〜第六話 一男の実力〜
ドーモ、政岡三郎です。六之譚第六話、始まります。直也に遅れてやって来た一男。鴉天狗は、結奈と直也を連れて帰ろうとする一男の前に立ちはだかり、彼に勝負を挑む___。
「おやっさん!!」
「一男さん……」
音もなく鴉天狗の背後から現れた一男を見て驚く直也と結奈。
「やっほー、ママ。迎えに来たよー」
一男のその声で、結奈の目からぽろぽろと涙が溢れ出す。
今まで気丈に振る舞っていた結奈だったが、やはり心の何処かでは不安だったのだろう。
結奈が一男に抱きつく。
「一男さん……!!」
「おお、よしよし……怖かったね。もう大丈夫」
一男はそう言って結奈を宥めつつ、側にいる直也の頭にゲンコツを落とす。
「痛って!?」
「おウチに帰りなさいってあれほどいったでしょうがおバカ。もっとひどい怪我をしていたら、いったいどうするつもりだったんだい?」
頭を殴られた衝撃で軽く目を回す直也に、一男が息子の月男よろしく無表情で説教する。
「だ、だってよぉ……結奈さんが連れ去られたのは、俺の責に……あだっ!?」
「言い訳しな〜い」
二発目のゲンコツをもらい、涙目になる直也。
「二発も殴ることねえだろ!?ってかおやっさん、俺のダメージに気付いてんのか?」
「肋の辺りでしょ?帰ったらすぐに包帯巻かないとね」
自身のダメージを一発で言い当てられ、思わず面食らう直也。
やはりこの人は、とぼけた顔をしているようでいてその実妙に鋭いと、直也は思う。
「ああ、そうそう。急いでここまで来たから見てないけど、電話で言ってた刀のこと、日を改めて話してもらうからね?」
「うぐっ……ってかおやっさん、持ってきてねえのかよ?話し損じゃねえか、俺……」
直也はこんなことなら話すんじゃなかったと後悔するが、後の祭りである。
「それと、もう一つ」
「ま、まだなんかあんのかよ!?」
これ以上文句を言われるのかと直也は身構えたが、一男の口から出た言葉はこれまでと違う類いのものであった。
「君の行動の是非はともかく、結奈のこと心配してくれて、どうもありがとうね」
先程と変わらぬ口調&無表情で述べられた礼に、直也は思わず拍子抜けして「お、おう……」と微妙な反応で返す。
「それじゃあなるはやで帰ろっか。直也の怪我の応急処置もしなきゃならないしね。歩けるかい、直也?」
「ままま、待てぇ〜〜〜い!!」
かえろうとする一男を真っ先に呼び止めたのは、それまで空気のように存在感の薄かった鴉天狗であった。
鴉天狗は、一男の進行方向を塞ぐように立ちはだかる。
「え?なんですか?」
奇天烈な出で立ちの長身の男を前にしても、一切調子を崩すことのない一男。
「貴様が結奈殿の夫だな!?我が名は鴉天狗!結奈殿の夫の座をかけ、我と勝負しろ!!」
「いいよ。ぇいっ☆」
気の抜けるような掛け声で繰り出されたのは、目にも止まらぬ速さの踏み込みの、顔面右スマッシュだった。
「!?!?」
ノーモーションから繰り出された、あたかも音を置き去りにするかのような素早い踏み込みからの右拳に、鴉天狗は声を発する間もなくぶっ飛ばされる。
鴉天狗の体が地面を転がり、後方の木に勢いよく背中をぶつける。
「ぐっ………ぉぉ………!?」
脳を揺さぶられ、悶絶する鴉天狗。
それを見た直也は、ゾクリと背筋に戦慄が走るのを感じつつ、ニヤリと笑う。
「……通話ではおやっさんに刀持ってきてくれっつったけど、やっぱ必要なかったな。久々に、おやっさんの”本気”が見れそうだぜ……!」
直也は昔、一度だけ一男の喧嘩を目にしたことがある。
あれはまだ直也達が小学校に上がったばかりの頃、直也、健悟、月男の三人が一男に連れられて山にキャンプに行った時のこと。
その時キャンプ場にたちの悪い大学生のグループがいて、キャンプで出た酒の空き缶などのゴミをあちこちに散らかしていたのを直也が注意したところ、その大学生達に因縁をつけられてしまったのだ。
大学生は十三人程いて、内九人がそこそこガタイの良い男。
そんなことで怯むような直也でもないが、とはいえあの人数の大学生が相手では、まだ小学一年生になったばかりの直也にはどうすることもできなかっただろう。
そこへ割って入ったのが、一男だった。
一男は襲い掛かる屈強な大学生達を独特な動きでいなし、多彩な技で地面に沈めていく。
気付けば大学生の男達は、一男一人の手によってあっという間に無力化させられたのだ。
後で知った話だが、一男は高校時代関東一円の不良達を束ねるヤンキー連合の総長だった過去を持つ、ゴリゴリの(……かどうかは判らないが)元ヤンで、その筋には日本一の番長と呼ばれていたそうだ。
あの時の一男の喧嘩を見てから、直也は彼のことを喧嘩の師と仰ぐようになったのだ。
「カモォン不審者。山の中でコスプレしてる羽の生えた変態に、ママは渡さないZE☆」
一男はそう挑発し、拳を構える。
両手の位置こそオーソドックススタイルに近いが、重心はやや後ろ寄りでの独特な構え方だ。
「お、おのれぇ〜……ほとんど不意打ちではないか!?」
フラフラと立ち上がり、文句を言う鴉天狗。
「不意打ちとは何だ。そっちが勝負しろって言ったから、ちゃんといいよって言ったじゃないか」
言い返す一男。
「ぬぐっ………まぁ良い!勝負はここからだ!!」
鴉天狗が羽団扇を振りかざす。
「ッ!!おやっさん、気を付けろ!あいつあの羽団扇で風を起こすんだ!マジの天狗だぜ!」
直也が一男に忠告した次の瞬間、一陣の風が渦を巻き、一男を取り囲む。
「おやまぁ」
一男が呑気に眺めている間に、一陣の風はやがて小さな竜巻になり、周辺の落ち葉を巻き上げて一男の姿を覆い隠す。
「おやっさん!!」
「一男さん!!」
直也と結奈が声を上げるも、その声は風の音と落ち葉の擦れる音にほとんど掻き消されてしまう。
一方、鴉天狗が巻き起こした竜巻の中心にいる一男は、このような状況下にあってもなお何を考えているか判らない表情のまま、しかしその実冷静に状況を鑑みていた。
(う〜ん、確かに風を起こしてるけど、これは目眩ましだね)
一男の予想は当たっていた。
確かに一男の周りを強い風が取り囲んではいるが、人一人の体を宙に浮かせる程の強い竜巻でもない。
尤も、鴉天狗が全力を出せば人の体を宙に浮かせる程の竜巻も起こせるのかもしれないが、今一男の周囲を取り囲む竜巻は、明確にそういった類いのものではない。
「だとするとねぇ〜……」
一男はその場で聞き耳を立てる。
風の音と落ち葉同士の擦れる音で聞き取りづらいが、耳をすませば確かに直也と結奈の声、そして鴉天狗の高笑いが聞こえる。
「___フハハハハ!何も視えまい、聴こえまい!そのまま、我が一撃に沈むがいい!!」
聴こえてます、一応。
「……ここかっ」
鴉天狗の声のした方に向かって、漫画のような飛び蹴りを繰り出す一男。
その瞬間、声の聴こえた方から鴉天狗が風のベールを突き破り、一男同様に飛び蹴りのポーズで現れる。
飛び蹴りと飛び蹴りが交差する。
この時、鴉天狗は一男の胴体を狙っての飛び蹴りだったのに対して一男は、おそらく相手は狙いやすい胴体の辺りを狙ってくるだろうと見越しての、少し高めの飛び蹴り。
一男の狙いがハマり、鴉天狗の蹴りは一男の拳一つ分下を通過し、一方の一男の蹴りは鴉天狗の顔面をピタリと捉える。
「なにィイッ!?」
一男の飛び蹴りをもらい、鴉天狗の体は縦に一回転した後、背中から地面に落ちる。
一方の一男は、綺麗に地面に着地した後カンフー映画さながらにポーズを取ったかと思えば、次の瞬間には両手を上げて無表情ではしゃぎ回る。
「わ~い、勝った〜〜」
一男のその様子を見て、彼が無事なことにほっと胸を撫で下ろす結奈と、ニヤリと笑ってガッツポーズをする直也。
「お、おのれぇ……まだ我は、負けてはいない……!!」
フラフラと立ち上がり、一男を睨む鴉天狗。
強がってはいるが、今のは流石に足にきている様子が見て取れる。
「あ、立った。死ねえ!!」
立ち上がった鴉天狗の鳩尾に、一男は容赦なく頭から飛び込み頭突きをかます。
「ぐふぅッ!?」
鴉天狗は体をくの字に折るが、どうにか倒れずに持ち堪える。
鳩尾に飛び込むように頭突きをかました一男は、うつ伏せに倒れた状態から両腕で体を持ち上げ、体と地面の隙間から曲げた両足を鴉天狗の足元目掛けて突き出す。
一男の足払いで体勢を崩した鴉天狗が前のめりになった瞬間、一男は肩口から鴉天狗の首を抱え込み、背負投げのように投げ倒す。レスリングで云うところの、肩口からの《首投》だ。
投げ倒した鴉天狗が呻き声を上げる間もなく、一男は鴉天狗の首を《裸絞》で絞め上げる。
「ぐっ……この……!!」
鴉天狗は咄嗟に羽団扇を振り上げ、強い風を起こす。
風速にすれば今までで一番強い風が、一男の足元を掬うように吹き付け、膝立ち状態で鴉天狗の首を絞め上げていた一男がバランスを崩す。
絞めが緩んだその瞬間、鴉天狗は風に乗るようにバック宙をして一男の拘束から逃れつつ、未だバランスを崩している彼の背後に回る。
一男の背後に回った鴉天狗が、一男の後頭部目掛けて後ろ蹴りを繰り出す。
一男は上半身をぐりんと振り回すように捻って鴉天狗の蹴りを避けつつ、彼の蹴り脚に抱きついてきりもみ回転しながら倒れ込む。いわゆる《ドラゴンスクリュー》だ。
「ごふっ!?」
蹴り脚を掬われ再び地面に横向きに倒れ込んだ鴉天狗の両足首を両脇に抱え込んで、一男は《逆エビ固め》を仕掛ける。
「ふぐぅッ!?」
鴉天狗の腰からボキッと嫌な音が鳴る。
一男は立ち上がって鴉天狗の両足を支点に、股の下から遠心力を利用して彼の上半身を持ち上げる。
上半身が上がった瞬間一男は鴉天狗の両足を放し、今度は彼の両手首を掴んで彼を引っ張って立たせる。
ふらつく鴉天狗の鳩尾に膝蹴りを入れると、一男は次の瞬間鴉天狗の両手首から手を放し、体を捻りながら拳を握った右腕をグルグルと振り回す。
そして___。
顎に一撃。
強烈な《オヤジのアッパーカット》。
鴉天狗の体が宙に浮き、勢いで顔を隠しているお面が外れる。
そのまま頭から地面に落ちる鴉天狗。
「よっしゃあ!!流石はおやっさんだぜ!」
決着の瞬間を目の当たりにし、直也は再びガッツポーズを取るのだった。
__第七話へ続く__
六之譚第六話、いかがでしたでしょうか?
今回は月男の父、一男の実力に焦点を当てたお話でした。
一男の強さは登場人物紹介其の十九でもちょこっと書きましたが、一男は全国の不良達が憧れる伝説のヤンキーという設定があります。
一男は東京都青女市(架空の市でイメージ的には青梅市)というところ出身で、母親とは幼い頃に死別し、大工の父親と二人暮らしでした。子供の頃から何を考えているか判らない間抜け面で、その反面めっぽう喧嘩が強く、中学、高校とその校の番格を張ってきました。(ちなみに当時の髪型はロケットリーゼント)
そんな一男の青春時代には、共に戦った二人の戦友がいたり、全国津々浦々を巡って各地の不良や暴力集団と戦いを繰り広げたりと、色々なことがあったという設定です。
ココだけの話、実は直也之草子で一番裏設定がある登場人物って一男だったりするんです。
さて、そんな一男と鴉天狗の勝負、はたして本当に決着がついたのか?次回、六之譚最終話です。こうご期待。




