〜第五話 別れの後〜
ドーモ、政岡三郎です。四之譚もいよいよ最終話です。直也VS河童、決着!そして夏音は___。
健悟、月男、幸子、そして夏音が見守る中、河童と向かい合う直也。
「……ケッ!ガキガ増エタトコロデ何ダッテンダ?オレサマニトッテハ、獲物ガ増エタダケニ過ギネェゼェエ!」
河童が再び、舌舐めずりをする。
「あっ!しゃべったー!!」
「河童って喋るんだ?」
河童が人語を話したことに驚く田中兄妹。
「ゲヘヘヘヘ!ナンダァ?オレサマニ恐レヲナシタカ?エエ?ガキ共ォオ!?」
直也の背後にいる月男達に凄む河童。
「しかもなんかかませ犬っぽい!」
「よわそー!」
「ちょっっ!思ってもわざわざ口に出すなよ!怒らせちまうだろ!?」
ナチュラルに煽る田中兄妹にツッコむ健悟。
「…………ブッ殺ス!!」
健悟達に飛び掛かる河童。
「ほら怒らせたぁーーー!!」
案の定河童の逆鱗に触れ、健悟は腰を抜かす。
「テメェの相手は───」
直也は健悟達に飛び掛かる河童の前に立ち塞がり、跳び上がる。
「───俺だろうが!!」
きりもみ回転をしながらの両足蹴り、《ドロップ・マグナム》で河童を蹴り飛ばす直也。
「グゥウッ!?」
鳩尾に再び《ドロップ・マグナム》を喰らい、河童の体が押し戻される。
「……上等ダ、クソガキィ……マズハテメェヲブッ殺シテカラ、後ロノガキ共ヲジックリト痛ブッテヤルヨォオオ!!」
河童が右手の爪を振るう。
直也は上体を後ろへ反らす《スウェー》で河童の爪を躱し、その体勢から体を捻り、河童の鳩尾に後ろ回し蹴りを叩き込む。
「グェ……エ……!?」
三度目になる鳩尾へのカウンターの蹴りで、ついに河童が地面に片膝をつく。
「ヘッ、ようやくダウンしやがったな?」
膝をついた河童を見て、直也はニヤリと笑う。
「……コノ、三下ガァア………嘗メヤガッテェエエエ!!」
怒りの咆哮を上げ、河童は直也に向かってがむしゃらに爪を振り回す。
(……そうじゃねえだろ)
左右後ろにステップして河童の爪を躱しながら、隙を見て河童の顔面にジャブを入れる直也。
「ッ!?コノ、カスガァァ……!!」
河童が直也の顔面目掛けて振るう左の爪を、直也は《ウィービング》でくぐりつつ、河童の左サイドにステップして回り込み、左ローキックを入れる。
「グッ……!?」
(だから、そうじゃねえって)
河童の隙を突くように、細かい一撃を入れていく直也。
河童を焦らすようなこの戦い方には、理由があった。
「嘗メンナヨォ!オラァ!!」
河童が足元の砂利を、直也に向かって蹴り飛ばす。
「ッ!?」
直也は咄嗟に、顔面に飛んでくる無数の砂利をガードする。
「ッラァア!!」
砂利を蹴飛ばした河童が、対の足で《喧嘩キック》を繰り出す。
「甘ぇ!」
直也は目眩ましからの《喧嘩キック》に素早く対応し、河童の右サイドに踏み込むことでそれを躱す。
この時直也は河童の方を向きながら、構えを左前構えから右前構えへと自然にシフトし、河童の顔の横に左ストレートを叩き込む。
「グェッ!?」
この技は最近直也が編み出した技で、のちに直也はこの技に《皐突き》という名をつけるのだが、今はまだ名前を考案中だ。
(危なかったぜ……もう少し野郎の動きが速かったら、間違いなく喰らってたところだ)
あの跳躍力を生み出す下半身による蹴りなど、喰らったらひとたまりもない。
冷や汗をかきつつ、直也は右前構えのまま後方へステップして距離を取る。
「トコトンオレサマヲ嘗メクサリヤガッテ……終ワリニシテヤルヨ、クソガァアア!!」
河童が直也にタックルを仕掛ける。
(それだよ!!)
河童のタックルに合わせて踏み込む直也。
河童のタックルには、ある特徴がある。
それは、"頭を下げない"ということだ。
通常タックルというのは、低い姿勢で突進して相手の下半身をとるものだ。
だが河童は、低い姿勢にならずに直也と四つ身の状態になることを狙ってくる。
これは何故か?直也はその理由に、先程気が付いた。
先程、直也が河童にマウントを取られている時、河童が向かってくる夏音の方を向いた瞬間、直也は咄嗟に河童の注意を夏音から逸らそうと、河童の頭に手を伸ばした。
その時河童は、大袈裟に直也の上から飛び退いて、マウント状態を解いた。
あの時河童は、マウント状態を解く必要はなかったはずだ。
あの時、あのまま夏音が向かってきたところで、小学二年生の非力な女の子など、河童なら片手でいなせただろう。
では何故、河童はマウントを解いたのか?
それは直也が、"頭に触れた"からだ。
「おおおおお!!」
向かってくる河童の鳩尾に、直也は低い姿勢から頭突きをかます。
「グォェッ!?」
直也はそのまま、河童の股の間に右腕を通し右手で河童の右太股を掴み、右肩から首の後ろと左肩に担ぎ上げ、左肩の方の地面に河童を落とす。
これは柔道の《肩車》に近い直也のオリジナル技で、頭突きで鳩尾に突っ込んでから相手を肩と首の後ろに担ぐこの技を、《捨て身車》と直也は命名した。
「グアッ!?」
直也の《捨て身車》によって、初めて投げ落とされた河童。
河童が面喰らう間も与えず、直也は倒れた河童の頭を両手で掴む。
「マ、待テ!ヤメロ!!」
狙うべきは、河童の頭頂部。河童が決して触らせようとしなかった、もっとも有名な河童の急所。
「ここだろ!!」
直也の膝蹴りが、河童の頭の"皿"に突き刺さる。
「ギィャアアアアアアアアアアアアア!!!」
河童の悲鳴が山にこだまする。
「痛テェ!!痛テェヨォオオオオオ!!」
悶絶し、地面を転がる河童。
その河童を見下ろし、直也は問う。
「まだ続けるかい?やるってんなら、ラウンド10でも20でも、受けてたつぜ。喧嘩にはラウンド制限もTKOもねえんだ」
直也の問いに対して、河童は頭を押さえながら、先程とは打って変わって弱腰な態度になる。
「う、うぅ……」
「答えろよ。まだやるのか、負けを認めるのか。やるってんなら気の済むまでぶちのめして───」
「マ、待テ!!」
直也が凄んだ途端、河童は地面を這いずって土下座する。
「オ、オレサマガ悪カッタ!!モウ、勘弁シテクレ!!頼ムヨオ!!」
泣いて謝る河童。
直也は振り返って夏音に問う。
「………だってよ。許してやるかい?」
「…………え、えっと…………キミがいいなら……」
少々困りつつも、そう答える夏音。
「……だそうだ。今回は特別に許してやるよ。ただ───」
そう言うと直也は、土下座する河童の頭の横を、ダンッと思いきり踏む。
「ヒィッ!?」
「次またあんなマネしやがったら……タダじゃ済まねぇと思え」
冷たい声で、河童に圧をかける直也。
「ヒ、ヒィイイイ!!」
河童は這いずるようにそそくさと川へ飛び込み、そのまま姿を消した。
「カッパさん、いなくなっちゃったね」
幸子がぽつりと言う。
「とりあえず直也、腕見せて。手当てするから」
月男がそう言って、バックから消毒薬とガーゼを取り出す。
「必要ねえよ、この程度、なんともねえ」
直也がそう返すと、健悟が慌てて言う。
「おまっ、さすがに駄目だろ、そんな血だらけで……」
「平気だって。こんなモン、唾でもつけときゃ───」
「ダメだよ!!」
直也が手当てを断っていると夏音が突然声を張り上げ、直也は思わずビクリとする。
「お、おお!?」
「ちゃんと手当てしなきゃダメだよ!!そんなにいっぱい血が出てるのに………血が……」
言っている内に、涙目になる夏音。
「わ、分かった!分かったから!ちゃんと手当てするって!」
直也は慌ててそう答え、おとなしく手当てを受けるのだった。
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───翌日。
今日はお盆の最終日であり、夏音が東京へ帰る日だ。
直也、健悟、月男、幸子の四人は、駅まで夏音の見送りに来ていた。
「じゃあ、あんちゃん来年海外留学すんの?」
直也がそう訊ねる相手は、夏音の兄の秋臣だ。
「うん。ボストンの大学に、4年程ね」
柔和な笑みを浮かべてそう答える秋臣。
「すげーなー。ボストンの大学とか、たぶん俺らには一生縁がないっすよ」
健悟が羨望の眼差しを向ける。
直也達が秋臣と話すのは今日が初めてだが、この電車を待つ十数分で、直也達がすぐに打ち解けられるほど、秋臣という男は親しみやすい人間であった。
ちなみに、二人の両親はまだ少しこっちで用事があるらしく、先に秋臣が夏音を連れて都市部まで行き、そこから新幹線で東京へ帰るそうだ。
直也達と秋臣が話している間、当の夏音はずっと俯いていた。
そんな夏音の様子が気になった直也は、夏音に語りかける。
「どうしたかのん?浮かねぇ顔してんな?」
直也の言葉に、夏音ではなく健悟が答える。
「まぁ、そりゃあそうだろ。なんせ昨日は、せっかくの田舎での思い出にあんな形で水を差されたんだしさ?」
健悟がそう言うと、今度は月男が口を開く。
「でもさ?ある意味忘れられない貴重な体験にはなったよね?河童に川に連れ込まれかけるなんてさ?」
月男が口にした河童というワードに、秋臣は興味を示す。
「河童って……駅前の銅像にもなっている、あの河童かい?」
「あ~……言われてみりゃあ結構近いデザインだったな、あの銅像」
直也はそう言うと、肩を竦めて苦笑する。
「ま、河童に水は差されたけどよ?それでも結構楽しめただろ?そう暗い顔すんなって」
夏音の顔を覗き込みなからそう言う直也。
「……うん」
頷くものの、それでも夏音は浮かない表情のままだ。
そんな夏音の胸中を察した秋臣は、優しく夏音に語りかける。
「……直也君達とお別れするのが、寂しいんだろう?かのん」
「……」
夏音は何も答えないが、表情から図星であることが伺えた。
「なんだ。じゃあ、この町も結構いい思い出になれたってことだよな?」
直也がそう言うと、ちょうど夏音と秋臣が乗る電車がホームに入ってくる。
直也はニッと夏音に笑いかける。
「また来いよ、かのん。今度はもっと、デケェカブト探そうぜ!」
「じゃーな、かのんちゃん!」
「今度こそ、リアルムシファイトやろうね」
「またあぞぼうね!」
四人が夏音にお別れを言う。
「みんな、かのんと友達になってくれてありがとう。それじゃあかのん、行こうか?」
「……うん。みんな、また来るね」
そう言って、夏音は秋臣と電車に乗ろうとする。
けれど、夏音は乗る直前でふと足を止める。
「……??どうした、かのん?」
直也が訊ねると、夏音は意を決したように振り返って、直也に歩み寄る。
「……耳、貸して?」
「?」
夏音にそう言われ、直也が言われた通りに耳を貸すと───。
───直也の頬に、柔らかいものが触れた。
「なっ───!?」
びっくりして夏音を見る直也。
夏音は顔を真っ赤にして俯き、そそくさと電車に乗り込む。
「───バイバイ、なおくん」
夏音がそう言った瞬間、電車の扉が閉まった。
呆気に取られる直也を置いて、夏音と秋臣を乗せた電車は行ってしまった。
「良かったな、なおくん?モテモテじゃんよ?」
「なおちゃん、かのちゃんがいるのにウワキしてるー!」
「二股よー!なおくんは浮気者よー!」
健悟、幸子、月男が直也をからかう。
「………………テメェら、今の絶対にかのこに言うんじゃねえぞ……!!」
物凄い顔で三人を睨む直也。
「「「はい……」」」
その有無を言わさぬ迫力に、頷くしかなかった三人だった。
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「───あれからもう、一年だもんなー。早いもんだぜ」
夏音との思い出を回想した直也は、結奈に差し出されたジュースに口をつける。
「今年もお盆の時期になったけど、今年も来るかね?かのんちゃん」
「ウチ、またかのんちゃんとみんなで一緒に遊びたーい♪」
健悟と幸子が言う。
「直也も、ひさしぶりに会いたいでしょ?愛人」
月男の言葉に直也はジュースを吹き出しそうになる。
「誰が愛人だ、タコ!!」
月男に踵落としを喰らわせる直也。
「せめてゲンコツにしてよ。踵落としは酷いよ……」
頭を押さえて抗議する月男。
「あはは……でもほんと、今頃どうしてるだろうね?かのんちゃん」
そう結奈が言った、その時だった。
ピンポーンと、田中家のインターホンがなった。
「誰かな?はーい!」
結奈が玄関へ向かっていく。
「……かのんといえば、あの河童はどうしてるだろうな?」
夏音のことにあわせて、一年前の河童のことを思い出す直也。
「そういえばそうだな。なんか人間の子供に化ける能力みたいなのあったっぽいし、また悪さしてないか心配だよな」
「大丈夫じゃない?ここ一年、川での水難事故なんかの話も聞かないし、きっと一年前に直也にこっぴどくやられて、懲りたんだよ」
健悟と月男がそう話していると、再び居間に結奈がやってくる。
「みんな、嬉しいお知らせだよ♪」
結奈の言葉に、直也達は疑問符を浮かべる。
「あん?結奈さん、なんかあったのかい?」
「ふふ。今家に来てる人、誰だと思う?」
結奈のその一言で、ピンと来る健悟と月男。
「……まさか?」
「噂をすれば?」
「誰か来てんすか?」
いまだピンと来ていない直也が、結奈に訊ねる。
「ほら、入ってきて!」
結奈が手招くと、ある人物が居間にやってくる。
「あーー!!」
「やっぱり!」
「おひさー」
その人物の顔を見て、三者三様のリアクションを取る幸子と健悟と月男。
そして直也も、麦わら帽子にワンピースのその少女を見て、驚きの声を上げた。
「お前………かのん!」
「ひさしぶり。みんな………なおくん♪」
──四之譚 夏ノ少女 完──
──幕間譚へ続く──
四之譚、いかがでしたでしょうか?四之譚は東京から里帰りで町にやってきた少女、夏音と直也達のお盆の思い出話でした。
これはちょっとした裏話ですが、直也達とお盆休みを過ごした夏音はその後、前よりも明るい性格になって友達も増えました。
そして、今回のお話の最後に特大のヒロインムーブをかました夏音。はたして今後、出番はあるのか?それはまだ明かしません。
さて、次回は五之譚……の前の、幕間のお話です。夏休み明けの、九月の最初の休日のお話です。こうご期待!




