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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
七之譚 悪意ノ爪痕

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〜第三話 転落〜

ドーモ、政岡三郎です。七之譚第三話、始まります。近隣の山々を見渡せる小高い丘の上から、双眼鏡片手に熊を探す直也。そこで直也は、恐ろしい光景を目撃する___。

 一組の出し物であるジビエ料理店を成功させるため近隣の山に現れたという熊を探しに、目撃情報のあった山の近くの丘までやってきた直也。


 健悟との通話を切り、直也は双眼鏡に集中する。


 今、丘から少し離れたところの山の中腹辺りで、木々の間を何かが動いた……気がする。


 もちろん直也も、自分の手で熊を仕留めようなどと考えているわけではない。


 遭遇したところで、猟銃も狩猟免許も持たない直也にはどうすることもできないので、姿を確認したら真っ先に猟友会の会員である一男に連絡を入れる手筈だ。


 もっとも、熊と拳でタイマンを張るというのも直也的には胸踊るシチュエーションだが、今大事なことは確実に熊肉を手に入れること。


 自身の好奇心よりも店舗委員として、クラスの人間をジビエ料理店をやる方向に扇動した責任を取らなければならない。


(今見えたのが熊なら、真っ先におやっさんに連絡だ)


 直也は双眼鏡越しに目を凝らし、正面の山の中腹辺りを探す。


(おっ、いたいた___あん?)


 木々の間を動くものは見つけた……が、どうにもそれは熊ではないようだ。


 人間だ。茶色のロングヘアーに登山ウェアを着込んだ女性が、木々の間を縫うように山を登っている。


(おいおい、こんな時だってのに登山かよ?ここの山で熊が見つかったってニュース、知らねえのか?)


 やれやれといった様子で、直也は目の前の山に向かって声を張り上げる。


「おお〜〜〜〜い!そこのあんたぁ〜〜〜〜!この山ぁ熊が出るぞぉ〜〜〜〜〜!」


 この距離であれば、これくらい声を張り上げれば聞こえるはずだ。


 直也の声に気付いた女性は、山を登りながら精一杯声を張り上げてこう言った。





「たすけてぇええええええーーーーー!!!」





「ッッ!?」


 直也は驚き、改めて双眼鏡で女性の様子を確認する。


 女性はしきりに後ろを振り返りながら、慌てた様子で急いで山を登っている。


(あの女……追われてんのか!?)


 女性の後ろを双眼鏡で確認しようとして、直也ははたと止まる。


 女性がこのままがむしゃらに山を登り、進み続けた先に何があるかを、双眼鏡から目を離し裸眼で確認する。


 女性の進行方向の先には___崖がある。


(ヤベェ……!!)


 直也は咄嗟に声を張り上げる。


「おおーーーーーい、あんたーーーーー!!その先は崖だぁーーーーーー!!」


 女性に向かって必死に叫ぶ直也。


 しかし、直也の必死の叫びも虚しく___。




 女性は崖から転落した。








―――――――――――――――――――――――――――――








 数時間後___。





「___熊……ですかね?」


 病院の集中治療室の前で、若い刑事が隣にいる壮年の刑事と話している。


 壮年の刑事の名は澤城拓海(さわきたくみ)。県警の捜査一課のベテラン刑事だ。


「……」


 澤城は若い刑事の質問に答えず、大硝子窓の向こうの集中治療室で眠る被害者(ガイシャ)を見つめている。


 被害者の身元は既に判明している。


 病院へ搬送されている最中、一時的に意識を取り戻した被害者が、消え入りそうな声で名前と職場を答えたのだ。


 被害者は隣県に住む二十代後半の女性で名前は唯崎(ゆいさき)彩音(あやね)。職業は地元市役所の事務員。


 彼女は数時間前の10時50分に、県内のとある山の崖下で瀕死の状態で発見された。


 状況から察するに、崖から転落したのだろう。


 幸いにも、第一発見者による応急処置が的確だったため、命に別状はない。後遺症等も、おそらく残らないだろう。


 先程、警察の連絡を受けて駆けつけた被害者の同僚から澤城達が聞いた話では、彼女は最近登山にハマっているという旨の話を職場の同僚や親しい人間に話していたらしい。


 SNSにも、彼女がここ二、三ヶ月の内にどこかの山で撮ったと思われる写真が何枚か確認できた。


 前日の書き込みには、彼女が発見された場所の周辺の山で登山をするとあった。


 このことから、登山に行った被害者が誤って崖から転落したものであると、県警は考えている。


 問題は、彼女が”何故落ちたか”だ。


 先程の若い刑事の発言の真意はここにある。


 実は、被害者が見つかった場所の近くは最近熊の目撃情報があった場所に程近い所なのだ。


 更にもう一つ。


 被害者には顔や身体の複数箇所に、熊の爪痕のような5本線の真新しい傷痕があったのだ。


 しかも、傷口からは動物の毛の繊維らしきものまで見つかっている。


 このことから、被害者は登山中に熊に遭遇して、逃げる途中で誤って崖から転落したのだと、若い刑事は考えたのだ。


 この若い刑事、名を二宮(にのみや)というのだが、刑事としてはまだ新米で経験が浅い。


 故にこういった考えに至るのも仕方がない……というか、状況証拠だけ見れば誰でもそう考える。


 しかし、それは無論”素人であれば”の話だ。


 医者から被害者の傷痕の写真を見せられた時に、澤城は真っ先に”熊の仕業ではない”と見抜いていた。


 まず、被害者の傷痕のつき方だ。


 被害者は全身の打撲に加え、顔や身体、腕や足や首筋などに5本線の傷痕がくっきりと残っていた。


 はっきり言って、傷痕が”キレイすぎる”。


 野生の熊に襲われたのであれば、傷がもっと抉れるようなグロテスクなものになっているはずだ。


 しかし、被害者は全身の七箇所に爪痕のような傷がありながら、その傷はどこかつき方が一定で、抉れているようなグロテスクな傷は一つもなかった。


 おかしいのはそれだけではない。


 そもそも、なぜ被害者はあの場所で登山なんかをしたのか?


 あの場所で熊が目撃されたことは、ネットニュースのみならず、夕方の全国テレビ放送のニュースでも取り上げていた。


 いくら登山が趣味とはいえ、わざわざそんな危険な場所を選んで登山を決行するなど、馬鹿げている。


 それに、被害者は今日の登山を前日の深夜にSNSで唐突に告知したのだ。


 病院に駆けつけた被害者の同僚女性の話によると、彼女は今日唯崎彩音があの場所で登山をするということを、これっぽっちも聞かされてはいなかった。


 もし聞かされていたならば、真っ先に彼女を止めていたと彼女は言っていた。


 何故唯崎彩音は唐突に登山を決行し、そしていったい”ナニ”に襲われたのか。


 コトの真相を、被害者である唯崎彩音本人に直接確認できれば良いが、彼女は今、麻酔が効いてぐっすりと眠っている。


 仮に起きても、当分は面会謝絶かもしれない。


 澤城が考え込んでいたその時、彼の持つスマートフォンが振動する。


 ポケットからそれを取り出して画面を見ると、鑑識が事故現場から押収した物の画像が送られてきていた。


 押収した物といっても、被害者は発見された時登山道具等を何一つ持っておらず、あったのは”血のついた壊れたスマートフォン”だけだった。


利賀(とが)さんからですか?」


 二宮が澤城に訊ねる。


 利賀というのは、県警の鑑識課で一番の古株である鑑識官の名前だ。


「ああ。事故現場に落ちていたスマートフォンの解析が終わったらしい」


 澤城の一言に、二宮は首を傾げながら更に訊ねる。


「解析って……被害者の物ではないんですか?」


「そうらしい。現場に落ちていたスマホは、いわゆるキッズケータイというやつで、付いていた血も被害者の物ではなかったみたいだ」


 澤城のその言葉に、二宮は目を丸くする。


「キッズケータイって……現場に子供が居たってことですか!?」


 二宮が驚くのも無理はない。


 現場に落ちていたのが子供用のスマートフォンで、更にそれに事故被害者のものではない血が付いていたということは、事故現場に子供がいて、更にその子供の身に何かが起きたかもしれないということだ。


「スマホの持ち主は判ったんですか!?」


「落ち着け二宮。利賀さんからの報せによれば、壊れていたのは表面の液晶画面だけで、内部データまでは破損していなかったみてぇだ。スマホの持ち主の名前は……なに!?」


 メッセージに書かれたスマホの持ち主の名前を見て、今度は澤城が目を丸くする。


「ど、どうしたんですか、澤城さん?」


 突然驚いて声を上げた澤城に二宮が訊ねるが、澤城は二宮の方に見向きもせず、スマホの画面を見たまま固まっている。


 鑑識の利賀がスマホの内部データを解析して判った、持ち主の名前。それは___。




「田村………直也だと…!?」




 その名前は、今から約五ヶ月前___。


 その頃澤城は、葛西君枝という女の身辺を洗っていた。


 彼女は澤城と同じ県警の刑事(といっても彼女は生活安全課であったが)でありながら、二人の女性の身体の一部を蒐集し、自身の住むマンションに保存していたシリアルキラーだった。


 そんな葛西君枝の逮捕劇に何故か関わってしまったのが、小学五年生の田村直也という少年だった。


「えっ?田村直也って、五ヶ月前の葛西先ぱ……いえ、葛西君枝の逮捕に関わった、あの少年ですよね?」


 二宮は五ヶ月前、葛西君枝についての澤城の直也への事情聴取に同席していたので、直也の顔は知っている。


「事故現場で見つかったスマホが、あの坊主のモンだったんだ!」


 そう言うと澤城は、今日一番の驚きの表情を見せる二宮を置き去りに歩き出す。


「ちょっ……澤城さん!?どこへ……!?」


「現場だ!お前も来い!」


 二宮にそう呼びかけつつ、澤城は早足でその場を後にする。


(ったく、なんでこうも厄介事に首突っ込むんだ、あのガキは……!?)


 嫌な予感を覚え、澤城は舌打ちをした。







―――――――――――――――――――――――――――――







 ___数時間前。


「マジかよ……クソッ!!」


 女性が崖から転落したのを見て、直也は丘を駆け下りる。


 直也がいる丘から女性が落ちた崖下までは、全力で走れば5分と掛からない。


 丘を駆け下り木々の間を抜けると、転落した女性はすぐそこにいた。


「おい、あんた!!生きてるか!?」


 女性の傍に駆け寄り、脈を確認する直也。


 弱々しいが、脈はある。怪我は酷いが、まだ助かる見込みはありそうだ。


 直也は直ぐ様スマートフォンを取り出し、救急に電話を掛ける。


『___こちら119。救急ですか?火事ですか?』


「救急だ!すぐに___」




 その時だった。


 救急車を呼ぼうとした直也の頭に、衝撃が走った。


 最初直也は、自身に何が起きたのか判らなかった。


 まず、スマホを当てている方の側頭部から衝撃。次に視界が揺れ、自身の体が地面に横倒れになる。


 手から離れたスマホが地面に落ちる。


(___何が___起きた__?)


 次第に薄らいでゆく意識の中で、地面に倒れ伏す直也が最後に見たものは___。


 ___自分と女性の間を隔てるように立つ、”泥まみれの足”であった。




__第四話へ続く__

 七之譚第三話、いかがでしたでしょうか?ここからは、登場人物紹介其の三十五です。



―――――――――――――――――――――――――――――――



二宮(にのみや)(けい)


・誕生日:2月1日(27歳)


・身長:180cm ・体重:68kg


・県警の新米刑事。去年までは交番勤務だったが、本人の強い希望で今年の春に刑事課に異動した。警察学校時代の成績も優秀で、刑事としてのやる気も正義感も人一倍強いが、刑事としてはまだまだ経験の浅さが目立つ。趣味はサーフィンで、学生時代は冬でも構わずボードを持って海へ繰り出していたが、刑事になってからは纏まった休みが取れず、最近はご無沙汰。

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