もう本殿にある物を勝手に持っていったりしちゃだめよ?」
おりつは手鞠から青石を受け取り、そう言って彼女の頭を撫でる。
「けどよ。それ、御神体じゃねえんだろ?結局なんなんだ、それ?」
直也が訊ねる。
「まぁ、簡単に言えば神様の力が籠った御守りの一種……みたいなものかしら?本殿の御神体は……訳あっていつまでも本殿に置いておくわけにもいかないのよ。でも、拝殿から参拝者の願いが届くはずの本殿に、何も無いっていうのは問題でしょ?だからこうして、神様の力を込めた身代わりを置いてるってわけ」
おりつの説明を聞き、直也は青石をまじまじと見つめる。
「へぇ……神様の力が籠ってんなら、一応詐欺にはならねぇか」
「失礼ね。ちなみにこれ、青翡翠って呼ばれる石の中でも貴重な物だから、結構高いわよ?」
おりつのその一言に、直也はげっと声を漏らす。
「マジかよ……俺さっきそれが崖から落ちそうになってたから、思わず蹴り上げちまったんだけど」
「傷がついてたら弁償ね?」
「ぐぇえ!?」
弁償という言葉に、露骨にげんなりする直也。
「ふふ、冗談よ」
「お、おりつ姉ちゃん……勘弁してくれよぉ〜……」
おりつと直也のやり取りに、場は和やかな笑いに包まれる。
「………あ、あの!なおや!」
ふと、手鞠が直也の名を呼ぶ。
「あん?どうした?」
手鞠に向き直る直也。
直也に真っ直ぐ見つめられ、手鞠は思わず視線を逸らす。
「あの………あのね?」
手鞠は胸の前で組んだ自らの手を見つめ、言葉を濁す。
顔から火が出そうな程の熱を感じる。
恥ずかしいけれど言わなければならない。
いつかのように、今回もまた自分を救ってくれたこの少年に。
やがて手鞠は、意を決したようにギュッと目を瞑り、一言___。
「助けてくれて………ありがと!!」
手鞠が必死に絞り出したその一言に、直也はニッと笑って返す。
「気にすんな。あれぐらい、なんてことねぇよ」
その後手鞠達三姉妹と直也達は、落書きされた本殿と、直也が土足で歩いた渡り廊下の掃除を共に行った。
「くらえー!姉ちゃん直伝、《砧落とし》!」
「あめぇぜ!田中流喧嘩殺法、《砧返し》!!」
「父さん直也にそんな技教えてたっけ?」
「い、伊鞠ちゃん……真面目にお掃除しないと……」
「”きぬた”ってなにー??」
早くもモップでチャンバラごっこを始めてしまった直也と伊鞠を中心に、わいわいと盛り上がる五人と三匹。
そんな彼らの輪から少し席を外し、祝斗がおりつに話しかける。
「……おりつさん」
「うん?なぁに?」
「……先程の、神の通力を込めた青翡翠を光らせた術……。あんなの、ただの雇われの巫女さんには到底できない。貴女はいったい……?」
祝斗の疑問に、おりつはふっと笑みを浮かべて答える。
「……とりあえず、今はただの住み込みの巫女ってことにしておいてくれないかしら?坂上の若き当主候補さん?」
おりつの言葉に祝斗はギョッとする。
「……どうして、それを?」
「私ね?こう見えても坂上家とはちょっとご縁があるのよね」
そう言った次の瞬間、おりつはパン、と手を叩く。
「さ。そんな事よりお掃除お掃除。キミがあの狸達に掃除させるって言ったんだから、サボらないようちゃんと見張っててよね!私はみんなのために、あったかいお茶でも淹れてくるから」
祝斗の中に数々の謎を残し、おりつはそそくさと社務所の方へ歩いていった。
__おまけ__
「そういえば、ふと思い出したんだけどね?」
モップ掛けをしながら、月男が直也と健悟に話しかける。
「もう1年以上前だけど、直也前にも崖に落ちた狸を助けたことあったよね?」
月男の放った言葉に、手鞠はビクッと身体を震わせる。
「あー、あったあった!あの時直也、命綱も使わねえで崖を登ったんだよな。あれはマジで肝が冷えたわ……」
当時を思い出した健悟が直也の変わらぬ無鉄砲さにげんなりする。
しかし、当の直也はどこ吹く風といった様子で……。
「そういやあったな、そんなこと。あれは中々にスリリングだったぜ」
そう言ってゲラゲラと笑う。
「笑い事じゃねえって。お前、いい加減その向こう見ずな性格直さないと、マジでいつか大変なことになるぞ?」
やれやれといった様子で直也を諌める健悟。
三人のそんな会話を聞き、手鞠は何か言いたげにもじもじしながら視線を泳がせる。
「お、お姉ちゃん……チャンス……だよ!」
「あの時の狸はあたしだって言って、そのまま告っちゃえ!」
妹二人に後押しされ、手鞠は意を決する。
「あ、あの………なおや___」
「お姉さんがお茶を淹れてくれたよ、なおくん」
手鞠が直也に声を掛けようとしたちょうどその時、鹿乃子が直也達にお茶を持ってくる。
長年片腕で生活しているのもあって、湯飲みの乗ったお盆を左腕で器用に支えている。
「あぁ〜〜んもぉ、かのこ俺のためにお茶持ってきてくれたのぉ?う〜れ〜ぴ〜いぃ〜♡」
鹿乃子に話しかけられ、露骨にデレデレする直也。
「う〜ん♪かのこの持ってきてくれたお茶、おぃちぃ〜♪」
「わたしはお茶を運ぶのをお手伝いしただけだから、お茶のお礼はお姉さんに言ってね。あ、それと……田口くん、ちょっとお盆持っててもらってもいい?」
「ん?おお」
鹿乃子は健悟に残りの湯飲みの乗ったお盆を渡し、健悟にありがとうと告げたのち、羽織っていた直也のアウターを彼に返す。
「はい、なおくん。貸してくれてありがとう」
「返さなくてもいいぜ?かのこ、寒いだろ?」
「ううん、もう充分温まったから平気だよ。それよりも、なおくんさっきからずっと薄着のままだから、風邪を引いちゃうよ」
鹿乃子の言葉に、直也は感激する。
「俺のことを心配してくれてんのかぁああ♡やっぱかのこは優しいなぁ♪いっぱいちゅき♡♡」
直也が鼻の下を伸ばしながらそう告げたその瞬間。
手鞠は自身の失恋を悟ったのだった。
「お、お姉ちゃん……」
「ありゃ〜〜……」
俯いて、プルプルと拳を震わせる姉を気遣う小鞠と伊鞠。
「よぉ〜〜し♪それじゃあなおくん、かのこの持ってきてくれたこのお茶を飲んで、お掃除もっと頑張っちゃうぞぉ〜〜♪」
そう言って直也が、再び湯飲みに口をつけたその瞬間___。
限界まで頬を膨らませながら、手鞠は直也の脳天に全力で砧を見舞うのであった。
__九之譚 正月化カシ 完__
__十之譚 第一話へ続く__
直也之草子九之譚、いかがでしたでしょうか?なろうチアーズプログラムの連載投稿チャレンジのお陰もあって、いつもよりも早いペースで投稿ができました。
正直、連載投稿に追われると、話の細かな部分を修正するのが非常に難しいです。世のプロ作家さん達は、常日頃からこんな厳しい締め切りに追われながら執筆活動をしているのですね……。
さて、話は変わりまして、今回のお話は懐かしき一之譚第四話でちょっとだけ語ったエピソードを話の中心に据えました。たぶん、覚えてる人いないだろうなぁ……。
次回はいよいよ十之譚。これも、一之譚第四話で語られているエピソードになります。つまりは、過去回です。こうご期待!!




