表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
七之譚 悪意ノ爪痕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/74

〜第六話 西條寺蓮夜の憎しみ〜

 ドーモ、政岡三郎です。七之譚第六話、始まります。今回は、とある男の回顧録です。

 西條寺(さいじょうじ)蓮夜(れんや)は今年でもうすぐ34歳になる、実家暮らしの市役所の清掃員だ。


 彼の父親は県議員で、幼少の頃より何不自由無い生活を送ってきた。


 そんな彼は、10年以上もの間自宅に引きこもっていた過去がある。


 切っ掛けは22の頃、地元の大手企業の面接に落ちたこと。


 22年間何一つ挫折というものを味わってこなかった彼の、人生初の挫折だった。


 もっとも蓮夜自身は、その事を挫折と認めてはいない。


 東帝大卒の俺を落とすなんて、あの企業は見る目がない。というかそもそも、はじめからあの程度の企業なんて眼中に無かった。俺はあんな見る目のない企業に飼い慣らされるような器じゃない。俺ら東帝大出身の、選ばれし人間なんだ___。


 就活に失敗した蓮夜の、10年以上にも渡る口癖だ。


 挫折を認められない弱さこそが、蓮夜が自分自身の人生を大きく歪める要因になったのだと、のちに彼の学生時代の恩師は語っている。


 自室でネットサーフィンやゲームをしながら、腹が減ったらお小遣いでデリバリーサービスを頼み、家族が就職の話をすれば癇癪を起こす。


 そんな生活を続けた蓮夜は、この11年で体重が10kgも増えていた。


 そんな蓮夜の自堕落な生活に耐えかねた父親は、自身のツテで彼を強制的に働かせることを決心した。


 その就職先というのが、市役所の清掃員だった。


 初めは働くのを渋っていた蓮夜だが、いつしか積極的に職場へと出向くようになっていた。


 けれど、真面目に働く気になったというわけではなかった。


 彼は職場に着けば、一応は作業着に着替えるものの、やることといえば至極適当なモップ掛けのみで、トイレ掃除などの面倒な業務には一切携わらない。


 休憩と称して仕事をサボってゲームをするなど、日常茶飯事だ。


 市役所側も、蓮夜が議員の息子だと分かっているため、彼に対してあまり強くは出られない。


 蓮夜が積極的に職場へと出向くようになったのは、ここが彼にとって”働きやすい”職場であったことが、要因の一つだ。


 だが、理由はそれだけではない。


 蓮夜が職場へと積極的に通うようになったことには、もう一つ大きな要因がある。


 それは、唯崎彩音という女性だった。


 彼女は蓮夜と同じ市役所の事務員として働く女性で、彼女のことを気に入った蓮夜は、仕事中にも関わらず執拗に彼女にアタックした。


 ある時は、「休日何してる?」だの、「どこに住んでるの?」だのと、彼女のプライベートを執拗に聞き出そうとしたり。


 またある時は、「小学生の頃に俺の作文が賞を取った」だの、「中学のテストの成績では学年で1位を取った」だのと、彩音が聞いてもいない自分語りをつらつらと述べてきたり、東帝大卒という学歴を自慢したのも、一度や二度ではなかった


 それも、彼女が仕事中だろうとお構い無しでだ。


 蓮夜のしつこさに辟易した彩音は、同僚たちが見ている目の前で、盛大に彼を振った。


「あなたに興味はありません!こっちが仕事中なのに、口を開けば過去の自慢話ばかり……学歴しか、誇れるものがないんですか?未練たらしい。これ以上しつこくつきまとうようなら、こっちも出るとこ出ますからね!」


 彩音のその言葉は蓮夜にとって、就活を失敗した時以上の屈辱だった。


 この俺が声をかけてやってるのに……。


 こんな屈辱的な言葉を、下級役人共の前で言われるなんて……。


 蓮夜が呆気に取られていると、その様子を見ていた誰かが堪らずに吹き出した。


 その瞬間、蓮夜はキレた。


 まだ清掃の仕事が残っているにも関わらず、蓮夜は掃除道具を床に叩きつけて、直ぐ様帰宅した。


 その夜、蓮夜は帰宅した父親に、唯崎彩音をクビにするよう市長に命令してくれと頼み、父親に頬を引っ叩かれた。


 その後、仕事を辞めてまた引きこもってしまうかと思われた蓮夜だが、意外にもそうはならなかった。


 蓮夜は後日、迷惑をかけた彩音や職場の面々に謝罪して、それ以降まるで心を入れ替えたかのように真面目に清掃の仕事をするようになった。


 周りの人間は、あの出来事で彼が反省したのだと思った。


 ___しかし、そうではない。蓮夜は、反省などしていなかった。


 それどころか蓮夜は、あの日から今に至るまで静かに、復讐の炎に薪を焚べ続けていた。


 蓮夜の中では最早、彩音に恋した記憶は遠い過去。


 桃色の恋は、どす黒い憎しみに姿を変えていた。


 唯崎彩音は、必ずこの手で殺す。


 黒い決意を胸にした蓮夜は、表では真面目に仕事をする一方で、裏では着々と復讐の準備を進めていた。


 まず蓮夜は、彩音の住所を調べた。


 蓮夜にとっては幸いと言うべきか、これには然程時間は掛からなかった。


 彩音は職場である市役所まで、車を使って通勤していた。


 そこに目をつけた蓮夜は、ネットで小型のGPS発信機を購入し、彼女の車にこっそりと取り付けた。


 彩音が仕事を上がった少し後に蓮夜も仕事を上がり、彼はそのままスマートフォンでGPSの位置を確認し、その場所へ向かう。


 もしも彼女の自宅が徒歩圏内だったり、電車やバスなどの交通機関を使って職場に来ていたら、こうはいかなかった。


 その場合だったら、蓮夜は彩音のバッグに発信機を仕込むか、或いは彼女をストーキングする以外に彼女の住所を調べる方法はなかっただろう。


 だがそれらの方法は、どちらもバレるリスクが高すぎる。


 万一発信機がバレたら真っ先に自分が疑われるだろうし、ストーキングなんかは下手をすれば現行犯だ。


 その点、車であればバッグなどとは違い、すぐに発見されるリスクは低い。


 だからこそ、彩音が車通勤だったのは好都合だった。


 発信機を追ってたどり着いたのは、とある駐車場付きのアパートだった。


 駐車場には彼女の車もある。ここが彩音の住むアパートで間違いないだろう。


 駐車場こそ付いているものの、見たところ相当年季の入ったアパートだ。たぶんオートロックも付いていない。


 ちなみに彩音が一人暮らしなことは、既に調べがついている。


 調べがついているといっても、彼女と同僚の会話を盗み聞きしただけだが……。


 ともかく彩音は、オートロックも無い古いアパートで一人暮らしをしているのだ。


 都会から離れた地方ならではの防犯意識の低さだ。おそらく、賃料の安さと駐車場付きという条件だけで選んだのだろう。


 いずれにしても、蓮夜にとっては好都合だった。


 蓮夜は駐車場からアパートを見上げる。


 アパートは六部屋あり、その内明かりがついている窓は三つ。


 一階中央の部屋と、二階の両端の部屋。


 この三部屋の内のどこかが彩音の部屋だ。


 だが、今日はここまでだ。


 焦る必要はない。住んでいるアパートさえ判れば、彩音がどの部屋を使っているか調べる方法など、いくらでもある。


 蓮夜は発信機を回収し、その日は大人しく帰宅した。






 彩音のアパートを突き止めてから数日、蓮夜は復讐の方法を考えていた。


 はじめの内は部屋が判らないためアパートに直接火をつけて殺すことを考えたりもしたが、すぐに首を横に振った。


 それだと確実性に乏しい上、放火の瞬間を目撃されるかもしれないリスクが付き纏う。


 というか、考えてみれば彩音を普通に殺すこと自体、リスクが高いように思えた。


 蓮夜は既に、彩音とトラブルを起こす様子を市役所の職員達に見られている。


 もしも彩音の死に少しでも不審な点が見つかれば、真っ先に蓮夜が疑われるだろう。


 殺すにしても、事故死に見せかけなければならない。


 だが、蓮夜の中には厄介なことに、ただの事故死では満足できない自分がいた。


 唯崎彩音は、この俺にかつてない程の屈辱を与えたのだ。


 可能な限り痛めつけて殺さなければ、この無念は晴れない。


 蓮夜の心の中の自分が、そう訴えるのだ。


 今日も蓮夜は市役所の清掃作業を終え、休憩室で一人考えに没頭する。


 何か、この復讐心を満たせて、かつ誰が見ても事故死に見える殺害方法はないか……。


 そう思いながらスマートフォンでミステリー小説の殺人トリックなどを検索している時だった。


 不意にスマホに表示された地域ネットニュースのタイムライン通知に、このような見出しが見えた。


『___H県某市付近の山で、熊の目撃情報。アーバンベアを警戒する県警は地元猟友会と協力し、町の見廻りを強化。』


 それは、蓮夜が住む県のすぐ隣の県の山で、いまだに冬眠していない熊が目撃されたというニュースだった。


(熊……)


 そのニュースを見た瞬間、蓮夜はふと、あることを思い出した。


 蓮夜は最近、彩音のSNSをチェックしていた。


 もちろん理由は、復讐に利用できそうな個人情報が載っていないかチェックするためだ。


 彩音のSNS投稿は鍵付きアカウントではないため、蓮夜でもチェックできる。


 確か彩音のSNSには、ここ半年彼女が登山にハマっているという旨の投稿がされていたはずだ。


 改めてスマホで彼女のSNSを確認してみると、そこには案の定登山の様子や新しく買った登山用品などの写真が載せられていた。



 その瞬間、蓮夜の中に天啓が降りる。



 ___登山の最中に、熊に襲われたように見せかけるのはどうだろう?



 天の啓示……というより、それはさながら悪魔の入れ知恵であった。


 冬眠していない穴持たずの熊に襲われたように見せかければ、唯崎彩音を心ゆくまで痛めつけて殺せる。


 近年、全国的に熊が個体数を増やしているという話もあるし、現に今も隣の県の山で熊が見つかったというニュースが発信されたばかりだ。


 そして唯崎彩音は、登山にハマっている。


 彼女が休日に登山をしても、その途中で熊に襲われても、なんら違和感のない状況が揃っている。


 自身のひらめきに胸が高鳴るような感覚を覚えながら、蓮夜は急いで帰宅した。





 ___その夜、蓮夜は自室のパソコンから、”ダークウェブ”にアクセスしていた。


 ダークウェブとは、サーフェイスウェブやディープウェブ等のインターネット利用者それを主に閲覧するサイトとは一線を画す”裏のウェブサイト”だ。


 アクセスが困難で匿名性が高く、それ故に違法性の高い様々なコンテンツや物品などを取引できる。


 引きこもりだった頃、蓮夜はネットゲーム仲間からこのダークウェブへのアクセス方法を密かに聞いていた。


 そんなダークウェブで蓮夜が探している物は三つ。


 一つは未加工の熊の毛皮。これは彩音を殺す際、熊に襲われた証拠として体に熊の毛の繊維を残すため。


 もう一つは電圧を上げた違法改造スタンガン。これは単純に、彩音を熊が目撃された山まで拉致する時に使う。 


 そして最後の一つは、スタンガンとは別のとある武器だった。


 その武器は、識者からは”鉤爪”と呼ばれる、猛獣の爪を模したフック状の刃を持つ武器だ。


 武闘家や暗殺者が使いそうな、いかにもアニメチックな武器だが、それもこのダークウェブであれば___。


(あった……!)


 見つかった。


 未加工の熊の毛皮に、改造スタンガンと鉤爪。


 唯崎彩音の殺害計画で、最も重要な二つのアイテム。


「…………ブフッ。クフフフフ……」


 笑いが止まらなかった。


 もうすぐ、あの品の無い憎き雌犬に、制裁を下すことができる。


 蓮夜は口の端から涎をたらしながら、毛皮とスタンガンと鉤爪、三つの重要アイテムの購入に踏み切った。




__第七話へ続く__

 七之譚第六話、いかがでしたでしょうか?今回は、登場人物紹介其の三十七です。



―――――――――――――――――――――――――――――――


西條寺(さいじょうじ)蓮夜(れんや)


・誕生日:11月26日(33歳)


・身長:169cm ・体重:82kg


・東帝大学出身の元ニート。自身の学歴と実家が有力な議員一族であることから増長し、常に他人を見下す捻くれた性格に育ち、友人と呼べる存在はほとんどいない。その性格が災いし、県内随一の有名企業の面接で躓き、ニートとなった。実家での長いニート生活の後、父親の口利きで市役所の清掃員になり、そこで一人の女性事務員に執着する。その女性にこっ酷く振られたことをきっかけに、彼の荒唐無稽な殺人計画が幕を開ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ