〜第四話 雨降って〜
政岡三郎です。定期的に投稿を忘れてしまい、本当に反省しております……。今回は昨日投稿するはずだった三之譚最終話です。
『するわけねえだろ。誰がんなモン買うかよ、くっだらねえ』
夏休み前、直也達の話を立ち聞きした鹿乃子が、その場を去った後───。
予想外の直也の返答に、男子達は顔を見合わせる。
『え~、マジかよ?』
『田村なら絶対柚澄原にプレゼントすると思ったのにな~』
彼らの言葉に、直也はため息をつく。
『なぁ~にが夏祭りのエンゲージリングだ。指輪っつってもどうせ、そこら辺のどこの馬の骨ともしれねえおっさんが作った、二、三百円のブランド価値の欠片もねえ代物だろ?そういうの、なんていうか知ってるか?子供だましって言うんだよ』
そう言うと直也は、ポケットからスマートフォンを取り出す。
『お前ら、ヘリー・ウェンストンって知ってっか?』
直也の問いに、周りの男子達はきょとんとする。
『へりーうぇんすとん??』
『なんだそれ?』
男子達の言葉に、直也は眉間に指を当てて首を横に振る。
『やれやれ、これだからガキ共は……クルティエやテニファーと並ぶ、世界五大ジュエラーの一つのヘリー・ウェンストンも知らねぇとは……』
直也は説明を始める。
『いいか?ヘリー・ウェンストンってのはな、世界の王族や超一流スター御用達の、高級ブランドなんだよ。ホラ、これ見ろ』
そう言って直也は、男子達にスマートフォンの画面を見せる。
『これは昨日の日映テレビの特番、[潜入!セレブ達の世界]で映し出されたワンシーンだ』
直也の言う通りスマートフォンの画面に写っているのは、テレビ番組のワンシーンをカメラで写し取ったもので、テレビの画面にはピンク色のダイヤモンドの周りを小さいダイヤモンドで囲んだ、いかにも高級そうな指輪がデカデカと映し出されていた。
『スゲェだろ!?6カラットのビンクダイヤの周りを、21個の0.3カラットダイヤモンドで囲った、ヘリー・ウェンストンの超一級品!!お値段なんと、日本円で2億9000万円!!』
ウキウキで語る直也だが、周りの男子達には自分達の世界と違いすぎて、いまいちピンとこない。
『へー……』
『ふーん……』
そんなリアクションしかとれない男子達だが、直也は構わず続ける。
『これを見た瞬間、俺は思ったね。このピンクダイヤモンドの指輪こそ、かのこの白魚のような穢れ無き細指に填めるに相応しいってな!』
だから、と直也は最後にこう締め括る。
『その時俺は決めたぜ!将来俺は、総合格闘技の最高峰であるアメリカの"USF"(Unlimited Strong Fighters)でチャンピオンになって、ファイトマネーでこの指輪を買って、一流ホテルの夜景の綺麗なレストランでかのこにプロポーズするってよ!』
そう言うと直也は椅子にふんぞり返り、鼻で笑うように男子達に告げる。
『まっ、君らは精々好きな子ができたら、そのどこの馬の骨が作ったともしれない二、三百円の名も無きエンゲージリング(笑)で、告白なり何なりしたまえよ。俺はそんなせこい安物でかのこに永遠の愛を誓うなんざ、死んでもごめんだけど』
それだけ言うと、直也は再びスマートフォンの画面に写った指輪に視線を移し、それを鹿乃子の薬指に填めるところを想像し、ニヨニヨする。
それを見た周りの男子達は───。
(ゾクブツだ……)
(まごうことなきゾクブツだ……)
あえて口には出さず、心の中で呆れるのだった。
──
────
────────
「───だから俺は、かのこに最初にプレゼントする指輪はもう決めてんだよ。……分かってくれたか?」
直也の説明に鹿乃子は泣き止み、かわりにぽかんとする。
「…………そんなこと……考えてたの?」
「おうよ!」
そう答える直也に、鹿乃子は少しだけ沈黙したのち───。
「───ふふ……あはは!」
堰を切ったように笑い出す鹿乃子。
「なっ!?い、今の笑うところあったか!?いや、まぁ、かのこが悲しむより全然いいけど!」
困惑しつつも、鹿乃子が泣き止んだことにホッとする直也。
「……ご、ごめんね、なおくん。なんだか、一人で勝手に悩んでたのが、ばからしくなっちゃって……」
「い、いや、俺の方こそかのこを不安にさせて悪かった……。詫びってわけじゃねえけど、今日はかのこの欲しいものとか食べたいもの、なんでも買ってやるから!」
直也がそう言うと、鹿乃子は慌てて両手のひらを前にかざして言う。
「そんな、いいよ……わたしが勝手に勘違いしたんだし。気を使わないで───」
そう言っている途中で、ふと鹿乃子は直也の斜め後ろに視線を移す。
「……?かのこ」
直也が鹿乃子の視線の先を目で追う。
そこには、直也に夏祭りのエンゲージリングの話をした男子、箕輪享と、鹿乃子に同じ話をした女子、向田千代が、とある出店の前にいた。
「箕輪と向田だな。あいつら、何やってんだ?」
享は目の前の出店で何かを買うと、それを千代に渡す。
「あれって……」
鹿乃子が気付く。
享はどこか緊張した面持ちで、顔を赤くする千代の左手の薬指に、指輪を填めている。
指輪を填めた千代は、嬉しそうに享に微笑んでいる。
享と千代が手を繋いで直也と鹿乃子の方へ歩いてくる。二人には気付いていないらしい。
「よ~お、箕輪」
ニヤニヤと笑いながら、直也が享に声をかける。
「げっ!直也!?」
「か、かのこちゃん!?」
二人に気付いた享と千代は、慌てて繋いでいた手を放す。
「おいおい、なにもあからさまに誤魔化すことねえだろ~?ん~?」
茶化すような口調の直也に、享はむきになって言う。
「な、なんだよ!?笑いたきゃ笑えよ!」
享の言葉に、直也はニッと笑って言う。
「笑わねえよ。良かったじゃねぇか、箕輪。おめっとさん」
直也の言葉に、鹿乃子も微笑みながら同調する。
「良かったね、千代ちゃん!」
「あ、ありがと……かのこちゃん」
恥ずかしそうに俯きながら微笑む千代。
「おら、箕輪。いつまでそこで突っ立ってんだ?せっかくの初デートなんだから、ボーッとしてねえでちゃんとエスコートしてやれよ?」
直也がそう言うと、享はハッとしたように千代を見る。
「わ、分かってるよ。ほら、向田。行こう」
そう言って、再び千代と手を繋いで歩き出す享。
「お前なぁ~……そこは下の名前で呼ぶだろ、普通」
直也が後ろからそう声をかけると、享は振り返って言う。
「う、うるさいな!ってゆーか直也、この事クラスの連中にチクんなよな!?もし言ったら、絶交だかんな!?もうサッカーの時、お前にゴール前でパス出してやらないからな!?」
そう言い残し、二人は人混みに消えていった。
「言わねーよ、バーカ」
どこか優しい表情でそう言う直也。
そんな直也を見て微笑んだのち、鹿乃子は視線を別のところに移す。
「…………ねぇ、なおくん」
「ん?どうしたかのこ?」
「…………なおくん、今日はなんでも買ってくれるって言ったよね?」
鹿乃子のその言葉に、直也はパァッと笑顔になる。
「もちろんだぜ!!なに買ってほしいよ?わたあめでも焼きそばでもヨーヨーでも、なんでも好きなモン買ってやるからな!!」
直也がそう言うと、鹿乃子は直也の方に向き直り、こう言う。
「それじゃあ………一つだけ、買ってほしいものがあるの」
「おう!なんだってどんとこい!」
そう言って、拳でドンと自身の胸を叩く直也。
「それじゃあ……」
鹿乃子はとある出店に視線を移す。
直也がその視線を目で追うと───。
「───ンン!?」
鹿乃子が見ている出店は、先程享が噂のエンゲージリングを買っていた出店だった。
「ま、まさか、買ってほしいものって……!?」
直也が鹿乃子を見ると、鹿乃子は上目遣いで直也に訊ねる。
「……だめ?」
破壊力のある上目遣いに、思わずときめく直也だが、慌ててぶんぶんと首を振る。
「だ、ダメダメダメ!!かのこには、あんなガキっぽい安物相応しくねえって!!かのこには将来、たくさんのダイヤモンドを散りばめたヘリー・ウェンストンの指輪を……」
「将来じゃなくて!」
上目遣いで語気を強める鹿乃子。
「……将来じゃなくて、わたしは今誓ってほしいの。安いとか子供っぽいとか、そんなの関係ないよ」
そう言って直也をじぃーっと見つめる鹿乃子に、直也は30秒近く悩んだ末、折れるのだった。
「いらっしゃ~~い♪」
出店をやっていたのは、若い女性だった。
「…………一番」
ぼそりと呟く直也。
「ん?なにかななにかな?」
女性が耳を傾けると、直也は改めてこう言った。
「……この店で、一番高けぇ指輪ください!!」
そんなことを言う直也。
そもそも祭りさんの屋台で売っているおもちゃの指輪に一番高いもへったくれもないが、その言葉は出店の指輪が鹿乃子に初めて贈る指輪になる事に対する、直也のせめてもの矜持だった。
直也のその言葉に、出店の女性は数秒直也を見ると、こんなことを言う。
「………あのさぁ~ボク?ちょ~~っち、勘違いしてるんじゃないかな?」
「…………はい?」
女性のその言葉に、直也は一瞬呆けたような顔をする。
女性は続ける。
「いい、ボク?好きな人への想いっていうのはね、お金じゃないんだよ?たとえ安くても、その人を好きっていう想いをどれだけ込められるかが大事なの」
物分かりの悪い子供を諭すような優しい口調で、直也にそう告げる女性。
「い、いやいや!好きな子に他人よりも高けえモン買ってやりたいってのは、男として当然の───」
咄嗟に反論しようとする直也の口元に人差し指をあてがう女性。
「お金をかければ想いが伝わると思ってる内は、まだまだ子供だなぁ~。こういうのは神社での願掛けと同じなの」
女性はこう続ける。
「どんなにお賽銭をいっぱい入れても、それだけで願い事が叶うと傲って、神様へのお礼の気持ちを怠れば、神様は願い事叶えてくれない。逆に、どんなに少ないお賽銭でも、願い事を叶えたいっていう真剣な想いと、叶えてくれる神様へのお礼の気持ちを忘れなければ、神様は願いを聞いてくれるんだよ」
そう言うと女性は、にこやかな笑みを浮かべる。
「うちの指輪はどれも、300円ポッキリ。ブランド物じゃないけれど、ちゃんと気持ちを込めれば縁結びの御利益はどの指輪も一級品だよ♪」
だけど……と女性は言って、指輪を一つだけ取り出す。
「今年はもうほとんど売れちゃって、残ってるのはこの一個だけなんだけどね」
でも、と女性は朗らかに言う。
「残り物には福がある!この最後の一個をキミが買うのも、凄く運命的なことだと思うよ♪」
そう言って指輪を差し出す女性。
直也はなんだか上手いこと乗せられている気がしないでもなかったが、とりあえず300円でその指輪を購入する。
「はい、毎度あり~♪」
女性から指輪を受け取った直也は、振り返って後ろで待っていた鹿乃子のもとへ歩み寄る。
「………本当は、ヘリー・ウェンストンの指輪を一番最初に贈りたかったんだがなぁ……」
どこかばつが悪そうにそう言うと、直也は鹿乃子の前に跪いてその左手を取る。
「その………こんな安もんで良ければ、受け取ってくれ」
少しだけぎこちない動作で、鹿乃子の左手薬指に指輪を填める直也。
指輪の填まった薬指を見て、鹿乃子はこんなことを言う。
「……わたしね?三年前に右腕が無くなっちゃって、利き腕だからすごく大変だったんだ」
でも……と鹿乃子は言う。
「………左手、残ってて良かったな」
そう呟き頬を赤らめる鹿乃子。
その時、遠くの夜空で夏祭りを彩る花火が上がる。
「なおくんのいうブランドの指輪じゃなくたって……わたしにとっては、世界一の素敵な贈り物だよ♪」
そう言って、鹿乃子は夜空に打ち上がる花火よりも眩しい、真夏の太陽のような笑顔を直也に向けた。
「~~~ッッ!!か……かのこぉお~~~~!!!」
感極まった直也は、鹿乃子を抱き締める。
「ひゃっ!?な、なおくん!?」
「かのこぉお~~~!!ちゃんとプロポーズする時は、絶対ヘリー・ウェンストンの指輪買ってやるからなぁ~~~~~~!!!」
夏の花火のもと、オイオイと泣きながら鹿乃子に誓う直也。
「あらら、若いっていいわ~♪」
その様子を見ていた指輪の出店の女性は、和やかに微笑むのだった。
──三之譚 結ノ指輪 完──
──四之譚 第一話へ続く──
直也之草子三之譚、いかがでしたでしょうか?三之譚は直也と鹿乃子の雨降って地固まる的な、ほのぼの譚でした。
さて、ここまで読んでくださっている方はお気付きかと思いますが、この直也之草子は一つの譚毎に一月ずつ、時間が進んでいます。
そのため、五月から一之譚を始めた直也之草子は、三之譚で七月です。
そして七月といえば終業式からの夏祭り!私が小、中学生の時も、七月の下旬に終業式があり、そのすぐ後に近所の公園で夏祭りがありました。
直也之草子の第一部では、小学五年生の直也の一年間の物語を描く予定なので、こうした季節行事回はやはり外せません。
今回の夏祭り回で、主人公の直也とヒロインの鹿乃子の関係を深堀りできて、かつ直也の俗物的な一面も描けました。
直也の俗物的な価値観もそうですが、こういった一面はやはり後書きよりも本文でそれとなく描写するのが理想ですよね。
さて、そんなわけで次回の四之譚は八月です。
ですが実は、八月は八月でも四之譚で描写される八月のほとんどは去年の八月……つまり、四之譚は過去回想回です。
四之譚では、直也達と"とある少女"との出逢いを描きます。
ちなみに、「八月といえば水着回では?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなもの……ウチにはないよ……。(ヒロインまだ小学生だし、片腕が無いから泳ぐのは危ないからね、仕方ないね……)




