〜第八話 秘策〜
ドーモ、政岡三郎です。直也之草子第八話。髪鬼に追い詰められ絶体絶命の直也のもとに___。
ソワソワと落ち着かない様子で直也が戻るのを待つ健悟。
時刻は既に暗くなり、夜空には無数の星が輝いている。
これ以上帰りが遅くなれば……いや、もう確実に、帰ればお説教タイム確定だ。
「おせーな~……何やってんだよ、直也ぁ……」
直也が旧校舎内に侵入してから随分経つが、いまだに戻ってくる気配がない。
「ま、まさか、中で何かあったんじゃ……」
心配になった健悟は裏口から離れて、旧校舎内を覗き込める窓際に移動する。
恐る恐る埃が溜まった窓を覗き込むが、そこにはなんの変哲もない空き教室が広がるだけで、直也の姿は確認できない。
「……やっぱ、上の階とかに行っちまったんかなぁ……」
そう呟き、諦めて窓の傍を離れようとした、その時。
ふと健悟は、窓の端の角の一部が欠けているのを見つける。
「あ、割れてる」
最初に校舎の周りを回って見た時には気付かなかった。
けれど、古い建物だしこういうこともあるだろうと思い、健悟はさっさとその場を離れようと背を向ける。
しかし、背を向けた瞬間、健悟は何か妙な気配を感じて後ろを振り向く。
健悟は見てしまった。
窓にびっしりと張り付き、割れた角の隙間からこちらに向かって伸びてくる黒い『ナニカ』を。
「ひ、ひぃいっ!?」
健悟は驚いて尻餅をつき、迫る黒いナニカから身を守ろうと右腕で顔を覆い隠す。
「健悟!」
その時、離れたところから自分を呼ぶ声が聞こえた。
健悟が声のした方を見ると、そこに居たのは月男と白鳥だった。
月男の両手には、直也が取ってくるように指示した『秘密兵器』が抱えられている。
「つつ、月男!!これ……これ!!」
健悟はアワアワと自身に迫るナニカを指差す。
……が、そこには何もない。
「……あ、あれ?」
窓にびっしりと張り付き、角の隙間から健悟に迫っていたはずのソレは跡形もなく消え、あるのは埃の積もった窓だけだった。
「大丈夫、健悟?」
「どうしたんだ、お前……?」
駆け寄ってきた月男と白鳥が、健悟を引っ張り起こす。
「い、今確かに、変な黒いの………髪の毛みたいなのが……」
呆気にとられたようにそう呟く健悟。
「なんだそれ?こっちからは何も見えなかったぞ?」
不思議そうにそう告げる白鳥に、健悟は「そんなはずは……」と続けて呟く。
「……っていうか白鳥さん、結局来たんすね」
「あ、ああ。この時間なら、教師や風紀委員の目がないタイミングだしな。…………それに……」
白鳥は月男の持っている物を見る。その顔は、今の健悟よりも更に呆気にとられた顔をしている。
「……そんなものまで持ち込もうとしているのを見たら、流石に居ても立ってもいられなくてな。……どこで手に入れたんだ、それ?」
白鳥は思わず『それ』を持つ月男に訊ねるが、月男は先程健悟が口にした『髪の毛みたいなの』という言葉が気になっていた。
「……ねぇ健悟。本当に髪の毛みたいなものを見たの?」
「あ、ああ。そのはずなんだけど……」
月男に訊ねられ、健悟はしどろもどろになりながらも答える。
「…………そっか」
そう言うと月男は、いつもの無表情のままテクテクと窓の前まで歩き───。
両手に持ったソレで、その窓を思い切り叩き割った。
「「っっ!!??」」
健悟と白鳥は、突然の月男のアクションに目を剥いて驚く。
「ちょっっおまっっっ馬鹿っ!!」
「何やってんだお前!?誰かに見つかったら……!!」
焦る二人の声には耳も貸さずに、月男は割れた窓の向こうへ持っているソレを放り込んだ。
「たぶんこれで大丈夫。僕たちが直接行っても足手まといにしかならないだろうし、後は直也を信じて待とう」
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空き教室で、直也はソレ……『髪鬼』と対峙する。
「……まさか藪をつついたら、鬼も蛇もセットでお出ましとはな。とんだボスラッシュだぜ」
軽口を叩く直也の頬を、一筋の汗が伝う。
髪鬼の後ろには、長く禍々しい黒髪で身体中を縛られた鶫屋が、その長い髪で持ち上げられるように宙に浮いていた。
『───きヒっ───キヒひ────きヒひヒひヒヒ!!』
気味の悪い声で笑う髪鬼。
直也は拳を構えながら、ちらりと背後の床にある物を見る。
「……いいぜ、来いよ。ブッ飛ばしてやる!」
直也がそう告げた刹那、髪鬼が直也の両サイドに髪を伸ばす。
左右から襲い掛かる髪を、直也は後ろへ側転して躱すと同時に、側転しながら先程倒した男が落としたナイフを拾い上げる。
ナイフを手にした直也は、すかさず髪鬼に向かって走る。
正面を阻む長い髪を転がって潜り抜け、更に正面から伸びる髪を正面へ走りながらやや左に逸れて、紙一重で避ける。
髪鬼が直也の間合いに入る。
直也は手にしたナイフを振り上げる。
この時直也が狙ったのは、髪鬼本体ではなくその後ろの鶫屋を縛り付けている髪の根元であった。
直也の振り下ろしたナイフが、髪の根元を捉える。
その瞬間。
(ッ!?)
髪ではなく、切った方のナイフが根元から真っ二つに折れた。
(硬すぎだろ、こいつの髪……!!)
直也は折れたナイフの柄を捨て、振り向き様に髪鬼に後ろ回し蹴りを叩きつける。
普通の人間を蹴った時とは違う、ぐにゃりとした嫌な感触が足の裏を伝う。
(よっしゃ、クリーンヒット……ッ!?)
直也の蹴りを喰らった髪鬼はしかし、全く怯んでいない。
良く見れば僅かに体勢が傾いているように見えるが、髪鬼は蹴りを喰らってなお、元の位置から一歩たりとも動いていなかった。
髪鬼は首だけ動かし、ゆっくりと直也の方を向く。
深い怒り皺の刻まれた信じられないほどに青白い顔。
その顔の目元や口元からも、漆黒の長い髪が溢れている。
髪鬼の右手が、直也の蹴り足を掴む。
「ヤベ───」
言い終わる前に、髪鬼は直也の体を教室の外の廊下へ投げつけた。
「カハッッ!?」
背中から廊下の壁に叩きつけられ、直也の肺から一気に酸素が奪われる。
「クソ……が………ッ!?」
倒れた状態から顔だけ上げた直也の目に飛び込んできたもの。
それは、先程とは様変わりした廊下の光景だった。
髪───。
髪鬼の黒い髪が、まるで蜘蛛の巣のように廊下のあちらこちらを覆っている。
「マジかよ……!!」
いったいいつの間に……。しかし、そんなことを考える間もなく、髪鬼の髪が直也にゆっくりと迫る。
(クソッ………早く………立たねぇと……)
こちらに迫る髪に気づいた直也は、四肢に力を込めて立ち上がろうとする。
しかし、急激に酸素を吐き出して酸欠状態になった体に加え、壁に叩きつけられた時に頭も打っていたため、中々立ち上がる事が出来ない。
髪鬼の髪は教室から廊下へ出て、もう直也のすぐ目の前まで迫っていた。
「ク………ソ……!!」
髪鬼の髪が直也を捕まえようとした、その時───。
「た、田村ぁ!!」
不意に聞こえた自分を呼ぶ声に、直也は顔を上げる。
「鴇島!?」
そこにいたのは今まで姿の見えなかった不良コンビの片割れ、鴇島であった。
「おめぇ………無事だったか」
「つ、鶫っちと駄弁ってたら、急に化け物が……旧校舎からも出れねぇし、逃げてる途中で鶫っちとはぐれて………オレ……!!」
鶫屋とはぐれてから今まで、独りで不安だったのだろう。鴇島は今にも泣き出しそうだ。
直也が一瞬安堵しかけたその時、直也に迫っていたはずの髪鬼の髪が進行方向を変え、鴇島に迫っていく。
「ッ!!鴇島、逃げろ!!」
「っっ!?ひぃい!?」
直也の声で自分に迫ってくる髪に気づき、鴇島は慌てて逃げ出そうとする。
しかし、走って逃げようとしたところで鴇島は廊下に張り巡らされた無数の長い髪の毛に足を取られ、転んでしまう。
「あ、あぁあ……!!」
すぐに立ち上がろうにも、腰が抜けて立てない鴇島の足に、黒髪が絡み付く。
なんとか逃れようともがく鴇島だが、もがけばもがく程、髪は足に絡み付き、鴇島を飲み込んでいく。
ようやくダメージが回復し直也は立ち上がるが、時既に遅く、鴇島は髪鬼の黒い髪に完全に飲まれてしまっていた。
「クソッ、どうする……!!」
このままでは、鴇島も鶫屋も殺される。
せめて、あの髪が切れれば……。
そう思った時だった。
ガシャン、と。
直也の耳に僅かに届く、何かが割れる音。
「……!!」
その音を聴いた直後、直也は直感し、そして走り出す。
廊下に張り巡らされた無数の黒髪を、ジャンプで飛び越えスライディングで潜り、階段を一跳びで踊り場まで下りる。
あの音は一階の、おそらくは先程まで直也がいた場所のすぐ真下辺りの位置から響いていた。
直也が直感した音の正体。
月男に取りに行かせた"秘密兵器"が、ようやく届いたのだ。
一階までおりると、直也はすぐに音のした教室を探す。
一階の廊下にも、髪鬼の長い黒髪が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。いったいいつの間にここまで侵食していたのか……。
張り巡らされる髪に触れないよう注意しながら、直也は音のした教室を探り当て、扉を開ける。
「ビンゴ!!」
教室の扉を開けた瞬間、直也の直感は確信に変わる。
教室の隅の、長い黒髪で覆われた窓の手前。
それは確かにあった。
直也は教室に入り、おそらくは月男が投げ入れたであろう"ソレ"を拾い上げる。
「グッドタイミングだぜ、月男……!」
それは細く長く、緩やかに反り返り、黒く漆を塗られ金具の装飾が施された朴木の外郭に覆い隠された、一本の刃物。
それは紛れもなく、『日本刀』であった。
名は『大通連』。去年の秋に、直也がある女性から託された物だ。
鞘と柄を結び付ける太刀緒をほどき、直也は再び廊下に出る。
「どれ……一丁試してみるか!」
廊下に張り巡らされる髪を見て、直也はものは試しとばかりに刀を抜く。
黒い鞘からその美しい刀身が露になった瞬間、自身の気合いが刀を持つ手から剣先に伝わっていくような、不思議な感覚を直也は覚える。
直也は大通連をゆっくりと上段に構え、そして───。
「ゼェエリャアアア!!」
一気に髪鬼の張り巡らした黒い髪に振り下ろした。
大通連の刃が黒い髪を捉えたその刹那、凶悪犯が持っていたナイフでは傷ひとつつけられなかった髪鬼の髪が、真っ二つに切断される。
すると、今まで廊下の右端から左端までピンと張っていた黒い髪の束は、力無く地面に散らばり、急激に縮んだ後雪が溶けるかのように消えてなくなった。
「おし、効果テキメン!」
大通連の効果を確認した直也は、まだまだ廊下に髪鬼の髪が張り巡らされているにも関わらず、直ぐ様刀を鞘に納める。
この大通連は、抜刀したままずっと持っていると疲れがどんどんと溜まっていくのだ。
刀のような重みのある物を小学生が振り回せば当然、と思われるかもしれないが、それだけではない。
大通連を持っていると、人間の持つ根源的な力……言い方を変えれば、『気力』のようなものが、刀に奪われていくような感覚を覚えるのだ。
この刀をくれた女性曰く、「子供だから刀の持つ『ツウリキ』を上手く扱えていないだけ」とのこと。
直也はその女性の言った『ツウリキ』というものについてはよく分からないが、この刀もただの太刀とは違うし(そもそもこれ以外で生の刀を見たことはないが)そういうものなのだろうと、なんとなくだが納得していた。
とにもかくにも、この刀はあまりむやみやたらに振り回さない方がいい。
ここぞという、必要なタイミングでのみ使うのだ。
あちらこちらに張り巡らされる黒い髪を避けながら、廊下を駆け抜け階段を駆け上がる直也。
一気に駆け上がり、二階と三階の踊り場まで来た直也が三階を見上げると、階段の上では髪鬼が先程と変わらぬ狂気を孕んだ相貌でこちらを見下ろしている。
直也は大通連の柄に手をかけつつ、小さく舌打ちをする。
こちらは階段下で、相手は階段上。地の利は向こうにある。
髪鬼が長い髪を二つに束ね、直也に伸ばす。
直也は大通連を抜き、伸びてきた二つの髪の束を斬りつける。
髪の束がほどけ、髪鬼の黒い髪がはらはらと床に落ちる。
直也は二の矢、三の矢を打たれる前に、階段をダッシュで駆け上がる。
一方髪鬼は、自身が伸ばした髪を斬られたのを見た瞬間、凍ったように動かなくなる。
「オォオリャアア!!」
髪鬼の正面まで上ってきた直也は、髪鬼の脇腹を剣道の胴抜きの要領で斬り抜ける。
斬られた髪鬼は前のめりに倒れ込み、意図が切れたマリオネットのように力無く階段を転げ落ちていく。
そのまま下の踊り場で動かなくなった髪鬼を見て、直也は刀を納める。
「……正直もっと手こずるかと思ってたが、終わってみりゃあ呆気ねぇモンだな。……っと、こうしてる場合じゃねえ。鴇島と鶫屋を助けねぇと!」
直也は急いで二人のもとへ駆け寄った。
この時直也は、髪鬼にしっかりととどめをさしておくべきだったのかもしれない。
『………………カミ』
──九話へ続く──
直也之草子第八話、いかがでしたでしょうか?第八話にして、既に後書きで言う事がなくなってまいりましたので、早いところ登場人物紹介其の七に移ります。
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・白鳥廉
・誕生日:5月31日(15歳)
・身長:179cm ・体重74kg
・直也達の住む町の沿線上にある町の高校に通う不良生徒。鴇島と鶫屋の憧れで、素人の域は出ないものの、同年代の不良達の中では喧嘩もそこそこ強い。しかし同年代の不良からの人望があるわけでもなく、高校に上がってからはむしろ他校の生徒と喧嘩をする機会も減り、ただ意味もなく大人達に反抗するだけの鬱屈した日々を送っていた。ぶっきらぼうだが、自分を慕う鴇島と鶫屋のことは大切に思っている。