〜第二十話 突破口〜
ドーモ、政岡三郎です。二之譚第二十話、始まります。直也と葛西君枝の戦いが今、幕を開ける___。
「───テメェの本性、バッチリ見たぜ。クソ女ァ……!!」
君枝を睨みながら、直也が言う。
「───どうやって………ここを突き止めたの……?」
突然の直也の登場に呆気にとられた様子で、君枝が訊ねる。
直也は不敵に笑いながら答える。
「今日、お袋からキッズ携帯ってのを渡されてよぉ。便利だよなぁ……なんてったって、GPSで携帯の場所が解るんだからよ」
「ッッ!!まさか……!?」
直也の言葉を受け、君枝は直ぐ様賢二の傍を離れ、放置していた鞄の中を漁る。
するとすぐに、見覚えのないマナーモードのスマートフォンが見つかる。
それを見て君枝は、小一時間程前に急に抱き付いてきた少年───月男のことを思い出す。
「あの時ね……!」
「今更気付いても遅ーんだよ、マヌケ!」
嘲笑うように言い捨てる直也。
「……ええ、そうね。今更遅いわよ…………ね!!」
直後君枝は、持っていた中華包丁の柄をスマートフォンに叩きつける。
「あっ!!テメェやりやがった───」
直也が文句を言おうとした瞬間、君枝は直也の足元目掛けて中華包丁を投げつける。
「ッ!!」
直也は咄嗟にジャンプして足元に飛んできた中華包丁を躱す。
包丁はそのまま、直也が突き破った窓ガラスを通ってベランダの腰壁にぶつかった。
おそらく、投げつけた包丁が腰壁で止まることを見越して足元に投げたのだろう。
「あら。結構反射神経良いのね?」
君枝のその声は、信じられない程冷めきった声だった。
冷や汗をかきながら着地した直也は、君枝を睨みつつ不敵な笑みを浮かべる。
「おいおい、ガキに向かっていきなりエモノ投げつけるって、オマワリのやることかよ?マジで本性隠す気ねえな?」
軽口を叩いてみせる直也に君枝は冷たい眼差しを向けながら告げる。
「レディーの部屋に突然、窓を突き破って入ってくるような悪い子には、それ相応の"お仕置き"をしなくちゃいけないわね?」
お仕置きなどという言い方をしているが、その眼は「生かして帰しはしない」と言外に語っていた。
「っっ!!直也君………逃げて!!早く逃げるんだ!!」
薬を盛られいまだに動けない賢二が、必死に叫ぶ。
直也は君枝の方を向きながら半身に構えると、開いた両手を肩の高さまで上げて顔の正面にの構える。
いつもと違うファイトスタイルをとった直也は、キッチン台に寄りかかる賢二を一瞥して言う。
「そんな状態のあんたを置いて、逃げられるかよ。っつーか、この俺が逃げるとか、あり得ねえよ」
そう言うと、次に直也は君枝に向かって告げる。
「正直、女に暴力を振るうってのは気が引けるがよ。抵抗すんなら、多少痛てぇのは覚悟してもらうぜ?」
直也の言葉に、君枝は歩み寄りながら冷たい笑みを浮かべて返す。
「あら?手心でも加えてくれるの?意外と紳士なのね」
でも……と言った、次の瞬間───。
「───あなたにそんな余裕が、あるのかしら?」
君枝は直也の手前にあるローテーブルを、ちゃぶ台返しの要領で直也に投げつける。
「ッッ!!」
直也は咄嗟に右に転がってローテーブルを躱すが、まるでその動きを予期していたかのように、君枝が素早く直也の懐へと踏み込んでくる。
「チッ!!」
直也は君枝の腕を掴もうと左手を伸ばすが、君枝は逆に直也のその腕を掴み、スタンディング状態での《脇固め》を仕掛ける。
「グッ!?」
脇で左腕を固められ、前のめりの姿勢になる直也。
直也の腕を脇で固めながら、君枝はクスクスと笑う。
「ほぉ~ら。早く抜けないと、腕が大変なことになっちゃうわよ?」
「ッ!!……ンの………やろう!!」
直也は左足で君枝の膝関節の裏を蹴り、君枝が体勢を崩すと同時に前のめりの体勢から前転し、拘束を逃れる。
再び君枝と向かい合う形になった直也は、素早く君枝の懐に飛び込み、君枝の服の襟と袖を掴む。
そこから直也は、自身の右足を相手の右足に外側から引っ掛けて倒す、いわゆる《大外刈》を仕掛けようとする。
しかし君枝は、直也が彼女の足を刈ろうと足を開いた瞬間を狙い、逆にその足を取って直也を倒しにかかる。柔道で言うところの《大外返し》だ。
「ガッァ……!?」
倒そうとして、逆に仰向けに倒された直也を、君枝は冷酷な眼差しで見下ろす。
その様子をキッチンのところから見ていた賢二は、必死に直也に呼び掛ける。
「駄目だ、直也君……!相手は刑事……柔道経験者なんだ!中途半端な投げ技なんて、通用しない……!!」
いや、そもそもそれ以前に、小学生の直也が女性とはいえ現職の刑事相手に、フィジカルで敵うはずがないのだ。
今すぐにでも助けに行きたい賢二だが、毒を盛られた体はいまだに云うことをきかない。
「クソ……が………舐めんな!」
直也は倒れた状態から右足を振り上げ、君枝の脇腹を狙う。
君枝は直也から距離を取り、それを躱す。
直也は更にもう片方の足を振り上げ、ブレイクダンスのように勢いをつけて立ち上がる。
直也はその後も自身の知る限りの投げ技を試すが、その度にことごとく投げ返され、カウンターを喰らう。
《背負い投げ》を試しては、引き手方向に逃げつつ足払いをされ。
相手を前方に崩して後ろ腰の片側に乗せ片足で払い上げて投げる《払い腰》を試しては、技をかける瞬間の軸足を外側から払う《払い腰返し》を喰らう。
君枝は柔道の有段者なのだ。直也の少ない知識から繰り出される投げ技に対する返し技など、当然熟知している。
「ハァ……ハァ……グッ!?」
仰向けに倒れる直也の鳩尾を踏みつける君枝。
「身の程を弁えなさい。子供に負けるようで、刑事が務まると思う?」
まるで落ちているゴミを踏みにじるように。
君枝は直也の鳩尾を踏みつける足に力を込める。
「ぐぁぁ……クッ……!!」
「イライラするのよねぇ、あなた……。子供のクセに、私が女だから手加減?どうせ全力でやったところで、あなたに勝ち目なんて無いのよ」
散々直也を踏みつけたのち、君枝は直也を蹴り上げる。
「がはっ!?」
床を転がる直也を見つめながら、君枝は言い放つ。
「子供が調子に乗るから、こういう目に遭うのよ。少しは反省した?」
君枝の言葉に、直也は咳き込みながら言い返す。
「……うるせぇ、クソが。泥棒女に、説教なんざされる謂れはねえ」
直也の放ったその言葉に、君枝は眉をひそめる。
「……泥棒女?いったいなんのことかしら?」
「しらばっくれんな!テメェが井下愛弓から何かを奪ったことは分かってんだ!とっとと奪ったモンを返しやがれ!」
直也がそう言い放つと、君枝は少しの沈黙の後、こう答える。
「あなた、何か勘違いしているようね?私は奪ったんじゃないわ。彼女達から"貰った"のよ」
直也にそう言って返すと、君枝は踵を返して業務用冷蔵庫へと歩み寄る。
「いいわ。あなたにも、見せてあげる。私の"家族"を」
そう言って君枝は、冷蔵庫からホルマリン漬けの手と、井下愛弓の下半身を取り出す。
「なっ……!?」
それを見た直也は、思わず目を見開く。
「この子たちはね、私の家族なの。どう?綺麗でしょ?」
そう告げたのち、君枝は"彼女達"との出逢いを語った。
それを語る君枝の声は、さながらシェイクスピアの恋愛劇を語るかのように情動的で、扇情的で───。
さも一種のロマンス劇であるかのように、自らの狂気を語るその様に、直也はヘドが出るような感覚を覚えた。
「───彼女達はとても綺麗な状態で、自らの手を、脚を、私に遺してくれた。それを見たとき、私は思ったの。ああ、これが私の欲しかったもの───"愛"なんだって」
その場に座り込み、左手でホルマリン液に漬かった手を慈しみ、右腕で井下愛弓の下半身を抱きながら、恍惚の表情を浮かべる君枝。
「私はね?多くは望んでいないの。ただ私は、私を愛してくれる"家族達"と、慎ましく平穏に暮らせれば、それで満足なの。それなのに、どうしてあなたは私達家族の暮らしを、邪魔しようとするの?」
だから……と言って、君枝はホルマリン漬けの手と下半身を置いて立ち上がる。
「……私達家族の暮らしを脅かすやつを、私は許さない。たとえそれが、まだ幼さの残る子供であってもね」
そう言って直也を睨む君枝の眼には、歪んだ決意が満ちている。
「……妄想劇は終わったかよ、イカれ女」
直也は静かに言い放つ。
「一つ勘違いしてるみてぇだから言っとくぜ?……誰も、テメェなんか愛しちゃいねえよ」
その一言を言った瞬間、君枝の纏う空気が変わる。
瞳孔は開き、顔の皺はみるみる内に深くなり、額に青筋が浮かぶ。
完全に君枝の逆鱗に触れたが、直也はそれを意にも介さない。
「……正直、女だと思ってなるべく傷付けねえようにって思ってたが……こっからはもう、容赦しねぇ。テメェは女である以前に……救いようのねぇ外道だ!」
そう言うと直也は再び半身に構え、右の拳を顎付近に、左の拳を腰の高さに構える、いつものL字ガードスタイルの構えをとる。
「来いよ、妄想イカれババア!顔に傷ができて行き遅れても、恨むんじゃねえぞ!!」
直也の挑発に、君枝はとても静かに、これまでで最も大きな怒りを露にしていた。
「………ああ、やっぱりムカつくわ。あなたのその目」
ゆらりと直也に歩み寄る君枝。
「すぐには殺さない。……じわじわと痛め付けて、なぶり殺しにしてあげる……!!」
その一言を皮切りに、田村直也と葛西君枝の第2ラウンドが幕を開けた。
「ぐぁあッ!?」
投げ飛ばされ、蹴り上げられる直也。
先程とは打って変わって打撃中心のファイトスタイルに切り替えた直也だが、それでも双方の実力の差はいかんともし難かった。
それは第一に、大人と子供のフィジカルの差。
これが高校生くらいであれば、君枝とのフィジカル面での差は埋められただろうが、小学生の直也ではどうしようもない。
第二に、技術の差。
君枝は高校の頃から柔道を学ぶ有段者で、刑事になった今も定期的に腕を磨いている。
対する直也は、地元の中学のヤンキーと喧嘩こそするものの、戦い方はテレビで見たボクシングや総合格闘技の見よう見まねであり、使う技は直也が独自に考案したオリジナル……いわば我流の技だ。
二人の戦いにおける練度の差は一目瞭然だった。
(クソッ、当たらねえ……!それどころか、こっちが何かをする度にカウンターで投げ技を決めてきやがる……!)
直也は半袖パーカーの袖で、口の端から垂れた血を拭う。
ふと、その時。
血を拭ったパーカーの袖を見て、直也はあることを思い付く。
(そうか……服───)
「私を前に───」
直也の意識の隙を突くように、君枝が直也の懐へと踏み込んで、流れるように背後へ回り込む。
そして君枝は、逃げられないように左手で直也の半袖パーカーの袖を掴み、右手でパーカーのフードを引き絞るように引っ張る。
「───ボーっとするなんて、ずいぶん余裕ね?」
「ぐっ……!?」
直也の首に、パーカーの襟が食い込む。
このまま直也を、絞め落とすつもりだ。
「あなたのおざなりな格闘ごっこには、もう飽きたわ。だから、これで落としてあげる……!!」
絶体絶命のピンチだ。
しかし───。
「───悪いが、まだ終わらせねえよ」
首を絞め上げられながら、ニヤリと笑う直也。
次の瞬間───。
直也は半袖パーカーの前をとめているファスナーを、一気に下まで下ろす。
半袖パーカーの前を開いた瞬間、そこから直也の上半身が綺麗にすっぽ抜ける。
「ッッ!?」
突然の予想外な出来事に、半袖パーカーを持ったまま固まる君枝。
そしてその鼻っ柱目掛けて、直也は特撮アニメのような飛び蹴りを見舞う。
パーカーが君枝の手から放れ、君枝の体が2メートル近くはね飛ばされる。
「くっ……!!」
鼻を押さえる君枝の指の隙間から、たらたらと血が垂れる。
上半身裸の直也は、再びL字ガードスタイルの構えをとる。
「もう少し付き合ってもらうぜ。こっからは俺の時間だ!!」
──第二十一話へ続く──
二之譚第二十話、いかがでしたでしょうか?ここからは、前回の制作裏話の続きです。
前回の後書きでは、敵の強さを過度にインフレさせないために直也を小学生にしていると語りました。
敵の強さを抑えるだけなら、直也を小学生にする必要は無いのですが……月並みな設定ですが、直也は戦闘と運動全般において天才です。
フィジカル面がある程度整った高校生から物語をスタートしてしまうと、今直也之草子で描いているヴィラン達のほとんどが、小物になってしまいます。
例えば、一之譚で直也と戦った刃物を所持した凶悪犯。
彼は元から痩せ型の体格な上、直也と対峙した時は数日間満足な量の食事もとれずに山の中を彷徨っていました。
もしも直也が高校生のフィジカルを有していたら、この凶悪犯は敵としてはもっと小物になっていたと思います。
そして、今直也が戦っている葛西君枝。
彼女は刑事で、柔道の有段者でもありますが、戦いの天才設定の直也が大の男のフィジカルを持っていたら、やはり幾らか格落ちします。
これらの敵は、フィジカルもメンタルも未熟な小学生の直也だからこそ、より絶望感を感じる脅威に成り得るわけです。
纏めると、バトル物として見ればどんな小さな脅威であっても、小学生の目線から見ればとても大きな壁になります。
小さいものを、より小さいものの視点から大きく見せる。物語の敵の過度なインフレを防ぐには、有効な手段だと思うわけです。
さて、次回の後書きもまた、制作裏話……といきたいところですが、後書きで話す話のネタがだんだんとネタ切れしつつあります。(笑)
登場人物紹介も一応まだありますが、まだ物語に名前も登場していないキャラなので、紹介するわけにもいかないし……。
いつか後書きの内容が適当になってたら、その時はゴメンナサイm(_ _)m




