〜第三話 仲違いの落し物〜
ドーモ、八之譚第三話です。フラワーショップへ向かう途中、鹿乃子は小さな男の子が三人の中学生に脅されている現場を目撃し……。
冬の夕刻。
夏であれば暗くなるまでにはまだ充分に時間があるが、この季節だともう20分もすれば街灯が灯る。
(急がなきゃ……)
そこの角を曲がれば、鹿乃子の目的のフラワーショップはもう目と鼻の先だ。
そこで野ばらの実とスターリンジャーを買ってすぐに帰れば、日没までには帰れるだろう。
小走りで通りを曲がったその時、鹿乃子はとある現場を目撃した。
一人の男の子が三人の少年に囲まれ、壁に追い詰められている。
囲まれている男の子は鹿乃子よりも幼い、おそらくはまだ小学校一年生くらいだ。
対して取り囲んでいる少年達は鹿乃子よりも年上で、中学二年生くらいだろう。
幼い男の子は酷く怯えている様子だ。
「おい、もう一度言ってみろよ!」
「オレらが万引きした証拠なんて、どこにあんだよ!」
少年達は高圧的な態度で、男の子に凄んでいる。
「ひっぐ……だ……だって………ぼくみたもん………お、お兄ちゃんたちが……えっぐ………駄菓子屋さんからアイス盗むの……」
「だから、そんな言うなら証拠を見せろっつってんの!ショ・ウ・コ!」
「そーだそーだ!ゼンリョウな市民を疑うとか、とんでもねークソガキだな?親のカオが見てぇーぜ!」
「あんまりシツコイと、オシオキしちゃうよ?ああん!?」
少年の一人が、拳を振り上げて男の子を威嚇し、男の子が小さな悲鳴を上げる。
鹿乃子は堪らず、男の子と少年達の間に割って入る。
「なにしてるのっ!?」
男の子を庇うように左腕を広げる鹿乃子。
「ああ!?なんだコイツ?」
「オレらはエンザイかけられた被害者なんだよ!」
「そーそー、被害者被害者!」
そう言いながらしかし、少年達はゲラゲラと笑っている。
「う、ウソじゃないもん!ぼく、お兄ちゃん達が駄菓子屋さんからアイス盗むのみたもん!」
鹿乃子の後ろでそう訴える男の子は、明後日の方を指差す。
男の子が指差した方を見るとそこには、おそらく少年達が盗んで食べた後に放り捨てたであろうアイスの袋や棒が散らばっていた。
「だぁ~かぁ~らぁ〜!あれはオレたちが金だして買ったの!」
「あれが盗んだものだってんなら、証拠出せっつってんだろうが!!ああ!?」
男の子に凄もうとする少年を、鹿乃子は必死に遮る。
「……もしも、あなたたちが盗んだのがこの子の見間違えだったんだとしても……これ以上、こんな小さい子を怖がらせないで」
少年達の目を真っ直ぐ見て、そう訴える鹿乃子。
「あ?ナニ?オレらが悪者だって言いたいの??」
「っつーかコイツ、右腕無いじゃん。キモッwww」
鹿乃子の二の腕から先の無い右腕を見て、再びゲラゲラと笑う少年達。
けれど鹿乃子は怯まず、依然として少年達の目を真っ直ぐ見ながら、こう告げる。
「……わたしのことはいくら笑ってもいいから、この子のことはこれ以上いじめないで。お願い」
そう告げる鹿乃子の瞳は、少年達に対する敵意でも、恐怖でもない、悲しみを湛えた瞳をしていた。
もちろん鹿乃子とて、自分よりも体が大きな少年達が怖くないわけではない。
けれど鹿乃子はそれ以上に、人が誰かを傷つける瞬間を目の当たりにすることが悲しかった。
「……なんだテメー、その目は?ああ?」
中学生の少年の一人は、鹿乃子のそんな憐れみにも似た眼差しが癪に障った。
少年は拳を振り上げる。
「文句があんならハッキリ言ってみろや!!おお___」
鹿乃子を恫喝する少年の声を遮ったのは、鈍い打撃音だった。
殴られると思った瞬間、思わず両目を瞑ってしまった鹿乃子はその瞬間を目にしてはいなかったが、少年の顔面の右側にはだれかの靴の裏がめり込んでいた。
何者かの《跳び蹴り》を喰らい、鹿乃子に拳を振り上げた少年が盛大にぶっ倒れる。
「は!?」
「ぁあ!?」
跳び蹴りを喰らわなかった少年二人は、突然の襲撃に面食らう。
鹿乃子がおそるおそる目を開けると、目の前には自分よりもいくらか背の高い、同い年の少年の背中があった。
「………見てたぜ」
中学生の一人に跳び蹴りを喰らわせた少年……田村直也は、怒りに肩を震わせながら二人の中学生を睨む。
「テメェら……寄って集ってガキをイビり散らす下等なウジ虫の分際で………かのこを笑いものにしやがって………あまつさえ殴ろうとしやがったな!!?」
言うや否や、直也は左側の少年の腹に《右ボディストレート》を叩き込む。
「ぐぉえっ!?」
直也の小学五年生のそれとは思えぬ程のパンチ力に、少年は思わず呻き声を上げて体をくの字に折る。
少年が体をくの字に折ったところへ、直也は少年の顎に大振りの《左アッパー》を叩き込む。
「ぐへっ!?」
顎に一撃を貰い、尻餅をつく少年。
「こ、このガキ!!」
残った少年が直也に掴みかかろうとしたが、少年の手が直也を掴む前に、直也は少年の顔面に《跳び膝蹴り》をブチ込む。
「ばべっ!?」
頓狂な声を上げ、三人目の少年も他の二人同様に地に伏す。
「あ、あがっ……鼻が………オレの鼻がぁあ!!?」
鼻血を噴きながらのたうち回る少年を尻目に、直也は一人目の鹿乃子に向かって拳を振り上げた少年にツカツカと歩み寄る。
「てめっっ!?よくもやりやがったな!!この……!!」
少年は立ち上がり様に、直也の顔面に拳を突き出す。
しかし、直也は顔面を僅かに左に逸らしてそれを躱しつつ、少年の顔面に振りかぶるようにして放つ右の《オーバーハンドパンチ》をブチ込む。
直也の人差し指の一本拳が少年の人中を捉え、拳が深く顔面にめり込む。
「ごがぁあっ!!?」
少年の体が2メートル近く吹っ飛び、再び仰向けに倒れる少年。
直也は怒りに満ちた瞳で少年を見下ろしながら、呪詛のように言葉を紡ぐ。
「これで終わりじゃねえぞ……テメェらが誰を馬鹿にして手を上げようとしやがったのか……その身で思い知りやがれ___」
「なおくん!!」
直也が追撃をしようとしたその時、直也の背後から鹿乃子の左腕が彼の右腕を引っ張った。
「もうやめて!!もう充分だから!!」
「離せかのこ!!こんなやつら生かしちゃおけねえ!!ブッ殺してやる!!」
「っ!!」
鹿乃子は直也の正面に立つ。そして___。
ぺちんっ。
「___え?」
直也は一瞬、何が起きたか分からなかった。
気が付いた時には、自身の右頬に痛みとも言えないごく僅かな痺れがあった。
鹿乃子が直也の頬を叩いたのだ。
「___言わないで」
「……?」
直也が呆けたような顔で鹿乃子の顔を見ると、鹿乃子の目からぽろぽろと涙が溢れていた。
「ころすなんて………そんなこと、冗談でも言わないで」
「___ッッ!!」
悲しそうな鹿乃子の声で、直也は我に返る。
周りでは不良少年達が鼻血を噴きながらべそをかき、その少年達に詰め寄られていた男の子はすっかり怯えてしまっている。
鹿乃子は怯える男の子を優しくなだめると、鼻血を出して泣きじゃくる中学生の少年達に歩み寄り、ポケットティッシュを差し出す。
「大丈夫?立てる?」
鹿乃子が心配そうに声をかけると、中学生の少年達は立ち上がり、泣きながら逃げていった。
「……キミも、怖かったよね?一人でおうち、帰れる?」
鹿乃子が再び男の子に声をかけると、男の子は頷いて答えた。
「ぐすっ……うん、ありがとう、おねえちゃん」
そう言って、男の子は帰っていった。
あとに残された鹿乃子と直也。
二人の間に、気まずい空気が流れる。
「………か、かのこ……俺……」
直也が口を開いた途端、鹿乃子はフラワーショップの方向に背を向けてその場を走り去った。
走り去った時、鹿乃子のスカートのポケットからあるものが滑り落ちる。
それは、直也が鹿乃子に初めてプレゼントした手袋の片方だった。
「かのこ……」
手袋を拾った直也は、走り去る鹿乃子の背中を呆然と見送っていた。
「おかえりなさい、かのちゃん。……あら?お花は買ってこなかったの?」
帰ってきた鹿乃子を見て、桜子は首を傾げる。
鹿乃子は花を買いにフラワーショップへ行ったはずなのだが、鹿乃子の手元に花は無かった。
「あ……」
鹿乃子もここへ来て、ようやくもとの用事を思い出す。
先程あのようなことがあって、花を買うのも忘れて直也のもとから逃げ出してしまった。
「……かのちゃん、何かあった?」
落ち込んだ様子の鹿乃子を見て、桜子は心配そうに訊ねる。
「………ううん、なんでもない……」
それだけ言うと、鹿乃子はとぼとぼと自室へ戻っていった。
自室の扉を閉めると、鹿乃子はぼふっとベッドの上にうつ伏せに身を投げ出した。
「……」
鹿乃子自身、直也が悪くないことは分かっている。
直也の行動は、鹿乃子とあの男の子を守るためにしたことで、鹿乃子が怒る筋合いなどない。
けれど……それでも。
鹿乃子にとって、優しい直也が怒りに身を任せて誰かを傷つけるのは、耐え難かった。
直也が誰かと喧嘩をするのは、今に始まったことではない。
けれど直也が喧嘩をする時は大抵、上級生からの弱いものいじめから友達や下級生を守る時だったり、そうでなくとも男の子同士の遊びのようなものだったり……。
鹿乃子が知る限りでは、相手が怪我をするまで過度に”やり過ぎる”ようなことは、決してなかった。
今日のように怒りに身を任せて相手を傷つける直也を見るのは、これが初めてだった。
……”殺す”なんて言葉を、直也が誰かに向けるのを……鹿乃子は聞きたくなかった。
それはかつて、右腕と共に”大切なもの”を喪った鹿乃子だからこそ、尚のこと直也の口から聞きたくない言葉だったのだ。
鹿乃子はベッドから体を起こし、手袋を仕舞おうとスカートのポケットを探る。
「……あれ?」
そこで気付く。自分が直也から貰った手袋の片方を落としてしまったことに。
「無い……どうしよう!?」
まさか、手袋を落としてしまうなんて……。
「探さなきゃ!」
鹿乃子は急いで玄関へと向かい外に出ようとするが、それを見た桜子が慌てて止める。
「かのちゃん、どこ行くの?もうお外暗いから、おうちをでちゃダメよ」
「で、でも……手袋が……なおくんからもらった、手袋が……!」
涙目になって訴える鹿乃子を、桜子は優しく宥める。
「そう……大事な手袋、落としちゃったのね。かのちゃん、直也くんからのプレゼントすごく大事にしてたもんね?」
でも……と桜子は続ける。
「こんな暗い時間にかのちゃんが手袋を探しに出かけたら、直也くんもきっと心配しちゃうと思うな」
「……」
桜子の言葉に鹿乃子は項垂れることしかできなかった。
__第四話へ続く__
八之譚第三話、いかがでしたでしょうか?
またまた前回、前々回の話の続きですが、前々回の後書きで直也之草子の他に三つの作品を並行して制作していると話しました。
そのもう一つの作品ですが、こちらも実は直也之草子なんです。
どういうことかというと、もう一つの作品はこの直也之草子の未来のお話なんです。
以前、直也之草子のどこかの後書きのタイミングで、直也が総合格闘技に挑戦する話を書きたいという話をしたと思います。(憶えている方はいらっしゃらないと思いますが……)
その話です。題名は、『直也之草子 闘神之章』と銘打っています。
同じ田村直也が主人公の物語ではありますが、和風ファンタジー要素のあるこちらの直也之草子とはジャンルが変わりますので、続編ではありますが明確に作品分けをしています。
しかし、直也之草子は闘神之章の前の時間軸に『宿命之章』と『青之章』という二つの物語を予定しています。
そのため、闘神之章第一話を書き上げたは良いものの、いったいいつ投稿できるのかと、非常に悩んでおります。
ちなみに、闘神之章をこのタイミングで書き始めた理由は、ゴリゴリの格闘戦を書いてモチベーションを上げたかったからです。(八之譚は本格的な戦闘が無いんです……)
ぶっちゃけもう、今の直也之草子と並行して、闘神之章も上げちゃおうかな?とかも考えています。
時系列的には、現行の直也之草子から、宿命之章、青之章、そして闘神之章という順番になるのですが、それだと今出来ている物語をいつになったら投稿できるか分かりません。
それに、時系列はバラバラになりますが、どうせ宿命之章も青之章も闘神之章と同様、現行の直也之草子とは作品自体を分けるつもりでいました。
なのでもしかしたら、次の時系列の宿命之章よりも先に闘神之章の第一話を上げるかもしれません。
というかもしかしたら、現行の直也之草子と並行して闘神之章を投稿する可能性もあります。
そのため、現行の直也之草子の投稿が遅れたり、後々宿命之章を投稿して時系列が前後するかもしれませんが、何卒ご理解の程、よろしくお願い致します。




