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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
九之譚 正月化カシ

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〜第六話 子狸の記憶〜

 ドーモ。九之譚第六話、始まります。時は遡り1年と少し前、小さな子狸達は親の目を盗んで探検に出るのだった……。

 今から1年と2ヶ月前の11月始め___。


 まだ人間に化けることもできない幼い手鞠と妹達は、親の目を盗んでこっそりと隣の山の中を姉妹で探検していた。


 通常の狸は生後6ヶ月にもなれば親元を離れるものだが、化け狸の成長は通常の狸よりも遅いため、彼女らはまだまだ親の庇護下で暮らしていた。


 隣の山を探検しようと言い出したのは、長女の手鞠だった。彼女と三女の伊鞠はとりわけわんぱくで、普段から彼女らの親狸はほとほと手を焼いていた。


 次女の小鞠はおとなしい性格であったが、気弱な性格故に姉と妹が探検へ行くと言えば、首を横には振れなかった。


 初めての親の目を盗んでの遠出に、最初こそ楽しげな様子の手鞠と伊鞠だったが、そんな楽しい雰囲気を台無しにする出来事は突然起こった。


 彼女達の前に突如、猪や熊よりも巨大な生き物が現れたのだ。


 その巨大な生き物は山の中の他とは違う平らな場所を通っていた時に突然後ろからやってきて、けたたましい鳴き声を上げて三匹を威嚇したのだ。


 この後、三匹はそれが人間の作ったトラックという乗り物で、三匹が歩いていたのは人間が作った国道という道であるという事実を、後になって知る。


 しかし三匹はそんな事実をまだ知りようもないので、突然現れた熊よりも大きな生き物に恐怖し、パニック状態になって国道の脇へと逃げ出した。


 この時手鞠だけ妹達とは反対方向に逃げ出してしまったため、手鞠は妹達とはぐれてしまったのだ。


 それどころか手鞠は、必死で逃げてきたため元来た道も判らず、山の中で完全に迷子になってしまった。


 初めて外の世界の恐ろしさを経験した手鞠は心細さにか細い鳴き声を上げながら山中を彷徨う。


 そのうちに日が照っていたはずの空まで暗く曇り出し、手鞠は親の目を盗んで不用意に外の世界へ出たことを完全に後悔していた。


 そんな時。


 近くの茂みの向こうから、生き物の気配を感じた手鞠。


 実際にいたのはただの野生の鹿であるが、ただでさえ妹達とはぐれて心細い上に、外の世界の恐ろしさに打ちのめされていた手鞠は、茂みの向こうにとてつもなく恐ろしい何かがいるという思い込みに駆られ、一目散に走り出す。


 しかし、走った先がまずかった。


 ギリギリまで木が繁っていて分からなかったが、手鞠が走り出した先は崖になっていて、それに気付いた手鞠は咄嗟に崖の淵スレスレのところで止まるも、足場が崩れて崖から落ちてしまったのだ。


 生まれて初めて死を覚悟した手鞠だったが、幸運にも落ちた先に小動物が一匹ギリギリ乗れる程度の出っ張りがあり、辛うじて大事には至らなかった。


 しかし、まだ助かったわけではない。崖を登る術を持たない手鞠は、ここから動くことができない。


 誰かに助けてもらいたい一心で、手鞠は崖の中腹で鳴き声を上げ続ける。


 やっぱり、ここで死んじゃうのかな?そんな考えが手鞠の頭に浮かんだ、その時___。




『___ほらな?やっぱりこっちから鳴き声聴こえるって』


 手鞠の耳に、崖下から何かの声が聴こえた。


 手鞠は落ちないよう、そっと崖下を覗き見る。


 そこにいたのは、手鞠が生まれて初めて目にする本物の人間の子供であった。


 人間の姿自体は、化け狸の父と母の変化を目にしたことがあるので知っているが、本物……それも子供の姿の人間は初めてなので、手鞠は思わず身構える。


 彼らは休日を利用して近所の山に紅葉狩りに来ていた、町の小学生達だった。


 紅葉狩りの最中にふと、甲高い動物の鳴き声に気付いてやってきたのだ。


『あっ!見てなおくん、あそこ!』


 片腕の無い人間の少女……柚澄原鹿乃子が、手鞠のいる崖の中腹辺りを指差す。


 知らない人間に見つかってしまい、手鞠は思わず身を隠す。


『ん?あそこにいるのか、かのこ?』


 鹿乃子の隣にいる少年、田村直也が訊ねる。


 鹿乃子が指差した方に目を向けるよりも早く手鞠が身を隠してしまったため、直也には見えなかったのだ。


『うん。一瞬だけど、確かに見えたよ』


『僕も見えたよ。小さかったから、たぶん子供の狸かなんかじゃないかな?きっと、足を踏み外して崖から落ちちゃったんだね』


 鹿乃子の言葉に同調するように、田中月男がそう告げる。


『けど、あんな場所にいるのをいったいどうやって助けりゃいいんだ?やっぱここは、誰か大人を呼ぶしか……』


 田口健悟がそう提案するが、その提案を直也は即座に却下する。


『この天気模様だと、もうすぐ雨が降るかもしれねぇ。そしたらあんな小せぇ足場、いつ崩れてもおかしくねぇ。悠長に助けなんざ待っちゃいられねえよ』


『!!そんな……!』


 直也の言葉を受け、鹿乃子の表情が曇る。


『ああぁ、ごめんなかのこ!不安にさせたかったわけじゃねぇんだ。……大丈夫だぜ、かのこ。あの狸は俺が、必ず助けるからよ』


 そう言うと直也は軽い準備運動をしたのち、剥き出しになった崖肌に手をかける。


『お、おまっ……登る気かよ!?この崖を!?』


 直也の意図を察した健悟が思わず声を上げる。


『え!?』


 驚いた鹿乃子が、慌てて直也を止めに入る。


『だ、ダメだよなおくん!危ないよ!!』


 今にも泣き出しそうな鹿乃子に、直也はニッと笑顔を見せながら言う。


『心配ねぇよ、かのこ。この程度のボルダリング、朝飯前だ!まぁ見てろって♪』


 そう告げて直也は、崖を登り始める。


 直也にとってロッククライミングはこれが初めてだが、直也は手足を掛けられそうなところを感覚で探り当てながら、着実に崖を登っていく。


 途中何度か足を踏み外しそうになったり、手を掛けた場所が脆く崩れてしまったりと、危ない場面が多々あった。


 崖の高さは15メートル程あり、万が一落ちたら最後、まず無事では済まない。


 鹿乃子達は見ていて、生きた心地がしなかった。


『……フゥ。結構()()モンだな』


 額に汗を浮かべながら呟く直也。


 普通に考えて、素人の……それも10歳の小学生が命綱も無しにクライミングをやるなど、正気の沙汰ではない。


 それを可能にしているのは、直也の持つ天性の運動能力と無尽蔵の体力、そして度胸だった。


 特に、鹿乃子の見ている前で無様な姿は見せられない。


 そうした思いが、直也の原動力になっていた。


 そうして直也はついに、手鞠のいる崖の出っ張りまで辿り着いた。


『よう。無事かい?』


 直也は目の前の子狸(てまり)にそう問いかける。


 一方の手鞠は、目の前の見ず知らずの人間にすっかり怯えてしまっている。


『なんだ、怯えてんのかい?』


 そう言うと直也は、右手で崖肌の凹凸を掴んだまま、左手を手鞠に伸ばす。


 手鞠はビクリと体を震わせ、目を瞑る。


 次に手鞠が感じたのは、自身の頭から背中にかけてを優しく撫でる、温かい手の温度だった。


『安心しろよ。俺が必ず助けてやるから、な?』


 目の前の人間の優しい声色と背中に感じる手の温度に、手鞠は自身の抱いていた恐怖が薄らいでいくのを感じた。


『ほら。ここに入りな』


 直也は斜め掛けしていたウエストバッグのジッパーを開き、その中に手鞠を誘う。


 手鞠はクンクンと鼻先で匂いを嗅いだのち、ウエストバッグの中に入っていく。


 小さい手鞠の体が、良い具合にウエストバッグにスッポリと納まる。


『おし、行くか。しっかり掴まってろよ?』


 そう言って直也は、再び崖を登りだす。


 クライミングロープが無い今のような状況の場合、崖を伝って降りるよりもいっそ登りきってしまう方が安全なのだ。


 こうしてなんとか崖を登りきり、手鞠を救出した直也。


 直也は崖から少し離れた場所まで歩き、ウエストバッグから手鞠を出す。


『もう大丈夫だ。どこも怪我はしてねえかい?』


 一頻り観察して怪我が無いことを確認すると、直也は手鞠を地面に降ろす。


『どうやら大した怪我はねぇみてぇだな?次からは落ちねぇように気を付けろよ?』


 手鞠の頭を撫でながら、直也はニッと笑った。


 その笑顔を見た手鞠は、自分の中から先程までの恐怖が消え去り、温かな気持ちに包まれていることに気が付いた。


 これが手鞠と直也の出会いであり、手鞠の初恋の記憶であった___。









―――――――――――――――――――――――









 ___あれから1年と2ヶ月。


 手鞠と直也の再会の時は、突然訪れた。


 手鞠、小鞠、伊鞠の三匹は、一族三代に渡って続く大仕事を引き継ぐことになっていた。


 それは、()()()()という祓神の住まう神社に嫌がらせをすること。


 なんでも、三姉妹の祖父にあたる化け狸がこの神社の神と犬猿の仲だったらしく、毎年正月になると決まって神社に嫌がらせをしていたのだとか。


 それが孫である手鞠達の代まで受け継がれ、手鞠達三姉妹は今年神社へのいたずらデビューをすることとなったのだ。


 次女の小鞠を除いて長女と三女は父親に似ていたずら好きなので、その日が来るのを待ち望んですらいた。


 迎えた正月元旦。三姉妹は人間の姿に化けると、(小鞠を除いて)意気揚々と神社へと向かった。




 そこで手鞠は、その姿を見た。


 忘れもしない1年と2ヶ月前、自分を助けてくれた少年の姿を。


 手鞠は一瞬、自身の目的を忘れて直也に駆け寄りそうになるが、直後足を止める。


 あの少年が片腕の無い女の子と手を繋いでいる。


 鼻の下を伸ばしながら、とても嬉しそうに……。


 手鞠はショックを受けると共に、腹の底からムカムカとした感情がせり上がってくるのを感じた。


 あの子にもいたずらしてやる。手鞠はそう心に決めた。









―――――――――――――――――――――――








「姉ちゃん、開きそう?」


 三女の伊鞠が手鞠に訊ねる。


 三姉妹のいる本殿の扉には錠前がかけられていて、一見鍵を使わずに解錠するのは難しそうだ。


「ふふん、大丈夫。こんなこともあろうかと___」


 手毬は一枚の葉っぱを取り出すと、それを頭上に翳す。


 次の瞬間、手鞠の手元でボフン!と煙が立ち込め、煙が晴れると彼女の手元には漬物石くらいの大きさの特殊な道具が握られていた。


 大昔に洗濯物の皺を叩いて伸ばす目的で使われていた(きぬた)だ。


 手鞠は頭上に掲げた砧を勢い良く錠前に振り下ろす。


 しかし、力が弱いためか一撃ではまだ壊れない。


「ぐぬぬ……まだまだー!」


 そのまま二撃、三撃と繰り返し砧を振り下ろす。


 しばらくそれを繰り返すうち、やがて___。


 ポロッと、錠前を付けていた金属の金具が扉から外れて床に落ちる。


「ふふん!どんなものよ!」


 手鞠は額に少しだけ汗しながら、えっへんと胸を張る。


「姉ちゃんすげーー!」


 喜ぶ伊鞠に、手鞠は更に気を良くする。


 その時だった。


「……!お姉ちゃん、伊鞠ちゃん……誰か来る……隠れよ?」


 人の気配に敏感な小鞠が、二人にそう促す。


「ウソ!?まさか、あいつもう!?」


「姉ちゃん、早く隠れよ!」


 そう言って三人は、それぞれ思い思いの場所に身を隠した。




__第七話へ続く__

 九之譚第六話、いかがでしたでしょうか?ここからは登場人物紹介、其の四十三です。


――――――――――――――――――――――――


伊鞠(いまり)


・誕生日:5月1日(1歳と8ヶ月)


・身長:129cm ・体重29kg


・化け狸三姉妹の末っ子。姉妹の中で一番わんぱくで甘えん坊。罠を仕掛けるのが得意で、いつも自作した罠を小さい葉っぱに変えて持ち歩いている。人間を驚かせる際は決まってそれらを用い、自らの罠に人間が驚く様を楽しんでいる。

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