〜第一話 或る夏の出逢い〜
ドーモ、政岡三郎です。直也之草子も、なんだかんだでもう四之譚。(三之譚が短かったこともありますが……)
今回の譚はほとんど過去回想です。蒸し暑いお盆の昼、直也達は昨年出会ったある少女のことを思い出す___。
蝉の声が鳴り響く、八月のお盆シーズン。
「あっち~な~~……」
田中家の縁側に立ち、団扇で顔をあおぎながら日差しの照り付ける外を眺める健悟。
「絶対に熱中症警戒アラート出てるよ。これはもう、扇風機の前から離れられないねー?」
「ねー?」
「ねー?」
そう言って扇風機の前を陣取る田中家三兄妹。
「お~い月男~……あんまり扇風機の前陣取るなよな?風が回ってこねえだろ~?」
「やー」
月男を扇風機の前から引き剥がそうとする健悟と、それに抵抗する月男。
「ごめんねぇ~、エアコン壊れちゃってて……」
そう言いながら、月男の母親の結奈がジュースを運んでくる。
「あーいえ、気にしないでください。こっちこそ、いつもお邪魔しちゃってすみません……」
そう言って結奈に頭を下げる健悟。
「ほら、直也。お前もいつまでもぐでーってしてねぇで、結奈さんにお礼言えって」
健悟は直也にそう言う。
当の直也は───。
「………………んぁー?」
締まりのない顔でまるで我が家のように畳に突っ伏している。
「……すみません、結奈さん。こいつ今日、ずっとこんなんで……」
「気にしないで。今日、暑いもんね?」
そう言って微笑む結奈に、健悟は苦笑いを浮かべながら言う。
「いえ、こいつの場合は暑さがどうこうってより……」
「かのこぉ~~~………」
寂しそうな声を漏らす直也。
「あはは……そっか、鹿乃子ちゃん今帰省中だもんね」
そう言いつつ直也の前にジュースを置く結奈。
これは毎年のことなのだが、お盆の間鹿乃子は両親と一緒に東京の祖父母の住む実家に帰省するのだ。
そのためお盆のシーズンになると、鹿乃子に会えない直也は決まってこうなるのだ。
「…………かのこニウムが……かのこニウムが足りにゃい……」
ぐでっとしながらよく分からない物質の名前を口にする直也。
「なんだよかのこニウムって……。ったく、この時期になると毎年これだよ……」
直也に呆れつつ、結奈からジュースを受け取る健悟。
「あっ、この時期といえば、確か"あの子"がうちに来たのも、去年の今頃だったよね。みんな、覚えてる?」
ふと、結奈が直也達にそう訊ねる。
「あの子?………ああ、あの子っすか」
少し考える仕草をしたのち、健悟がぽんと拳で掌を叩く。
「そういえばそうだったね。あの子、今年も来るかなぁ?」
扇風機の風に当たりながら、月男が呟く。
「…………あの子ぉ~~?」
一人だけ、誰のことかいまいちピンときていない直也。
「ほら、覚えてるだろ?去年の今日ぐらいに、くまのぬいぐるみを持った女の子、いたじゃん」
健悟のその一言に、直也はようやく思い出す。
「…………ああ、あいつか」
それまで畳に突っ伏し、ぐでーっとしていた直也が、体を起こす。
「そういやぁ、あいつと会ってもう一年か。元気にしてっかな、あいつ?」
そう言って直也は、一年前のお盆のことを思い出す。
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───一年前。
夏の日差しが照り付ける中、お盆休みで東京からこの町へやってきた一人の幼い少女が、とぼとぼと町を歩いていた。
麦わら帽子にワンピースを着て、両手に大事そうにくまのぬいぐるみを抱えて歩く少女の名前は、御凪坂夏音。
七月の爽やかな日差しの日に生まれたことが、名前の由来だ。
夏音は、自分のこの名前が好きではなかった。
夏の音と書いて彼女がイメージするのは、夏祭りの賑わいや花火の音だ。
そもそも、夏という漢字が照り付ける日差しのような明るさを彷彿とさせる。
けれど、夏音自身は夏の明るいイメージとは正反対の、人見知りで引っ込み思案な性格であった。
知らない人と話す時などは、たとえ相手が同い年であっても、すぐに優しい兄の陰に隠れてしまう。
内向的な夏音とは違い、兄の秋臣は社交的で物腰も柔らかく、そんな兄が夏音は大好きだった。
今回のお盆に際しての父方の実家への帰省も、夏音は決して乗り気ではなかったが、そんな彼女を兄の秋臣が宥め、渋々ながらついてきたのだ。
夏音は父方の実家が苦手だった。
父方の祖父はこの辺りの地域の大地主で、とても厳格で厳しい人だった。
秋臣が説得しなければ、夏音は絶対に最後まで駄々をこね続けていただろう。
父の実家にやってきた後も、やはり厳しい祖父のいる家が嫌で、昼間はこうして一人で外を出歩いていた。
けれど、外を出歩いたところでこの町に友達がいるわけでもない。
よって夏音は、行く当てもなく町を歩いて見つけた公園で、ただ一人時間を潰すのだ。
この調子で、お盆が終わる十六日まで我慢すればいい。そう思っていた二日目の今日、思いもよらない出来事に見舞われた。
「なーおまえ、どこんちの子?」
いつものように公園へと向かっていたところ、川にかかる道路橋の途中で同い年くらいの近所の少年達三人に絡まれた。
「え……?」
急に話し掛けられでびくりとする夏音。
「見ない顔だよなぁ~?絶対ヨソ者だよ」
「コウちゃん、こいつ昨日も公園にいたよ?一人で誰とも話さないで、なんだかお高くとまってるみたいでヤな感じだったって、女子達が話してた」
そう話す少年達。田舎町なので、他所から来た人間が珍しいのだろう。
「なぁ、どこから来たんだよー?」
「なんとか言えよー」
「ぁ……ぅ……」
グイグイと遠慮なく迫る少年達。
人見知りな夏音は何も答えられずに黙り込んでしまうが、逆にそれが少年達の気に障ってしまう。
「やっぱりこいつ、お高くとまってんな?」
「田舎者だと思って、馬鹿にしてるんだよ!」
「ち、ちが………ボクは……」
咄嗟に口を開いた夏音。しかし……。
「なー聞いた?こいつ今ボクっていったぜ?」
「女のクセに、へんなのー!」
「ぁ……ぁぅ……」
少年達の圧に負け、反論することもできずに俯いてしまう夏音。
「見ろよ、こいつぬいぐるみなんか持ってるぜ?」
一人の少年が、夏音の持つぬいぐるみに目を向ける。
「ホントだ!ダッセー!」
「ぬいぐるみを持つのなんて、幼稚園までだよな~?」
そう言って夏音を馬鹿にする少年達。
「ホラ、貸せよー」
「あ……!」
一人の少年がふざけて、夏音からぬいぐるみを取り上げる。
「か、返して……!」
「ホラ、こっちこっち~!」
「コウちゃん、パスパス!」
ぬいぐるみを取り返そうとする夏音だが、少年達は三人でぬいぐるみをパス回しして返さない。
「返してっ……返してよぉ……!」
少年達の意地悪に、とうとう泣き出してしまう夏音。
「あー、こいつ泣いてるぜ?」
「おれらを舐めてるから、こういうことになるんだよ」
「やーい!泣き虫毛虫!」
泣いている夏音を嗤う少年達。
そんな少年達からなんとかぬいぐるみを取り返そうと、ぬいぐるみを持つ少年の手元に思いきり手を伸ばす夏音。
「おおっと……!」
少年が慌ててぬいぐるみを高く上げる。
その時───。
「あっ───」
少年が手を滑らせ、ぬいぐるみが道路橋の手すりを越えて橋の下へと落ちていく。
川に落ちたぬいぐるみがそのまま水に流されていく。
「ぁ………ぁ……!!」
流されていくぬいぐるみを見つめ、泣き崩れる夏音。
「コ、コウちゃん……」
「さすがに落とすのは……ま、まずくない?」
さすがにまずいと思った少年二人が、ぬいぐるみを落とした少年を見る。
「こ、こいつがいきなり………ぉ、おれ知らね───」
知らねーと言って少年が逃げ出そうとした、その時。
「テメェら何やってんだ!!」
誰かが声を張り上げる。
夏音を含めた四人が声のした方を見ると、そこには自分達よりも少し年上の三人の少年が立っていた。
その内の一人の少年が、上半身の服を脱ぎながら四人の方へ走ってくる。
「健悟、月男!その悪ガキ共押さえてろ!」
上着を脱いだ少年はそう言うと、迷わず道路橋の手すりを乗り越え、ぬいぐるみの落ちた川へと飛び込んだ。
突然やって来たその少年の行動に四人が驚いていると、残された二人の少年が夏音からぬいぐるみを取り上げた三人の少年を捕まえる。
「ヌーブラァ!」
中性的な顔の無表情な少年が、二人の少年の頭を両脇に抱えて変な声を上げる。
「な、なんだよー!?」
「放せよー!!」
困惑しながら、年上の少年の腕の中で暴れる二人。
「こら!おとなしくしろ!」
もう一人の金髪のヤンキーみたいな見た目の少年が、残った少年を取り押さえる。
二人が少年達を取り押さえている間に、川に飛び込んだ少年が流されていくぬいぐるみのもとまで泳いでいく。
「───よっしゃ!取った!」
ぬいぐるみを掴んだ少年が岸に上がり、土手を登って夏音達のいる橋まで戻ってくる。
「フンッ!」
ぬいぐるみを持って戻ってきた少年が、空いた片手で取り押さえられていた少年達に一発ずつゲンコツを見舞う。
「いってー!?」
「なにすんだよー!?」
文句を言う少年達を、ぬいぐるみを持ってきた少年が一喝する。
「うるせえクソガキ共!!大勢で寄ってたかって、女の子苛めやがって!とっとと謝りやがれ!!」
「うっ……」
自分達よりも年上の少年に凄まれ、しゅんとする三人。
「ご、ごめんなさい……」
「正直、やりすぎた……」
「悪かったよ……」
三人揃って、夏音に頭を下げる。
「だってよ。許してやれそうか?」
ぬいぐるみを持つ少年が、夏音に訊ねる。
夏音は少し戸惑いながらも、こくりと頷く。
それを見た少年は、ニッと夏音に笑いかける。
「優しいな、お前」
そう言うと少年は、夏音を苛めていた三人の方を向いて言う。
「だそうだ。おめぇら、もうこんなことすんじゃねえぞ?行ってよし!」
少年が彼らにそう告げると、彼らはそそくさとその場を後にした。
ぬいぐるみを持つ少年が、改めて夏音に向き直る。
「そんじゃあ、こいつは返すぜ。濡れちまってはいるけど、夏だしすぐに乾くだろ。ここいらの川の水は綺麗だから、わざわざ洗濯する必要もねえし」
そう言って少年は、夏音にぬいぐるみを渡す。
「あ………あり、がとう…………あっ」
ぬいぐるみを受け取ろうとした時、夏音はあることに気付く。
ぬいぐるみの腕の部分が、破れている。
受け取ろうとして動きが止まった夏音の様子を見てそのことに気付いた少年は、改めてぬいぐるみを見る。
「あちゃあ……破れちまってんな」
少年の言葉に、夏音は再び泣きそうになる。
そんな夏音を見て、少年は彼女に笑いかける。
「心配すんな。こんなのすぐに直してやるよ」
少年がそう言うと、中性的な顔の少年がこう提案する。
「とりあえず、僕んち行こっか。裁縫セットあるから、母さんに直してもらおう」
「それがいいな。なぁお前、時間あるかい?」
脱いだ上着を再び着ながら少年が夏音に訊ねる。
「えっと…………ある、けど………でも……」
少年の言葉に戸惑う夏音。
「でも……なんだい?」
夏音の言葉に耳を傾ける少年。
「……し、しらない人についていっちゃだめって、ママが……」
か細い声で夏音が告げると、少年は少しきょとんとしたのち、フッと笑って「それもそうだな」と言う。
「なら、互いに自己紹介しようぜ。そうすりゃあもう、知らねえ人じゃねぇだろ?」
そう言って、少年は名を名乗る。
「俺は田村直也。この町の豊崎小学校に通う、小学四年生だ。んで、こっちの金髪が田口健悟で、こっちの何も考えてなさそうなやつが田中月男。俺のクラスメイトで、昔っからの腐れ縁だ」
「よろしくな、お嬢ちゃん」
「ねえ、僕の紹介、何も考えてなさそうなやつって酷くない?」
夏音に笑いかける健悟と、直也に文句を言う月男。
「さて。そんじゃあ、お前の名前を教えてくれるか?」
直也が夏音に名前を訊ねる。
「か………夏音。御凪坂夏音……」
「……かのん?」
夏音が名乗ると、少年はどこか意表を突かれたような顔になる。
「かのんって、なんだか"ゆずみん"に名前似てるね」
月男がそう口にする。
夏音がきょとんとしていると、直也が「そうか」と言ってニッと笑う。
「良い名前だな。それじゃあかのん。月男んちでぬいぐるみ縫い直してもらうから、少し付き合えるかい?」
「…………うん」
少し戸惑いつつも、夏音はゆっくりと頷いた。
──第二話へ続く──
四之譚第一話、いかがでしたでしょうか?ここからは、登場人物紹介其の二十八です。今回紹介するのはこの子です。
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・御凪坂夏音
・誕生日:7月18日(当時8歳)
・身長(当時):120cm ・体重(当時):21kg
・直也達の住む町の、有名な大地主の孫娘。普段は東京で両親と歳の離れた兄の四人で暮らしているが、お盆の時期には父方の実家へ毎年帰省している。引っ込み思案な人見知りで、他人に話しかけられるとすぐに優しい兄の後ろに隠れてしまうため、中々友達ができない。兄のことが大好きで、物心つく前から彼の後ろをついて回っていた。一人称の"ボク"も、兄の言葉遣いの影響によるもの。5歳の誕生日に兄がくれたクマのぬいぐるみが、一番の友達。




