〜第五話 化け狸三姉妹〜
ドーモ。九之譚第五話、始まります。直也がいたずら狸の手鞠を追ってくる数分前。おりつもまた、直也が追う手鞠とは別のいたずら狸を目撃していた___。
数分前___。
授与所でおみくじや御守を売っていたおりつの視界に、それは突然現れた。
二の腕が開いた和装姿の、天然パーマの小さな女の子。
その頭と腰には狸のような耳と尻尾があり、おりつは確信する。
今年も来たか、と。
おりつが管理するこの神社には毎年、いたずら好きの化け狸がやってくるのだ。
彼らは毎年、神社のあちこちに落書きをしたり、お供え物の餅や穀物を食い荒らしたり、池の鯉を獲ったり……彼らのいたずらを一つ一つ列挙していけばキリがない。
(今年も来たなぁ〜?いたずら狸どもめ)
先程の化け狸と思われる少女に見覚えは無い。どうやら今年で狸達も代替わりしたようだ。
狸の少女はおりつの視線に気付く様子もなく、一直線に蔵のある方角へ向かっていく。
おりつは授与所の窓口に休止中の札を立て、席を立つ。
「あら、おりつさん。もう御守の販売は終わりかしら?」
毎年初詣に来てくれるおばあさんが、おりつに訊ねる。
「すぐに戻ります。今年も現れたんですよ、いたずら狸がね!」
そう言って授与所を出て蔵の方へと走るおりつ。
おそらくあの狸の少女は、蔵の中を荒らすつもりだろう。
(そうは問屋が卸さないんだから!)
おりつはお仕置き用の箒を片手に、蔵の引き戸の前に立つ。
実は正月を迎えるに当たって、おりつは引き戸の錠前をあらかじめ外しておいた。
狸達は毎年こちらがどんなに厳重に鍵を掛けても、いつもそれを壊して侵入してくる。
そこでおりつは、一計を案じた。
本殿や他の場所にはこれまで通り厳重に鍵を掛け、敢えて蔵の錠前だけ外すことで、狸達は真っ先に侵入が容易な蔵を狙ってくるだろう。そこを捕まえるのだ。
授与所の窓口からであれば、蔵へ近付く存在は確認しやすい。怪しい存在が近付けばすぐに動ける。
更に、蔵の正面の引き戸以外の出入り口になりそうな窓などは、あらかじめ塞いでおいた。つまり、逃げ道は無いのだ。
あの狸の少女はこちらに気付いている様子は無かった。おそらく今頃は、無警戒に蔵の中を荒らしているはずだ。
おりつが聞き耳を立てると、案の定蔵の中からはごそごそと物音が聴こえてくる。
(フフン、かかったわね!)
狸達には今まで散々煮え湯を飲まされてきたが、今年の狸は世代交代をしたために経験が浅いのだ。
現に、先程の少女も耳と尻尾を隠せていなかった。
(今年こそは、私の勝ちよ!)
おりつは箒を握る手に力を込め、意を決して引き戸を開いた。
「そこまでよ!いたずら狸達、観念しなさ___」
引き戸を開け、数歩踏み込んだ瞬間___。
おりつ足に、何かが引っ掛かる。
「は?」
おりつが間の抜けた声を上げた直後、足下のそれは彼女の足首に絡みつき、凄まじい勢いで彼女の身体を引っ張り上げる。
「っっ!?しま___」
罠だと気付いた時には時既に遅く、おりつの体は宙ぶらりんの状態にされていた。
逆さに吊り下がったおりつの眼前には、先程の天然パーマの少女が、ニヤリと笑みを浮かべている。
「あ、あんた……!!」
「……にゅふふ♪」
次の瞬間、ボフン!と少女の体が煙に包まれる。
おりつの視界も煙に覆われ、前が見えなくなる。
「けほっけほっ!いったい何___!?」
まずはじめに、体に重い何かがしがみつくような感覚。
その何かが吊り下がったおりつの体を這い回り、次第におりつの身体は全体が縄で締め上げられるような圧迫感を覚えていく。
一頻り何かが身体を這い回った後、最後に口を布のような物で塞がれる。
「ムグゥッ___!!?」
煙が晴れた時、そこには宙に吊り下がった状態で身体を縄で雁字搦めにされたおりつの姿があった。
それも、たた無造作に縄を巻かれたわけではなく、所謂亀甲縛りの状態で天井から吊り下げられていた。
「ム、ムゥーーー!?」(な、なによこれーーー!?)
必死にもがくおりつだが、もがけばもがく程に縄はおりつ身体に食い込んでいく。
「あはは!引っ掛かったーー!!」
ふと、無邪気に喜ぶ声が聞こえおりつがそちらに視線を向けると、そこには一匹の狸がいた。
次の瞬間、狸の周りに再びボフン!と煙が立ち込め、中から先程の少女が姿を現す。
「ムーーー!!ムゥーーー!!」(こらーーー!!解きなさーーーい!!)
おりつは懸命に声を上げようとするが、口元が布で塞がれているため、全く声が出せない。
「姉ちゃんたちにほめてもらおーっと♪」
そうこうしている内に、狸の少女は踵を返しおりつを放って蔵の外に出て行ってしまった。
「ム、ムゥッ!?」(う、ウソでしょ!?)
この後おりつは、10分近くこのままの状態で放置されるのであった。
―――――――――――――――――――――――
健悟と別れ、蔵の前までやってきた月男と幸子。
「たぬきさん、いるかなぁ?」
「どうだろうね?とりま中の様子見てみるから、さっちゃんはここで待ってて」
月男は幸子にそう告げ、蔵の引き戸の前に立つ。
鍵がかかっていないことを確認すると、月男はおもむろに引き戸を開け、中を覗き込んだ。
「もしもーし」
「ムゥーー!ムゥゥーーー!!」
蔵の中では、亀甲縛りの状態で天井から縄で吊り下げられたおりつが、身じろぎをしていた。
「ムグ!?ムゥゥ、ムーー!!」(月男くん!?良いところに!!助けて!!)
おりつは月男の存在に気付くと、何かを訴えるように身を捩らせる。
「………」
その様子を見て何かを察した月男は一言。
「ごゆっくり」
そう言って、そっと戸を閉めた。
「中に誰かいたー?」
幸子が月男に訊ねる。
「……中でいかがわしいことが行われている。そっとしといてあげようね」
そう言って蔵を離れようとする月男。
一方のおりつ。
「ムグゥッ!?ムゥーー!?」(はぁあ!?ちょっと!?)
何を思ったか月男は縛られた自分を助けるでもなく、まるで見てはいけないものを見たかのように戸を閉めてしまった。
焦ったおりつが必死にもがくと、口元を塞いでいた布が緩み、どうにか声を上げられるようになった。
「こらーーー!!助けなさーーーい!!」
___こうして、なんとか無事拘束を解かれたおりつ。
縄を解いた月男は、「なーんだ」と拍子抜けしたように呟く。
「僕はてっきり、欲求不満のあまり神社でそういう背徳的プレイを嗜んでいるのかと……」
「んなわけあるか!!」
大声で怒鳴りつけるおりつ。あまりの不名誉な勘違いに思わず頭を引っ叩いてやりたくなるが、曲がりなりにも助けられた手前本気で怒るわけにもいかないので、我慢する。
「それで、たぬきさんには逃げられちゃったの?」
幸子の言葉に、おりつはばつが悪そうに頷く。
「ええ。まさか、あんな短時間で罠を仕掛けられるなんて……子狸だと思って、油断したわ」
苦々しそうな様子のおりつ。余程悔しいようだ。
「姐さん姐さん。不愉快な思いしてるところ大変言いにくいんだけど、これから直也が神社でめちゃくちゃ暴れるやもしれんのね?直也もさっき狸の女の子にゆずみんに成りすまされた挙げ句犬のウンチ踏まされて、死ぬほど頭に血が昇ってるから……」
月男の言葉を聞き、おりつは慌てる。
「ちょっと、直也くんまで騙されたの?というか暴れるかもしれないって、まさか神社の設備を壊したりしないわよね!?」
「保証はできない」
キッパリと言い切った月男。おりつは頭を抱える。
「まったくもう……とにかく、急いであのいたずら狸と直也くんを探さないと!これ以上神社にいたずらされたり、壊されたりしたら堪ったもんじゃないわ!」
こうして、おりつと合流した月男と幸子は狸と直也を探すため、更に境内の奥へと進むのであった。
時を同じくして、拝殿の裏手。
健悟は拝殿から幣殿へと繋がる渡り廊下の柱に縄で繋がれた直也を発見していた。
「おーい直也。よかった、すぐに見つかって……まだ神社を壊したりしてないよな?」
健悟のその言葉に、直也は今にも噛みつかんばかりの勢いで苛立たしげに返す。
「ちっとも良くねぇよ!!おい健悟、この縄ぁ解くの手伝え!固結びされてて解きにくいんだ!」
直也を拘束しているのは少し太めの麻縄で、それが腰に巻き付いて固結びされている。
拘束自体はそこまで複雑なものでもないが、結び目が背後にあって後ろ手に解かなければならないため、確かに一人で解くにはやや手こずりそうだ。
「あ〜、ちょっち待って。こういう固結びは、結び目にピンか何かを差し込むといいんだけど……」
健悟は少し思案する。
残念なことに、手元には丁度良い安全ピンのような物は無い。
代わりになる物……たとえば、先程茶屋で食べていた団子の串などがあれば代用できるのだが、当然ながらそんな物わざわざ持ってきているはずもなく。
そこで健悟が思いついた方法は、靴紐を利用することだった。
靴紐を解いて一旦靴から外し、紐の硬い先端部分を、麻縄の結び目に差し込むのだ。
早速健悟がその方法を試すと、麻縄の結び目はあっさりと解けた。
「あの畜生狸が……生皮剥いでたぬき汁にしちゃる!!」
拘束を解かれて早々物騒なことを言う直也を、健悟は靴紐を元に戻しながら宥める。
「お前さぁ……ちょっと冷静になれよ?相手は子供だろ?」
「ガキだろうがなんだろうが、愛しのかのこになりすましたのは許せねぇ!!健悟、お前も探せ!!あいつらは本殿の方に向かったはずだ!」
そう告げて走り出す直也。
健悟は慌てて後を追いかけた。
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「姉ちゃーーん!!」
本殿の前でぶんぶんと両手を振る、天然パーマの狸の少女。
そこへ、直也に一杯食わせたばかりの手鞠と小鞠がやってくる。
「伊鞠!どうだった?」
手鞠は末の妹、伊鞠に首尾を訊ねる。
「ばっちり!せおりつひめに一泡吹かせてきたよ!」
そう言って両手でピースサインを作る伊鞠。
「伊鞠ちゃん、すごい……!」
パチパチと拍手をする小鞠。
「姉ちゃんたちのほうはどうだった?」
伊鞠に訊ねられ、手鞠は得意げに言う。
「ふふん、ちょっと危なかったけど、しっかり化かしてやったわ!」
「さっすが姉ちゃん!でも……」
そう言うと、伊鞠は不思議そうに首を傾げる。
「姉ちゃん、あの兄ちゃんのこと好きなんでしょ?なんでいじわるすんの??」
「っっっ!!?な、なな、なぁっ!!?」
妹の発言に、顔を真っ赤にする手鞠。
「す、すすす、好きじゃないし!!」
「?そうなの??」
「……でも………手鞠お姉ちゃん、顔真っ赤……」
小鞠に指摘され、手鞠は慌てて顔を背ける。
「と、とにかく!!次は本殿に落書きしてから、帰り際に池の鯉を持てるだけ持っていく!それでわたしたちのでびゅー戦は終わり!」
妹達にそう告げると、手鞠は本殿の扉の前へ歩いた。
__第六話へ続く__
九之譚第五話、いかがでしたでしょうか?実は今現在、なろうチアーズプログラムの「連載投稿チャレンジ」というものにチャレンジしていて、直也之草子の毎週投稿に挑戦しています。……というか、週一投稿ができるならはじめからそうしろって話ですよね。すみません……
それはそうと今回も登場人物紹介です。今回は其の四十二になります。
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・小鞠
・誕生日:5月1日(1歳と8ヶ月)
・身長:131cm(人型時) ・体重:30kg(人型時)
・化け狸三姉妹の次女。物静かで引っ込み思案な性格。自己主張が苦手でいつも長女の手鞠の後ろについて回っている。化け狸の一族にしては珍しく、人を化かしたりいたずらをすること自体はあまり好きではない。ただ、姉や妹が喜ぶ姿を見るのが嬉しくて人を化かしている。




