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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
六之譚 一夜神隠シ

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〜第一話 留守番〜

 ドーモ、政岡三郎です。六之譚第一話、始まります。深夜、一時の仮眠から目覚めた珠稀がいる場所は、六本木のとあるオフィスで___。

 直也の母親、田村珠稀(旧姓、伊能里(いのり)珠稀)は結婚前、一流企業で企画部の主任を務める程の、優秀なキャリアウーマンだった。


 結婚して直也を産んでからは、勤めていた企業を退職し、専業主婦として毎日の家事や子育てに勤しんでいた。


 そんな彼女が再就職する切っ掛けになったのは、珠稀の夫であり直也の父親の田村燈也(たむらとうや)の失踪だ。


 詳しいことは省くが、燈也は失踪の折、『”本家”からどうしてもやらなければならない仕事を頼まれた。もし自分に何かあった後、どうしても暮らしが立ち行かなくなった時は、本家を頼ってほしい』という旨の手紙を送ってきた。


 本家とは、田村家の縁者である”坂上(さかのうえ)家”という家で、大昔から続く由緒正しい武家一族だ。


 田村家は、坂上家の分家筋にあたる家系だそうで、燈也は仕事の関係でよくこの本家を訪れるそうだ。


 珠稀は田村家に籍を入れる際に一度だけ、燈也に連れられて坂上家を訪れていた。


 結論から言うと珠稀から見た坂上家の印象は、一部の人達を除いてあまりよろしくはなかった。


 当主と呼ばれる初老の男をはじめ、坂上家の大半の者が威圧的で冷淡で、珠稀が社会の荒波に揉まれながら培った社交マナーを以ってしても、愛想笑い一つ浮かべなかった。


 それどころか、坂上家の当主は珠稀が挨拶を済ませるや否や、平然とこんなことを言い放った。


 ___小さいな。本当にこの女は、田村の跡継ぎとなる男児を産めるのか?


 これには珠稀も、思わず面食らった。


 まさか、初対面でいきなり他人のコンプレックスを突いてくるとは、夢にも思わなかった。


 それも馬鹿にして笑うわけでもなく、淡々とした声色と、ともすれば冷酷にも見える眼差しで、そんなことを言ってきたのだ。


 続けて当主は、こう言った。


 ___1200年以上、坂上の近族として仕えてきた田村の血を、お前の代で絶やすことは(まか)り成らぬ。ゆめ忘れるな、燈也よ。


 その言葉を聞いて、珠稀は思った。


 嫁も子供も縁者すらも、全ては歴史ある御家を守るための道具だという、前時代的価値観。


 この坂上家というところは正に、旧家と呼ばれるところの悪い部分の見本のような家だ。


 もっともそんな坂上家にも例外がいて、当主の四番目の息子とその奥さんだけは物腰も柔らかで、この坂上家において唯一親しみを持てる人間であった。


 ただそのことを差し引いても、やはり珠稀にとって坂上家という場所は、居心地の良い場所ではなかった。


 燈也が『嫌な思いをさせてすまない』と申し訳無さそうに言った時は『気にすんな』と返した珠稀だったが、正直四男夫婦以外のこの家の人間とはあまり関わり合いたくないと、珠稀は思った。


 だからこそ、珠稀は燈也が失踪した後、坂上家を頼らなかった。


 珠稀自身の結婚前の貯金と、燈也の遺した僅かな蓄えがあったから、そもそもそこまで頼る必要がなかったというのもある。


 けれどそれよりもなにより、珠稀の中にあったのは坂上家に対する不信感だ。


 燈也の手紙には、坂上家から仕事を頼まれたと書いてあった。


 燈也の失踪には、坂上家の頼んだ仕事が関わっているのだ。


 つまり燈也は、坂上に道具としていいように使われ、失踪したのだ。そして、珠稀がそれを坂上家に問い質しても、坂上の当主は頑として口をつぐんだ。


 珠稀は思った。坂上家に頼ることで直也まであの家を守るための”道具”の一部として取り込まれてしまうと。


 それが珠稀には我慢ならなかった。


 燈也が失踪したことに関して珠稀が当主を問い質した折、彼は珠稀の質問に答える代わりに、珠稀に養育費や生活費等の条件付きの資金援助を申し出たが、珠稀はそれを突っ返した。


 燈也と私の息子は、あんたらの道具じゃない。そう啖呵を切って……。



__

____

________




 ___東京六本木のとあるオフィスで、珠稀はゆっくりと目を開けた。


 時計を見ると、時刻は深夜3時42分。最後に時計を確認してから40分程経過している。


 どうやら、少しだけ眠ってしまっていたらしい。


 残業なんて二十代の頃以来なので、無理もない。


 けれど、頼まれた資料作成は既に八割方終わっていた。


(……なんであの時の夢なんか…)


 深くため息をついた珠稀は、眠気覚ましに社内にある自販機へエナジードリンクを買いに行く。


 珠稀が今いる場所は、彼女のキャリアウーマン時代の後輩が独立して立ち上げた会社だ。


 夫の燈也がして、珠稀が家事をしながら働ける再就職先を探している時、ちょうど独立して会社を立ち上げたばかりのその後輩から声を掛けられたのだ。


 オフィスが東京にあると聞いて最初は断ろうとした珠稀だが、普段はリモートワークで、会社に顔を出すのは月に一度でいいという、珠稀にとっては好都合な条件を提示され、この会社で再就職することを決めたのだ。


 給料はあまり高くないが、リモートワークのお陰で仕事の空いた時間に家事がこなせて、珠稀としては助かっている。


 そして今回は、その月に一度の会社に顔を出す日だったのだが……。


 普段は朝の新幹線で東京に出向いて、その日の夕方までには日帰りできるのだが、この日はちょっとした仕事上のトラブルに見舞われた。


 なんと珠稀が帰る段になって、明日会社が海外の取引先との会議で使うプレゼン資料を作り忘れていたことが判明したのだ。


 元々資料作りを任されていたのは会社の新人で、別件の仕事で手一杯になっていて、そちらの方の仕事をすっかり忘れてしまっていたらしい。


 だから人手不足を理由に新人だけに仕事を任せるなと、あれほど言ったんだ!!と、珠稀は新人の直属の上司に説教をし、その新人がやるはずだった海外企業へのプレゼン資料作りを渋々引き受けたのだ。


 しかも面倒なのが、その海外の取引先というのがフランスの企業なのだ。


 英語か中国語の資料であれば珠稀にもすぐに作れるが、フランス語の資料となると時間がかかる。


 だから今日、珠稀は会社に泊まり込みで資料を作成することになった。


 珠稀が資料の作成を引き受けた時、新人の上司が自分も残って手伝うと申し出たが、今日徹夜して明日の取引先との会議に支障をきたしたら元も子もないので、珠稀は彼を帰らせた。


(……これが済んだら、社長(あいつ)にナオへの東京土産でもねだるか)


 泊まり込みで尻拭いをしてやっているわけだし、それくらいは許されるだろうと思いながら、珠稀は片手を腰に当ててエナジードリンクを一気に飲み干す。


「……ぷはぁっ!……それにしても」


 珠稀には一つだけ、気掛かりなことがある。直也のことだ。


 会社に泊まり込みでの残業が決まった時、電話で今日は帰れないと伝えはしたものの、そもそも日帰りのつもりだったから、夕飯代を置いてきていない。


 こんなことになるのだったら、テーブルに一万円くらい置いてくればよかった。


 冷蔵庫に食材は入っているが、そもそも直也が家で料理をやるのを、珠稀はほとんど見たことがない。


 精々、ホワイトデーや鹿乃子の誕生日に、彼女にプレゼントするケーキやクッキーを焼いたり、あとはこの前のように秋刀魚を拘って七輪で焼く時くらいのものだ。


 正直子供の直也に、自分や家庭科の先生などの大人の目の届かないところで火や包丁を使わせることが、珠稀は心配で仕方がない。


 普段は直也に対してぶっきらぼうな珠稀だが、なんだかんだで一人息子には過保護なのだ。


(ちゃんと夕飯食べて、歯ぁ磨いて寝てるといいんだけど……)


 一抹の不安を抱えながらも、直也のためにもなるべく朝一で帰るべく、珠稀は残りの資料作りに取り掛かった。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――









 ___数時間前。


『すま〜ん、ナオ〜!今日仕事が長引きそうで、帰れそうにない……』


 電話口の向こうから、珠稀の申し訳無さそうな声が聞こえてくる。


「マジかよ……じゃあ今日の晩飯どうすりゃいいんだよ?出前を頼む金も置いてってくれてねえし」


 受話器を耳に当て、渋い顔をする直也。


 今日の放課後直也は、五年生の男子連中とのクラス対抗のサッカー試合でハットトリックを決め、他の女子達と一緒に試合を見ていた鹿乃子にこれでもかと自身の活躍をアピールした。


 そのため今は、とりわけ腹が減っていた。


『ホントにごめんな、ナオ〜……。今日は家にあるモンで、なんとかしてな?あと、ご飯食べたらちゃんと歯ぁ磨いてな?』


 ばつが悪そうにそう言って、電話を切る珠稀。


 直也はゆっくりと受話器を置いて、ため息を一つつくと、気持ちを切り替える。


「……しゃあねえ。そんじゃあ今日は一丁、自分で晩飯作るか」


 直也は早速台所へと向かう。


 冷蔵庫を開けてみれば、申し分ない程度には食材は揃っている。


「さぁ〜て、何を作るか……」


 冷蔵庫の中を物色していると、ある食材が直也の目に留まる。


「おっ、こいつは……」


 直也の目に留まったのは、250gの豚肩ロース肉だった。


「いいじゃんいいじゃん!せっかく自分で作るんだ。これくらいの贅沢はさせてもらわねぇとな?」


 ロース肉を取り出し、直也は考える。


 使う食材は決まったが問題はこれで何を作るかだ。


(モヤシとかのかさ増し一切無しの、一枚肉ポークジンジャーなんかも良いが……やっぱこの厚さの豚肉で真っ先に浮かぶのは、アレだよな!)


 直也は再び冷蔵庫を開けて卵を取り出すと、続いて台所下の収納から小麦粉とパン粉、植物油を取り出す。


 そう、直也が作ろうとしているのは、みんな大好きとんかつだ。


 直也のこだわりとしては、カツを揚げる油はラードを使いたいところだが、流石にそこまでの贅沢は望めない。


(飯はお袋が出かける前に用意してたから、あとは炊くだけだろ?そんで、キャベツも千切りするだけだから手間ぁかからねえし……あとは味噌汁だな)


 炊飯器のボタンを押して、直也は料理の手順を頭で整理する。


 まずは味噌汁の出汁を取りつつ、キャベツを千切りにする。


 キャベツが終わったら、次は味噌汁の具材だ。適当な大きさに切った豆腐と、大根をツマよりも少し太めの千切りにする。


 味噌を溶いたら具を入れて、次はメインのとんかつの準備だ。小麦粉、卵、パン粉の順番でまぶしたロース肉を、170℃に熱した油で5分揚げる。


 ここまでの直也の思考で分かる通り、直也は料理を全く知らないというわけではない。


 将来鹿乃子と結婚した時、もちろん鹿乃子が望めば代官山のフレンチでも銀座の回らない寿司でも好きなだけ外食へ連れて行く所存だが、それとは別で鹿乃子のために手料理も作れるようになっておきたいのだ。


 そのため、料理の経験はまだ少ないが知識だけはこっそり独学で蓄えているのだ。


(そんじゃあまず、味噌汁の出汁取ってから油を___)


 そこまで考えて、ふと直也は思う。


 揚げ物ってやっぱり油跳ねするよな、と。


「………」


 台所や床に跳ねた油を掃除せずそのままにしていれば、絶対に珠稀(おふくろ)に怒られる。


 けれど油跳ねの掃除というのは、これが地味に面倒臭い。


 油跳ねは、ただ水拭きするだけではベタつきが残るからだ。


 これを理由に、家では揚げ物をしないという人間も多いと聞く。


 じゃあ今からでも作るものをポークジンジャーに変更するかと言われると、それも嫌だ。


 直也の口は、既にとんかつの口になっているからだ。


 晩飯はとんかつがいいが、油跳ねの掃除は面倒。


 この問題の解決策を求め、直也はとある人物の家に電話をかけた。




__第二話へ続く__

 六之譚第一話、いかがでしたでしょうか?ここからは、登場人物紹介其の三十二です。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


田村燈也(たむらとうや)


・誕生日:12月12日(失踪当時33歳)


・身長:184cm ・体重:85kg


・珠稀の夫であり、直也の父親。直也が小学二年生になったばかりの頃に置き手紙を遺して失踪している。手紙の内容曰く、仕事の用事があったらしい。結婚前、珠稀に仕事を聞かれた燈也はオンライン販売専門の楽器店を営んでいると説明していた。燈也の姓の田村は、坂上(さかのうえ)家という旧家の分家筋で、燈也が失踪した当時の仕事にも、坂上家がなんらかの形で関わっているらしいが……?

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