〜第一話 本家の末席〜
ドーモ、政岡三郎です。九之譚第一話、始まります。
クリスマスも過ぎた十二月後半、田村家に一本の電話が掛かる___。
十二月二十八日。
田村家に一本の電話が掛かってきた。
「お袋〜〜、電話〜〜」
廊下から鳴り響く固定電話の着信音を聞き、直也が母の珠稀を呼ぶ。
「……自分が出るって考えはないのかね、この子は……」
家計簿をつける手を止め、ため息をつく珠稀。
「俺は読書で忙しいからよ。任せるわ」
そう言いながら直也は、ソファーに寝そべって漫画を読み耽る。
「なぁにが読書じゃたわけ!ったく……」
珠稀はローテーブルの前から立ち上がり、廊下へと向かう。
「はい、田村です。……あら奏絵さん、久しぶり!元気?」
受話器に向かって喋る珠稀の口にした奏絵という名前に、直也は漫画から目を逸らしチラと廊下を見る。
「うん………うん……あ〜、そうなんだ。いや、全然全然!祝斗くんなら大歓迎!ウチの子も喜ぶよ!オッケー、大晦日からね。はーい」
受話器を置いた珠稀は、リビングに戻るなり直也に告げる。
「ナオ。大晦日、祝斗くんが来るぞ」
「おお、マジか!」
珠稀の口から祝斗という名前が出た途端、直也はソファーから体を起こして漫画を置きながら珠稀に向き直る。
「用事があって、大晦日から6日間だけこっちで預かってほしいんだってさ。良かったな、ナオ」
祝斗こと坂上祝斗は、田村家の親類筋である坂上家の、四男夫婦の子供だ。年齢は直也よりも一つ年上の12歳。
坂上家は直也の父親で珠稀の夫である田村燈也の失踪に関わっている可能性があるため、珠稀は坂上家のことを毛嫌いしていた。
しかし珠稀は、坂上家の四男夫婦だけは唯一血の通った価値観を持った人達だと認めていた。
四男夫婦は坂上家の中では末席にあたり、特別な招集がかかった時以外では、ほとんど本家と関わることはなかった。
それなのに彼らは、燈也が失踪した際は田村家の軒先で土下座し、涙を流しながら謝罪してくれた。
珠稀からの言及を金で逃れようとして、あまつさえお悔やみの一言すら無かったその他の坂上家の人間とは雲泥の差だ。
その後も四男夫婦は、ちょくちょく珠稀と直也のことを気に掛けてくれていたのだ。
「ちょうど1年前辺りか、最後に祝斗と会ったのは」
懐かしむように言う直也。
珠稀は仕事の関係で、月に一度だけ日帰りで東京にある会社に顔を出す。(普段は自宅からリモートワークである)
しかし、年に12回程度の出社で一度か二度、日帰りのできない時がある。
そんな時珠稀は大抵、直也を関東まで一緒に連れて行き、神奈川にある四男夫婦の家に預けるのだ。
直也と祝斗は歳が近いこともあって、すぐに仲良くなった。
祝斗は両親に似て優しく面倒見の良い性格で、直也の宿題を見て答えの解き方を教えてくれたり、格闘技が好きな直也の話題にも快く耳を傾けてくれた。
そんな祝斗が大晦日にやって来るのだから、歓迎の準備をしなければならない。
「よっしゃ!そんじゃあ一丁、あいつに俺特製の手打ち年越し蕎麦を振る舞ってやるか!お袋、明日蕎麦粉買いに行こうぜ」
気合の入った直也に対して、珠稀は呆れ顔で吐き捨てるように言う。
「お前、手打ち蕎麦作る気かぁ?やめとけやめとけ。どうせ失敗するだけなんだから」
「んだとぉ、言ったな!?目ン玉飛び出るくらいうめぇ蕎麦作ってやるから、覚悟しときやがれ!」
こうして直也は、大晦日に祝斗に手打ち蕎麦を振る舞うことになった。
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___大晦日当日。
正午近くの駅の改札口から、和服姿の女性と眼鏡を掛けた少年が姿を現す。
「祝斗!」
迎えに来た直也が、少年のもとへ駆け寄る。
「久しぶり、直也。会いたかったよ」
「おう!」
直也と少年……坂上祝斗は互いに挨拶を交わし、再会の抱擁をする。
「遠いところ良く来たねぇ〜祝斗くん。疲れたでしょ?」
少し遅れてやって来た珠稀が、祝斗の労をねぎらう。
「お久しぶりです、田村さん。この度はお世話になります」
祝斗が珠稀に頭を下げる。
「お久しぶり、珠稀さん。突然こんなお願いをしちゃって、ごめんなさいね……」
祝斗の母の奏絵がそう言うと、珠稀は笑いながら手を横に振る。
「いいのいいの!奏絵さんのお願いなら、大歓迎だから」
「本当にありがとうございます。直也くんも、祝斗のこと宜しくね?」
「ウッス!りょーかいッス!」
そう言ってニカッと笑う直也に、奏絵は柔らかく微笑み返す。
「それじゃあ祝斗、お母さんはもう行くから、珠稀さんのご迷惑にならないようにね?」
「はい、分かりました。母さん」
母子の間柄でありながら、少し堅苦しい様子で母にそう答える祝斗。
「あれ?奏絵さん、もう行っちまうのか?せっかく来たんだし、もうちょいゆっくりしてけば?」
直也が首を傾げると、奏絵の代わりに珠稀が答える。
「奏絵さんも色々と忙しいんだよ。それじゃあ奏絵さん、祝斗くんは任せて!」
「本当にありがとうございます、珠稀さん。それでは、6日後にまた迎えに上がりますので……」
そう言って奏絵は、再び駅のホームへと戻っていった。
「やっぱ大晦日は忙しいんだな、奏絵さんも……。そんじゃあ祝斗、行こうぜ」
「ああ。よろしく、直也」
祝斗を車まで案内する直也。
三人は車に乗り込み、エンジンを掛ける珠稀に祝斗が言う。
「改めてすみません、大晦日のお忙しい時期に……」
「気にしないで。大掃除はもう済ませたから。それより祝斗くん、もうお昼は食べた?」
「いいえ、昼食はまだ……」
祝斗が答えると、直也は両手を頭の後ろで組みながら言う。
「んじゃ、まずは腹ごしらえにファミレスでも行こうぜ?その後はゲーム三昧だ。ちなみに夜は、俺が特製の手打ち年越し蕎麦を振る舞ってやるから、期待しとけよ?」
そう言ってニカッと笑う直也。
「直也が手打ち蕎麦を……それは楽しみだな」
直也に微笑み返す祝斗。
「あんまり期待しないほうがいいよ〜?どうせ上手く行かないだろうし、ちゃんと普通の乾麺も買ってあるから安心してね」
ケタケタと笑いながら、直也を茶化すように告げる珠稀。
「言ってろクソババア!この道三十年の蕎麦職人もアッと驚く出来の蕎麦打ってやるから、精々吠え面かく準備でもしてな!」
珠稀を威嚇するように唸る直也。
「……プッ、あはは!」
そのやり取りを見ていた祝斗は、思わず吹き出した。
―――――――――――――――――――――――――――――
その夜___。
「ほぉ〜ら、言わんこっちゃない」
「ぐぅぅ〜〜!!」
案の定直也が打った蕎麦はひび割れて上手く纏まらず、一本一本が短く喉越しも悪いものになってしまっていた。
「な……何故だ………動画サイトでこの道三十年の蕎麦打ち職人の動画をしこたま見たってのに……!?」
「見ただけで素人が誰でも真似できるようになったら、誰も苦労しねえわ」
至極真っ当な珠稀の指摘に、直也はぐうの音も出ない。
「す、済まねえ、祝斗……今回はやっぱ、乾麺で……」
バツが悪そうに告げる直也に、祝斗は首を横に振る。
「ううん、俺は直也が打ってくれた蕎麦をいただくよ。せっかく直也が作ってくれたものだからね」
祝斗のその言葉に、直也は思わず胸がジーンと熱くなる。
「の……祝斗ぉ……やっぱおめぇはいいヤツだなぁ……!!」
「ごめんねぇ、祝斗くん。気を遣わせちゃって……」
三人はダイニングテーブルに座り、直也お手製の失敗蕎麦を食べる。
「詫びってわけじゃねえけどよ?今日のチャンネル決定権はお前に譲るぜ、祝斗。なんか見てぇ番組あるかい?」
蕎麦を啜る合間に、直也はリモコンでテレビをつけながら祝斗に訊ねる。
「見たい番組……って言っても、俺あまりテレビについては詳しくないんだ」
「あ〜、最近見ないって子多いもんね。特にここ数年は、面白い年末特番とかもあんまりないし」
珠稀の言葉に、直也も「確かに」と相槌を打つ。
「日ノ本TVの名物企画もなくなっちまったしな?年末歌合戦も、特にめぼしいアーティストも出てねえし……おし。ならスカバーで国内総合格闘技の年末興行でも観るか!」
そう言うと直也は、テレビ画面を地上波放送から有料の衛星放送へと切り替える。
「正直俺はUSF専門で国内の格闘技はあんまし観ねぇんだが、たまにはいいよな。あ~そうだ。なぁ祝斗。明日は俺の天使とその他数人で初詣行くんだけどよ?もちろんお前も来るだろ?」
直也の問いに、祝斗は頬を掻きながら言う。
「えっと……でも俺、直也の友達とは初対面だし、お邪魔しちゃってもいいのかな……?」
「ったりめぇだろ〜?むしろ俺も、お前のことマイハニーに紹介してぇからよ!」
そう言って笑う直也。
「そのマイハニーっていうのは、いつも直也が話している鹿乃子さんのことかい?」
祝斗の質問に、直也は年越し蕎麦のつゆを飲み干したのち、頷く。
「おうよ!前々から、お前には紹介してぇと思ってたんだ!宇宙一カワイイ天使だからな。惚れるまでは許す!告白したら殺すけど」
「き、気を付けるよ……」
ほんの一瞬だけマジのトーンになった直也に、祝斗は苦笑いで返す。
「明日はカワイイかのこの振袖姿が拝めるんだ……でへへ、楽しみで仕方ねぇぜ……♡」
口元から涎を垂らしながら、振袖姿の鹿乃子を妄想する直也。
「やめんか!祝斗くんの前で、恥ずかしい!」
珠稀が直也の頭を引っ叩く。
「あはは……前々から聞いてたけど、直也は本当に鹿乃子さんが好きなんだね」
「うん♡いっぱいちゅき♡♡」
未だにだらしのない顔をしながら答える直也。
「俺も、直也が好きな鹿乃子さんがどんな人なのか、今から会うのが楽しみだよ」
祝斗が不用意にそう言うと、直也は瞳を輝かせながら食い気味に話す。
「めちゃくちゃカワイイぜ!その上聖母のように優しくて……かのこの前ではどんなアイドルやハリウッド女優も、大根かじゃがいもにしか見えねえぜ♪」
「へぇ……そんなに素敵な子なんだ?」
「おうよ!!祝斗、おめぇもかのこに会ったら、あまりのかわいさに腰抜かして言葉を失うぜ?だからまぁ、かのこに惚れちまうのは仕方ねぇ。そればかりは寛大な心で許してやるよ。告白したら殺すけど」
「うん、それさっき聞いた……」
直也のあまりの惚気具合に、祝斗は苦笑いを浮かべ、珠稀はやれやれとため息をつくのであった。
__第二話へ続く__
九之譚第一話、いかがでしたでしょうか?
作者の活動報告の方でも既に申し上げているのですが、この度私政岡三郎は小説の投稿スタイルを変更しました。
今までは一つの章が仕上がる毎に、その数話を連日投稿するスタイルでしたが、これからは一話仕上がる毎に不定期で一話ずつ投稿していきます。
理由は活動報告の方でも書きましたが、投稿の間を長期間空けてしまわないようにするためです。
長期間空けてしまうと、モチベーションの低下に繋がってしまうので……。
単話不定期更新なので読者の方にはもどかしい思いをさせてしまうかもしれませんが、何卒ご理解の程、よろしくお願いいたします。




