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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
二之譚 執着ノ轍

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〜第十六話 追憶 凶行〜

 ドーモ、政岡三郎です。二之譚第十六話、始まります。葛西君枝の凶行が、更にエスカレートしていく___。

 君枝の悪い予感は当たった。


 目の前には、山道からガードレールを突き破って転落した、見るも無惨な車の残骸。


 その運転席のところには、頭から血を流した女性の死体。


 恐らく、即死だったのだろう。


 君枝は当然、怒りに震えた。


 だがこの怒りは、守るべき市民を殺された刑事としての怒りではない。


 もう少しで自分のものになるはずだった、魅力的で大切な"手"を奪われたことによる怒りだった。


 ───私はまた、自分のものにできないの?


 ───両手の笑顔を自分のものにできなかった、あの時と同じように?



 ……………………まだ。



 まだ、分からない。


 だってまだ、"手"はそこにあるはずだもの。


 そうだ。まだ私は、彼女の"手"を確認していない。


 君枝は恐る恐る死体を動かし、そこにあるはずの"手"を確認する。



 ───っっ!!



 "手"は、そこにあった。


 生きていた時と同じ、綺麗な形で。


 君枝は、言葉を失った。


 奇跡だと思った。


 これ程凄惨な事故であるにも関わらず、その両手は指が折れ曲がることも、傷がつくことも、血が付着することもなく、彼女の生前と同様に美しい状態で、そこに存在したのだ。


 体はこんなにもボロボロなのに、両手だけが……。


 ───守ってくれたの?


 ───私のために、その両手を……?


 そんなわけはない。


 彼女が君枝のために、自らの命も省みずに両手を庇うなど、あり得ない。


 彼女の手が無傷だったのは、本当にただの偶然だ。


 しかし、君枝は───。


 ───守らなきゃ。


 このままでは、彼女の両手は警察に奪われてしまう。


 遺体安置所まで運ばれれば、もう取り戻せない。



 ───手に入れるには───今しかない!



 君枝は大急ぎで自身の車まで戻り、トランクから中華包丁を持ち出すと、再び"両手"のもとまで走る。



 ───渡さない。



 彼女の死体の前に跪くと、君枝は彼女の両手首目掛けて中華包丁を振り下ろす。



 ───誰にも───渡さない!!!






________________________






 彼女の両手を"手に入れた"君枝は、直ぐ様自宅マンションまで舞い戻った。


 両手が腐らないように、急場凌ぎで両手を冷凍庫に保存する。


 まず必要な物は、大量のホルマリン液だ。


 それに漬けて保存すれば、愛しの両手は永遠に腐らない。


 ……それにしても、ストーカーの男の死体をバラすために用意した中華包丁を、まさか彼女の両手のために使うとは……流石の君枝も、予想外だった。


 ───ああ、そういえば。


 君枝はネット通販で直ぐ様大量のホルマリン液を注文したのち、寝室にある棚からあるものを用意した。


 ───すっかり忘れていた───"アレら"もすぐに片付けなければ。


 君枝の言う"アレら"とは、一つは両手を持ち帰るために使った中華包丁。


 もう一つは───あの男。


 両方始末する手は、既に考えている。


 君枝は、用意したアルコールの入った注射器を携え、男の住むアパートへ向かった。





________________________






『───おはよう』


 朝起きて、君枝は二年と半年前に買った業務用冷蔵庫に入った、ホルマリン漬けの"家族"に挨拶する。


 彼女を手に入れて、もう二年半年。手だけになった彼女は、もうすっかり君枝にとって"家族"の一員だ。


 君枝は、ホルマリン漬けの"家族"をテーブルに置いて、朝食の準備をする。


 こんがり焼いたトーストにバターを塗って、真っ白な皿にスクランブルエッグとベーコンとサラダを盛り、コーヒーを淹れる。


『いただきます』


 朝食を用意した君枝は目の前のホルマリン漬けの"家族"を見つめながら、朝食をとる。


 彼女とのこのひとときが、君枝にとって至福の時間だ。


 けれど、朝食を食べ終えたら身なりを整えて仕事へ向かわなければならない。


 そう思うと、君枝は思わず食事をする手を止めたくなってしまう。


 けれど、手を止めたところで無情にも時間は進んでいく。


 名残惜しさを感じながら、君枝は食器を片付け、支度をする。


 身支度を終えてバックを手に取り、君枝は最後に"家族"を業務用冷蔵庫にしまう。


『それじゃあ、いってきます』


 冷蔵庫の戸を閉める直前、名残惜しそうにそう告げて、君枝は今日も職場へと向かうのだった。








『おはよう…………?』


 君枝が職場に入ると、なにやら男連中がこぞって職場に置かれたテレビの前に集まっている。


『おはようございます。なに観てるんですか?』


 テレビを観ている先輩に話しかけると、先輩は振り返って答える。


『ああ葛西、おはよう。甲子園だよ。うちの管轄区域に、西原高校って学校あるだろ?あそこが今年の県予選で勝って、出場してるんだよ。相手は格上だが、中々良い勝負してるぞ?』


 そう言いながら、画面を見つめる先輩。


 君枝は別段、野球に興味はないが、なんとなく他の同僚に倣ってテレビ画面を見つめる。


 画面ではちょうど西原高校の守備陣がアウトをとり、攻守交代するところだった。


『よっしゃあ!ここから逆転だ!』


 盛り上がる同僚を尻目に画面を見ていると、映像が応援席に移って、西原高校の応援団が紹介されるところだった。



『…………!』



 君枝はその応援団の一人……チアリーダーの女子高生に、視線を奪われた。


 もっと厳密に言えば、その女子高生の脚に、だ。


 チアコスチュームのスカートからすらりと伸びる、シミや日焼け痕一つ無い脚。


 すらっとはしつつも決して痩せすぎではなく、つくべき筋肉はしっかりついた、程好い肉付きの美脚だ。


『…………欲しい』


 ぼそりと呟く君枝。


 直後君枝は、うっかり自身の欲望が声に出ていたことに気付き、慌てて口元を押さえる。


 幸い、他の同僚は気付いていないようだ。


『……』


 それはおよそ、二年と九ヶ月振りの欲望だった。


 まるで今の"家族"を手に入れた時のような、運命的なものを感じた。


 画面の向こうで、実況席が彼女の名前とチアリーディング部の部長であるという情報を明かす。


 しめた。名前と学校名まで判れば、探すのは容易い。


(欲しい……)


 あの美しい脚が欲しい。


 執着の火が再燃するのを感じながら、君枝は画面に映るチアリーダーを見つめていた。






________________________






 彼女……井下愛弓の住所を突き止めるのは簡単だった。


 あの甲子園の中継で、名前と学校は割れていたのだ。あれだけ情報があれば、君枝にとって彼女の居場所を突き止める事など、造作もない。


 君枝は多くの学校にとって夏休み明けの九月に、学校から帰宅する愛弓の盗撮写真を何枚か撮り、それを"わざと"愛弓の自宅に送り付けた。


 こうすれば間違いなく、彼女は警察に相談するはずだ。


 君枝の思惑通り、愛弓は母親とともに警察署の窓口を訪れた。


 直ぐ様君枝は、彼女達に応対する。


『生活安全課の葛西です。ストーカー被害のご相談ということですが……』


 君枝がそう訊ねると、愛弓は『え?』と声を漏らして顔を上げる。


『かさい……さん?』


『そうですが……どうかしたのかしら?』


『あ、いえ……私の幼馴染みの男の子と同じ名字だったから、つい……。あ、その子は河川の河に西で、河西(かさい)って書くんですけど……』


 愛弓がそう言うと、君枝はくすりと笑う。


『そうなの?でも、残念。私の名字は葛飾区の葛に西で葛西(かさい)だから、たぶん親戚ではないわね』


 そんな他愛ない話で、相談は始まった。


 それから君枝は、親身な振りをして愛弓の相談に耳を傾ける。


 女性の相談者を相手に心を開かせる時、同性の刑事という立場はことのほか有利に働く。


『私……こういうことをされたのって初めてだから、どうしたらいいのか……』


『分かるわ、不安よね?でも、心配しないで。私が必ず守ってあげるから』


 小一時間相談に乗った末、君枝は愛弓の自宅の住所を聞き出すことができた。


 もっともそれは、愛弓が相談に来る前から既に突き止めてはいた。


 しかし、ストーカー目的で彼女の住所を突き止めるのと、いざという時の身辺警護を目的に彼女の口から住所を確認するのでは、大きな差がある。


 これで君枝は、彼女に正面切って接する口実を得たのだ。


 そこから先は、彼女と関係を築くのは簡単だった。


 ストーカーの調査や身辺警護などを理由に定期的に彼女に接触し、そこから日常生活での何気ない悩み事や恋バナなどに話を展開する。


 自分に対してここまで親身になってくれる同性の刑事。相手に心を開かせ、関係を築くには充分な設定だ。


 愛弓は特に、河西賢二という幼馴染みのことをよく話した。


 愛弓はその幼馴染みのことを賢ちゃんと呼び、二言目には今日は賢ちゃんがどうだったとか、賢ちゃんがああだったとか、何かにつけてその子の話題を口にした。


 そうやって君枝は彼女と関係を築いていき、気付けばもう三月。


 そろそろ彼女とも、充分に親しい間柄となれたはずだ。


 後はどうやって、彼女をオトすかだ……。


 君枝は今日の勤務を終え、車で愛弓の元へ向かっていた。


 君枝は普段、出勤には電車を利用していたが、この日ばかりは違った。


 今日ばかりは、なんとしても愛弓と会わなければならない。


 明日、愛弓は高校を卒業する。


 卒業したら彼女は県外の大学に進学し、それを期に大学の近くで一人暮らしを始めるため、県外に出てしまう。


 つまりは、今までストーカーから警護するという名目で彼女と会っていた君枝の、仕事の管轄外に出てしまうのだ。


 そうなってはもう、彼女と会うための口実が無い。


 だからこそ、今日はなんとしても愛弓をオトさなければならないのだ。


 そう考えていると、ちょうど愛弓から君枝のスマートフォンに連絡が入った。


『───すみません、刑事さん。今日ちょっと、帰りが遅くなりそうで……。良ければ帰り、送ってもらえませんか?……というより実は、刑事さんに相談したいことがあって、ホントはそっちが本音なんですけど……』


 願ってもない申し出だった。


『分かったわ。すぐに迎えにいくから、待っててちょうだい。場所を教えてもらえる?』


 彼女の今居る場所を聞き、君枝は直ぐ様愛弓の待つ駅へ迎えにいく。



『あ、刑事さん!』



 君枝の車を見つけた愛弓が、駅前から手を振る。


『お待たせ、愛弓ちゃん。相談したいことがあるって話だったけど、とりあえず帰りの道すがらに話しましょう?乗って』


 君枝はそう言うと、愛弓を助手席へと招き入れる。


『ありがとうございます。すみません、勝手なお願いしちゃって……』


『こんなに暗くなったら、また帰り道でストーカーに狙われないとも限らないでしょ?一般市民を守るのも、立派な警察の仕事よ』


 もっとも、そのストーカーの正体は自分だけどね、と、君枝は心の中でほくそ笑む。


『それに、私と愛弓ちゃんの仲じゃない。遠慮しないで、なんでもお願いして?』


『葛西さん……』


 愛弓が嬉しそうに微笑んだのを見て、君枝は車を走らせる。


 愛弓の家へと向かう道すがら、彼女は例の幼馴染みと上手くいっていないことを明かした。


『私が悪いんです……。賢ちゃんに、隠し事しちゃったから……』


 でも、と愛弓は続ける。


『私、賢ちゃんに心配かけたくなくて……。賢ちゃんは優しいから、私がストーカーされてるって言うと、きっと私以上に心配しちゃうと思って……。私、賢ちゃんの前ではしっかりしたお姉ちゃんでいたいんです』


 そう語る愛弓に、君枝は『ふふ』と笑いかける。


『分かるわ、愛弓ちゃんの気持ち。年下の親しい間柄の子の前では、強がりたくもなっちゃうわよね』


 君枝の言葉に、愛弓は『ですよね!?』と食い気味に言う。


『………でも……もうそれも、やめようと思うんです』


『……?』


 不意に愛弓が言ったその言葉に、君枝は運転しながらちらりと横目で愛弓を見る。


『……さっきスマホのメッセージで賢ちゃんと、明日天文部の部室で話そうって、約束したんです。それで……』


 愛弓は少しだけ口ごもると、意を決したように告げる。


『───私、明日賢ちゃんに告白しようと思います』


『───!』


 思わず動揺して急ブレーキを掛けそうになる君枝。


 確かに彼女はよく、幼馴染みのことを話題に出していたが、まさか……。


 愛弓は更に続ける。


『私、明日で卒業だから……。このままだと、賢ちゃんと喧嘩別れみたいになっちゃって、また疎遠になっちゃう。だから、私の気持ちをちゃんと伝えて……今よりも、一歩進んだ関係になりたいんです』


 冗談じゃない。


 この美しい脚を、他人に汚されてなるものか。


『あ、もうすぐ着きますね』


 気付けばもう、車は愛弓の家の周辺地域へと入っていた。


『ありがとうございます、葛西さん。葛西さんに話を聞いてもらえて、私決心がつきました!』


 そう言って微笑む愛弓。


 君枝は、ゆっくりと車を停車する。


『…………やめておいた方がいいわ、愛弓ちゃん』


『……え?』


 突然車を停めて君枝が放った一言に、愛弓はきょとんとする。


『話を聞いてて思ったのだけれど、その幼馴染みの子はあなたがストーカーの被害に遭っているというのに、自分のことばっかりじゃない?』


 君枝の言葉に、愛弓はムッとしながら反論する。


『そ、それは……!私が賢ちゃんに隠し事したからで……!』


『だとしてもその彼がするべきことは、一にも二にもあなたの心配じゃない?自分が頼られなかったからって、いつまでもそれを根に持つなんて、男性としてどうかと思うわ』


 君枝の言うことに、愛弓はなおも反論する。


『そんなことありません!葛西さん、なんでそんなこと言うんですか!?』


『あなたのためを思って言っているの、愛弓ちゃん』


 君枝はシートベルトを外し、助手席の愛弓に向き直る。


『その幼馴染みと付き合っても、愛弓ちゃんは幸せにはなれない。……ねぇ、愛弓ちゃん?この数ヶ月間、愛弓ちゃんをストーカーの脅威から守っていたのは、いったい誰?』


『……葛西………さん?』


 突然雰囲気の変わった君枝に、愛弓は困惑する。


『この数ヶ月間、あなたの悩み事にずっと耳を傾けていたのは?この数ヶ月間、誰よりもあなたの傍にいたのは?』


 君枝はゆっくりと、愛弓の顔に自身の顔を近付ける。


『ずっと前から思ってた。私と愛弓ちゃんって、きっととっても相性が良いって…………だから、ねぇ、愛弓ちゃん?』


 君枝の手が、愛弓の膝に触れる。


『や、やめてください、葛西さん!』


 愛弓が助手席で暴れた、その時だった。


 彼女が暴れた拍子に、助手席のダッシュボードのグローブボックスが開き、中にあった"それ"が、愛弓の手元に落ちる。


『───ッッ!?』


 しまった、と君枝が思った時には既に、愛弓は手元に落ちた"それ"に目を奪われていた。


 愛弓は自身に覆い被さる君枝を手で押し退け、手元に落ちた"それ"を拾い上げ、まじまじと見つめる。


『……………葛西さん…………これ……なんですか?』




──第十七話へ続く──

 二之譚第十六話、いかがでしたでしょうか?それでは今回も、登場人物紹介行ってみましょう。其の二十四です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


貴島(きじま)将吾(しょうご)


・誕生日:1月18日(当時27歳)


・身長:185cm ・体重:83kg


・栗林紗絵の元カレ。彼女とは大学のコンパで知り合い、お互いの誕生日が近いという話題を皮切りに話に花が咲き、付き合うことになった。表向きは弁護士を目指す法学部の好青年であったが、自身の恋人に対して暴力を振るったり過度の束縛をするなど、裏の一面を持っていた。その結果として彼女と別れることになり、それを切っ掛けに司法試験にも身が入らなくなり、エリート街道から一転、フリーターへと成り下がる。鬱屈した日々を送っていたところ、地元でエステティシャンとして働く紗絵を見かけ、彼女への執着が再燃しストーカーと化す。

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