〜第十八話 本性〜
ドーモ、政岡三郎です。二之譚第十八話、始まります。葛西君枝の自宅を突き止めた賢二は、そのまま彼女に自宅に招かれる。そこで彼が見たものは___。
賢二は澤城刑事にあることを頼まれていた。
それは、葛西君枝の自宅を突き止めることだった。
澤城刑事はこう言った。
『葛西が過去の事件、事故に関わっている"証拠"を自宅に保存しているのかは分からん。だが、いざという時に奴の動向を掴めるよう、奴の自宅を把握しておきたい』
だが、と澤城刑事は続けた。
『葛西君枝を犯人と見ているのは、署内で俺だけだ。だから奴の自宅の場所を把握しようにも、公的な捜査はできん。だからこそ、お前さんに協力してもらいたい』
そう言って澤城が賢二に頼んだのが、葛西君枝の尾行だった。
君枝に面が割れてしまっている澤城では、彼女を尾行するのはリスクが高い。だからこそ、彼女と面識がなく、それでいて自分と同じで君枝に疑念を抱いている賢二は尾行に適任だと、澤城は踏んだのだ。
もちろん賢二も不安はあったが、それ以上に葛西君枝に奪われたであろう井下愛弓の脚を、一刻も早く取り戻したいと思い、二つ返事で澤城の頼みを聞き入れた。
それから賢二は、澤城に尾行のコツを叩き込まれ、君枝を尾行するに至ったのだ。
駅で君枝を待ち伏せしていた賢二は、事前に澤城に見せられた写真の女性……君枝の姿を確認し、慣れない尾行を開始した。
(距離は10メートル以上間を開けて……視線は相手の靴を見て、絶対に目は合わせない。もし、相手が何もないところで振り向いても、露骨に隠れたり、歩みを止めたりしない)
頭の中で、澤城に15分足らずで叩き込まれた尾行のコツを復唱しながら、君枝を尾行する賢二。
正直、いつ尾行がバレてしまうか気が気ではなかった賢二だったが、賢二の尾行は思いのほか気付かれず、なんと賢二はあっさりと君枝の自宅を突き止めてしまった。
君枝の自宅は、都市部の駅から賢二の通う西原高校とは別の路線方面へ3駅程跨いだ先の駅から、歩いて15分圏内の場所にある、郊外のマンションだった。
本来ならここで澤城からの頼まれ事は完了だが、この時賢二は思った。
自宅を突き止めたところで、澤城刑事は本当に葛西君枝の悪行の証拠を掴めるのだろうか?
そもそも澤城刑事は、公的な捜査ができないから自分に葛西君枝の尾行を頼んだ。
公的な捜査ができないということは、もしも葛西君枝の自宅に愛弓の脚があったとしても、澤城刑事は令状を取って葛西君枝の自宅を調べることはできないのだ。
澤城刑事がそうして手をこまねいている間にも、葛西君枝は愛弓の脚を……。
そう考えた瞬間、賢二は君枝に声をかけていた。
常識的に考えれば、これは愚行かもしれない。
しかし賢二はこの時、あえて相手のテリトリーに踏み込まなければ、この先証拠を得るのは難しいと思った。
なによりも、愛弓の脚が人の体を蒐集するのが趣味のシリアルキラーのもとにあるということが、これ以上1秒たりとも堪えられなかったのだ。
とはいえ、これは賢二の咄嗟の判断での行動なので、家に上げられる前に不振人物として警察署に連れていかれる可能性も充分あった。
しかし君枝は、思いのほかあっさりと賢二を自らの自宅に上げた。
「飲み物は紅茶でいいかしら?」
「あ、お構いなく……」
リビングのソファーに座らされ、賢二は少しだけ困惑する。
こんなにあっさりと、自分を家に上げるなんて……。もしかして、ここには愛弓の脚は無いのか?
そんな可能性が頭をよぎる。
(……いや)
まだ、そうと決まったわけではない。
現に、ここから見るだけでも怪しい物はある。
その最たるものが、今賢二がいる二部屋分はあろうかという広いリビングの玄関側。
ダイニングキッチンの横にある、明らかに業務用と思われる冷蔵庫。
人間の下半身くらいならば、難なく保管できそうなサイズだ。
そう考えていると、君枝が賢二の正面のローテーブルに紅茶の入ったポットと、空のティーカップを置く。
「スリランカ産の、結構良い茶葉なのよ?お口に合うと良いんだけど……」
君枝はそんなことを言うが、賢二は当然それを飲む気はない。
相手は人の体を集めるのが趣味の、異常者なのだ。何を盛られるか、分かったものではない。
「…………それで、賢二君?あなたは、あの小学生の男の子たちの差し金かしら?」
君枝の言葉に、それまでやや俯いていた賢二は顔を上げる。
「………小学生の……男の子たち?」
「分からない?活発そうな男の子と、金髪に少し色黒な男の子と、ちょっと変わった男の子の三人組なんだけど……」
「………ひょっとして…………直也君たち!?」
最初こそピンとこなかった賢二だが、君枝の言葉を聞いて誰のことかすぐに判明する。
「まさか葛西さん………彼らに何かしたんじゃ……!?」
立ち上がり、思わずそう口にしてしまう賢二。
そんなことを言ってしまっては、君枝を疑っていると言っているようなものだ。
「…………どうしてそう思うの?」
案の定君枝は、そこを突いてくる。
「そ、それは……」
返答に困る賢二。
「………ふふ。安心して?別にあの子たちには、なにもしていないわ。でもその反応を見る限り、あの子たちがあなたを寄越したわけではなさそうね?」
君枝の言葉を聞いて、賢二は直也達の無事を安堵すると同時に、自らの君枝への疑念を露呈してしまったことに焦りを抱く。
なんとか取り繕おうと、賢二は慌てて言う。
「す、すみません。失礼なことを言ってしまって……。警察の方が、そんなことするわけないですよね……」
「ふふ。それよりも、紅茶をどうぞ」
君枝は賢二のカップに紅茶を注ぐ。
「……」
当然、賢二はカップに口をつけたりはしない。
その様子を見た君枝は、可笑しそうに笑う。
「心配しなくても大丈夫よ。毒なんて、入ってないから」
まるで賢二の考えを見透かしたような台詞に、賢二はギョッとする。
「い、いえ、別に……そんなことを疑っては……」
慌てて取り繕う賢二に対して、君枝はポットの中の紅茶を自らのカップに注ぎ、口をつけてみせる。
「……ね?毒なんて、入ってないでしょ?」
一口紅茶を飲んでから、そう言ってウインクする君枝。
「で、ですから疑っているわけでは………い、いただきます」
これ以上疑われないため、賢二は意を決して淹れられた紅茶を飲む。
目の前で同じポットから注がれた紅茶を君枝が飲んだのだから、実際に紅茶に毒は入っていないのだろう。そう考えての判断だった。
数秒後、賢二はすぐに、その判断が"間違いだった"と気付かされた。
「うっ……」
視界が歪み、全身が痺れる感覚に襲われる賢二。
そのままソファーを転げ落ち、カーペットの上に倒れ込む。
「こ………れは………」
「…………甘いわねぇ……毒っていうのはね、カップにあらかじめ仕込むという手もあるのよ?」
反対の一人掛け用のソファーから立ち上がり、君枝は冷酷な眼差しで賢二を見下ろす。
やられた……そう思ったところで、もう遅かった。
「安心して?全身が痺れて呼吸もしづらいだろうけど、死ぬような毒じゃないわ。まぁもっとも……いえ、やっぱりいいわ。それより───」
そう言うと、君枝は屈み込んで賢二の耳元に顔を寄せる。
そして、小さく、かつ冷酷な声で、こう呟く。
「───愛弓ちゃんに───会わせてあげる」
「───っっ!!」
その言葉は賢二にとって、まるで心臓を槍で貫かれたかのような衝撃だった。
やはり、愛弓の脚はここに───。
君枝は動けない賢二の体を引きずり、ダイニングキッチン横の業務用冷蔵庫の前まで連れていく。
その時の君枝の顔は、まるでこれから始まる残酷な再会に心を踊らせているかのようだった。
君枝は賢二を冷蔵庫の前に一旦放置し、ベランダのカーテンを閉めに行く。
カーテンを閉めると、君枝は冷蔵庫の前に移動し、冷蔵庫のドアに手をかける。
「さぁ………感動のご対面よ……!!」
君枝がドアを開けた瞬間───。
あった。
裸に剥かれ、切断面がズタズタになった───。
───愛弓の下半身。
「───ぁ───ぁあ────ああああああああああああ!!!」
賢二は叫んだ。
腹の底から、力の限り……。
その光景は、先程の君枝の言葉以上の衝撃だった。
「見て………綺麗でしょう?愛弓ちゃんの脚」
君枝は愛弓の下半身の、膝裏から臀部にかけて指を這わせる。
(やめろ…………触るな!!!)
もちろん恐怖も湧いたが、それ以上の激しい怒りが、賢二の中に沸き上がる。
君枝は更に、愛弓の太股に舌を這わせ、舐め回す。
(やめろ…………やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉおおおおお!!!)
殴り掛かりたい。
今すぐ目の前の女に殴り掛かって、これでもかと殴ってやりたい。
しかし、どんなに黒い感情が渦巻こうと今の賢二には、指一本動かすことはできない。
賢二は目の前で行われる非道、不条理、理不尽に、堪らず涙を流す。
「───ああ、良い!!やっぱりあなたも良いわ!!」
君枝は怒りに歪む賢二の顔を見て、恍惚とした表情を浮かべる。
「…………でも、まだよ。あなたなら、もっと良い顔ができるわよね?」
そう言って君枝は、キッチンに置かれていた果物ナイフを手に取り───。
───それを、賢二の脚へ思いきり突き刺した。
「あ、あああああああああああああああああ!!?」
賢二の表情が、苦痛と恐怖の色に変わる。
「あはっ♪良い!やっぱり良い顔だわ、あなた!!私の見込んだ通りね!!」
そう言うと、君枝は再び賢二に顔を近付ける。
「ねぇ!あなたも私の"家族"にならない!?それがいいわ、そうしましょう!!そうすればあなたも、愛弓と一緒にいられるし!みんなが幸せになれるわ!!」
嬉々として言う君枝にわ賢二は恐怖と絶望が入り交じった表情で一言、呟く。
「く………狂ってる……!!」
君枝の狂気を目の当たりにして、賢二の頭は恐怖、怒り、絶望といった負の感情が入り乱れ、ぐちゃぐちゃになる。
君枝は更に、こう続ける。
「大丈夫!あなたに必要なのは"首だけ"だから、愛弓ちゃんと同じ冷蔵庫に入れてあげる!!」
そう言うと、君枝はキッチンの棚から大きめの中華包丁を取り出す。
賢二は目を見開く。
(まさか………僕の首を!?)
賢二は焦った。早く動かなければ、殺される。
だが、君枝に盛られた毒の影響で、体はぴくりとも動かない。
君枝は、賢二の首筋に中華包丁を押し当てながら、声を張り上げる。
「そうよ!もっと怒って!恐怖して!!絶望して!!!あなたの顔が、この世の全ての負の感情に染まった、最高の瞬間を"切り取って"あげる!!!」
首筋に押し当てられる中華包丁に、力が籠る。
自分の首筋から血が垂れたのを自覚した瞬間、賢二はいよいよ自らの死を悟る。
(ああ───僕は────もう)
ごめんよ、あゆちゃん。
賢二が目を閉じた、その刹那───。
ガシャァアアアン!!!
窓ガラスが割れる破砕音と共に、何者かが君枝の部屋へと舞い込んできた。
賢二の首を斬ろうとする君枝の手が止まり、君枝と賢二は揃って音のした方に目を向けた。
そこにいたのは───。
「あなた───!?」
「…………直也……君?」
「───テメェの本性、バッチリ見たぜ。クソ女ァ……!!」
──第十九話へ続く──
二之譚第十八話、いかがでしたでしょうか?ここからはちょっと自分語りになりますが、私の自称アマチュア作家歴を語りますので、別に読まなくても大丈夫です。
アマチュア作家歴といっても、一次創作作品はこの直也之草子が初めてで、その前はpixivで『タンポポボーイアキラ』という名前で二次創作小説を投稿していました。
以前後書きで語った、直也のモデルとなった某格闘ゲーム初代主人公が主役の二次創作です。
それも、そこそこの長編物語を二つ書いたので、趣味としての物書き歴は5年そこそこ?になります。
pixivでの二次創作投稿は、こうして小説家になろうに一次創作作品を投稿する上でのいい予習になりました。やっぱり物書き素人は二次創作から入るに限りますね。
いつか曲りなりにも、プロ作家を名乗れるようになったらいいなぁ……という願望はあるのですが、私は如何せん無名の素人、それも書いている内容も、なろうの流行りでもなんでもない和風ローファンタジー……書籍化の打診なんてこないだろうなぁ〜と思いつつ、一縷の望みに縋ってしまうのは、人の性ですね。




