〜第七話 西條寺蓮夜の復讐〜
ドーモ、政岡三郎です。七之譚第七話、始まります。ダークウェブで計画に必要な道具を仕入れた蓮夜。復讐心に駆られた彼は、ついにその恐るべき計画を実行に移す。
蓮夜がダークウェブで見つけた品は、蓮夜の希望通り翌日の深夜に届いた。
深夜配送ができるということで、間違って家族が応対しない時間に頼んだのだが、やってきた配送業者は蓮夜がよく知る配送業者とは全く違うものだった。
会社のロゴなどが全く描かれていないトラックに、どこか陰気でカタコトの日本語を話す業者。
受け取りの際に求められたものは、注文した際に表示された注文番号と着払いの現金のみだった。印鑑やサインなどは無しだ。
商品を受け取り現金を支払うと、配送業者は何も言わずにトラックの運転席に戻り、この場を去っていった。
やはり違法な代物を取り扱うだけあって、配送業者も普通ではないようだ。
蓮夜は商品の入ったダンボール箱を自室まで運び、箱を開ける。
中にはしっかりと、蓮夜が望んだ代物が入っていた。
未加工の熊の毛皮と、改造スタンガンと、アニメやゲームで見るような鉤爪。
もっとも必要なものはこれ以外にもまだあるが、それらは正規の店舗や通販で手に入れた方が安い。
蓮夜はとりあえずスタンガンを手に取り、ちゃんと使えるかどうか確認する。
ぶっつけ本番で使った結果粗悪品でしたでは、話にならない。
スイッチを押すと、バチバチと高電圧のスパークが発生する。
とりあえず粗悪品ではないようで、蓮夜は安心する。
次に蓮夜は鉤爪を手の甲に装着してみる。
鉤爪は蓮夜の希望通り、フック状の刃が五枚刃になっている。
蓮夜は試しに、購入した品物の入っているダンボールを切り裂いてみる。
少し力を入れるだけで、刃はスッとダンボールを切り裂く。
期待通りの切れ味に蓮夜はほくそ笑み、座り慣れたゲーミングチェアに座ってパソコンを起動する。
パソコンを起動した蓮夜は、慣れた手つきでとあるファイルを開く。
そのファイルは、蓮夜が考えた唯崎彩音殺害計画の計画書だった。
そこに書かれた主な計画の手順はこうだ。
決行日は今週金曜日。
唯崎彩音が仕事を終えて車で帰宅する瞬間を狙い、スタンガンで彼女を気絶させる。
気絶させた彩音をそのまま車に押し込み、彩音と一緒にそのまま彼女のアパートまで向かう。
彩音のアパートに着いたら、車の中で彼女の服と靴、アパートの鍵とスマートフォンを回収する。
そして回収した衣類等を持って、この前明かりがついていた三つの部屋の内、まだ明かりのついていない部屋に彼女のアパートの鍵を差し込む。
明かりのついていない部屋を一つ一つ回って鍵を差し込めば、素早く、かつ安全に彼女の部屋を割り出せる。
彩音の部屋に入ったら回収した服を置き、次に彼女が登山で使うリュックサックや登山ウェア等の登山用品を探す。
今回大事なことは、彩音が仕事のない土曜日に自らの意思で登山をしに来たと、警察や彼女の同僚に思われるようにすることだ。
彩音の登山用品を回収したら再び車へ戻り、彼女に登山ウェアを着せる。
登山ウェアを着せて再び彩音を縛り上げたら、次に彼女のスマホからSNSにログインし、明日隣県の山で登山をするという趣旨の投稿を書き残す。
パスワードが分からなくても、彼女のスマホからであれば自動ログインできるはずだ。
後はそのまま彩音の車で隣県に向かい、山に隣接するパーキングに車を停めたら、そこからは歩きで彼女を山の奥深くまで運ぶ。
そこから先は、いよいよお楽しみの時間だ。
まずは鉤爪で彼女の身体を引き裂いてから、次に金属バットで殴って打撲痕をつける。
爪痕だけでなく打撲痕もあった方が、より力のある野生動物に襲われたように見えるだろう。
そうして抵抗できない唯崎彩音を、誰にも邪魔をされない山の中でじっくりと嬲り殺しにするのだ。
___以上が、西條寺蓮夜の考えた主な殺害計画。
正直、傍から見れば所々”穴”のある計画に思える。
だが、自身を破滅へと誘う悪魔のひらめきを、蓮夜は愚かにも天才的な発想が導き出した完全犯罪計画と信じて疑わなかった。
蓮夜が自身の愚かさを冷静に顧みることができる人間であったなら、彼の人生はもっと違うものになっていただろう。
それができない故に、彼はこの愚かな計画を実行に移すことになるのであった。
___時は進んで金曜日。
唯崎彩音よりも一足先に仕事を上がった蓮夜は、市役所の職員用駐車スペース近くの物陰に身を潜め、彩音が来るのを今か今かと待っていた。
時刻は22時を少し過ぎたところ。
市役所勤めというのは、残業が多いことでよく知られている。
彩音が勤めるこの市役所は、全国的に見れば比較的ホワイトな職場だが、それでも土日前の金曜日は忙しく、その日だけは職員が残業を強いられることもままあった。
もちろんそれは、彩音も例外ではない。
蓮夜としては、犯行に及ぶ時間帯はなるべく遅い方が良い。
そのため、もしも今日彩音が残業せずに定時で上がるようなら、蓮夜は最悪計画を延期することも考えていた。
だからこそ、今日彩音が残業だったのは、きっと運命だと、蓮夜は思った。
運命は自分に味方している。
復讐を果たせと、背中を押してくれている。
そんなことを思っていたちょうどそのタイミングで___。
___ついに彩音が、職員用駐車スペースに姿を現した。
残業で肩が凝っているのか、彩音はバッグを掛けていない方の肩を反対の手で揉みながら、疲れた様子で車へと向かっていく。
いよいよだ。蓮夜は顔を隠す目出し帽を被り、改造スタンガンを手に身を屈めながら彩音の車の後ろへと回り込む。
彩音が車のキーを差し込もうとした瞬間、蓮夜は意を決して彼女の背後へ近づく。
残業の疲れで注意力が散漫になっているのか、彩音は蓮夜の接近に気付かず、振り向かれることはなかった。
蓮夜は彼女の首筋にスタンガンをあてがい、スイッチを押す。
「うっ___」
バチバチという音と共に、彩音の身体は力なく地面に倒れた。
ついにやってしまった。これでもう、後戻りはできない。
蓮夜は目出し帽を脱ぎ、意識の無い彩音を彼女の車に押し込み、自分は運転席に乗り込む。
まずは彩音の車で、このまま彼女のアパートまで向かう。
蓮夜は車を走らせた。
___車を走らせて程なくして、蓮夜は彩音のアパートにたどり着いた。
ペーパードライバーだった蓮夜は、ここまで何事も無く来れたことに安堵しそうになり、直後慌てて気を引き締め直す。
ここまではまだ、計画の最序盤。本番はここからだ。
蓮夜は直ぐ様、意識の無い彩音の衣服と靴を脱がせる。
服を上下脱がせたところで、蓮夜はごくりと生唾を飲み込む。
彩音を殺すことばかりに意識が向いて気付かなかったが、衣服を脱がすということは、誰の目にもつかない車内で、蓮夜は下着姿で意識の無い彩音と二人きりになるということ。
蓮夜の中に、復讐心とは違った劣情が芽生える。
女性経験の無い蓮夜にとって、ネットの中のものではない生の女性の身体は、計画に支障をきたしかねない程の欲望を掻き立てた。
どうせ殺すのであれば、少しくらい……。
ほんの一瞬、蓮夜の中でそのような考えが浮かぶが、直後蓮夜は首を横に振る。
行為に及んでいる最中に彩音が目覚めたら、厄介だ。
もっとも、またすぐスタンガンで気絶させれば問題はないかもしれないが、アパートの駐車場に停めた車の中でそういった行為をすること自体リスキーだ。
なにより一番の問題は、彩音を山で殺した後だ。
山に警察の捜索隊が入り彼女の死体が見つかった時、死体見分で強姦の形跡や蓮夜の体液が見つかれば、事件性を疑われる。
そうなれば、彩音の死を熊の仕業に見せかける計画そのものが水の泡だ。
蓮夜は彩音に振られた時のことを思い返し、湧き上がる劣情を憎悪で抑えつける。
彩音の服を脱がせた蓮夜は、彼女の口をガムテープで塞ぎ、両手足もガムテープで縛り付ける。
後で登山ウェアを着せる際に、もう一度拘束を解く必要があることを考えれば、一々縄を結び直すより、ガムテープをハサミで切った方が早いと判断したためだ。
彩音の服と靴とバッグ、そしてアパートの鍵を持った蓮夜は、車を降りてアパートの窓を見上げる。
以前は一階中央の部屋と二階両端の部屋の明かりがついていたが、今ついているのは一階の明かりだけだ。
一階に既に明かりがついているということは、彩音の部屋は両端の部屋のどちらかだ。
蓮夜はアパートの正面に回り、階段を上がる。
まず蓮夜は、階段に近い方の部屋の前に立つ。
鍵穴に鍵をあてがうが、鍵が填まらない。
これによって、彩音の部屋がどこか確定する。
蓮夜は二階の一番奥の扉まで歩き、鍵穴に鍵をさす。
鍵はぴったりと填まり、回した瞬間ガチャリと音がして扉が解錠される。
部屋に入った蓮夜はまず玄関に彩音の靴を置き、奥の部屋まで歩く。
部屋は小綺麗で、ベッドとパソコンの他には化粧台や某テーマパークのぬいぐるみなど、女性らしい家具や小物がいくつか散見される。
ベッドの上に彩音の衣服を放り捨て、蓮夜は彼女が持っているはずの登山用品一式を探す。
リュックサックとストックは押し入れに、水筒は台所に、タオルは洗面所に、登山ウェアはタンスの中で登山靴は靴入れに……。
(こんなものか……)
小学校の行事でしか登山をしたことがない蓮夜にとって、思いつく登山用品はこんなところだった。
登山用品と一緒に、蓮夜はある物を押し入れの奥から取り出していた。
それは、大きめのキャリーケースだった。
おそらく彩音が旅行などで使っているものであろうが、蓮夜はそれを見てあることをひらめく。
彩音は日本の成人女性の平均身長と比べてもやや小柄な体格だが、それでも山の中で意識の無い成人女性を運ぶのは大変だ。
このキャリーケースに彼女を入れて運べば、担いでいくよりは楽に運べるはずだ。
(この機転……ふひっ、やっぱりおれは天才だ!)
行き当たりばったりな思いつきで悦に浸った蓮夜は、キャリーケースと登山用品を持って直ぐ様部屋を出る。
扉に外から鍵をかけ、階段を降りて裏の駐車場へ回り、再び車に乗り込む。
彩音はまだ目覚める気配はない。
蓮夜は用意していたハサミで彩音の両手足の拘束を解き、彩音に登山ウェアを着せる。
上下着せたところで再び両手足をガムテープで拘束し、蓮夜は彩音のスマホを弄る。
狙い通り彩音のSNSのアカウントに自動ログインできた蓮夜は、明日件の山で登山をする旨を、彼女の文章を真似て書き込む。
これで偽装工作は完了だ。後はこのまま彩音の車で、件の山へ向かう。
「もうすぐ………もうすぐだ……ブフフッ」
薄ら笑いを浮かべながら、蓮夜は車を走らせた。
___時刻は深夜、丑三つ刻。
県境を越え、国道から山沿いの脇道に逸れたところに、絶好のパーキングがある。
このパーキングは森の中に入れるハイキングコースの入口に隣接していて、そこから少し逸れれば登山者向けの散策コースに入れる。
このコースは傾斜は比較的なだらかだが、柵や目印となるものがほとんど無いため迷いやすく、おまけに少しコースを逸れれば銃猟が行われる狩猟区域に入るため、狩猟解禁中の今の時期は登山コースとしては特に人気が無い。
そのコースを進めば、件の熊が目撃されたエリアの近くまで行ける。
時期、時間帯、登山コース。
全てにおいて第三者に目撃される可能性の低い、理想的な状況だ。
蓮夜は車から降り、リュックサックを地面に下ろす。
このリュックサックは彩音の物ではなく、自身の犯行に使う道具を入れるために蓮夜が持参したものだ。
蓮夜は改めて、犯行に必要な道具が欠けていないか確認する。
ダークウェブで購入した熊の毛皮と、改造スタンガンと、鉤爪の三つ。それに加えて、打撲痕を残すための金属バットと、手足を拘束する用のガムテープ。そして顔を隠すための目出し帽。
充分だ。あとはこれを背負って、唯崎彩音をキャリーケースに押し込み、彼女と彼女のリュックサックを山の中に運んで、そこで彼女を嬲り殺すだけだ。
そう思っていた蓮夜は、この後自身が予想だにしていなかった計画の”穴”に躓くことになるのだった。
__第八話へ続く__
七之譚第七話、いかがでしたでしょうか?ここからは、登場人物紹介其の三十八です。
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・唯崎彩音
・誕生日:2月3日(25歳)
・身長:161cm ・体重:秘密
・隣県の町の市役所で事務員をしている女性。人当たりは良いが、時に言うべきことははっきりと口にする性格。元から自然が好きで、仕事を覚えるのが大変だった新人の頃、仕事終わりの夜に動画サイトで山の風景の動画を観て日々の癒しとしていた。それが高じて、自分でも休暇に登山をするようになった。今はまだ近場のスポットしか巡れていないが、纏まった休みが取れたら、日本各地の様々な山を登りたいと考えている。




