〜第六話 旧校舎〜
どうも、政岡三郎です。余談ですが最近になって、二話と三話を夕方の5時ではなく早朝の5時に投稿していることに気付きました。ウッカリ……。そんなわけで、直也之草子第六話です。旧校舎にやってきた直也と健悟。そこで二人が目にしたものは……。
築100年の木造の旧校舎。
この中学校の歴史を感じられるその趣は、ともすれば怪談話に出てくるような、えもいわれぬ不気味さを感じさせる。
「よし、ここだな?」
旧校舎を見上げる直也と健悟。
白鳥の話では、この旧校舎に鴇島と鶫屋の失踪に繋がる手掛かりがある可能性が高い。
「……マジで来ちゃったよ………。なぁ、こっからどうするよ?」
ごくりと生唾を飲み込み、若干引け腰気味になりながら直也に問う健悟。
「ま、とりあえず入ってみんべ」
そう言うと直也は、ズカズカと旧校舎の入口前まで歩いていく。
扉に手をかけて開けようと試みるが、扉はガタガタと音を立てるだけで、開く気配はない。
「……やっぱ開かねぇよな」
ここに来る前に白鳥も扉が開かなかったと語っていたので、直也としてもここまでは予想の範疇だ。
「さぁて、どうするか……俺としては、ブチ破って中に入るのが手っ取り早いが……」
「や、やめとけって……教師とか風紀委員に見つかったらどうすんだよ」
直也の提案を、健悟はすかさず否定する。
「まぁ、だよな……。仕方ねぇ、どっか入れるところ探すぞ。健悟、俺は左から見て回るから、お前は右から見て回れ」
「お、おう」
そう言って二人は左右に別れて旧校舎への侵入口を探す。
窓はどこも施錠されていて開いていない。中を覗き込んでみても、薄暗いだけで特になんの変哲もない教室があるだけだ。
旧校舎の外側を側面まで回ってきた時、ふと健悟の視界にあるものが映り込む。
「ん?」
何故だか分からないが、健悟は自身の視界に入ったその"あるもの"が妙に気になり、それの傍まで歩いていく。
「……なんだ、これ?」
それは30㎝程度の、真っ二つに割れて横倒しになった古い地蔵のようなものだった。
地蔵……のようだが、世間一般でいうところの地蔵とは、どことなくフォルムが違う。
その地蔵を見て健悟はなんとなく不吉な予感を感じ、そそくさとその場から離れる。
そうこうして互いに旧校舎の周りを半周した二人は、校舎の裏手で合流する。
「おう、健悟。どっか入れそうなところあったか?こっちは駄目だ。どこの窓も完全に閉まってやがる」
直也はそう言うと、忌々しそうに旧校舎を見上げる。
「いや、こっちも入り込めそうなところはなかったけど……なんか向こうに変なもんあってよぉ……」
「あん?変なもん?」
健悟の言葉に直也は眉を上げる。
「ああ、なんか向こうに変わった見た目の地蔵があってよ……、それが真っ二つに割れて転がってんの……。正直、気味悪りぃよ。直也、ここマジでヤベェんじゃねぇの?」
言っていて鳥肌が立ったのか、身震いする健悟。
「ハッ、上等じゃねぇか」
直也は不敵に笑い、最後に残された裏口の扉を睨み付ける。
「さて、残ったのはここだが……」
直也は裏口のドアノブに手をかけ、ガチャガチャとドアノブを回すが、扉は一向に開く気配がない。
「……」
直也は少しだけ扉に背を向けた後、振り返り様に扉を思い切り蹴りつける。
「お、おい直也……」
「大丈夫だって。裏口なら、向こうまで音が響きやしねぇだろ」
そう言って直也はもう2、3度と扉を足裏で蹴りつける。すると……。
カチャリ。
「お?」
「エ?」
更に扉を蹴りつける直也とそれを制止しようとする健悟が、同時にその音に気付く。
直也が足を退けると、扉はギィィ……と音を立ててゆっくりと開いた。
「へへ、やったぜ!」
しめたとばかりに直也は旧校舎の中へ入っていく。
「ま、待てよ直也───」
健悟が直也についていこうとした、その時───。
バタン、と。
開いたはずの扉がひとりでに閉まった。
「あん?」
「え!?ちょっ!?」
突然扉が閉まったことに動揺し、健悟はガチャガチャとドアノブを回すが、扉は開かない。
「おい、なに閉めてんだよ」
扉の内側から直也が声をかける。
「お、俺じゃねぇよ!勝手に閉まったんだって!」
そう言いながら、健悟はガチャガチャと何度もドアノブを回し扉を開けようと試みるが、扉は硬く閉ざされ開かない。
「ふぅん……まぁいい。健悟、お前はそこで待ってな。俺はこのまま、中を見てくるぜ」
直也は扉の向こうの健悟にそう告げ、奥へと歩いていく。
「ま、マジで大丈夫かよぉ~……」
一人残された健悟は、不安そうにそう呟いた。
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教室、物置、トイレ。
一階から順に旧校舎内を見て回る直也。
そこかしこがボロボロでかつ埃だらけで人の姿など見当たらないが、うっすらと人の居た痕跡は見てとれた。
(……白鳥の言ってた通り、不良共が使ってた形跡はあるな……。煙草の吸い殻にコンビニのパンの袋……お、こんなところにエロ雑誌なんかも隠してやがんな)
机の中にあったエロ雑誌をパラパラとめくり、机の上に放り投げる。
(……一通り見たが、一階はこんなモンか。じゃあ次は二階……お?)
廊下に出て上の階へと続く階段の前に立った直也はふと、そこにあるものが落ちていることに気付く。
髪の毛だ。それも、結構な長さの。
直也はその髪の毛をつまんで拾い上げると、それをまじまじと見てから、階段の上に視線を戻す。
その時。
不意に髪の毛をつまむ指に違和感を覚え、直也が再び髪の毛に視線を移すと、つまんでいる髪の毛がひとりでに指に絡み付こうとしているように見えた。
「ぉおっ!?……っと」
咄嗟に指をぶんぶんと振ると、髪の毛は何事もなかったかのように床に落ちる。
見間違いだったのだろうか?或いは……。
直也は再び階段の上を見上げ、白鳥が見たという三階窓際の人影の話を思い出す。
「………鬼が出るか、蛇が出るか……。どっちが出ようが、ブチのめすぜ……!」
直也は階段を上がる。まずは二階、そしてその次は、白鳥が人影を見たという本命の三階だ。
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二階を調べたものの、結局めぼしい手掛かりは何も見つからなかった。
やはり本命は三階か。そう思い、直也は再び階段を上がる。
三階に着いた直也は、階段から左右に伸びる廊下を交互に見る。
(白鳥は三階の窓際っつってたが……正確にどの辺りの教室か聞いとけばよかったぜ……)
とりあえず直也は、どこかしらで聞いた迷ったら左の法則に従い、左手の廊下の教室から順に回っていく。
まず一つ目の教室。
使われていない古い机が、奥の方に積み重なって置かれているだけで、特に変わったところは無い。至って普通の空き教室だ。
左側の廊下に並ぶ教室は三つ。これであと二つだ。
直也はそのまま、隣の教室に移動する。
やはりここも一つ目の教室同様、奥に机が積み重なっているだけで、人がいる形跡は無い。
(……次が左側の廊下の、一番奥の教室だな)
直也は二つ目の教室を出て、一番奥の教室に入る。
ここもまた、先の二つの教室同様、奥に机が積み重なっているだけの、ただの空き教室のようだった。
(……ここもハズレか)
教室を出ようと踵を返した直也の耳に、夕刻を報せるメロディチャイムが届き、ふと足を止める。
(もうそんな時間か……)
窓際まで歩くと、真っ赤な夕陽が西の空に浮かんでいた。
「そういやぁ月男のやつは、逢魔刻になると髪鬼とやらが現れるっつってたが……逢魔刻っつうと、夕方だよな?」
直也は以前、とある女性から逢魔刻について教えてもらっていた。
ちなみに、いま月男に取りに行かせている"ある物"も、その女性から貰った物だ。
(……もしかしたら、なにかしら起こるかもしれねぇな。お袋に叱られるの覚悟で、少し待ってみるか……ん?)
その時。
あるものが、直也の目に留まった。
窓際の棚の上、夕陽に照らされる"ソレ"は、ソレ自体が夕陽よりも生々しい、ドロッとした赤い色をしている。
(……!!こいつは……!!)
直也には、すぐにそれが"血"であることが解った。
量は少ないが、まだ新しい。
(まさか……!?)
直也の脳裏に、嫌な光景が浮かぶ。
「クソッ!!」
直也は直ぐ様踵を返し、大声で叫びながら走り出す。
「鴇島!!鶫屋!!どこだ!?居たら返事───」
この時直也は───。
空き教室を出てすぐ左手に、髪の長い何者かが刃物を持って待ち構えているとは、夢にも思わなかった。
ほんの一瞬だけ、直也とその何者かの目が合う。
手入れのされていないボサボサの長い髪の隙間から覗く、瞳孔の開いた目。
「───ッッ!!」
咄嗟に直也は、上半身を大きく後ろへ仰け反らせながら後方へ跳んだ。
その瞬間、空を切るのは血の付いた刃物。
そのまま後転して体勢を立て直す直也。
咄嗟の事とはいえ、結果的に逃げ場の無い空き教室に追い込まれた直也は、唯一の逃げ道を塞ぐように扉の前に立つ、ボロボロのシャツを着た何者かを見て、冷や汗をかきつつも不敵に笑う。
「……ひょっとしたら、悪霊とか妖魔の類いかと思ったが……、やっぱりただの"凶悪犯"じゃねぇか」
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その男の転落人生は、月並みなものであった。
子供の頃から根暗で、友達もほとんど作らずに教育熱心な親の元、ほぼ勉強だけの毎日。
中学の頃にはその性格が元で周囲から酷いいじめにあったが、それでも彼はめげずに、周囲を見返したい一心でひたすらに勉強に打ち込んでいた。
そんな彼にも、高校三年の秋に初めて彼女ができた。
相手は隣のクラスの同級生で、彼とは真逆の性格の社交的な女子であった。
18歳にしてようやく訪れた人生の春は、彼の大学受験失敗を機に儚くも終わりを告げた。
一流大学合格を切望していた親には見限られ、受験に合格した彼女はあっさりと彼のもとを離れていった。
人生の大半を勉強一筋に生きてきた彼は、高三で出来た唯一の心の支えすらも失い、正に人生のどん底にいた。
だが、これで終わっていれば彼の心が壊れることはなかっただろう。
しかし運命は、彼の人格を粉々に破壊する決定打となる無慈悲な追い討ちを仕掛けた。
切っ掛けは、アルバイト終わりの帰りのバスの中。
大学受験失敗と共に彼のもとを離れていった元彼女が、偶然にも彼の二つ前の席に見知らぬ男と共に腰掛けた。
二人とも彼の存在には気付かず、楽しそうに話をしていた。
やがて男の隣に座っていた元彼女が、さも可笑しそうにこう言った。
高三の秋に、罰ゲームで好きでもない男と付き合った……と。
地獄のような期間だったとも言った。
元彼女は最後に言った。
その罰ゲームで付き合っていた男が受験に失敗した後、振ってやった時の顔は、見物だった……と。
さも笑い話であるかのように、隣の男と一緒になって、ゲラゲラと嗤っていた。
その瞬間。
彼の中で、ある衝動が再燃した。
それは小学生の頃。
どこのクラスにも一人は居る、月並みなガリ勉少年だった彼がたった一度だけ表に出した、誰にも見せることのなかった異常性。
ある日塾から帰る途中、彼は道端で翼を怪我した小鳥を拾った。
彼は親に内緒で小鳥を家に匿い、怪我が治るまで大切に看病をし───。
やがて小鳥の怪我が治り、いざ再び大空へ羽ばたこうとした、その時───。
彼は持っていたカッターで、小鳥の腹を引き裂いた。
何故そんなことをしようと思ったのかは分からない。
なんのしがらみもなく、自由に大空へ飛び立てる小鳥が羨ましかったのか、はたまた大事に看病した小鳥が自分のもとから飛び去ってしまうのが寂しかったのか……。
或いはもしかすると、最初からこうするつもりで小鳥を持ち帰ったのかもしれない。
一つだけ確かな事は、内向的なだけの普通の少年だった彼の中に、この時確かな狂気が見てとれたということだけ。
以来彼は今この時に至るまで、内に秘めた狂気を一度として表に出すことなく生きてきた。
そして今日、バスの中で───。
今まで忘れていた狂気が再燃した。
──七話へ続く──
直也の草子第六話、いかがでしたでしょうか?最近予約掲載で夕方5時と朝5時を間違えていたので、気を付けなきゃですね。それでは、ここからは登場人物紹介其の五です。
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・鴇島雅治
・誕生日:2月14日【バレンタイン】(13歳)
・身長:166cm ・体重:54kg
・地元の中学校に通う不良生徒。鶫屋とは幼馴染。中学に上がりたての頃、当時学校で一番喧嘩が強かった白鳥に憧れて不良デビューした。意気揚々と髪を染め、手始めにと近所の小学生達にカツアゲを行ったところを直也に咎められ、そこから彼との因縁が始まった。実家は肉屋。