〜第七話 死闘〜
ドーモ、政岡三郎です。何度か投稿している内に、設定しているキーワードはたしてこれでヨイのだろうか……と思い始めてきました。この作品を見てくださる方がいらっしゃいましたら、是非とも検索キーワードに関するご意見をいただけると幸いです。それはさておき、直也之草子第七話、今回は直也VS凶悪犯です。
三人の人間を刺し殺した男は、山の中をさ迷っていた。
「ハァ…………ハァ………!!」
男が最初に殺したのは、自分を陰で嘲笑っていた元彼女。
次に殺したのは、その女と一緒になって自分を嘲笑った、彼氏と思われる男。
その次に殺したのは、男を殺して直ぐに駆け付けてきた警察官。
警察官を殺す予定はなかった。
ただ取り押さえられそうになったから、反射的に刺し殺した。
「ハァ…………ハァ………!!」
もう何日、こうして山の中をさ迷っているだろう?
山の中と言っても、男は比較的市街地に沿った山中を歩いていた。
捕まる危険性があったとしても、定期的に町に入らなければ食料を調達できない。
幸いなことに、返り血がついたのはそれとなく腕で隠せば目立たない場所のみだ。この服のままでも、買い物はできる。
しかし、それも限界だった。
金はもうほとんど底をつき、たとえあったとしても、三人を殺してからもう何日も経っている。
既に全国に指名手配されているだろうし、もし気付かれなくとも、今は体臭もきつい。店に入れば直ぐに怪しまれるだろう。
もう終わりだ。いや、こうなる前から、既に自分は終わっていたのだ。
それに気付くのが、遅かっただけ。
(…………なら)
それならいっそ。
せめてあと二人……いや、一人でも。
地獄に道連れにしてやろう。
そして、自分の内より目覚めたこの衝動を、心行くまで満たしてやるのだ。
こうして、山から町へと下りた男が程なくしてたどり着いたのは、町の中学校だった。
(中学校……)
目の前にそびえる校舎は、男に中学時代の凄惨な虐めを思い出させ、同時に男のターゲットを中学生に絞らせた。
自分を虐めた者達と同じ中学生という存在に対する、筋違いな復讐だ。
時刻は午前2時。日が昇るまでは、まだ時間がある。
防犯カメラ等が無いか注意しながら男が敷地内を歩いていると、丁度目の前に木造の建物を見つけた。
見たところ、すぐ横の真新しい校舎とは築年数から違う。おそらくは、使われていない旧校舎だろう。
身を潜めるにはおあつらえ向きの場所だ。そう思い、男がその建物に近付こうとした、ふとその時───。
男の視界の端に、ある物が映る。
それは30㎝程度の、少し変わった見た目の地蔵。
男は旧校舎に隠れる前に、その地蔵の傍まで近付く。
見た目こそ普通の地蔵とはどことなく違うが、それは普通の地蔵と変わらぬ、穏やかな顔でその場に鎮座している。
その穏やかな表情が、限界まで心乱れた男の癪に触った。
男はその地蔵を蹴飛ばした。
すると、石で出来ているはずのその地蔵は、思いの外あっさりと真っ二つに割れてしまった。
男は割れた地蔵を見てほくそ笑み、旧校舎へと入っていった。
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「…………ヒヒッ…………出れねぇ…………出れねぇよぉ………」
旧校舎の使われていない教室で、直也と相対する男が狂ったようにそう呟く。
「……ここから出す気はねえってか?ヘッ、上等じゃねぇか」
直也はその場で軽くステップを踏み、L字ガードスタイルの構えを取る。
「来な。遊んでやるよ……!」
直也がそう告げると、男は狂気に満ちた目で直也を見据え、飛び掛かる。
直也は右方向への素早い側転で男を避け、教室の中央へと位置取る。
男を避けた直也は顔の前で左手の人差し指を振り、チッチッチッ、と舌打ちをするように挑発するが、内心は心臓の鼓動が耳障りな程に煩かった。
喧嘩ではそこそこ場馴れしているつもりの直也であったが、やはりまだ小学生、殺意を剥き出しにして向かってくる相手に対して冷静さを欠くのは、仕方の無いことであった。
男は血のついたナイフを袈裟懸けに振るう。
直也はそれをバックステップで躱す。
すると男は更に踏み込んでナイフを水平に振るが、直也は今度は床を左に転がってそれを躱す。
素早く体勢を立て直した直也を、男の目がギョロリと睨む。
狂気を孕んだその眼に、直也はほんの一瞬だけ、体が強張る。
その一瞬が、危うく致命傷となりかけた。
男が踏み込みつつナイフを脇に構え、直也に突き立てようとした。
間一髪のところで急所は躱したものの、ナイフが直也の右肩を掠め、服の袖口から一筋の血が流れる。
もう少し男の動きが速ければ、ナイフは直也の心臓を貫いていただろう。
「あっぶね……!」
今までさも余裕と云わんばかりの笑みを浮かべ虚勢を張っていた直也だが、この瞬間ばかりは流石に笑みが消える。
一方、紙一重でナイフを躱された男は直也が血を流したのを見て、彼とは対照的に目を剥きながら嬉々とした表情を浮かべる。
男はナイフを逆手に持ち変え、切るのではなく突き立てるように何度もナイフを振り回す。
直也はナイフが振り下ろされる度、何度も後ろへ下がって距離を取る。
本来このような消極的な戦い方は、直也の戦い方ではない。
彼のファイトスタイルは、真っ向からガンガン向かっていくインファイタータイプの打撃型だ。
直也がこのような戦い方をする時の理由は二つに一つ。
一つは、白鳥と戦った時のように、何かしら試してみたい技がある時。
もう一つは、焦りや動揺によって戦いのペースを相手に握られている時。
今の直也は間違いなく後者。この戦いの流れは、完全に相手に掌握されていた。
相手の掌の上で踊らされるとは、正にこの事だ。
(落ち着け……落ち着け!!)
なんとか冷静さを取り戻そうとする直也だが、男は待ってはくれない。
男が逆手に持ったナイフを振り上げる。
直也はまた後ろへ下がって避けようとする。
しかし───。
「ッ!?」
背中が空き教室の黒板にぶつかる。
無我夢中で回避している内に、いつの間にか壁際まで追い込まれていたのだ。
それを理解した瞬間、直也の目には、周りの全てがスローモーションのように映る。
血に錆びたナイフ。
舞い散る埃。
死ね、と言外に語る男の眼。
今この時、直也は間違いなく『死線』を垣間見ていた。
(下がれねぇなら───)
明確に死線を垣間見たこの瞬間。
直也の中で、何かが"覚醒めた"。
(───前だ!!)
直也は背後の黒板を押し退けるように両手で叩き、その反動で前に踏み込む。
男の懐に潜り込み、男に背を向けるように180度腰を捻り、右拳を内側に螺旋回転させながら真上へと突き上げる。
アッパーというよりは下から上への右ストレートといった印象に近い直也の拳が、男の顎を貫く。
余談だが、後に直弥はこの技に、和風月名の3月になぞらえて《弥生射》という技名をつける。
直也にとどめを刺そうと前に出ていたことでカウンターヒットとなり、男の体が大きく後ろへ仰け反り、男はそのまま床に尻餅をつく。
殺ったと確信しかけた直後の、直也の突然の反撃と自身への大きなダメージに、男は目を丸くして呆けたような、困惑したような微妙な表情で直也を見上げる。
直也は男を見下ろして不敵に笑いながら、再びファイティングポーズを取る。
「……落ち着くんじゃねえ………"熱く"ならねぇとな!」
直也はL字ガードスタイルで構えた左腕を少し上げ、掌を返してチョイチョイと指を折り曲げる。『かかってこい』のジェスチャーだ。
「…………ふざけんなよ、ガキが………どいつもこいつも………俺を嗤いやがってェエエエエ!!」
男は這うように立ち上がって、直也に飛び掛かろうとする。
しかし。
「ふがっ!!?」
立ち上がっている途中で、男は直也から鼻先に膝蹴りをもらう。
鼻から血を流し仰向けに倒れる男に、直也は言い放つ。
「素人が……無闇に相手の膝前に顔面を晒してんじゃねぇよ」
男は尻を引きずるように後退り、直也から距離を取りつつ立ち上がる。
逆手に持ったナイフを再び持ち変え、切っ先を直也に向けて威嚇する。
一方、一度死線を垣間見た直也は完全に吹っ切れ、再度挑発的な笑みを浮かべる。
「今まで散々好き放題やってくれやがって……ここからは俺の時間だ!!」
直也が前に出る。
男は目の前に迫る直也に向かって、咄嗟にナイフを振り上げる。
刃が直也の顔面を捉える瞬間、直也は大きく左斜め前……男の90度右横の位置へとステップインする。
男のナイフが空を切ったところへ、直也は90度横を向く動きに合わせて左前構えから右前構えにスイッチし、左ストレートを男の顔面に叩き込む。
後に直也が《皐突き》と名付けるこの技を喰らい、男は半歩後ろへ仰け反る。
直也は更に、右前構えの状態から右足を少し上げ力強く床に震脚しつつ、L字ガードスタイルで下げた順手(この場合右拳)を下から上へ捻り出すように突き上げる。
この技には既に名前を付けていて、震脚しながらその反発力を利用して、L字ガードスタイルで構えた順手(前の手)を下からボディへ突き刺すこの技を、直也は《文突き》と呼んでいる。
直也の《文突き》をボディに喰らい、男は体をくの字に折る。
小学生の直也の一撃であっても、比較的痩せ細った体型の男には充分に効果があるようだ。
それに加え、男がここ二日間ほどろくに食事も摂れず弱っていた事もあり、直也のボディブローはことさら男の体に響いた。
「ぐぅウ!?」
男は直ぐ様反撃に出るが、彼が突き出したナイフに対して、直也は今度は右斜め前……男の左側に踏み込み、右拳で《皐突き》を繰り出す。
直也の癖のある拳の握り方によって繰り出される人差し指の一本拳が、男の左頬に深々と抉り込む。
男の口の中が切れ、口内に薄っすらと鉄の味が広がる。
「ク……クソガキがぁ……!!」
男の顔に、焦りの色が滲む。
一方直也は不敵な笑みを湛えたまま、再びその場で軽くステップを踏む。
今現在、男と直也の立場は完全に逆転していた。
男はナイフをがむしゃらに振り回すが、直也はそれをボクシングのウィービングの動作で躱し、男の脇腹に追加の右ボディブローを入れる。
度重なる強烈なボディへの打撃に、男はついに床に片膝をつく。
直也よりも身長の高かった男の顔面が低い位置にきた瞬間、直也は男の顔面に素早く左フックと右ショートアッパーを叩き込む。
直也は次に男の側面に回り、片膝をついた状態から更に後ろへ体勢を崩した男の顔面目掛けて蹴り足を振り下ろす。
顔面に鋭角からの蹴りを喰らい、男の頭が床に叩きつけられる。
「ぐ…………ぅぅ……」
男がフラフラと立ち上がろうとする。
「これで……」
直也はバックステップからの後転で距離を取り、直後男に向かって一気に走る。
「決めるぜ!!」
男が立ち上がったところに、直也のドロップキックが突き刺さる。
それも、ただのドロップキックではない。通常のドロップキックに更にきりもみ回転を加えて威力向上を図った、直也のオリジナル技、《ドロップマグナム》だ。
ただでさえ痩身の男の体は、直也の全体重を乗せたきりもみ両足蹴りを喰らって一気に後方へ吹き飛ぶ。
そのまま男は教室の後ろに積み重ねられていた机にぶつかり、崩れてきた大量の机に埋もれる形で意識を失う。
「俺の……勝ちだ!」
もう意識の無い男に向かって、直也はそう宣言する。
ふとその時、教室の扉が開け放たれる。
直也が振り向くと、そこにいたのは彼が探していた人物だった。
「おめぇ……鶫屋!!」
直也が鳥頭コンビと呼ぶ中学生二人の片割れ、鶫屋がそこにいた。
「お、おま………お前…………田村?」
鶫屋は息が荒く顔中汗だくで、しかしそれでいて、その顔は見るからに青ざめていた。
「おめぇやっぱりここに居やがったのか!ったく、二日間も姿見せねぇでよぉ……。白鳥センパイ、おめぇらのこと心配してたぜ?」
「は!?ふ……二日?何言って……」
直也の言葉に、鶫屋は一瞬困惑するような素振りを見せるが、直ぐにまた焦りの表情を浮かべて捲し立てる。
「そ、それよりヤベェんだよ!!マジでヤベェのに追われて、なんか学校から出られなくて、そんで……鴇ちゃんが………鴇ちゃんが!!」
「怪我してんのか!?クソッ、俺がもっと早く来てりゃあ……。けど安心しな。クソッたれ凶悪犯は、この通り俺がブチのめしといたからよ。後は警察と救急車を……」
直也が言い終わる前に、鶫屋は廊下の先に視線を戻して腰を抜かす。
「ぁ……ぁぁあ………あいつが………あいつが来る!!」
何かに怯えている様子の鶫屋に、直也は再び声をかける。
「……?おい、落ち着けよ。だから凶悪犯は俺が───」
直也がそう言いかけた、その時───。
黒い『ナニカ』が鶫屋の体を絡め取った。
「───あ?」
突然の出来事に直也は一瞬呆けたような声を出す。
「たっ………助けっ…………助けて───」
助けを求める鶫屋の口を黒いナニカが塞ぎ、廊下の奥へ引き摺っていく。
「───ッッ!!鶫屋!!」
直也が鶫屋を追って廊下へ出ようとする、その前に。
───それは向こうから姿を現した。
初めに見えたのは、青白く爪が伸び血管が浮き彫りになった人の手。
その手が教室の入り口の端を掴み、掴まれた部分の木造がひび割れる。
次に見えたのは、鶫屋を絡め取ったのと同じ、黒くて長いナニカ。
まるで生き物のように蠢いていた異常に長いそれを『髪の毛』だと認識するまで、少し時間がかかった。
そして、最後に見えたソレは……。
人。
人の形をした、『ナニカ』。
恐ろしい程に青白い肌と、肌を覆って蠢く不気味な長い黒髪。
老人よりも堀の深い皺が刻まれた顔は、最早男か女かの判別も難しく、瞳孔が開いた瞳は白目と見紛う程に白い。
ソレは教室内にゆっくりと進入し、直也と対峙する。
この時、直也は既にその正体に気付いていた。
「こいつが………髪鬼……!!」
──八話へ続く──
直也之草子第七話、いかがでしたでしょうか?最近、設定する検索キーワードについて悩んでいます。【ダーク】とか【ほのぼの】とか、使っていいのだろうか……。確かにちょっとダークな回もほのぼの日常回もあるけど、考えてみればそこがメインじゃないような気も……。ちょっと見直してみます。そんなわけで、登場人物紹介其の六です。
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・鶫屋茂
・誕生日:6月28日(13歳)
・身長:165cm ・体重:53kg
・鴇島の幼馴染。鴇島同様、中学時代の白鳥に憧れて不良デビューした。鴇島のように髪を染めようとしたが、「頭皮とか痛みそうだし……」と日和ってやめた。ビビリだが、その分勢いで突っ走る鴇島よりも冷静にものを見れたりする。実家は八百屋。