〜第十九話 突入〜
ドーモ、政岡三郎です。二之譚第十九話、始まります。直也達はどのようにして、葛西君枝のマンションを突き止めたのか___。
「それじゃあ私は帰るけど、あなた達も暗くなる前におうちに帰るのよ?」
「ウッス!さよーなら!」
「失礼します……」
「アデュー」
そう言って、直也、健悟、月男の三人は、曲がり角の向こうへと消えて行く。
君枝の視界から外れたところで、直也はニヤリと笑って言った。
「───上手くいったな?」
直也の言葉に、月男は親指を立てて答える。
「バッチリ」
そう言った月男に、健悟が抗議する。
「バッチリ、じゃねえわ!無茶苦茶だろ、こんなの……」
健悟の言うことはもっともだ。
直也の立てた作戦はこうだった。
『葛西が定時で上がる時間を狙って、あの女のバッグに俺らのスマホを忍ばせる』
これが、直也の立てた作戦の概要だった。
最初聞いた時、健悟は悪い冗談だと思った。
だが、直也は本気だった。
直也曰く、葛西のバッグにキッズスマホを忍ばせれば、スマホのGPS機能で葛西を追跡できる。そうすれば、葛西の自宅を突き止められる。
それが直也の算段だった。
『どうやってスマホをバッグに忍ばせるの?』
『月男、お前じゃれつくみたいなノリで、あの女に抱き付け。高校生くらいにもなればヨユーでセクハラだが、小学生ならギリ愛嬌の範疇だ。その隙に、バッグに紛れ込ませろ』
『で、でも……誰のスマホ使うんだよ?』
『ジャンケンだ。一発勝負、恨みっこナシな?』
そうして公平なジャンケンの結果使われたのは、直也のスマートフォンだった。
直也はスマートフォンをマナーモードにして月男に渡し、月男は葛西君枝にじゃれつく振りをして抱き付き、見事彼女のバッグにスマートフォンを忍ばせることに成功し、現在に至る。
「おし、健悟。月男でもいい。どっちかスマホ貸せ」
直也が言うと、月男よりも少し早く健悟が「ほら」とスマートフォンを差し出す。
スマートフォンを受け取った直也は、珠稀のスマートフォンの番号を打ち込み、珠稀に電話をかける。
『───はい。どちら様でしょうか?』
「あ~お袋?俺だよ俺、直也。実はちょっとスマホなくしちまって、今健悟のスマホ借りてんだわ」
そう告げた瞬間、直也は早速、母親からの大目玉を食らう。
『ハァアア!?おまっっ、親から貰ったスマホを早々になくすやつがあるか!このバカチン!!』
「あ~はいはい、悪かったって。そんでよ、ちょっとスマホ探すから、GPSでスマホの場所教えてくれよ」
『まっっったく!仕方ないバカ息子だねあんたは……ちょっちまってろ!』
そう言うと珠稀は、洗濯物を畳むのを一時中断してノートパソコンを起動する。
やがて少しして、健悟のスマートフォンから再び珠稀の声がする。
『待ってろ~?え~っと今スマホの場所は………ンンッ!?』
珠稀のリアクションが変わる。どうやら、スマートフォンのGPSが移動していることに気付いたようだ。
『………おい、バカ息子。スマホなんか移動してるぞ?』
「あ~それきっとあれだ。実はさっき俺が不注意で余所見しながら歩いてたら、仕事上がりのOLの姉ちゃんとぶつかっちまってよぉ~。その姉ちゃんのバッグの中身、盛大にぶちまけちまったんだよ。たぶんそん時に俺もスマホ落として、うっかりその姉ちゃんのバッグに紛れちまったんだなぁ~」
口からでまかせをすらすらと述べる直也。
その様子を見て、健悟は思わず感心する。
本当は自分からわざと相手のバッグに紛れ込ませたクセに、よくもまぁぬけぬけと……、口八丁ここに極まれりだ。
『……それなら、電話をかけてその人にスマホを交番なりに届けてもらう方が早いな。それでいいよな、ナオ?』
珠稀の提案に、すかさず直也は首を横に振る。
「いや~ダメダメ。俺スマホマナーモードにしてたからさ、たぶん電話しても気付かねえって。こっちから電話して、わざわざ届けてもらうってのも、悪ぃしよ?」
電話なんかされて、スマホを仕込んだのが葛西君枝にバレたら元も子もない。直也は必死に珠稀を説得する。
しかし珠稀は、まるで直也の思惑を見透かしているかのように、こんなことを言う。
『………ナオさぁ……あんたお母さんになんか隠し事してない?』
「隠し事?してねえよ、そんなの。俺がお袋になにを隠すことがあるってんだよ?」(チッ、感の鋭いババアめ……)
口ではとぼけつつ、内心舌打ちをする直也。
珠稀は少し黙り込んだのち、はぁぁ……と深いため息をつく。
『それじゃあ一応教えるけど……その前に、三つだけ約束』
「あん?」
『まず一つめ、そのぶつかったお姉さんに会ったら、ちゃんと謝ること!』
続けて、珠稀は言う。
『二つめ、健悟君と月男君に、ちゃんとお礼言うこと。いつもお前が二人を振り回してるの、知ってるんだからな?』
「うぐっ……」
思わず言葉に詰まる直也。
最後に……と珠稀は言う。
『三つめ。…………これ以上、お母さんに心配させんな。あんたが丸一日帰らなかった時、あたしゃ生きた心地がしなかったよ……』
その時の珠稀の声は辛そうで、少しだけ涙ぐんでいた。
「お、おう……悪い……」
ばつが悪そうに謝る直也。
『………あたしゃさ?あんたがいつか、お父さんみたいにいなくなっちゃうんじゃないかって、ふと思ったりするんだよ……』
その言葉を聞いて、直也はこう返す。
「クソ親父と一緒にすんな。言われなくったって、義務教育まではどこにも行きゃしねえよ。馬鹿なこと言ってねえで、スマホとってくるから場所教えてくれよ」
ここでようやく、直也は珠稀からスマートフォンの位置情報を聞き出す。
「りょーかいお袋。そんじゃあスマホ見つけるまでちょくちょく連絡すっから、そのまま位置情報確認しといてくれな」
そう言って直也は、通話を一旦終了する。
「…………誰がクソ親父みたいに勝手に置いていったりするかよ、バカお袋が……」
ぼそりと呟く直也。
「ん?どうかしたのか、直也?」
「……なんでもねえよ。それより健悟、スマホもうちっと借りとくぜ。定期的にお袋に電話して、葛西の位置情報を確認しねえといけねえからよ」
直也はそう言って、健悟のスマートフォンをポケットにしまう。
「それでそれで?追っちゃう?疑惑の葛西刑事、追っちゃう?」
今にも走り出さんばかりのポーズで、月男が訊ねる。
「少し間を置いてからな。あの女が駅を利用することは分かってんだ。むしろ、今焦って追ったら鉢合わせしちまうかもしれねえ。その前にまず、買い物だ」
そう告げて歩き出す直也。
健悟と月男は顔を見合わせる。
「買い物って……」
「何買うの?」
直也の後を追いながら二人が訊ねると、直也は振り返らずに歩きながら言う。
「ちょうど近くにホームセンターあるからな。いざって時の秘密道具だよ」
そう言いながら歩いていた直也だが、不意にピタリと足を止める。
「……」
「……?直也?」
「どったの?先生」
急に動かなくなった直也を、ポカンとしながら見つめる二人。
そんな二人に、直也はがしがしと頭を掻きながら、こう言った。
「…………サンキューな、お前ら」
「はぇえ~?」
「ど、どしたお前、いきなり……」
唐突な直也の言葉に、二人は小首を傾げる。
「二度は言わねえ。そんじゃあ、ホームセンター行くぞ」
直也はそう言って、また歩き出した。
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ホームセンターで買い物を済ませ、三人は駅へ向かう。
珠稀からの連絡で、君枝が電車に乗って移動していることを確認し、三人は君枝が向かっている方面の路線で電車を待つ。
幸いにも君枝が使っている路線は、直也達の町へ続く路線よりも一時間毎の電車の本数が多いため、すぐに次の電車がやってきた。
メッセージアプリからの珠稀の指示に従い、3駅跨いだ先の駅で下車し、そこから15分程歩く。
「ここみてぇだな?」
たどり着いたのは、郊外のとあるマンションだった。
珠稀からの報せによると、直也のスマートフォンの位置情報はこの場所から動いていないらしい。
「良いとこ住んでんだなぁ~あの人……俺んちの団地より、ぜってー家賃高ぇよ。地方勤務でも、刑事って給料いいんかね?」
「或いは、実家がお金持ちって可能性もあるよね」
健悟と月男が、呑気にそんなことを言う。
直也は何も言わずに、ズカズカとエントランスの入口まで歩いていく。
入口にはボタン式のオートロックが設置されていて、内部の人間が招き入れでもしない限り、とてもじゃないが突破できそうにない。
「そりゃあ、これくらいの防犯設備は整ってるよなぁ~。こんなマンションなら」
そう言って、直也の後ろからボタン式のオートロックを覗き見る健悟。
「中には監視カメラもあるみたいだね。これじゃあオートロックを突破しても、すぐに通報されちゃうね」
エントランスを覗き込みながら、月男がそう言う。
「……裏へ回んぞ」
そう告げて歩き出す直也の後ろを、二人が続く。
マンションの裏手は駐車場になっていた。
駐車場とマンションはフェンスで区切られていて、フェンスの奥にはマンションの屋上へと直結している非常階段が見える。
「う~ん、やっぱり入れそうな裏口は無いね」
辺りを見回しながら呟く月男。
分かってはいたが、駐車場には数台の車が駐まっているだけで、フェンスの向こう側に行けそうな裏口は見つからない。
「まぁ、裏からあっさり入れたら、表のセキュリティの意味がないもんな」
「入れなくもねえよ」
健悟の言葉に直ぐ様そう返す直也。
「直也、入れそう?」
月男が訊ねると、直也は答えの代わりに月男にあるものを要求する。
「月男。"ザイル"寄越せ」
直也の要求に、月男は直ぐ様「は~い」と答え、背負っていたリュックから直也の言う"ザイル"を取り出し、彼に手渡した。
ザイルとはいわゆるクライミング用のロープのことで、これは先程直也達が電車に乗る前にホームセンターで買ったものだ。
超特価セールで安値で売られていたため、直也達の小遣いでも買うことができた。
「ザイルで無理矢理フェンス越えんの?」
健悟の問いに、直也は借りていたスマートフォンを健悟に差し出しながら言う。
「あの程度、ザイルを使うまでもねえよ。それより健悟、スマホは今のうちに返しとくぜ。それと、お前らどっちかウェットティッシュは持ってるか?」
「?いや、俺はハンカチと普通のポケットティッシュしか持ってねぇけど……」
直也の質問に、健悟は首を傾げる。
「あ、僕持ってるよ、ウェットティッシュ。お母さんが持たせてくれた」
そう言ってウェットティッシュを取り出す月男。
それを見た直也は、姿勢を低くして二人に言う。
「上等。そんじゃあお前ら、足跡拭くのは任せたぜ」
そう二人に告げて、走り出す直也。
「ちょっ、直也!?」
健悟が止める間もなく、直也は正面のフェンスへと走っていく。
いや、厳密には目標はフェンスではない。
直也の目標は、マンションの非常階段手前のフェンスの、更に手前。一台の黒塗りのセダンだ。
直也は三段跳びよろしく、一歩目でセダンのボンネットに片足で飛び乗り、二歩目でセダンの屋根に逆の足で飛び乗る。
そして最後のジャンプでもう一段高く跳んで、フェンスの上の足場とも呼べない細い縁に乗る。
更に次の瞬間には、直也はフェンスの縁を蹴って非常階段の腰壁を乗り越え、階段踊り場に着地してみせた。
「お、おお~~、さすが……」
「パルクールだ。あっぱれ~~」
呆気にとられる健悟と、拍手する月男。
「………あれ?でも、俺らはどうすれば……?」
置いていかれたことに気付き途方に暮れる健悟。
「……とりあえず、車についた足跡拭こっか」
月男はウェットティッシュを差し出した。
一方、直也は非常階段を上へと昇っていた。
屋上からザイルを使って、ベランダの窓から一部屋ずつ確認していく。地味な上に無関係の住人の部屋を覗き見る可能性があるため、些か心苦しいが、葛西君枝の部屋を突き止めるチャンスは今しかない。
屋上についた直也は、早速ザイルのフックを屋上の縁にある手すりに引っ掛けようとする。
その時───。
「───ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
声が聴こえた。
微かだが、どこか聞き覚えのある、若い男の悲鳴───。
「今の声は……まさか!」
直也は直ぐ様ザイルの金具を手すりに引っ掛け、降下する。
駐車場からその様子を見た健悟は、ハラハラしながら言う。
「あ、あいつマジでやったよ!っていうか、やるんならちゃんとロープを体に巻き付けろよなぁ!万が一落ちたら……!」
「直也はやると決めたら、周りの心配とかお構い無しだからね」
無表情ではあるが、さすがの月男も心配そうだ。
しかし、どんなに下で二人(主に健悟)があたふたしても、こうなっては直也が落ちないことを祈るしかない。
一方の直也は、最上階から一つ下の部屋のベランダの腰壁に足を掛ける。
(確か、この辺りから……)
先程の聞き覚えのある若い男の悲鳴は、この辺りから聴こえてきたはずだ。
直也の間違いでなければ、あの声は河西賢二の声だ。
河西賢二も、直也達と時をほぼ同じくして、葛西君枝の自宅を突き止めたのだろう。
だが、先程の悲鳴……直也には悪い予感しかしなかった。
「この部屋か……?」
閉まりきっているカーテンの隙間からどうにか部屋を覗けないかと直也が窓ガラスに近付く。その時───。
二度目の悲鳴が、窓ガラスの向こうから、先程よりもはっきりと聴こえた。
この手のマンションなら防音もしっかりしていそうなものだが、恐らく窓ガラスだけはそういった仕様になっていないのだろう。
なんにせよ、考えている暇はない。
直也はザイルの紐を両手でしっかりと掴みベランダの腰壁を思いきり蹴って、勢いよく窓ガラスを突き破った。
──第二十話へ続く──
二之譚第十九話、いかがでしたでしょうか?それでは今回は、制作裏話です。
これまで何度か、主人公の直也を小学生にした理由を後書きで語ってきましたが、私が直也を小学生にした理由の一つに、"敵の強さを急激にインフレさせないため"という理由があります。
この物語は和風ファンタジーのバトル物ではありますが、銃弾を身一つでガードしたり、体当たりで戦車をひっくり返したり、手から氣のビームを出して辺り一帯を更地にしたりとか、そういうド派手なバトルは行いません。
この作品に出てくる敵の脅威レベルは例えるなら、鬼ごっこ系のホラーフリーゲームに出てくる追跡者レベルです。
もっともその鬼ごっこ系ホラーの追跡者のレベルもピンからキリまでありますが、それらの作品を出てくる主人公はほとんど一般人レベルか、或いはそれ以下の戦闘力です。
そんな一般人たちが、迷わず逃げることを選択し、運が良ければそんな一般人でも逃げ切ることはできるレベルの脅威……個人的な好みですが、バトル物の敵の強さって基本的にはそれくらいが私の好みなんです。
この『直也之草子』は基本、私が書きたいと思っているものを手当たり次第書いているので、第一章にあたる今の敵のレベルは、大体そのくらいなわけです。
もっとも、「それだけなら別に主人公が小学生じゃなくてもよくない?」と思われるかもしれませんが、今回は後書きが長くなりすぎましたので、続きは次回の後書きで語らせていただきます。




