〜第一話 刀〜
ドーモ、政岡三郎です。直也之草子もいよいよ五之譚。今回も過去回想話になります。またかよ、と言わずにお付き合いください。___一年前の九月、直也達は先月河童と遭遇した川へニジマス釣りに来ていた。ふと三人は、川の浅瀬に”ある物”を見つける___。
一年前の秋___。
夜明け前に山の頂上から、東の空を見据える女が一人。
髪はセミロング、下は膝丈のタイトスカートに黒タイツ、上は青い半纏を体のラインが出る程にタイトに絞り、その上からさらに黒い太刺子をコートのように羽織っている。
そして更に、その腰には三本の刀を提げている。
「……」
女は何も言わずに、腰に提げる刀のうち一本を鞘から抜き、朝陽を待つ。
やがて朝陽が昇ると共に、女は刀を三度、朝陽に向かって振る。
「………顕明連よ。我に三千大千世界を見せよ」
目を瞑り、刀の背を額に当てながら、女が念じる。
女の呼びかけに応えるように、その刀……”顕明連”は、女の瞼の裏にとある光景を映し出す。
___薄暗い、色のない空間。
そこに座して眠る、一人の大男……。
女はゆっくりと目を開け、呟く。
「……見積もるに、あと四年………といったところか」
そう呟き、女は少し考え込む。
(……いくら”三明の剣”が儂の手中にあったとて、それだけではどうにもならん。”あれ”の力は、儂一人で討つには手に余る)
女は考えながら、顕明連を一振りする。
次の瞬間、女の周りに一陣の風が疾り、女の体が宙を舞う。
(”騒速”の神通力を扱える者がいれば、この上ない。が、当代の坂上にそれを期待するのは酷であろうな。やはりここは、高天原の神の力を借りるしか……)
宙を舞う女は、そのまま北北東へと飛んでいく。
その時。
「ッ!!?」
女は不意に殺気を感じ、咄嗟に腰からもう一本刀を抜こうとする。
しかし、次の瞬間___。
『 カ
エ
セ 』
強い”念”が、東の彼方から飛来し、顕明連を通して女の内に流れ込む。
突然自らの体に流れ込んだ黒い念に、女の意識が朦朧とする。
その刹那、女は鞘から抜きかけていた刀を誤って取り落とす。
(しまっ___!?)
刀はそのまま、山岳地帯の渓谷を流れる川の付近に落下する。
取りに戻ろうにも、もはや女は飛行すらもままならない程に意識が朦朧としていた。
(く___そ___)
遂に意識を失った女の体は、山中の深い森の中へと落下していった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
秋といえば全国的には、本格的なニジマス釣りのシーズンだ。
直也の住む町の川は通年釣りが楽しめるのだが、それでも秋頃になると釣りと共に紅葉を楽しむことを目的に、県外から釣りをしに来る人が増える。
……とは言っても、今はまだ九月。山の紅葉が見頃を迎えるには、少し早い。
そんな九月の中頃に、直也と健悟と月男の三人は釣り竿とクーラーボックスを持って、川の上流へとやってきていた。
「なぁ〜……マジでここで釣りすんの?」
キョロキョロと挙動不審気味に辺りを見回しながら、健悟が訊ねる。
無理もない。何故ならここは、一ヶ月前に直也達が河童と遭遇し、襲われた場所にほど近い所なのだ。
「んだよ、健悟。なにビビってんだ?」
まるで一ヶ月前の事など忘れてしまっているかのように、直也が言う。
「いや、そりゃあビビるって!先月この辺りで、マジモンの河童に襲われただろ?また襲われたら……」
一ヶ月前は、直也が河童を完膚なきまでに叩きのめしたが、逆恨みした河童がまた襲ってこないとも限らない。
心配そうに言う健悟に、直也はまるでなんでもないように言ってのける。
「また喧嘩吹っ掛けてきやがったら、またぶっ飛ばしゃあいいだろ?あんなチンピラ妖怪に一々ビビってちゃあ、おちおち釣りもできねえじゃねえか」
直也の言葉に、健悟はため息をつく。こいつは恐怖という感情を、母親の腹の中に置いてきたのだろうか……?
「大丈夫じゃない?一度直也に、ボコボコにされてるんだし」
そう言うと月男は、マイペースに釣り糸を垂らし始める。
「どんだけ楽観的なんだよ……言っとくけどもしまた河童が現れたら、釣り竿もクーラーボックスも置いて逃げるからな?」
そう言って、健悟も釣り糸を垂らす。
「よっしゃあ!今日は釣るぞ!!沢山釣って、旬のニジマスをかのこに持っていくぜ!!」
そうして直也も、意気揚々と釣りを開始する。
そして三人は、川のせせらぎをBGMに小一時間程釣り糸を垂らし続けた。
しかし……。
「……釣れないねー?」
まったく掛からない。
一ヶ月前、御凪坂夏音という女の子と一緒に来た時は、つかみ取りだったが十五分そこらで7匹は捕れたのだが、今日はどういうわけか、三人で一時間近く釣り糸を垂らしても釣果は0だ。
「……確かに、釣れねぇな。場所が悪いのかもな?健悟、月男。もっと奥行こうぜ」
直也のその提案に、健悟は露骨に難色を示す。
「いやいや、これ以上奥行ったらマジでこの前河童が現れたところじゃんかよ!?ここでいいって!気長に掛かるのを待とうぜ!?」
「小一時間待って、ロクに魚影も見当たらなかったんだ。ここで待ってたら、日が暮れちまうよ。俺は行くからな」
そう言って、直也はさっさと川の上流の方へと行ってしまう。
「僕も行くよー」
月男も、直也の後を追う。
「ちょっ!?俺だけ置いていくなよ!?」
一人取り残されそうになり、健悟も慌てて二人を追う。
歩きながら時折聴こえる鳥のさえずりを愉しみつつ、他愛もない会話をする直也と月男。
一方の健悟は、会話に交じる余裕も鳥のさえずりを愉しむ余裕も無く、歩きながらキョロキョロと落ち着きなく周囲を警戒している。
「なぁ〜にビクビクしてんだよ、健悟。少しは心に余裕を持てよ」
呆れながら直也がそう言うと、健悟は逆に言い返す。
「そういうお前は余裕持ちすぎだろ!マジモンの河童が居たんだぞ!?」
「だから、また現れたら前みたいにぶちのめせばいいだろ?そうやってビクついてると、あの手のチンピラは余計調子に乗るんだよ」
直也の言葉で、月男も先月の河童の事を思い返す。
「確かに、なんか小物というかかませ役というか、そんな感じの性格してたよねー?喩えるなら、物語序盤のボスキャラの、取り巻きの雑魚みたいな……」
「だろ?そんな名無しのモブキャラに、この俺が負けるとこ、想像できるか?」
直也の問いかけに、健悟はすかさず言う。
「なぁ〜にが名無しのモブキャラだよ?あの時俺らが駆けつける前、さんざんやられてたんだろ?」
健悟のその一言に、直也は一瞬「うぐっ……」と言葉に詰まり、反射的に健悟の頭をひっぱたく。
「痛った!?うわ殴ったよ!図星つかれて殴りましたよこの人!?」
「うるせえ!あれはちょっと油断しただけだ!第一、勝ったんだから別にいいだろ!ったく……」
吐き捨てるようにそう言って、直也は前を向く。
その時。
「……ん?」
数十メートル離れた先の川の浅瀬の所に、奇妙な物を見つける直也。
「…………おい、あれなんだ?」
直也が数十メートル先のそれを指差す。
「は?あれ??」
「どれどれ〜?」
直也が指差した先を、健悟と月男が目を凝らして見つめる。
川の浅瀬で、何かが陽の光を反射して輝いている。
「なんだあれ?……まさか、また河童の罠じゃ……」
警戒する健悟を余所に、直也は光を反射するそれのもとまで走っていく。
「あっ!おい、待てって!?」
「待ってー」
健悟と月男が、慌てて直也を追いかける。
遠くのそれに走って近付いた直也は、それの数メートル手前の川岸で立ち止まる。
改めてそれの正体を間近で確認した直也は、あんぐりと口を開けてわなわなと震える。
直也に追いついた健悟もそれが何か判ってギョッとし、月男もあらまと口を開ける。
「…………………………うおおおーーーー!!」
興奮気味に声を上げる直也。
無理もない。何故なら直也達が見つけたそれは、紛れもない”日本刀”だったのだ。
謎の日本刀が、川の浅瀬に勇者の剣よろしく突き刺さっているのだ。
刺さっている場所が台座などではなく川の浅瀬であるため、どちらかと言えば勇者の剣というより合戦場で打ち捨てられた刀という感じだが、ともあれこんな物を見つけて興奮しない男子はいないだろう。
「おいおめぇら!刀だぜ!?俺テレビとか漫画以外で刀なんて見んの初めてだぜ!!」
「お、俺も………けど、なんでこんなところに……?」
興奮気味の直也と、興奮というより困惑気味の健悟。
「……で、あれどうするの?」
月男が訊ねると、直也はニヤリと笑って答える。
「引き抜くに決まってんだろ?」
そう言って靴を脱いで川に入ろうとする直也を、健悟が慌てて止める。
「ちょっ!?馬鹿!!また河童の罠かもしれないだろ!?」
健悟の言葉に、直也は一瞬立ち止まって肩越しに健悟を見る。
「川をよく見ろよ、健悟。河童の影なんて、どこにもねえだろ?心配しすぎなんだよ、おめぇはよ」
そう言うと直也は川に入り、刀へと近付いていく。
刀の前に立った直也は、ニッと笑いながら両掌を擦り合わせる。
「よっしゃ、いくぜ!!」
直也はそう口にして、刀の柄を握る。
「___ぉおっ!?」
「ど、どうした直也!?」
握った瞬間声を上げた直也に、健悟がおっかなびっくり訊ねる。
「い、いや……なんか握った瞬間、妙な感覚がしてよ………ふんっ!!」
川の浅瀬に刺さった刀を、思いきり引き抜く直也。
直也が力を込めた瞬間、刀は驚くほどすんなりと川底から抜けた。
川底に刺さっていた切っ先が全てあらわになり、錆一つ無い美しい刀身が陽光を反射して輝いている。
「うおおーーカッケー!!健悟、月男!見ろよ!」
直也は川岸に上がり二人に川底から引き抜いた刀を見せびらかす。
「わー、すご〜〜い」
そう言う月男はいつもの無表情は崩さないが、付き合いの長い直也と健悟には、月男のテンションが上がっているのがよく分かった。
「た……確かにカッケーけど………河童の罠じゃないとしたら、いったい誰のなんだ?」
先月この場所を訪れた時は、こんな物はなかった。
ということはこれは、この一ヶ月以内に誰かがここへ持ってきたのだろう。
「う〜ん、悪い河童の噂を聞いた誰かが、この刀で河童を退治しに来たとか?」
月男がそんな考察をする。
「そういやぁお前、先月ここで河童が出たことべらべらとクラスの連中に言いふらしてたもんな。一笑に付されてたけどよ」
そう言って鼻で笑う直也に、月男は無表情のまま頬だけ膨らませる。
「直也まで笑うことないじゃないか。実際に河童と戦ったくせに」
文句を言う月男だが、そんな月男の文句もどこ吹く風といった様子で、直也は月男と健悟から距離を取る。
「ヘヘッ、見てろお前ら……」
直也は刀を構えると、自らのインスピレーションの赴くまま、派手に舞うように刀を振るう。
左手一本で袈裟に振り抜いた刀を、振り抜き様に後ろ手で自身の頭上を越すように投げ、眼の前に落ちるそれの柄を右手でキャッチしつつそのまま回転斬りを行う。
更にそこから刀の切っ先を地面に刺して、棒高跳びか或いは曲芸のように刀の上で倒立し、体を捻って着地すると同時に刀を地面から引き抜き、勢い良く刀を振り下ろす。
剣術というより、雑技団の軽業だ。
「お、おいおい!無茶な使い方すんなよ!誰の物なのかも分からねえんだから……」
「直也ずるいー。僕にも貸してよー」
直也の無茶な刀の使い方を咎める健悟と、自分にも刀を貸せとせがむ月男。
「ヘヘッ、まぁ待てって!直也様の剣戟アクションは、ここからが本番………………ほんば………ん……」
言いかけたその時、直也は突如動きを止めて刀を取り落とす。
「……?」
「直也??」
なにやら様子のおかしい直也に、健悟と月男は顔を見合わせる。
その直後。
直也はぶっ倒れた。
__第二話へ続く__
五之譚第一話、いかがでしたでしょうか?
直也の物語もいよいよ九月に突入。いまだに読んでくださっている方は少ないですが、読んでくださっている数少ない閲覧者様には楽しめていただけているのでしょうか?
さて、これだけの話数を投稿すると一つ、地味〜な悩みが出てきます。
それは、過去に後書きで語った話の内容を忘れてしまうということです。
登場人物設定などの裏設定はもちろん忘れたりしないのですが、問題なのはそれを過去の後書きで既に語っていたかどうかを思い出せない(笑)。
これだけ話数が増えると、一々各話の後書きを確認してまわるのも面倒ですし……。
そんなわけで、もしも……本当に万が一、今後後書きで以前語ったことと同じ内容を話すようなことがあれば、どうか生暖かい眼でスルーしていただければ幸いです。
願わくば一番良いのは、感想コメントなんかでさりげなく教えていただけましたら……でも、こんな無名の素人の書く物語に感想コメントを残してくださる方など、のぞみ薄だよなぁ……(泣)




