〜第二話 神剣、大通連〜
ドーモ、政岡三郎です。五之譚第二話、始まります。まるで糸が切れたように突然倒れだす直也。困惑する彼らのもとに、謎の女性が現れる___。
渓谷にニジマス釣りをしに来た直也達が川辺で見つけた一本の日本刀。
偶然それを見つけてはしゃいでいた直也達(主に直也と月男)だが、刀を振り回している最中、直也は突然倒れてしまう。
「ちょっ!?直也!?」
「刀振ってたら直也が死んだあああーーー!!」
急いで倒れた直也のもとへと駆け寄る健悟と月男。
「ど、どうした直也!?大丈夫か!?」
健悟は慌てて直也の体を抱え起こし、安否を確認する。
「が………体が………重い……」
意識はあるが息は絶えだえの直也。
とりあえず息があることを確認し、健悟はほっと胸を撫で下ろす。
「お、おお、良かった……とりあえず、大丈夫そうだな?」
「でも、どうしたのさ直也?体力おばけの直也が、たった数回刀を振っただけで音を上げちゃうなんて」
月男が疑問を口にする。
確かに、直也は学校の体力測定では学年どころか校内1位だ。
そんな直也が、いくら刀が子供にとっては重量のあるものとはいえ、たった数回振り回しただけでここまで疲弊するとは、どういうことなのか?
「わ……分からねえ………刀を持った瞬間は、妙に力が漲るような感覚だったんだが………振ってる内に、どっと疲れが………どうなってやがる……?」
直也自身も、自分の身に起きた異変にクエスチョンマークを浮かべる。
「刀の持つ”通力”に当てられたのじゃ」
不意にどこかから直也の疑問に答える声が聴こえ、三人は驚いて周囲を見回す。
「だ、誰すか!?」
「くせ者じゃ!であえーー!!」
オロオロと狼狽える健悟と、時代劇の悪代官のような事を言う月男、そしてそれにツッコむ気力も無い直也。
「たわけ!誰がくせ者じゃ!!」
その声の主は女性で、直也達の”上”から現れた。
まるで陽の光を遮るようにふわりと宙を舞って、直也達の目の前にトン、と着地したのだ。
「は!?え!?う、上から……!?」
「やっぱりくせ者じゃないか!」
人が空から降ってきたことに狼狽する健悟を余所に、月男は目の前の女性を明確にくせ者認定する。
「じゃからくせ者ではないと言うておろうが!!まったく、儂のような見目麗しい美人を捕まえて、不審者扱いとは……なんと失礼な小僧共じゃ」
「ぇ゙っ、俺も!?」
腰に片手を当ててため息を吐く女性を、健悟は心外そうに見る。
改めて女性を見ると、彼女は少し奇抜な格好をしている。
体のラインが出る程タイトに絞った青い半纏の上から、更に黒い太刺子をコートのように羽織り、下は膝丈のタイトスカートと黒タイツ、更に下駄という、一風変わった出で立ち。
しかし、三人の中で直也だけは女性の服装よりも、女性が腰に提げた物に目が行った。
その女性が腰に提げているのは、三本の刀。いや、内一本は鞘だけだ。
直也は女性に訊ねる。
「……なぁ。この刀、もしかしてあんたのかい?」
直也の問に、女性はニッと笑って答える。
「いかにも。それは儂が落とした通力自在の神剣、”大通連”じゃ」
「「「……ツウリキ??」」」
三人は女性の発した言葉にクエスチョンマークを浮かべる。
「ふふん♪では一から説明してやろう!通力とはすなわち、”神通力”。神通力とは、神々や御仏などが持つ、人智を超えた理外の力の事じゃ!」
得意気に言う女性を、ポカンとしながら見つめる三人。
やがて、少しだけ体調が戻った直也が二人に耳打ちする。
「………なぁ。何言ってんだ、あの女?」
「中二病ってやつじゃない?見た目年齢若そうだし、学生時代の病を引きずっているんだよ。可哀想に……」
「マジで腰から刀提げてんのも、ヤベェよな?ぜってー危険人物だって。近寄らずにどうにか逃げねえと……」
ヒソヒソと話す三人。
「聴こえておるわ!!誰が中二病じゃ!!」
女性に怒鳴りつけられ、三人はびくりとする。
「お、おう。そうだよな?中二病じゃないよな?うん。分かった。分かったから、落ち着け。な?」
ぎこちない愛想笑いを浮かべながら、女性を宥める直也。
「腫れ物を扱うような態度やめんか!!」
顔をしかめ、ガオーと威嚇する女性。
「そもそも神通力は、今しがたおぬしがその身で体感したであろうが!」
女性は直也を指差してそう言う。
指を差された直也は少したじろぎながらも、先程刀を握った時の妙な感覚を思い出す。
「……確かに、刀を握った瞬間は妙に力が漲ったな。そんで何回か刀を振り回した後、猛烈に体が重だるさを覚えたんだよな」
直也の言葉に、女性は指をパチンと鳴らす。
「それじゃよ!それこそ正しく、その刀に神通力が宿っている何よりの証拠!ようやく理解したかえ?」
ドヤ顔を決める女性に若干イラッとしながらも、直也はとりあえず納得する。
「……まぁ、先月もここで河童見てるしな。他にも不思議な事なら色々見たことあるし、今更驚くこともねえか。……っつか、あんた誰だよ?」
ここへきて直也はようやく、女性の名前を訊ねる。
「こりゃ。れでぃーに名を訊ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀じゃろうが」
そう言って近付き、直也の頭をコツンと小突く女性。
「わ、分かったよ。俺は田村直也。んで、こっちの金髪が田口健悟で、こっちの何考えてるか分からねえ面してんのが、田中月男」
「ど、どうも……」
「よろぴくー」
会釈する健悟と、アホ面ダブルピースをする月男。
「……で、あんたは?なんていうんだよ?」
直也が改めて訊ねると、女性は「ふむ……」と、顎に手を当てて明後日の方を向いた後。
「………コバヤシ……そう、コバヤシじゃ。コバヤシお姉さんと呼ぶがよい!」
コバヤシと名乗った女性が胸を張ってそう言うと、直也はジト目でコバヤシを睨む。
「……なんか、今適当に名前考えてなかったか?」
「な、何を言う!?儂は正真正銘コバヤシじゃ!」
一瞬ギクリとしつつも、コバヤシは平静を装う。
「……ふぅん?まぁいいけどよ」
いまだに疑いの眼差しを向ける直也だが、これ以上の追求はしない。
「………あの……コバヤシさん?刀勝手に使っちゃって、すみませんでした!」
健悟が刀のことで、コバヤシに頭を下げる。
そんな健悟に、コバヤシは朗らかに笑って答える。
「なぁに、そもそも刀を落としたのは儂じゃて。気にせんでよいぞ。それにしても、刀一つでああもはしゃぐとは、やはりおのこじゃな♪」
どこか嬉しそうな様子のコバヤシ。子供たちと触れ合うのが好きなのかもしれない。
「けどよぉ、この刀使いもんになんねぇべ?ちょっと振るだけで、こんなに疲れんだからよ?」
直也の言葉に、コバヤシは得意気に説明する。
「それはおぬしがまだ童ゆえ、刀の持つ通力を上手く操れていないからじゃ。儂ほどの使い手になれば、この通り……」
そう言うとコバヤシは大通連を拾い上げ、直也達から少し距離を取ると、踊るように刀を振り始めた。
それは、先程の直也の荒々しく豪快な動きとは違い、優美で柔らかな動き。
まるで日本舞踊を思わせるコバヤシの剣さばきに、三人は思わず魅了される。
「ほっ!」
コバヤシは最後に、川の水面を下から斬り上げる。
その瞬間、斬撃が水面を疾走り川の水を両断する。
「おおお!!」
「マ、マジ……!?」
「すご~い」
直也達三人が、各々驚きの声を上げる。
「……と、まぁこんなところじゃな♪」
大通連を鞘に納め、得意気に笑うコバヤシ。
「カッケェーー!!なぁなぁ、今のもあんたの言うツウリキってやつの力か!?俺も練習すれば、あんたみたいにできんの!?」
目を輝かせながら、直也がコバヤシに訊ねる。
「ふっふっふ、それはおぬし次第じゃな。なんなら、早速やってみるかえ?」
そう言ってコバヤシは、直也に大通連を差し出す。
「いいのか!?サンキュー!!よぉおーーし見てな!一発で決めてやるぜ!!」
直也が大通連を抜刀して構える。
「オラァ!!」
水面に向かって大通連を下から上に斬り上げる直也。
しかし、刀は水飛沫を上げるだけで、水面が綺麗に両断されることはない。
「クソッ、だめか!おし、もう一回!絶対に成功させて、かのこに見せてやるぜ!!」
そう言ってもう一度刀を振るうが、やはり刀は水飛沫を上げるだけだ。
「ぐぬぬ……もう一回!!」
「待て待て。それ以上やったらまた倒れてしまうぞ?直也よ」
コバヤシが注意を促した矢先、バシャアンと豪快な水飛沫を上げて川の浅瀬にぶっ倒れる直也。
「まったく、言わんこっちゃないのう……」
健悟と月男が直也を浅瀬から引き上げるのを見ながら、コバヤシはやれやれと額に手を当てる。
「ぜぇ……ぜぇ………クソッ、この程度で……」
「焦るでない。一年、二年とゆっくり時間をかけて、刀の通力に体を慣らしていくのじゃ」
コバヤシの言葉に、直也は「うげぇ……」と苦い顔をする。
「そ……そんなにかかんのかよ……」
それから直也の体力が回復するまで、直也達三人はコバヤシと色々なことを話した。
「コバヤシさんって、この辺りに住んでるんですか?」
「いいや、ここには用事のついでに通りがかっただけじゃよ。普段はまぁ……色々な場所を転々としとる」
「仕事は何をしているの?」
「知りたいかえ?まぁいわゆる自由業というやつじゃな。詳しい仕事内容は、とっぷしーくれっとじゃ。いい女には、秘密が付き物じゃろう?」
健悟と月男の質問に、冗談を交えつつ答えるコバヤシ。
一風変わった服装で喋り方もどこか年寄りくさいコバヤシだが、その人柄は気さくで親しみやすく、直也達はすぐに彼女と打ち解けた。
「___それでよ、俺の《捨て身車》で河童の野郎を投げ倒してから、河童の頭の皿に膝蹴りを叩き込んでやったってわけよ!」
「ほぉ~、やるのぅ直也。河童の中にはおぬしが戦ったような姑息な乱暴者もおるが、そこまで痛めつけたのなら、当分は悪さも……ん?」
コバヤシはふと、空を見上げる。
話し込んでいる間に、気付けば時刻は夕方になっていた。
「もう逢魔ヶ刻か。ずいぶん長いこと、話し込んでしまったのう」
「あん?おうまがとき??」
聞き慣れない単語に、直也は首を傾げる。
「昼から夜へと移り変わる、夕刻の時間帯のことじゃ。この時刻は丑三つ刻と並んで、魔のモノが現れやすい刻なのじゃよ」
そう説明して、コバヤシは立ち上がる。
「坊主共、そろそろ帰る時間じゃぞ?魔のモノに魅入られぬ内に、家へ帰るがよい」
そう言って帰りを促すコバヤシに、月男は「ええ〜」と不満気な声を漏らす。
「用事でここに通りがかったってことは、今夜にはこの辺りを出るんでしょ?せっかく仲良くなれたのになー」
表情だけ見ると無表情で分かり辛いが、月男の声色は至極残念そうだ。
「月男、気持ちは分かるけど、コバヤシさんを困らせんなって」
健悟はそう言って、月男をなだめる。
「クッソ〜……あんたのあの技をマスターして、かのこに見せて褒めてもらう俺の計画がぁ〜……」
月男とは別の意味で残念がる直也。
そんな直也を見てコバヤシは「ふふっ」と笑うと、鞘に納まった大通連を直也に差し出す。
「ほれ、直也よ。受け取るがよい」
「あん?」
差し出された大通連を見て、直也はポカンとする。
「この大通連を、おぬしに預ける」
コバヤシのその言葉に、直也の目が輝く。
「いいのか!?」
「うむ。これから少しずつ鍛錬を積み、見事この神剣を使いこなしてみせよ」
ニッと笑いながらコバヤシはそう告げる。
「よっしゃあ!!サンキューコバヤシ!ぜってー近いうちに使いこなして……」
直也が言い終わる前に、コバヤシが直也の頬を両側から引っ張る。
「コバヤシ”お姉さん”じゃろう?目上の者を呼び捨てにするでない」
「………ほへんなひゃい…」
素直に謝る直也。
そこへ、健悟が横から口を出す。
「でもいいんですか、コバヤシさん?その刀、大事なものなんじゃ……」
「構わぬよ。大通連も、直也を気に入っておるようじゃしの♪」
笑ってそう答えるコバヤシ。
「それでは、儂はもう行くでな。次に会う時、どれ程刀の通力を御せるようになっておるか、楽しみにしておるぞ、直也よ」
直也にそう告げて、去っていくコバヤシ。
「任せな!これぐらい、すぐに使いこなしてやるよ!」
去っていくコバヤシの背中に、直也はそう誓いを立てた。
__第三話へ続く__
五之譚第二話、いかがでしたでしょうか?
ぶっちゃけて言うと、五之譚も短いです。
ほとんど過去回想の回ですから、あんまり長くてもね……。
正直これくらいの短さなら、五之譚も幕間譚扱いで良かった気がするけど、それだと九月は幕間譚だらけになるし……。
そんなわけで、次回五之譚最終話、こうご期待!




