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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
二之譚 執着ノ轍

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〜第二十二話 星空〜

 ドーモ、政岡三郎です。二之譚もいよいよ最終話です。決着をつけその場を後にしようとする直也と賢二に、懲りずに襲いかかる葛西君枝。はたして、二人の命運は___。

「大丈夫かい?」


 君枝との勝負を終え、直也はキッチン台にもたれ掛かる賢二の傍に屈み込む。


「………あはは…………凄いな、直也君。まさか、現職の刑事相手に喧嘩して、勝つなんて……」


 気の抜けたような声で直也を称える賢二。


「俺は世界最強になる男だからよ。これくらいヨユーだっての。……っつかあんた、足怪我してるじゃねえか!マジで大丈夫か!?」


「……僕よりも、直也君の方が心配だよ。怪我だらけじゃないか」


 怪我の度合いで言えば、直也も大概だった。むしろ、所々にある痣や頭から流れる血を見るに、一見すれば直也の方がダメージは深刻に見える。


「だぁーかぁーら。俺は近々世界最強になる男だから、こんくらいなんともねえんだよ。それより、立てるかい?」


 直也が訊ねると、賢二は苦笑いしながら答える。


「どうだろう……刺された痛みもそうだけど、その前にも毒を盛られてしまったから……」


 賢二の言葉に、直也はギョッとする。


「毒って……おいおい、マジかよ!?」


「死ぬような毒じゃないって言ってたよ?現に体の痺れもさっきよりはだいぶマシになったから、嘘ではないと思う。だけど正直、まだ一人で歩くのは厳しいかな?」


 賢二がそう言うと、直也は一旦その場を離れる。


「待ってな。病院まで担いでいってやるよ」


 そう言って直也は、脱ぎ捨てた半袖パーカーを再び羽織り、前のファスナーを閉める。


「うし!そんじゃあ、行くか」


 服を着た直也が振り返ると、賢二は穏やかな……けれど同時に筆舌に尽くしがたい程の哀しみを湛えた顔で、君枝が奪った"それ"を見つめていた。


 愛弓の下半身。それと、もう一人の女性の両手。


 葛西君枝という女の猟奇的な執着に巻き込まれた、被害者たち。


「………これで……あゆちゃんも、天国に逝けるかな?」


 賢二が呟く。


 直也は賢二の肩に手を置いて、語りかける。


「愛弓さんも、もう一人の被害者も、これでちゃんと供養されるだろうよ。あんたのお手柄だよ」


「僕は結局、何もやってない、何もできなかった。全部、直也君のお陰だよ」


「そんなことねえよ。スマホの位置情報だけじゃ、どの部屋が葛西君枝の部屋なのか、正確には割り出せなかった。それに、部屋が分かっても葛西君枝がシッポを出す保証はなかった。あんたが愛弓さんを救ったんだよ」


 そう言って、賢二にニッと笑いかける直也。


「ともかく掴まれよ。早く病院行こうぜ?俺はともかく、あんたはちゃんと病院で看てもらわねえとな」


 賢二に肩を貸し、玄関へと歩いていく直也。


「直也君も、ちゃんと病院で看てもらわないとだめだよ?僕よりも酷い怪我じゃ───」


「だぁかぁら、俺は別にこの程度、屁でも───」


 直也が言いかけた、その時。


「直也君!危ない!!」


 賢二が精一杯の力を込めて、直也を突き飛ばした。


 その瞬間、直也が立っていた場所を中華包丁の刃が通り過ぎる。


「ッ!?」


「クソガキィイ………殺してやる!!」


 葛西君枝だった。どうやら、まだ立てるだけの力が残っていたらしい。


「チッ!しつけぇんだよ、クソ(アマ)……ッ!?」


 賢二に突き飛ばされた直也が立ち上がろうとしたところへ、君枝が前蹴りを喰らわせる。


 直也が倒れ込み、そこへ君枝が襲い掛かろうとしたところに、賢二が今込められる最大限の力で君枝を羽交い締めにする。


「直也君!逃げて!!」


「邪魔だぁあ!!」


 賢二を無理矢理引き剥がし、蹴り飛ばす君枝。


 賢二が時間を稼いでくれた間に、直也はなんとか立ち上がる。


「テメェの相手は俺だ!!」


 賢二の方を向いている君枝の後ろから、左拳を振りかぶる直也。


 しかし君枝は、ノールックで背後に蹴りを放ち、直也の腹へ入れる。


「ガハッ!?」


 片膝をつく直也に、君枝は中華包丁を振り下ろす。


 直也は咄嗟に凶器を持つ君枝の腕を掴む。


 中華包丁の刃は、直也の目と鼻の先だ。


「死ねぇ………死ねぇえええ……!!」


 凶器を持つ腕に力を込める君枝。


 中華包丁の刃が、少しずつ直也に近付いてくる。


 蹴り飛ばされた賢二は、鳩尾にもろに蹴りを喰らったため、満足に動けない。


 このままでは……。


「……ク………ソ……が……ぁあ……!!」


 絶体絶命のピンチ。その時───。




「動くな!葛西!!」




 県警の捜査一課、澤城拓海が玄関の扉を開け、室内へ進入する。


 澤城は素早く君枝から凶器を取り上げると、そのまま目にも留まらぬ速さで君枝を床に組伏せた。


「放せ……放せえええ!!」


 狂ったようにもがき、暴れる君枝。


 澤城はボロボロの直也と足を怪我した賢二、そして君枝が今まで持ち去った体の一部を見て、一言。


「……とりあえず、暴行の現行犯で逮捕する。お前はもう終わりだよ、葛西」


 そう言うと澤城は、君枝に手錠をかけた。






________________________






 マンション周辺には、パトカーや救急車、そして野次馬などで人だかりが出来ていた。


「だぁ~~かぁ~~らぁ~~!!俺は早く帰らなけりゃならねえの!!これ以上遅くなったら、お袋に怒られ………痛ってぇ!?」


 救急車に乗せられそうになり、ごねる直也の脇腹を、澤城が小突く。


「あのなぁ、ボウズ……そんだけの怪我しておいてなぁ~にが帰らなけりゃならねえ、だ。お前のお袋さんには、病院まで迎えに来てもらう。というか、場合によっては入院だぞ、お前さん……」


「勘弁してくれよ、刑事さん……そんなことされたら俺、お袋に殺されちまうよ……」


「それが本当に死にかけた人間の言うことか。ったく、なんてガキだ……」


 青ざめながら言う直也に、澤城は頭を掻いて呆れる。


「直也ぁ~。刑事さんの言う通り、素直に病院で検査受けようぜ?」


 健悟が直也を説得する。


「こうなったらもうアウトだよ。素直に怒られよう?」


 月男が同調する。


「ぐぬぬ………気が重いぜ……」


 それまでごねて暴れていた直也が、急に聞き分けが良くなる。


 今の時刻は19時を過ぎている。直也自身、こんな時間になるまで二人を付き合わせたことに、引け目を感じていないわけではないのだ。


 ふとその時澤城の背後で、賢二が担架で運ばれていく姿を確認する。


「おっと、ちょっと待ってくれ!」


 賢二を運んでいく担架を呼び止める直也。


 直也は賢二の傍に駆け寄り、彼にこう訊ねる。


「"しこり"はとれたかい?」


 直也のその問いかけに、賢二は少しだけやつれたような笑みを浮かべて答える。


「……どうかな?自分でも、よく分からないや」


 よく分からない。口ではそう言うものの、その目は口よりも彼の心境を物語っていた。


「……そうか、分かった。けどよ、これだけは忘れんなよ?今日井下愛弓は間違いなく、あんたに救われたんだ」


 直也の言葉に、賢二は……。


「───ありがとう………直也君」


 そう呟いた。






________________________







 直也は病院で治療を受けたのち、病院のベッドの上で澤城による事情聴取を受けた。


 葛西君枝の悪事を暴いたことで、金一封でも貰えるかと期待したところ、ザイルを使ってマンション内に侵入したことと、凶悪犯の家に乗り込んだことが無謀だと言われ、逆に怒られてしまった。


 それだけならばまだマシだったが、特に堪えたのは遅れてやって来た珠稀にこれでもかと往復ビンタされたことだ。


「心配させんなって言ったそばからこれか!!こんのバカ息子ぉーーーーーーーー!!!」


「あばばばばばばばばば!!?」


 結局その日、直也は一日だけ検査入院することになった。


 翌日、葛西君枝のしでかした二人の女性の遺体の一部持ち去りは、世間を賑わせるニュースとなった。


 すべてを観念した君枝は、一課の取り調べに対して今まで自身がしでかしたことのすべてを、正直に自供しているらしい。


 現職の刑事がやらかした猟奇的犯行ということで、県警はマスコミへの対応に追われているらしい。


 そして、これが直也にとって一番重要なことだが、葛西君枝の部屋から押収された遺体の一部がしっかりと供養されたその日から、里田渚の脚の具合は嘘みたいに快復した。


 その快復具合はまるで、脚の不調そのものが最初から無かったようだと、医者を困惑させた程だ。


 渚の脚が治って、彼女のことを心配していた鹿乃子がとても嬉しそうにしていたのを見て、直也はとても満足げな表情を浮かべた。


 渚の脚が治った三日後、直也は渚を連れて、一ヶ月前コバヤシに紹介されたおりつという女性のもとへ、禊祓(みそぎはらえ)をしてもらいに行った。


 最初は井下愛弓も成仏しただろうし、必要ないかとも思った直也だが、一ヶ月前に禊祓をしてもらった時に借りた服を返す個人的な用事もあったし、念には念をいれてということで、渚を連れてきたのだ。


 一ヶ月振りに再会したおりつに事情を話すと、「あんたまた性懲りもなく悪霊と関わったの!?」と怒られた。


 そんなこんなで、おりつに頼んで禊祓をしてもらった二人。


 帰り際に参道の途中にある茶屋で、足を治すまでに時間がかかった侘びを兼ねて、直也が強引に誘って渚のプチ快気祝いをした。もちろん、侘びを兼ねてのことなので直也の奢りだ。


 帰りのバスの中で、渚は直也から顔を背けながらぽそりと「ありがと……」と呟いた。


 その時、渚の顔が僅かに朱色に染まっていることに、直也は気付かなかった。



 ───そして時は、七月初めの日曜日。


「───オォオリャアア!!」


「あまぁ~い」


 田中家の広めの庭に敷いたマットの上で、直也はとある男と組み合いをしていた。


 この男は月男の父親で、直也が喧嘩の師と仰ぐ男、田中一男(たなかかずお)だ。


 一男は直也のタックルをいなし、両腕両足を複雑に絡ませる謎の関節技を仕掛ける。


「あだだだだ!!ギブ!ギブギブ!!」


「あい、これで僕の11連勝」


 そう言って関節技を解くと、一男は月男以上の間抜け面で、独特な動きのストレッチをする。


「クソッ、また負けだ……」


 直也はマットの上で胡座をかき、忌々しそうな顔で片手で頬杖をつく。


「しっかしお前も飽きねーな~。いつまでやんだよ?」


 田中家の縁側に座り、組み合いの様子を月男と一緒に見ていた健悟が言う。


「決まってんだろ?俺がテイクダウンをとるまでだ」


 胡座をかきながら、直也が言う。


「今回の件で分かった課題は、俺は投げ技やテイクダウンをとる技術がまだまだ未熟だってことだ。そのせいで、葛西君枝(あのおんな)()りあった時、序盤は特に手こずったからな」


 言いながら直也は立ち上がる。


「いずれこの俺が"世界最強"の称号を獲るためにも、妥協はできねえ。っつーわけで、今日中にその部分を………あだだだだだだ!?」


「その前に、あぶない人のおうちに行ったことを反省しなさ~~い」


 一男に不意討ちで卍固めを喰らう直也。


「ちょっ、おやっさん!!不意討ちは卑怯だろ……痛だだだだ!!?」


「がんばれー、直也ー」


 健悟の横で、月男が無表情でチアガールのポンポンを振って応援する。


「がんばれー♪」


「ばえー」


 月男の更に横で、月男の妹で七歳の幸子(さちこ)と、月男の弟で二歳の年男(としお)が、月男に倣ってポンポンを振って応援する。この二人は、一男や月男と違って表情が豊かだ。


「みんなーー。スイカ切ったよーー」


 ちょうどそこへ、月男の母親の結奈(ゆな)がスイカを運んでくる。


「「「わーい♪」」」


 田中家三兄妹が、ポンポンを放ってスイカに群がっていく。


「それじゃあプロレスごっこは中断して、スイカ休憩ー」


 そう言って卍固めをやめて自身もスイカへと群がっていく一男。


「プロレスごっこじゃねえ!トレーニングだトレーニング!……って、聞いてねえし……」


「直也~、とりあえずスイカ食おうぜ~?」


 気が抜けるような健悟の声に、ため息を吐く直也。


「……しゃあねぇな。そんじゃあとりあえず、それ食ったらトレーニング再開な?健悟、月男。おめぇらも見てばっかいねぇで参加しろ」


「えぇ~~……だってお前、やるときは容赦ないもんなぁ~~……」


「僕は応援専門ですから」


 健悟と月男のやる気のない返事に、直也は殊更深いため息を吐いた。






________________________







 ───テケテケが出るという噂が立った踏切。


 井下愛弓が葛西君枝という狂人に追い詰められ、命を落とした場所。


 七月初めの日曜日の夜、賢二はまたこの場所を訪れていた。


 葛西君枝が捕まった後、奪われていた愛弓の脚の供養が改めて行われ、無事に納骨された。


 供養に立ち会った賢二は、再び愛弓の両親の涙を見ることになった。


 けれど、約三ヶ月前の葬式の時とは違って、二人はどこか憑き物が落ちたような顔をしていた。


 その時賢二は、二人に「ありがとう」と言われたが、それでもなお、賢二の胸の内は晴れないままだった。


 たとえこれで、愛弓がちゃんと成仏することができたのだとしても、自分がしっかり愛弓と向き合っていれば、愛弓は死なずに済んだかもしれないという後悔は、賢二の中から消えることはない。


 今までも……そしておそらく、これから先もずっと、消えることはないだろう。


「…………あゆちゃん……」


 踏切の地面を眺める賢二の目にまた、涙が浮かぶ。


 何故、自分はまたここへ来てしまったのだろう?


 ここへ来たところで、愛弓はもう戻らないという現実に、打ちひしがれるだけだというのに……。


 地面に両膝をつき、項垂れる賢二の目から、涙がとめどなく溢れてくる。


 幽霊だって、なんだっていい。


 せめてもう一度だけ、声が聞きたい。


「…………あゆちゃん……!」









『 ほ

     し

         が

            き

               れ

                 い

                   だ

                     よ 』








 ───耳元で、声がした。


 もう三ヶ月以上聞いていない、これから一生聞くことのできないであろう、愛弓の声が───。


 賢二は空を見上げた。


 そこには満点の星空が広がっていた。


 東京にいた頃は見られなかった、かつて愛弓と一緒に見上げた星空───。



「───綺麗だね………あゆちゃん」



 踏切の前で星空を見上げて呟く少年の横には、一人の少女が微笑みを浮かべ、いつまでも寄り添っていた。




──二之譚 執着ノ轍 完──


──三之譚 第一話へ続く──

 二之譚 執着ノ轍、いかがでしたでしょうか?


 二之譚は私が特に力を入れて書いた、色々な"執着"のエピソードでした。


 信頼していた刑事に裏切られ、自身の下半身を奪われテケテケとなった井下愛弓の、悲痛な現世への執着。


 自分のせいで愛弓が死んだと後悔を抱えていた河西賢二の、愛弓への執着。


 そして葛西君枝の、自身の欲しいものに対する狂気的なまでの執着。


 結果として、葛西君枝は自身の執着によって身を滅ぼし、賢二と愛弓は執着から開放されて救われました。


 ただ、自分にしてはいいエピソードを描けたかな?と思う反面、後になって振り返ってみると色々と無理矢理なところもあったかなぁ〜と……。


 一番の穴は、井下愛弓の事故現場から電車の車輪で引き裂かれた彼女の下半身が無くなったにも関わらず、警察が(葛西君枝(みうち)の証言があったとはいえ)事故と断定したところ。


 他にも、見返してみれば細かい"粗"が随所にあります。


 二之譚は特に力を入れた反面、色々なところで物書きとしての未熟を痛感するお話でもありました。


 さて、次回の三之譚はこれまでの一之譚、二之譚よりも、いくらか短いお話です。


 内容は短いですが、主人公の直也とヒロインの鹿乃子にフィーチャーしたほのぼの回となっていますので、こうご期待!

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