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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
七之譚 悪意ノ爪痕

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〜第九話 追跡〜

 ドーモ、政岡三郎です。七之譚第九話、始まります。唯崎彩音が崖から転落する一部始終を目撃した少年を、咄嗟に昏倒させて連れ去った蓮夜。昏倒させられた少年…直也が目を覚ました時、既にそこに蓮夜の姿は無く、代わりにいたのは___。

「ハッ……ハッ……!!」


 動かない少年を担ぎ、森の奥へとがむしゃらに走る蓮夜。


 とにかく山奥までこの少年を運び、"始末"しなければならない。


 幸い、意識の無い少年を担いで森の中を走っているにも関わらず、蓮夜はそれほど疲れを感じなかった。


 これまでの怒涛の展開で脳からアドレナリンが分泌され、蓮夜は一種のランナーズハイにも似た状態になっていた。


 そのまま森の中を走り、山奥を進むこと一時間弱。


 山奥に小川を見つけた蓮夜は、そこで足を止める。


「フゥ……フゥ…………ブフゥ………」


 水を目にした瞬間、急激に喉の渇きを覚えた蓮夜はバットと少年をその場に放置し、手に装着した鉤爪を取り外してから小川の前に跪き、目出し帽を脱いでポケットに突っ込んだのち、川の水を夢中で飲んだ。


 生水を口にするのは本来であれば躊躇っていたところだが、今この時は喉の渇きに抗えなかった。


「ブフゥ……ブフゥゥ………もうそろそろ………いいか」


 水を飲み終えた蓮夜は立ち上がり、鉤爪の刃を外側に向けて腰のベルトに引っ掛ける。


 次に金属バットを手に取ると、地面に横たわる少年の前でバットを構える。


 この少年には悪いが、こうなった以上生かしては帰せない。


「ふ……ふひひ………悪く思うなよ?」


 自分の責任ではない。


 そもそも、唯崎彩音が逃げずに大人しく殺されていれば、このガキを殺す必要はなかったのだ。


 こうなったのも全部、唯崎彩音(あのおんな)が悪いのだ。


 蓮夜は自分にそう言い聞かせ、少年の頭目掛けてバットを振りかぶる。


「安心しろガキぃ……オマエはあの女と違って一撃で___」


 その時だった。


 ガサガサと、近くの茂みから物音がした。


「っっ!?」


 人に見つかったかと思った蓮夜は、咄嗟に振り返る。


 結論から言えば、茂みから姿を現したソレは人ではなかった。


 姿を現したのは、ある意味で人の方がまだマシだったと思える生物であった。


「ヒ、ヒイイイイ!?!?」


 現れたのは、体長1メートル未満の"熊"だった。


 おかしい状況ではない。


 そもそも、この辺りで熊の目撃情報があったからこそ、蓮夜は今回の計画を思いついたのだ。


 しかし、蓮夜は彩音を殺す策ばかりに思考を費やしていたため、実際に熊と遭遇するリスクを考慮していなかった。


 熊はどこか牛の鳴き声にも似た低い唸り声を発し、のそりのそりと蓮夜に近付いていく。


「く、来るな!!あっちいけ!!あっちいけよぉおおおお!!!」


 蓮夜はパニックになりながら、がむしゃらにバットを振り回す。


 がむしゃらに振り回したバットが、熊の頭部に当たる。


『ギャッ!!』


 熊は悲鳴を上げ、右前足を振り上げる。


 その右前足が蓮夜のバットを弾き飛ばし、バットは小川の水が流れ落ちる滝口まで転がっていく。


 バットを弾き飛ばされた勢いで蓮夜は尻もちをつき、その拍子にポケットから目出し帽が落ちる。


「く、来るなぁぁああああああ!!!」


 蓮夜は這いずるように立ち上がると、少年にとどめを刺すのも忘れ、無我夢中でその場を逃げ出した。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








「…………うっ………クソッ……」


 気を失っていた少年……田村直也が目を覚ました。


 直也はズキズキと痛む頭をおさえながら、辺りを見回す。


「どこだ?ここ___うおっ!?」


 直也は思わず驚愕の声を上げて後ずさる。


 なんと目の前に、熊がいたのだ。


 熊は見たところ体長1メートル未満で、直也の様子を伺うように鼻先を寄せて直也の匂いを嗅いでいた。


 直也は咄嗟に距離を取ってファイティングポーズを取りそうになったが、立ち上がりかけたところで熊に敵意が無いことに気付く。


「お前……」


 熊は直也の頭の傷に鼻を寄せ、怪我をいたわるように傷口を舌で舐める。


「……はは。なんだ、心配してくれてんのか?」


 舐められたことによるくすぐったさと、敵意の無い熊に毒気を抜かれた反動で、直也は思わず笑みをこぼす。


「……あん?なんだ、よく見たらお前も怪我してんじゃねえか」


 直也はふと、熊の左目の上のところにも怪我の痕があることに気付く。


「あ〜……ちょっと待ってな?」


 直也は直ぐ様、ズボンのポケットを漁る。


 ポケットの中にはハンカチが一枚あるのみだ。


「ハンカチしかねえや……仕方ねぇ」


 直也は着ていたスタジャンを脱ぎ、次いでインナーも脱いで、一旦上半身裸になる。


 そして、脱いだインナーをビリビリと破く。


「良い子だから、少しばかりじっとしてろよ?」


 直也は熊の傷口にハンカチを押し当てながら、破いたインナーを包帯のようにハンカチの上から熊の頭に巻き付ける。


「ま、無いよりはマシだろ。悪いな、こんな応急処置しかできなくてよ」


 そう言って直也は、熊の頭を撫でる。


 熊は直也が自分にやったことを理解しているのか、直也の腹に頭を擦り付けて甘えてくる。


「へへ、存外甘えん坊なんだな、お前。まさかとは思うが、まだ子熊なのか?」


 直也のこの予想は的中していて、この熊はこの大きさながら、まだ1歳にも満たない子供であった。


「……っと。いつまでもこうしてはいられねえか」


 直也は再び周囲を見回す。


 自分がなぜこんな山林の奥地に居るのか、直也にはおおよその見当はついていた。


「あの野郎……!」


 意識を失う直前の記憶を再び呼び起こし、直也は歯軋りする。


 地面に倒れながら見た、あの足___。


 あれは間違いなく人間の……それも、靴のサイズから見るに男の足であった。


 直也は誰かに殴られて意識を失ったのだ。


 それも殴ったやつは恐らく、崖から転落した女性を追いかけていた張本人。


 直也は最初、女性は熊に追われていたのかと思っていたが、そうではなかったのだ。


(俺を殴ったのも、咄嗟の口封じのつもりだったのかもな。こんな山林の奥に連れてきたのも、俺の死体を山に隠そうとしたってところか。あの野郎……!)


 直也は不覚を取ったという事実に苛立ち、拳を握り締める。


 しかし、ふと直也は思う。何故自分はとどめを刺されていないのか?


 考えられる理由としては、犯人の男がそうとうテンパっていて、直也の生死をしっかりと確認していなかったか。


 或いは……。


「……お前のおかげか?」


 改めて直也にとどめを刺そうとしたところでこの熊に遭遇し、パニックになって直也を置いて逃げ出したか。


「ひょっとしてお前のその怪我も、俺をここまで運んできたやつにやられたのか?」


 なんの気なしに、熊に訊ねてみる直也。


 もっとも、熊が人間の言葉を理解できるなどとは思っていないが……。


 案の定、熊はとぼけた顔できょとんとしている。


「はは。まぁそりゃ、分かんねえわな」


 ともすれば愛くるしささえ感じるその顔に、直也は乾いた笑いを漏らす。


「……さて、呑気に笑ってもいられねえな。こっからどうするか……」


 正直なところ、崖から転落した女性の安否も気になった直也だが、今はそっちについてはどうすることもできない。


 直也が今できるのは、自分をここまで運んできた男を追うことだ。


 気を失う前よりもいくらか陽は傾いているが、直也を襲った男が彼をここまで運んできた時間を計算に入れれば、おそらくまだそこまで遠くへは行ってないはずだ。


(クソ野郎が……ぜってぇに逃がさねえ)


 ……などと心の中で意気込んではみるものの、これだけ広い山林の中をどう探したものか、直也は頭を抱える。


(俺が意識を失った場所の地理関係から考えりゃあ、ある程度は奴が向かったかもしれねえ方角は絞れるが……)


 直也は手始めに、自身が今どの辺りにいるのか予測を立てる。


 まず、直也が意識を失った場所から南方面は無い。


 そちら側は道路に面していたため、直也を気絶させた男が彼を運ぶにあたって人目に触れる恐れがある。


 つまりここは、直也が気絶した場所から北方面の山中。


「そういやぁ、この小川のある場所……見覚えがある気がするぜ」


 小学校に入学して間もない頃、直也は町の北西に広がる山林を健悟と月男をつれて探検したことがある。


 その時は森の深くまで入った挙げ句迷子になり、大人達に発見された後に三人揃ってしこたま怒られたのだが、その時に今と同じ小川の先が滝口になっている光景を見たことがある。


 ここが町の北西部の山林ということは、ここから太陽の沈む方向と逆方面に、少し斜めに進んでいけば町には出られるだろう。


 もっとも、直也にそんなつもりはサラサラない。


 何が何でも、自分を気絶させて更にはあの女性が崖から落ちる原因となった男を捕まえるつもりだ。


「……とは言っても…」


 一言に町の北西の山林といっても、範囲はかなり広い。


 それこそ、厳密に言うのであれば山林"地帯"と表情するのが正しいだろう。


 このだだっ広い山林地帯で、手がかりも無しに一人の人間を捜すなど……。


「クソッ、どうするか………ん?」


 少し俯いてガシガシと頭を掻いたタイミングで、直也は足下に黒い毛糸のような素材で出来た何かが落ちていることに気付く。


 拾い上げてみると、それは防寒具としてお馴染みの黒い目出し帽だった。


 防寒具としてお馴染み、とは言ったものの、人によっては強盗など良からぬものをイメージする者もいるだろう。


「……は〜ん?……さては野郎、(こいつ)に遭遇した拍子に焦って落としていきやがったな?」


 そう言って直也は手にした目出し帽とそばにいる熊を交互に見る。


 その時ふと、直也に閃きが降りる。


 いつだったか、直也は何かのテレビ番組で熊の嗅覚は犬よりも優れているという話を耳にした覚えがあった。


「なぁ、お前……この匂いの元辿れたりしねぇか?」


 そう言いながら直也は、目の前にいる熊の鼻先にそっと拾った目出し帽を差し出す。


 確か直也が観たテレビ番組では、熊は知能も高いと解説されていた。


 この熊が直也の意図を察して、匂いの元を辿ってくれれば……。


 熊はクンクンと目出し帽の匂いを嗅ぐと、直也の意図を察してか、くるりと180度向きを変えて歩き出す。


「おおっ!マジか!?」


 どうやら熊は、直也に協力してくれるらしい。


 直也が熊の後を追って歩き出そうとした瞬間、不意に熊はピタリと止まる。


「あん?どうした?……やっぱり、無理か?」


 直也が熊にそう問いかけると、熊はちらりと直也を振り返ってから、犬のように地面に伏せる。


 初めは熊の意図を図りかねていた直也だったが、やがて思いついたように呟く。


「……もしかしてよ、乗れって言ってんのか?」


 直也の問いかけを肯定するように、熊は耳慣れない独特な鳴き声で応える。


 もしかすると、怪我をしている直也を(おもんばか)ってくれているのかもしれない。


「そこまで弱っちゃいねえが……優しいんだな、お前。せっかくだから、甘えさせてもらうぜ?」


 そう言って、直也は熊に跨る。


 直也が跨ると、熊は再び歩き出す。


「匂いの元を辿れたら、お前がやられた分の借りも纏めて返してやるからな?頼んだぜ、クマ公!」


 そう言いながら直也がポンと熊の背中を叩くと、熊は再びの耳慣れない鳴き声で応えた。


「しっかし、熊に跨いで移動するなんざ、さながら昔話の金太郎だな?後はマサカリでも担いでりゃあ、画としては100点満点だぜ」


 そんな冗談を呟きながら、直也は熊に跨って移動するという世にも珍しい奇妙な状況に苦笑した。



__第十話へ続く__

 七之譚第九話、いかがでしたでしょうか?前回の登場人物紹介では数話前に登場したちょい役のキャラを紹介しましたが、この物語を読んでくださっている方は、「こんなやついたっけ?」となった方もいたと思います。

 その話で初登場したキャラクターは、大体その話の後書きで紹介するのですが、一話の内に初登場キャラが二人いると、必然的にどちらか片方の紹介は後に回されます。一つの後書きに2人分の紹介文を書くと、後書きが長くなりすぎてしまうからです。(後書きで書く内容のネタ切れ対策という狡い一面もありますが……)

 登場人物紹介に関してもう少し話したいのですが、これ以上は後書きが長くなりすぎるので、また次回。

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